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2015年8月24日 (月)

恐怖は本物だったが、危険は偽物だったのでは?

恐怖は本物だったが、危険は偽物だったのでは?

現代ビジネス:愚か者たちの川内原発「再稼働」全舞台裏 「日本が滅びるかも…」あの恐怖を忘れていいのか
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44883?page=3

苦しみや悲しみを忘れてしまいたいと思うのは人の性かもしれない。だが、それを見越して「どうせすぐ忘れる」とタカを括り、見かけだけは頭を低くしてきた原子力ムラの人々によって、原発は動きだしてしまった。

4年前に誰もが恐怖した、「日本が滅びるかもしれない」という感覚。70年前の戦争と同様、それだけは忘れてはならないのではないか。

4年前の恐怖は本物だった。自分は首都圏に住んでいるけれども、子供を西日本にある実家に行かせることを考えた。預金も多めにおろして現金が家にあるようにもした。パニックが起きると交通機関が利用できなくなるのではと心配した。

あの時、怖かったのは事実だ。

では、本当に危険だったのだろうか?

福島原発事故で漏洩した放射能で死傷者はゼロだ。あれだけの事故があったのに漏洩した放射能での死傷者はゼロ。

死傷者ゼロが現実なのだ。

4年たっても健康被害の気配もない。あやしげな「鼻血」はあっても医学的にきちんと検証されたものはない。これは、たとえあったとしても、あったのか無かったのか判らない程度の小さなものでしかないと言うことだ。

怖かったの事実、でも危険は大きくはなかった。

   *       *       *

「4年前に誰もが恐怖した、『日本が滅びるかもしれない』という感覚。70年前の戦争と同様、それだけは忘れてはならないのではないか」

お化けに驚かされたけれど、そのお化けが偽物だった時、お化けを怖がりつづけるのは正しいことだろうか。お化けに驚かされたことは忘れてはならないけれど、お化けが本物でなかったことも憶えておかなければならない。

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コメント

東電のトップに原発について知見がある人がいて、保安院のトップにやはり原発の知見がある人がついていて 安倍さんが首相であったら、何も起きなかったと断言できます。

東電・保安院は東大卒の通産天下りで、菅が首相で  危険なんて俺知らん パフォーマンス命だもんね ではああなるしかない。
それでもあの程度ですんだ。現場ががんばったのでしょうね。いつものことだけど。

投稿: 八目山人 | 2015年8月25日 (火) 09時23分

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