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2015年11月 8日 (日)

人権は宗教

人権は宗教

朝日新聞 社説:夫婦別姓 問われる「憲法の番人」(2015年11月08日)
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1

政治が手をこまねいている以上、最高裁の出番である。

憲法学者の樋口陽一さんは、こう唱える。「『みんなで決めよう』が民主主義だとすれば、『みんなで決めてしまってはいけないことがある』という考えのうえに成り立っているのが、人権」である、と。

みんな=多数で決めた法律が、少数派の個人の権利を侵していないか。厳しくチェックするのは、最高裁の役割だ。

「みんなで決める」ことの出来るもの、例えば政治的案件。

「みんなで決めても正しさに関係のないこと」、たとえば科学や宗教の問題。

では、「みんなで決めてしまってはいけないことがある」という考え方は、政治・科学・宗教のうち、どれに近いだろうか。

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「人権」という考え方は宗教に似ている。

宗教であることは問題ではない。問題は、それで多くの人が幸せになるかどうかだ。

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人権は(弱者ではなく)強者の為にある、と言うと反発する方も多いだろう。しかし、「◯◯は人権だ」と言い、周囲に認めさせることの出来る人間は、弱者というより強者だろう。

そして選択肢が増えることは良いことではあるけれど、弱者にとっては良くない場合もある。例えば、安楽死だ。私は、完全な自由意志での安楽死を否定しないけれど、安楽死を認めると、死を選択することを強制されるケースが出てくるだろうことを考えると、安楽死を認めることは出来ない。

夫婦別姓にも似た面がある。完全な自由意志で別姓を選択するなら(私は好まないが)まだしも、周囲に強制されての夫婦別姓の場合はどうだろうか。

結婚を相手の家族に反対されて「貴方を◯◯家の一員としたくありません。◯◯の姓を名のならないなら結婚を認めましょう」と言われたらどうなるだろうか。

レアケースではあっても、夫婦別姓を認めることで傷つく人間が出てきてしまう。

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人権は宗教に似ていて、それは強者に利用される(弱者がおこぼれにあずかる場合もある)。

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コメント

夫婦別姓をみとめると、元々別姓が普通である
韓国人・中国人に有利になるそうです。

投稿: にゃ | 2015年11月 8日 (日) 09時11分

7年前の国籍法改悪でも、親と言うある種の強者のためと言う感が否めませんね。
よしんば子供の人権と言う建前でも、親が無関心であったならば、そう言う話は出なかったでしょう。むしろ、子供に国籍を押し付けることで親が得をするという構図があればこそ、それを人権とする必要が出た訳です。

投稿: DUCE | 2015年11月 8日 (日) 11時24分

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