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2016年5月31日 (火)

反権力?

反権力?

朝日新聞:古舘伊知郎さん「敗北だった」 キャスター経験12年間
http://www.asahi.com/articles/ASJ5T05Y6J5SUCVL031.html?iref=comtop_8_01

――12年間を振り返ると?

「外交、政治、経済にくわしくもない、ど素人が、重い任を背負ってしまった。負い目や不安はいっぱいある。僕は(いずれもTBSの『NEWS23』に出ていた新聞記者出身の)筑紫哲也さんでも、岸井成格(しげただ)さんでもない。ジャーナルな目線はあまりなかったと、正直に認めます。ただ、テレビという情動のメディアで、反権力、反暴力、反戦争という姿勢は持ち続けようとやってきた。その自負は、あります」

「反権力、反暴力、反戦争という姿勢は持ち続けよう」

反暴力、反戦争はわかるけれど「反権力」である必要があるのだろうか。

  *        *        *

いわゆるサヨクと言われる人達の言動を聞いていて、違和感を憶える時がある。「反権力」であることが良いことだという思い込みがあるのではないだろうか。

暴力が良くないこと、戦争が良くないことには疑いようがない。必要悪であるかもしれないが、悪であることには違いない。しかし、権力(あるいは政府)は悪だろうか。

  *        *        *

政府に反抗しさえすれば良いのだ、と言うような浅薄さを感じてしまう。

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2016年5月30日 (月)

民進党や共産党よりマシ

民進党や共産党よりマシ

NHK:岡田代表 “アベノミクスは失敗と認めるべき”
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160528/k10010538561000.html

民進党の岡田代表は金沢市で記者団に対し、安倍総理大臣が消費税率の引き上げを再び延期する考えをにじませたことに関連し、「リーマンショック直前の状況に近いという話は聞いたことがない」と述べ、アベノミクスは失敗したと認めるべきだと批判しました。

アベノミクスは望んだほどには成功していませんけれど、失敗というほど失敗はしていません。大学・高校ともに就職率は高い状態ですし失業率は低いのです。

  *        *       *

旧民主党政権下では、デフレで実質賃金は上昇しましたが、失業も増えました。

公務員のような失業の心配がない人々にとっては、旧民主党政権のような政策が良いでしょう。アルバイトで生活を支えている人々、非正規などの不安定な雇用で働いている人々にとっては、アベノミクスのような政策が良いでしょう。

  *        *       *

私は、多少、実質賃金が下がったとしても、就職できる、倒産しない、失業しない方が良いと思います。安定した職の人が多少我慢させられても、不安定な職の人が働ける方が良いですから。

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2016年5月29日 (日)

謝罪要求をやめられますか

謝罪要求をやめられますか

朝鮮日報:【コラム】安倍首相訪韓でオバマ氏広島訪問を再現できないか
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/05

バラク・オバマ米大統領が27日、現職の米大統領としては初めて被爆地・広島を訪問して演説した。オバマ大統領は「朝起きて見る子どもの最初の笑顔、台所の食卓越しに感じる夫婦の優しい触れ合い、両親との温かい抱擁、そうした大切なひとときが71年前、ここにもあった」「戦争で亡くなったすべての罪のない犠牲者たちを記憶するため、ここを訪れた」と述べた。そして、高齢となった広島の被爆者代表を抱きしめた。被爆者代表は、オバマ大統領に笑顔を見せて語りかけた。こうした場面が韓半島(朝鮮半島)でも再現され、安倍首相が元慰安婦の被害女性たちに会うことはできないのだろうか。いたわり、許すことにより、韓日両国の新たな未来を切り開く場面が、広島のオバマ大統領を見ている間、ずっと頭の中に描かれていた。

日本が声高に謝罪要求をしていたなら、オバマ大統領の広島訪問はなかったでしょう。日本にも謝罪を求める声はありますけれど、謝罪しなくてよいという声はもっと大きかった。同じようなことが韓国に出来るでしょうか。出来れば、「安倍首相訪韓でオバマ氏広島訪問を再現」できるでしょう。

私には韓国が謝罪要求を止められるとは思えませんけれど。

 *        *        *

それに、そもそも「従軍慰安婦」などというものが存在したのか、とか、娘を売った(騙した)のは誰かという問題もあり、日本側だけでなく韓国側の業者の子孫はどうするのかと言った、そもそも論もありますしね。

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2016年5月28日 (土)

