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2016年2月14日 (日)

宗教的禁忌でないなら

宗教的禁忌でないなら

47NEWS:【ロングストーリー~「どう生きる」2人の自問】「捜す」最後の1人まで/「原発安全」痛恨のうそ 
http://www.47news.jp/47topics/shinsai5nen/2016/02/post_20160212124857.html

▼津波と原発事故

津波と原発事故 東京電力福島第1原発事故の避難指示に伴い、半径20キロ内外の福島県南相馬市や浪江、双葉、大熊、富岡、楢葉の各町では、津波に巻き込まれた人の救助捜索や遺体収容が震災発生から約1カ月行われなかった。地元消防団員は「政府の避難指示が出た2011年3月11~12日の夜、うめき声や助けを求める声が暗闇からいくつも聞こえた」と証言。生存者が放置され亡くなった可能性があるが、詳しい実態は分かっていない。浪江町の遺族約370人は東電に精神的被害の賠償を求め、13年に裁判外紛争解決手続き(ADR)で和解した。

原発や放射能に対する姿勢が宗教的禁忌でないならば、現実的な被害予測をするべきで、仮に救助隊が避難指示された地域に入った場合の被曝の程度と健康被害の程度を予測するべきです。そして、それが一般の被災現場への侵入と比べてみるべきです。

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福島原発事故の時の行動を非難するつもりはありません。だって、知識不足・経験不足で、原発事故で放射能が漏れたら何万人も死ぬという危険神話がありましたから。

でも、現在は違います。原発は事故ることもあるけど、同時に、死傷者が出るほどの漏洩はないと言うか、あれだけの爆発を起こしても漏洩した放射能では死傷者は出ませんでした。であれば、被爆しつつの救助を検討するべきです。

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もし、救助隊が侵入して被爆しながら救助したとしたら、救助隊はどの程度の被害をうけたのか。そのことを考えないとしたら、それは、次の被害を減らすことに無関心と言わざるを得ません。

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放射能に対する態度が宗教的禁忌でないなら、漏洩した放射能での死傷者が出ていないという現実を見るべきです。

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