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2015年11月 1日 (日)

民主国家維持の条件

民主国家維持の条件

中日新聞 社説:多数決がのし歩いては 週のはじめに考える
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2015110102000104.html

安全保障関連法の強行可決にみられるように、国会ではますます「数の論理」が幅をきかせています。でも、多数決は本当に万能なのでしょうか。

掃除当番は面倒なものです。誰も進んでやりたくない仕事です。でも、毎日、誰かが引き受けなければなりません。そこで、こんな提案がありました。

「誰か一人にやってもらおう」

そうして、「誰か」にA君が指名されてしまいました。来る日も、来る日もA君が一人で掃除当番を引き受けるという案です。

みんなで多数決をした結果、「A君が毎日、一人で掃除当番をする」という案が過半数になってしまいました。

さて、こんな投票は許されることなのでしょうか。こんな多数決は有効なのでしょうか。

A君は実力行使をするべきだ。具体的には「独立運動」。

  *       *        *

いや、A君が毎日掃除を行なう合理的な理由がない場合だけれど(他の人達が掃除当番以外の仕事をしていたりしたら、A君が毎日掃除を行なうのもアリになる)。

  *       *        *

民主主義の政治には、必ず「否定された少数派」が存在する。その人達は、可視化(見える化)されてしまう。明確に否定されたら傷つく。

傷ついても実力行使をしないのは、なぜだろうか。それは「仲間」だからだ。話し合うべき相手だからだ。民主国家は「仲間意識(ナショナリズムと言っても良い)」に支えられている。

  *       *        *

単純な損得や正邪の判断では民主国家は維持できない。

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