めんどくさい国

めんどくさい国

朝鮮日報:旭日旗:6カ国演習艦船が済州基地入港見送り、韓国世論に配慮か
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/05/26/2016052600605.html

日本帝国主義の象徴である旭日旗を掲揚し、韓国の海上で演習を行った日本の艦船が韓国海軍の済州基地への入港計画を撤回した。旭日旗に対する強い反感を持つ韓国世論を意識した措置とみられる。



旭日旗は日本の海上自衛隊が現在軍旗として使用しており、日本の艦船が旭日旗を掲げて済州港に入港しても、自国の国旗と軍隊旗を掲揚することが慣例の国際法からみて、韓国側がそれを制止する方法はない。

しかし、韓国では報道を受け、旭日旗を掲げた日本の艦船が済州基地に入港することは認められないとする世論が沸騰した。演習参加国は対応を検討した後、済州基地には入港しないことを決めた。6カ国は済州沖で合同演習を終えた後、再び鎮海港に戻り、演習の講評を行う予定とされる。

韓国が旭日旗を「戦犯旗」などと非難しはじめたのは、いつからでしょうか。ネットで調べると2011年1月のサッカー日韓戦での韓国代表の差別的パフォーマンスについての言い訳からだそうです。これが事実かどうか私には判りません。しかし、少なくとも自分が子供のころには問題視されていませんでしたし(そのような記憶はありません)。社会に出て(1980年ごろ)からも、指紋押捺問題とか慰安婦問題はありましたが、旭日旗は問題視されていませんでした。

30~40代以上であれば、記憶を探ってみてください。子供の頃、大人になった頃に慰安婦問題が騒がれるように旭日旗が問題にされていた記憶があるでしょうか。私にはありません。

    *         *       *

韓国が旭日旗を問題にしはじめた現員が2011年の試合にあるかどうかは問題ではありません。戦後50年も60年もたってから問題にしはじめたのが問題なのです。

将来について安心できないことが問題なのです。つまり、いまいま問題にされていないこと、戦後何十年もたっても問題にされていないことが、ある日、突然、問題にされるようになると言うことです。普通、いま問題がなければ、問題を起こすような行動がなければ大丈夫なのですが、韓国については違います。日本が、日本の自衛隊などの組織が問題を起こさなくても、韓国は(韓国の都合で)突然問題にするようになるのです。

    *         *       *

安心できないと言うか、韓国はめんどくさい国と感じます。

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2016年5月27日 (金)

誰が?

誰が?

愛媛新聞 社説:ヘイトスピーチ法成立 差別許さぬ不断の努力後押しを
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017201605264687.html

だが、懸念されるのは「適法に居住」「日本以外の出身者」の要件。野党が「不法滞在の外国人やアイヌ民族への差別的言動が野放しになる」と批判したが、与党は修正しなかった。

これでは難民認定の申請者や外国人旅行客なども対象外。何より、差別を受けない権利は在留資格の有無にかかわらず、等しく保障されるべきだ。より弱い立場の人々を切り捨て、救済範囲を極力狭めようとする姿勢は、到底看過できない。

表現の自由の侵害を危惧すべきはむしろ政権側の「乱用」。自民党は、ヘイトスピーチ対策にかこつけ国会周辺の政治デモの規制を検討しようとした「過去」がある。沖縄をはじめ政治的な動きへの抑圧につながらぬよう、監視が欠かせない。

政府を監視することが必要であることに疑いはないし、もちろん反対もしない。しかし、「縄をはじめ政治的な動きへの抑圧につながらぬよう、監視が欠かせない。 」などという文章を見ると、思わず、誰が監視すんの?とか、違反や危険と判断する人間は誰なの?と思ってしまう。

   *         *        *

誰が、国民などという抽象的なものではなく、具体的な存在としての誰か、その誰かが「問題ない」と判断したらマスコミに流されることもなく問題にされない。そんな最初の監視者(現場の監視者)になるのは誰だろうか。

その誰かに、どんな人間がなるかで現実は大きく影響される。

   *         *        *

「~監視が欠かせない」、こういった正しいけれども運用次第で結果は変わる言葉(文章)がある。運用者自身でどうにでもできる。力を持っている人間にとって都合の良い言葉がある。

これはサヨクや野党だけの話ではない。右翼や保守の側の言葉にも、解釈次第でどうにでもなる言葉がある。例えば「愛国心」とか。

   *         *        *

重箱の隅をつついているようだけれど、こういった曖昧で強者にとって都合の良い言葉を目にすると不安になる。

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2016年5月26日 (木)

