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2015年8月 1日 (土)

責任は誰にあるか

責任は誰にあるか

朝日新聞 社説:原発事故起訴―新たな検証の機会に(2015年08月01日)
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1

膨大な犠牲と悲劇を生んだ東京電力の福島第一原発事故。その東電元幹部の刑事責任が裁判で問われることになった。

検察審査会が再び「起訴すべきだ」と議決し、強制起訴される見通しだ。入院中に被災し避難中に死亡した人たちなどへの過失が問題とされている。

国会の事故調査報告書は「事故が『人災』であることは明らか」としている。だが、これまで政府や東電の関係者で、政治的、行政的であれ、処分を受けた人はなく、だれも責任はとっていない。

東京電力の経営者達に責任があることは明確だ。しかし、それで満足して良いのだろうか。

「入院中に被災し避難中に死亡した人たち」

現実の被害、漏洩した放射能での死傷者がゼロであることを考えたら、避難しなかったら助かったんじゃないかと思わざるを得ません。

避難することを決断したのは誰なのでしょうか。その者に責任はないのでしょうか。避難を決断した理由はなんなのか。そういった事を考えてしまうと、東電に責任があることは明確だけれど、それだけで終わってしまって良いのだろうかと考えてしまいます。

  *        *      *

事故発生の責任と共に、過剰避難の責任も追求するべきです。

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