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2015年9月11日 (金)

何故だろう?

何故だろう?

中日新聞 社説:真実を伝える覚悟 桐生悠々を偲んで
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2015091002000112.html

悠々は四一(昭和十六)年九月十日に亡くなる直前、他山の石の廃刊の辞として「戦後の一大軍縮を見ることなくして早くもこの世を去ることは如何(いか)にも残念至極」と書き記し、自ら発送しました。

悠々が見たいと切望した一大軍縮は戦後、日本国憲法九条に結実しますが、安倍内閣は憲法の解釈を変えて「集団的自衛権の行使」に道を開こうとしています。

悠々が指摘した「永久に軍備拡張の競争戦」が再び繰り返されることはないのか。政府の言い分を鵜呑(うの)みにせず、権力に抗して、自らの判断力で読者に訴える。その志と気概は、私たちが受け継がねばと、悠々を偲(しの)んで思うのです。

戦後の日本の非武装・軽武装はアメリカの軍事力を背景としたもので、「悠々が見たいと切望した一大軍縮は戦後、日本国憲法九条に結実します」と言っても、それは軍事力を背景しにた部分的な軍縮にすぎません。

世界全体を広く見たら「軍縮した」などと喜ぶことは出来ないのではないでしょうか。

  *        *        *

中日新聞の、この社説も特徴的であるけれども、決してバカには見えない。十分に知的で知識も教養もあるように見える文章だ。しかし、何故だか世界が、現実世界が見えていないような事を言う。

それは何故だろう、不思議でたまらない。そして、それでは説得力がない。サヨクが負けつづけている理由のひとつだろう。

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