格差と貧困と社会不安

格差と貧困と社会不安

中日新聞 社説:「持続可能」の決意示せ 伊勢志摩サミット
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2016052602000120.html

「持続可能な発展」という概念が初めて示されたのは、ノルウェーの女性首相ブルントラント氏が委員長を務めた国連「開発と環境に関する世界委員会」が一九八七年に発表した報告書。当時、大きな課題と考えられたのは人口爆発であり、環境汚染であった。

今は、広がる一方の貧富の格差であり、地球温暖化であろう。

例えば、先進国が主導してきた経済のグローバル化は幸せな人を増やしたのだろうか、幸せになれない人を増やしたのだろうか。

貧困は不満の温床である。貧困を解消するには、富が偏在してしまう今の仕組みを改めねばなるまい。そうすれば、手探りのテロ対策にも光が見えてくるだろうし、難民問題もなくなるはずだ。

格差は貧困の原因だろうか。社会の富が一定で富の移動(取引・商売)もなければ、そのとおりだろうが、富が増減し取引されるとき格差が原因と言えるのだろうか。また、貧困が不満の温床ではなく、不公平感が不満の温床ではないだろうか。

  *        *       *

格差の解消に反対はしないけれど、格差を無くせば不満が解消されテロや難民問題も解決するかのような考えには賛成できない。

  *        *       *

格差の解消以上に大切なのは、富裕層の自覚だ。富裕層は多くの税金を支払っているが社会の安定から多くの利益を得ている。日本の金持ちは日本という国家や社会の安定があってこそ、財産を獲得できたし維持も出来ている。極端に言えば、日本で革命が起きたり内戦状態になってしまうと、彼ら富裕層といえども稼ぐことも出来ないし、財産も革命政府や非公式の武力集団に奪われてしまうだろう。富裕層こそ現在の社会を維持するための理由を持っている。

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2016年5月25日 (水)

民意を歪める

民意を歪める

読売新聞:民進・共産の2氏、選挙協力について議論
http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/2016/news1/20160524-OYT1T50177.html?from=ytop_main7

共産党の小池書記局長と民進党の岸本周平衆院議員は24日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、両党の選挙協力について議論した。

小池氏は、参院選香川選挙区(改選定数1)で共産党公認の野党統一候補が実現したことについて、「野党協力がより力強い相互協力という形になる。他の選挙区で共産党の支持者の力が出る」と評価した。岸本氏は、与党からの野合批判について、「共闘も野合も意味は一緒だ。票を食い合って自民党を利することをしないということだ」と述べた。

完全な選挙制度は存在しないけれども、選挙協力は民意を議会に届けることについて、どのような影響があるのだろうか。

各政党の主義主張よりも「票を食い合って自民党を利することをしない」ことを優先する。反自民であることが第一という選択肢を示し、政党の主義主張を引っ込める。それは正しい選挙のありかたとは思えない。

  *        *        *

選挙は戦いであり、直接的な暴力を使わない内戦、言葉と数で戦う内戦であるとも言える。戦いであるなば、戦略戦術があって当然で選挙協力もあって当然だ。しかし、選択肢を自民と反自民にまとめることは、民意を議会に反映するという意味において正しいのだろうか。

  *        *        *

仮に選挙に勝ったとしても、反自民なだけでは政権は維持できず、混乱もたらすことは前の民主党政権で明らかだ。選挙協力は、その混乱を繰り返すということが共産党と民進党の国民に対する提案ということを示している。

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2016年5月24日 (火)

強い立場を利用する

強い立場を利用する

産経新聞 主張:校門で反安保ビラ 先生こそ再教育が必要だ
http://www.sankei.com/column/news/160524/clm1605240001-n1.html

教育の場に政治を持ち込むことこそ不当な介入である。教育の政治的中立を明記した教育基本法など関連法規を持ち出すまでもない。だが、教員の資質に疑問を生じる問題が絶えない。

「反安保」の例だけでも昨年、新潟市の市立小学校で担任が安保関連法に反対するビラを配布したほか、今春に千葉県立高校の元教諭が無断で持ち出した生徒の個人情報を使い、封書を送って卒業生に署名を要請した。

教師と生徒、どちらが強い立場でしょうか。強い立場を利用して政治的な活動をして良いんでしょうか。

法的な判断は知りませんけれど、強い立場を利用して、それも公的な立場を利用して、自分に対して弱い立場の人間に対して政治活動をすることは、良くないと思います。それは公的立場の私的な利用ですから。

政府や地方自治体の職員が出入りの業者に私的な要求をするようなものとも言えます。

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強い立場を利用する。あるいは、強い立場の人間から意に沿わないことを要求される。人間なら時々あることです。しかし、それを公的な立場で行なって良いとは思いません。

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2016年5月23日 (月)

気持ちがあれば何でも出来る?

