« デモ民主主義? | トップページ | 野党の予言とノストラダムス »

2015年9月29日 (火)

武力が無ければ

武力が無ければ

西日本新聞 社説:辺野古移設問題 「自己決定権」の問い掛け
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/197806

この演説について菅義偉官房長官は「(人権理事会で)基地問題が取り上げられたことには強い違和感を受ける」と批判した。

しかし「沖縄に自己決定権を」とする翁長知事の訴えは、重い意味を持つ問題提起である。もちろん「外交と防衛は国の専管事項」という原則は理解するが、国がその原則を盾にして特定の一地域に過重な負担を押し付け続けるのは許されないだろう。

何らかの形で、基地問題で沖縄の声をくみ取る枠組みはできないか。難しい問題だが、無理だと切り捨てずに模索していくべきだ。

完全な自己決定権が欲しければ、他者からの強制・干渉を排除するだけの実力(武力・経済力)が必要だ。残念ながら沖縄には十分な実力がない。そして、国際社会は弱小国・弱小な民族には冷たい。甘い言葉を与えることはあっても、なかなか現実的な行動には結びつかない。

ウクライナやシリアやアフガニスタン、ウイグル族やチベット族の状況を見てみれば良く判る。

国連で演説し、仮に好意的な反応があったとしても、何かあったときに、具体的に(言葉以外で)助けてくれることを期待してもムダだ。

  *        *       *

「何らかの形で、基地問題で沖縄の声をくみ取る枠組みはできないか」

選挙権があり、国会に代表者を送っている。報道の自由、言論の自由があり、沖縄の状況は全国に報道されている。これ以上何が必要なのだろうか。少なくとも出発点としては充分なものだ。

それとも、沖縄に特別な地位を与えることを要求しているのだろうか。しかし、優遇と差別は表裏一体だ。沖縄差別につながりかねない危険な道だ。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« デモ民主主義? | トップページ | 野党の予言とノストラダムス »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/62374806

この記事へのトラックバック一覧です: 武力が無ければ:

« デモ民主主義? | トップページ | 野党の予言とノストラダムス »