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2015年4月24日 (金)

他人を罰する(謝罪させる)ときに必要なものは

他人を罰する(謝罪させる)ときに必要なものは

朝鮮日報:「私がこうして生きているのに慰安婦の証拠がないなんて」
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2015/04/24/2015042400612.html

「(元慰安婦)本人が証拠として生きているのに証拠がないなんて、あんまりじゃないか。日本の植民地から解放されたというが、私たちはまだ解放されていない」

23日午後、東京都千代田区の参議院議員会館講堂で「日本軍慰安婦問題解決のためのシンポジウム」が開かれた。日本の国会議員、市民団体関係者、ジャーナリストら聴衆300人の前で元慰安婦のキム・ボクトンさん(89)がマイクを握った。

「本人が証拠として生きているのに証拠がないなんて、あんまりじゃないか」

気持ちは判るけれど、被害者の証言だけでは他人を罰することは出来ないんだよね。遡及して罰するにしても証拠が必要なんだよね。物的な証拠がなければ他人を罰することは出来ない。

だって、本当にその人が犯人(責任がある)とは限らないんだから。本人の証言だけでは、本人が酷い目あった(と思っている)ことしか決まらないのです。

  *        *       *

私が証人、私が証拠、そういったことで他人を罰する事が許されたら多数の冤罪が発生してしまうし、強者(声の大きな者・権力者)にとって都合の良い社会になってしまうことになる。

  *        *       *

「本人が証拠として生きているのに証拠がないなんて、あんまりじゃないか」

気持ちは判るけれど、それではダメなのです。

そして問題なのは、私が非難したいのは、ダメと判っているハズの人々、知的な訓練を受けている、法的な判断をする為の基準を知りっている、あいまいな理由で他人を攻撃・非難したらどうなるか予想できる人々が、「元慰安婦」の方々に感情的に同調していることです。大衆は感情に左右されます。「元慰安婦」に同情し、でも日本が非難されたら反発する。「元慰安婦」の周囲の方々が、もっと賢く行動していたら日本の嫌韓感情は無かったのではないでしょうか。

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