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2015年6月 7日 (日)

国家の責任

国家の責任

しんぶん赤旗:派兵恒久法案 国連決議の内容は無関係 「軍事」要請なくても米軍支援。衆院特委で赤嶺氏が追及
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-06-06/2015060601_01_1.html

さらに赤嶺氏は、安倍政権が自衛隊を派兵して軍事支援したイラク戦争では、根拠とした大量破壊兵器が存在しなかったと指摘。しかし、安倍政権はその検証も行っていないとして、「無法な戦争に加担したことへの責任もとらない政府が戦争法案を提出することなど許されない」と厳しく批判しました。

引用した内容には直接的な関係はないかもしれませんけれど、連想したことを。

「無法な戦争に加担したことへの責任」

国家の責任とは何でしょうか。国家が果たすべき責任で最大のものは何でしょうか。私は、国民の生命財産を護ることが第1の責任、それから国民の名誉を護ることではないかと思います。そういったことえを考えると、イラク戦争でアメリカに加担したことは間違っていないと考えます。日米同盟を弱体化させたら日本国民の生命に対する危険が高まります。違法な戦争に加担してしまったことは不名誉なことかもしれませんが、名誉よりも生命の方を優先したとしても非難できません。

  *        *        *

護憲も憲法九条も立憲主義も大事な事ではありますが、学門というか言葉の世界(名誉と同レベル)の問題です。それを、特に憲法九条を護っていて生命財産は護れるのでしょうか。

私は憲法よりも大事なものがあると思います。それは現実世界であり国民の生命財産です。日本国民が憲法を改正できないのであれば、間違った憲法を抱いたまま死んでゆけ、というも道もあるとは思いますが、憲法を無視してしまうのも道ではないかでしょうか。

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