気持ちがあれば何でも出来る?

西日本新聞 社説:米軍属逮捕 政府は沖縄とともに怒れ
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/246828

前途ある女性の命が無残に奪われたのだ。政府はその理不尽さへの怒りを沖縄と共有してほしい。

そして米軍関係者による犯罪防止の根本策として、沖縄の米軍基地の整理・縮小や地位協定の改定に向けて踏み出すべきだ。

政府がこれまで通りの「再発防止要請」だけで事態を収拾しようとするのなら、「怒りが足りない」と言わざるを得ない。

犯罪が存在しない社会は存在しない。ある程度の人数がありそれなりの期間存在する組織(人間集団)であれば必ず存在する。つまり、在日米軍が存在するかぎり在日米軍関係者による犯罪が無くなることはなく、在日米軍関係者による犯罪をなくそうと思えば在日米軍を撤退させる以外にない。

  *        *        *

シンプルな方法で在日米軍を撤退させることが出来る。日米安保条約を破棄すれば良い。しかし、そうすれば中国やロシアから侵略されかねない。

あるいは、いまの何倍も軍事費をかけて自衛隊を強化する必要がある。

  *        *        *

「政府は沖縄とともに怒れ」とか「怒りが足りない」、ですか。

気持ちがあれば不可能か可能になるような気持ち悪さがあります。「えらい社長」や「えらい監督」が社員や選手にむかって、やる気があれば出来る!とはっぱをかけているのと同じ気持ち悪さです。

必要なのは予算(お金)であり、知恵や技術なのですが、そういったものが無いとき「えらい人」や「強い立場」の人間が弱い立場の人間に、気持ちがあれば何でも出来る、出来ないのは気持ちや心がないからだと言うようなもの。

  *        *        *

政府や国民が、怒りさえすれば軍事力や軍事費の壁を突破できるような非現実的な妄想を書かれても困りますし、それを元に「怒っていない」と決めつけられても困ります。

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2016年5月22日 (日)

自由は悪いことももたらす

自由は悪いことももたらす

中日新聞 社説:主役は君たち、高校生 週のはじめに考える
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2016052202000111.html

東大安田講堂事件に象徴される大学紛争は六〇年代から七〇年代初めにかけて、全国各地の高校にまで広がった。その時代の卒業式で、生徒たちが述べた送答辞からの抜粋です。(小林哲夫著『高校紛争1969-1970』)

政治や学校教育の在り方について、生徒たちは自ら問いを立てました。今でも通じる問題意識が読み取れるのではないでしょうか。

そうした考えや価値観は、頭髪や制服制帽の自由化、定期試験廃止、学費値上げ阻止といった身近な要求へと転じます。さらにはベトナム戦争反対、沖縄奪還、日米安全保障体制粉砕のようなグローバル規模の要求へと高まった。

「頭髪や制服制帽の自由化、定期試験廃止」ですか。では、それを実行すると何がおきるでしょうか。制服を廃止して自由化すると、家庭の状況が学校に持ち込まれるようになります。貧乏な家の子供とお金持ちの家の子供で着ているものが違う。そういう状況が生まれます。また、自由を好き勝手と勘違いしたバカが生まれやすくなります。学校の治安は悪化します。

「定期試験廃止」で何が起きるでしょうか。じぶんで勉強する人にはたいした変化は無いでしょう。でも、強制されないと勉強しない人は、どんどん勉強をさぼるようになります。その結果、勉強できるひとと出来ないひとの差が大きくなるでしょう。そして、その差は将来の収入格差につながります。

     *       *       *

制服や定期試験は、とりあえずの治安や最低限の学力を維持するのに役立ちます。

     *       *       *

現体制に反抗してはならない、などとは思いません。しかし、浅薄な思慮で反抗しても良い結果は産まれません。

自分は技術者ですが、既存の製品や技術に対して「どうして、こうなっているんだ!」と思うことも度々あります。でも、変える前に、原因や理由を考えます。でないと、理由がある場合、新たなトラブルを起こしてしまいますから。

