« 「産む・育てる」という社会貢献 | トップページ | 政府が公開することと私人が暴露すること »

2016年4月 7日 (木)

福島原発事故の教訓

福島原発事故の教訓

中日新聞 社説:川内原発抗告審 福島の教えはどこへ
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2016040702000142.html

司法がまた揺れている。福岡高裁は、巨大噴火のリスク評価や事故時の避難計画に問題があったとしても、九州電力川内原発の稼働には合理性があるという。3・11の教訓無視だ。納得できようか。



想定外のことは起きる。核の制御は本当にできるのか-。

3・11がのこした大きな教訓だ。その教訓の上に立ち、司法の中にもようやく「原発の安全性については、原則、専門家の指針に基づく行政の判断に委ねる」(一九九二年、伊方原発訴訟)という古い最高裁判断よりも、住民の生命と安全を守るという視点から、自らの判断を明らかにするようになったはずではなかったか。

このような安全軽視の「不合理」は、規制委や規制基準への信用を、なおさらおとしめるだけではないのだろうか。

私にとって福島原発事故の最大の教訓は「意外と死なない」です。原発事故の前は、原発で爆発事故があって放射能が漏れたら何百万人も死者が出る、周囲は死の国になると思っていました。ちょっと大袈裟ですが。

結果はどうでしょうか。漏洩した放射能での死者はゼロ、原発周囲の立入禁止区域は野性の王国となりつつあります。そして、死者は漏洩した放射能ではなく避難ストレスで出ています。放射能の危険性はともかく、避難しすぎであること、怖がりすぎであることは明確です。

これが私にとっての福島原発事故の教訓です。

  *        *        *

いのちが大切であるなら、いのちが失われた原因を理解しなければなりません。引用した社説もそうですが、そのことを忘れた反原発の言論には説得力を感じません。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« 「産む・育てる」という社会貢献 | トップページ | 政府が公開することと私人が暴露すること »

コメント

菅義偉という人物を通じた在日支配の完成→ http://this.blog.jp/archives/57919109.html

投稿: 【在日支配の完成】 | 2016年4月 7日 (木) 07時15分

20年位前の東海村の核燃料臨界事故の時は、臨界を止めるための決死隊作業員の先発2名が、その事故後に無くなったわけだが、極めて想定外の東日本大震災と津波による福島台地原発の事故では、死者が1名もいないのだから、今ある原発を再稼動させるのは、合理的だと思うな。 

投稿: 北極熊 | 2016年4月 7日 (木) 13時32分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/63450753

この記事へのトラックバック一覧です: 福島原発事故の教訓:

« 「産む・育てる」という社会貢献 | トップページ | 政府が公開することと私人が暴露すること »