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2016年1月25日 (月)

民主主義は差別、ですから

民主主義は差別、ですから

東洋経済:難民問題はもやは欧州だけの問題ではない 気候変動対策のような国際行動が不可欠
http://toyokeizai.net/articles/-/101256?page=2
難民問題はもやは欧州だけの問題ではない
気候変動対策のような国際行動が不可欠

移住者を保護するシステムを構築するために、気候変動のための対策と同じような国際的な行動を16年に起こさなければならない。2000万人の難民と、立場の弱い数百万人の移住者の生死を分ける問題であり、全世界の民主主義社会の健全さを問う深刻な試練でもあるのだ。

民主主義は根本のところに差別をかかえています。それは、参政権を持っている人間の決め方です。

私は日本国籍を持っていて日本の参政権を持っています。それは、私が日本国民の子供として生まれたからです。在日外国人の方は、(帰化しなければ)何十年、何世代、日本でくらしても日本の税金を収めても、参政権は与えられません。

日本以外の民主国家でも同じようなものです。判断基準は異なっていても出生によって政治的権利が決まっていることは同じです。

出生によって政治的権利が決まる、これを差別と言わなくて何を差別と言えるのでしょうか。

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難民としてヨーロッパへ行く人間は、当然、ヨーロッパの国の国籍を持っていないし、参政権もありません。

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民主社会は「統合」されている必要があります。民主主義では必ず「意見を否定された少数派(野党)」が存在します。その否定された側が、それでも社会の一員であり、社会の決定に従うのは、その社会の仲間だからです。

それに対して難民は統合されていなければ仲間でもありません。

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人間は仲間とそうでないものを区別します。仲間に対する援助とそうでない者に対する援助はまったく違うのは自然なことです。

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「全世界の民主主義社会の健全さを問う」

民主主義社会は仲間(国民)とそうでないもの(外国人)を峻別します。民主主義社会が外国人である難民に冷たいのは自然なことで、難民を受け入れないからといって、優しくないとは言えても、健全ではないとは言えません。

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