     *       *       *

しかし、1960年~1970年の学生左翼に比べて、現在の左翼の人たちは成長しているのだろうか。言っている事があまり変わらないように感じるのだけれど。

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2016年5月21日 (土)

それは「当たり前」ではなく「理想」

それは「当たり前」ではなく「理想」

茨城新聞 論説:1億総活躍プラン 実現性は確かなのか
http://ibarakinews.jp/hp/hpdetail.php?elem=ronsetu

子育てや介護に不安がなく、普通に働いて暮らしていける-。そんな当たり前の社会をどう実現するのかが今の日本の課題である。

安倍政権が「1億総活躍プラン」をまとめた。社会保障の基盤を強化して国民の安心感を高めることで、消費を底上げし、経済成長につなげる。「成長と分配の好循環」の実現を目指す総合的な政策という。

「子育てや介護に不安がなく、普通に働いて暮らしていける-。そんな当たり前の社会」、良く聞くフレーズというか言葉ですが、「子育てや介護に不安がなく、普通に働いて暮らしていける」のは「当たり前」なのでしょうか。

   *        *        *

子育てや介護の充実に反対しているわけではありません。しかし、人類社会の歴史で子育てに不安が無かった時代があったでしょうか。老人介護が負担でない時代があったでしょうか。

心配や不安の内容は時代時代で変わってゆくでしょう。しかし、内容が変わっても不安があるという事には変わりがありません。私には、民衆の誰もが「子育てや介護に不安がなく、普通に働いて暮らしていける」社会は「当たり前の社会」ではなく「理想の社会」だと思えるのです。

   *        *        *

子育てをした人なら判るでしょう。子育ての心配事は、子供が成長するにしたがって変わってゆくけれど、心配しているということ自体は変わらない。例えば1歳になるころに、一人で立てるようになりますが、立てるようになる前は「立てるようになるのだろうか」と心配してハラハラしますが、立ち上がれるようになると、今度は「転ばないか」と心配するようになります。

入試や就職といったことでも、「合格できるか」と心配し、合格したら「やってゆけるか」と心配することでしょう。

内容は変わっても、心配し不安になるということは変わらない。

   *        *        *

誰もが「子育てや介護に不安がなく、普通に働いて暮らしていける」、それは当たり前の社会ではなく、理想の社会です。

社会には(人生には)不安や心配事があって当たり前、人間の為すことですから、完璧でもなく矛盾もあるでしょう。改善の努力を怠ってはなりません。しかし、「理想」であることも意識しておくべきです。

でなければ、「子育てや介護に不安がなく、普通に働いて暮らしていける-。そんな当たり前の社会」という言葉が思考停止した不満を生み出してしまうでしょう。

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2016年5月20日 (金)

慰霊はできる

慰霊はできる

日刊スポーツ:亀井氏「おいでいただかないで」オバマ氏の広島訪問
http://www.nikkansports.com/general/news/1649928.html

亀井静香衆院議員は19日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で会見した際、27日に予定されているオバマ米大統領の広島訪問について、「反省もされず、謝罪もされないのであれば、おいでいただかないでほしい」と持論を述べた。

必要なことだったと信じているから、自分達に正義があったと信じているから謝罪も反省も出来ない。しかし、殺してしまった相手を悼み慰霊することは出来る。私はそう思う。だから「反省もされず、謝罪もされないのであれば、おいでいただかないでほしい」というのは狭量であるように感じる。

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2016年5月19日 (木)

日本は特別?

日本は特別?

中日新聞 社説:軍学共同研究 技術立国に逆行する
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2016051802000120.html

一五年度からは安全保障技術研究推進制度ができ、防衛省が直接、募集して研究費を配分し始めた。初年度はJAXA、豊橋技科大などの九課題が選ばれた。

第二次大戦の反省から、日本学術会議は軍事研究をしないと宣言した。民生用の研究に有能な人材が集まり、日本が奇跡的な成長を遂げる一因ともなった。

科学技術立国と言いながら、日本の研究予算は多くはない。国は国内総生産(GDP)比1%を目標とするが、0・7%前後だ。韓国、米国、ドイツより低く、研究費に苦しむ研究者は多い。宇宙だけでなく、海洋開発やIT、物質科学などの分野も軍学共同となれば、日本の将来を危うくする。

