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2016年4月15日 (金)

違いが判らない

違いが判らない

東洋経済:なぜG7は「核廃絶宣言」に踏み込めないのか 核と通常兵器の差を、世界の大多数が知らない
http://toyokeizai.net/articles/-/113657?page=3

その人の主張は、「核でない通常の爆弾でも多数の犠牲者が出る。第二次大戦中のドレスデン(ドイツ)でもそうだった。核と非核の違いは程度問題だ」ということだった。ドレスデンでの被害は1945年3月10日の東京大空襲とほぼ同じ規模であり、欧州戦線では最も激しい空襲の一つとして有名だ。もし、この人の論法を使えば、広島・長崎と東京での被害に質的な差はないことになる。

このような人に核兵器の非人道性を理解させるにはどうすればよいか。説明の方法を工夫する必要があるのはもちろんだが、国によっては安全保障理論を変更するわけにはいかないという事情があり、言葉で説明や論争をしても限界があることは前述した。

いちばん良い方法は、被爆地へ行き、そこで核兵器のものすごさ、おびただしい数の無辜の市民を殺傷し、長きにわたって苦しめるという核兵器の実相を直接感じ取ることだ。原爆投下からすでに70年以上が経過し、今感じ取れることはごく一部に過ぎないが、それでも言葉による説明とは比較にならないインパクトがある。

広島の平和公園にも平和記念資料館にも行ったことがありますが、私には東京大空襲より広島の犠牲の方が悲惨であるとも非人道的とも思えません。

確かに核兵器の威力は大きく一発で都市を破壊できるし、大量に使えば地球環境そのものを破壊しかねません。でも、通常兵器でも大量に使えば都市を破壊できるし、非現実的な量があれば地球環境も破壊できるでしょう。

「核と非核の違いは程度問題だ」

私も、そう思ってしまっています。人間の死は人間の死です。核兵器で殺されたら悲惨で、通常兵器なら悲惨じゃないとか悲惨さが減るとは思えません。

  *         *        *

核兵器が廃絶できたら良いとは思いますけれど、核兵器だけを特別視するのは間違っていると思います。

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