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2015年4月18日 (土)

原発事故と交通事故の違い

原発事故と交通事故の違い

ハフィントンポスト:村上春樹さんに読者が聞いてみた 「原発より交通事故の方が問題では?」
http://www.huffingtonpost.jp/2015/04/09/murakami-haruki-nuclear-power_n_7030608.html

男性の質問は「年間5000人近く亡くなっている交通事故の方が原発よりも身に迫る危険性が大きいのでは?」という趣旨。

これに対して村上さんはまず、交通事故の関して「なんとか方策を講じなくてはと、もちろん僕も思います」と理解を示したが、「福島の原発(核発電所)の事故によって、故郷の地を立ち退かなくてはならなかった人々の数はおおよそ15万人です。桁が違います」として、原発事故の被害者は、数字としても大きいことを指摘した。

死亡した人間と退避した人間を比べるのもどうかと思いますが、交通事故は1年あたりで、原発事故は、日本で原発が稼働しはじめてから約50年ということで、交通事故の5000人x50年で25万人になります。村上さんは「桁が違います」と言っていますが、同じ桁になるというか逆転してしまいます。

それに原発事故の死者は2次被害で、つまりマスコミや周囲の行動で引き起こされたもので、交通事故の死者は直接的なものです。

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原発事故が政治問題になって、文学者のテーマになって、交通事故がなりにくいとするなら、それは「慣れ」と「集中」と「分散」が原因と思います。

新しいもの、新しい事故は問題になります。分散して単発の事故であれば、個々の被害は小さいので、問題になりにくいのです。それが、原発事故は大きな政治問題・政治運動になって、交通事故はならない理由です。

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ですか、個々の人間にとってはどうでしょうか。例えば、交通事故で子供を失うのと原発事故で失うのと違うのでしょうか(原発事故で漏洩した放射能での死傷者は出ていませんが)。死んだ本人にも子供を失った親にとっても「交通事故の方がマシ」なんてことはないでしょう。死ぬなんて極端な話じゃなくても、子供を心配する親にとっても交通事故による事故は安心で、放射能は不安だなんてことはありません。どちらも心配です。

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被害者(あるいは弱者)にとっては差がありません。失われた悲しみに違いなんてありません。

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原発事故が政治問題になるのは、ぶっちゃけた話、「目立つから」に過ぎません。

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