日本の平和運動について、子供のころから理解できなかった事があります。それは、引用した記事にもありますが、「第二次大戦の反省から、日本学術会議は軍事研究をしないと宣言した」というような日本が良い子にしていれば平和になるというような、相手のことを考えていない、自分は特別だというような考え方をすることです。

  *        *       *

日本が軍事研究をしなくても、外国は研究しています。軍事技術の進歩を止めたいのなら無意味です。

倫理的な意味は、少しはあるかも知れませんが、自己満足に過ぎません。何故なら、軍事から民間への転用があるように、民間から軍事への転用もあります。民間の技術研究をしているつもりでも、それが軍事に使われないなどという保証はありません。

  *        *       *

戦勝国が敗戦国に対して軍事研究を禁止する。これは理解可能です。相手の軍事力を弱めることは自国に有利ですから。

  *        *       *

日本学術会議は他国の同様な組織に対して、軍事研究を止めるように関わらないように働きかけているのでしょうか。私は寡聞にして、そのうような行動をしていると聞いたことがありません。日本国内でだけ働きかけているのであれば、子供っぽい自己満足にすぎません。

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2016年5月18日 (水)

品位

品位

朝日新聞:「民進・山尾氏はヒステリック」 おおさか維新・馬場氏
http://www.asahi.com/articles/ASJ5K5FH6J5KUTFK00D.html

(衆院予算委で)「男尊女卑政権」というような、言われのない発言で与党側を攻撃する。「男尊女卑政権」の前には(匿名ブログの)「(保育園落ちた)日本死ね」とかですね。国会議員が公の場で「死ね」とかいう言葉を発することが、青少年世代にどういう影響を与えるのかと。

おそらく学校では「誰々死ね」とかいう一時のブームになっているんじゃないかなと思います。

国会議員の発言の青少年に対する影響力を過大評価しているんじゃないかなとは思いますが、国会議員、つまり民衆を代表するものとしての言葉遣いという視点はあるべきです。

  *        *       *

民衆の代表者の言葉は、民衆の生活や言葉を代表するべきもので、つまり民進党の支持者が「死ね」などという言葉を日常的に使っているのであれば問題ない、いえ、問題ですが正しく代表しているとは言えます。

  *        *       *

議論の場であるべき国会で、「死ね」などと発言することは、国会を議論の場ではなく罵詈雑言をぶつけあう場に変えてしまいます。ただでさえ議論はイメージやレッテルの戦いになってきているのに、ますます劣化してしまいます。

民進党の山尾さんの発言は、国会や議論を劣化させるもので、私は、そのような発言をする政治家やそれを許す政党を支持する(投票する)ことは出来ません。

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2016年5月17日 (火)

韓国人の一般的認識なのか?

韓国人の一般的認識なのか?

朝鮮日報:【コラム】広島に行くオバマ大統領へ
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/05/16/2016051600776_2.html

私の中には、広島の惨状に同情する気持ち、核のない世界を応援したい気持ち、「日本の謝罪と同じくらい、韓国の寛容さも重要だ」と信じる気持ちがあります。それと同時に、「広島ではなかったら、もっと長い時間、苦しめられていただろう」という現実の判断もあります。

弱い国を侵略した国は日本以外にもたくさんありますが、日本より残忍で執拗(しつよう)な国はナチスドイツしかありません。この国が自らの罪業の結果に70年以上苦しむ姿は、時にふと疎ましくなります。一緒に記念館を見学した米国人記者は「ここには『1945年8月6日』だけがあり、それ以前の世界はなかったような空間だ」とぽつりと言いました。

筆者は朝鮮日報の特派員のようです。つまり、立派な新聞社で特派員をしていくらいですから高等教育も受けているでしょうし、無教養な人間のはずがありません。そんな人間が、公の場で「弱い国を侵略した国は日本以外にもたくさんありますが、日本より残忍で執拗(しつよう)な国はナチスドイツしかありません」と発言する。

  *       *        *

私は、世界史に詳しいわけではありませんが、アジアでもヨーロッパでもアメリカでも国々が興りまた滅亡していることを知っています。戦争も数多く起き、残酷なことも多々あったことも知っています。

日本が特別に優しい国だとは言いませんが、「日本より残忍で執拗(しつよう)な国はナチスドイツしかありません」と言えるとはとても思えません。

  *       *        *

私には、「日本より残忍で執拗(しつよう)な国はナチスドイツしかありません」という言葉について、それが真実かどうか議論するつもりはありません(真実ではないと思いますが)、しかし、韓国人(韓国の教養ある人間が)が日本を残忍な国であると思っている(思っている人もいる)ことは、憶えておくべきことだと思います。

