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2016年3月18日 (金)

欠けているもの

欠けているもの

毎日新聞 社説:高校と政治活動 届け出制は行き過ぎだ
http://mainichi.jp/articles/20160318/ddm/005/070/028000c

主権者教育の推進にそぐわない動きである。

選挙権年齢の18歳以上への引き下げに対応し、生徒によるデモや集会への参加など、学校外での政治活動に事前届け出を義務づける動きが具体化している。愛媛県は59ある全ての県立高校が届け出制を採用するため、校則を改めることが分かった。



校外活動を解禁した文科省の新通知は学校が禁止、制限できる例外として「違法、暴力的なおそれが高い」「学業や生活に支障がある」場合などを示す。全般的な届け出制はこうした趣旨すら逸脱する。生徒の主権者としての行動を尊重すべきだ。

言論の自由・政治の自由の観点から言えば、この社説は正しい。学校側に参加するデモや集会に知られるということは政治的傾向を知られるということで、生徒と学校の力関係を考えれば望ましいことではない。

では、何故、学校は届け出を求めるのだろうか。生徒の政治活動を制限したいのではなく、トラブル防止であり、トラブル発生時の判断材料にする為だろう。

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ある人間や組織の行動を制限するなら、その行動により達成されていたことを諦めねばならない。あるいは、他の方法が見つかるまで結果を待たねばならない。

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学校が届け出を求めるのは安全の為だろう。学校に届け出を求めないように要求するなら、生徒の政治活動についての責任を学校に求めてはならないのではないか。

つまり、引用したこの社説には欠けているものがある。

「届け出制は行き過ぎだ」と言うのであれば、同時に「生徒の政治活動に対して、学校に責任はない」と言わなければならない。「政治活動の現場で生徒がトラブルに巻き込まれても、我々は学校の責任を問わないし、そのような言動に反対する」と言わなければならない。

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要求だけして、その要求が通った時の結果や副作用に対して無責任・無自覚な人間や組織を信用してはならない。

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コメント

我が国の場合、よしんば学校の外での行為だに、そこの学校の生徒と言うだけで、その学校の責任が問われる事が多すぎます。
うした現状が払しょくされない限り、学校としても生徒の、外での行動だに制約を課したくなるのも仕方がない事でしょう。

投稿: DUCE | 2016年3月18日 (金) 08時49分

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