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2016年5月16日 (月)

それが民主政治なのですが

それが民主政治なのですが

毎日新聞 社説:文革50年 歴史教訓に政治改革を
http://mainichi.jp/articles/20160516/ddm/005/070/136000c

もちろん、経済発展が遅れ、情報統制が容易だった文革当時と、経済構造が複雑化し、インターネットが発達した現在とでは社会のあり方が全く異なる。習氏には毛氏のようなカリスマ性もない。

しかし、国民の中にも貧富の差の拡大や腐敗の横行にストップをかける権力者の登場を期待し、文革時代を懐かしむ風潮が存在する。権力の暴走に歯止めをかける政治システムは整備されていない。

温家宝(おんかほう)前首相は「文化大革命のような歴史的悲劇が再び起きる可能性がある」と警鐘を鳴らし、政治改革の必要性を強調していた。経済発展の果実で国民を満足させられる時期は過ぎた。強権ではなく、システムで安定を保つことができる政治体制の確立が必要だろう。

民主政治では政権交代がある。常に政権に対して批判的な政敵がいる。いや、政敵の存在が許されている、政敵の存在が当然で異常なことではないと思われていると言うべきか。

そして、現在の政権が失敗したとき(政策を間違えたとき)、交代して政権を担当し政策を変更する。多くの場合、政権を失った人々は現在の政権への政敵となる。つまり殺されたりすることはない。

  *        *        *

民主政治は常にゴタゴタするけれど、間違えた時に間違いを修正しやすい。

  *        *        *

「強権ではなく、システムで安定を保つことができる政治体制」というと、まっさきに民主政治を思うのです。つまり、毎日新聞の社説は中国の民主化を求めていることになります。しかし、それは無理、当面無理な夢でしょう。

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2016年5月15日 (日)

歓迎

歓迎

共同通信:小林節氏、参院選へ10人擁立 「国民怒りの声」半数を著名人に
http://this.kiji.is/104139466961028596?c=39546741839462401

憲法学者の小林節慶応大名誉教授が代表を務める政治団体「国民怒りの声」が14日、東京都内で設立報告会を開いた。夏の参院選に向け、既に出馬表明した小林氏を含め候補者10人を擁立、うち5人は著名人とし、残り5人はインターネットで公募する方針を示した。

小林氏は、別の講演会への参加を理由に欠席し、ビデオメッセージで明らかにした。公募締め切りは5月末とし、候補者が決まり次第公表する予定。男女5人ずつの構成を目指す。12日に政治団体の設立届を提出し、受理されたという。

どんな人間だって、学者だろうかマスコミ人であろうが無職だろうが政治的立場や政治的意見を持っている。憲法学者だって政治的立場や政治的意見を持っているし、持っていてよい。

しかし、「憲法学者」って肩書きだと公正中立というイメージを持つことも出来るけれど、政党の代表者になって選挙に立候補なんてことをしたら、もうそれは学者ではなく政治家であって公正中立なんてイメージを持つことは難しい。

  *        *      *

小林節さんたちが、公正中立というイメージから政治的主張をもった人間というイメージへ変わることを歓迎する。

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2016年5月14日 (土)

仕事・人間・賃金

仕事・人間・賃金

東洋経済:「同一労働同一賃金」なんて本当にできるのか 格差解消の切り札というが課題は山積だ
http://toyokeizai.net/articles/-/114328?page=4

同一労働同一賃金を本気で実現するとしたら大きな覚悟が必要になります。まず、企業は自社の長年の歴史を根本的に覆すような大転換をしなければなりません。大企業の場合は、その多くが新卒で入社してから結婚、そして扶養家族の増加、定年までと社員のライフステージにあわせて賃金水準を設定していました。「ヒト」にひも付けた賃金設定だったのです。

それが「ジョブ」にひも付けられることによって、賃金を再分配しなければならなくなります。新卒社員と勤続20年のベテラン社員が同一の賃金水準になるかもしれません。さらに、職務給の前提となる職務の価値を決定するための分析と、その評価をしなければなりません。

同一労働同一賃金、つまり賃金が職能(その人間の能力、だれがやったか)ではなく職務(仕事内容、なにをしたか)に対して支払われれるのは合理的であるように思える。しかし、それは支払い側(企業)が、ますます、労働者を人間としてではなく、職務をこなす道具として扱うようになるのではないだろうか。

誰を雇うのか、男性か女性、若者か中高年か、独身か既婚者か、こういったことで賃金が変わるのであれば、企業はそういったことにも注意するだろう。しかし、同一労働同一賃金では、こういった労働者の属性は無視されるべきで、仕事内容だけが問題になる。つまり、企業は、男性か女性、若者か中高年かといったことに注意する必要がなくなる。

  *        *      *

同一労働同一賃金で、企業は人間の属性に注意しないで良くなって、企業はますます、人間を生産の道具としか考えなくなるのではないだろうか。

  *        *      *

同一労働同一賃金は合理的で正しいように思える。しかし、合理的で正しければ幸福になれるとは限らない。

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2016年5月13日 (金)

仲良く出来ない

仲良く出来ない

朝鮮日報 社説:オバマ氏は広島で「加害者は日本、被害者は韓国」と指摘せよ
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/05/12/2016051200653.html

それでも日本は自分たちが起こした戦争について継続的かつ誠意ある謝罪を避けている。安倍晋三首相は「戦争に対する評価は異なることもある」という奇怪な言葉まで口にした。このように日本は「広島」を前面に押し出して被害者面をしている。米大統領の広島訪問で、それがまるで成功しているかのような光景を目にして、オバマ大統領が真の被害者であるアジアの各民族に対してどのように考えているのか気になった。

特に、韓国は日本の最大の被害者だ。国を失ったからだ。オバマ大統領には、太平洋戦争のシンボル的な場所である広島で日本の戦争責任を指摘し、その悲劇の原因を作ったのが誰なのか、その真の被害者は誰なのかを明らかにしてほしい。

誰が良いとか悪いとか、誰が加害者で誰が被害者とか責任は誰にあるかとかはっきりさせようとしたら角が立つ。もちろん曖昧に出来ない場合もあるし、明確にしたほうが良い場合もある。

但し、そういった場合は、徹底的に戦い、相手との絶縁・血みどろの結果になることも覚悟しなければならない。

韓国には、その覚悟があるのだろうか。

   *        *        *

戦争は70年前に終わり、講話条約も結ばれた。講話条約が結ばれたなら、それ以前のことは「無かったこと、終わったこと」にしないと、もういちど戦争が始まってしまう。

   *        *        *

自分の所属する集団(この場合は日本)に対して「罪を犯した」とか「謝罪せよ」と言い続ける集団に親近感を持てるだろうか。

個々人の韓国人に対しては(つきあいがある訳でもないので)特別な感情はない。但し、韓国や(日本人を拉致した)北朝鮮とは仲良く出来ないという感情をもってしまっている。

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2016年5月12日 (木)

新聞も当事者では?

新聞も当事者では?

毎日新聞 社説:フィリピン新政権 「強権」一辺倒では困る
http://mainichi.jp/articles/20160511/ddm/005/070/048000c

新大統領は中央政界での経験が乏しい。安定した政権運営のためには議会との信頼関係構築も急務だろう。

気がかりなのは「社会問題が解決されるなら強権政治でも構わない」という有権者の声が少なくなかったことだ。

米大統領選でも、イスラム教徒の入国禁止など破天荒な発言を繰り返すドナルド・トランプ氏が旋風を巻き起こしている。

社会に行き詰まりを感じる人々の間に過激なリーダーを望む心理が広がっているようだ。遠い外国の話と考えず、社会のあり方を見つめ直す契機としたい。

「社会に行き詰まりを感じる人々の間に過激なリーダーを望む心理が広がっている」のだとしたら、その原因の一つにはマスコミがあるのでは、と思う。社会格差を引き起こしたのは政治や社会制度かもしれない。けれど、社会の気分を作るのにマスコミや「有識者」が大きく関わっていることは間違いないのだから。

  *        *      *

政治や体制に抗議をするなとは言わない。しかし、対案も出さず、それを恥ともしないのでは暴れる子供とかわらない。それは、いま危惧されている「過激なリーダーを望む心理」による行動と似ている。

どちらも、どうなるかを冷静に考えることなしに、ドカンと変えてしまえ!と言っているのだから。

  *        *      *

レッテル張りで戦っている政治勢力やレッテル張りにいそしむマスコミが、トランプ氏のような政治家の台頭を許す環境を作ったのだ。

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2016年5月11日 (水)

誰に対して怒る?

誰に対して怒る?

ハフィントンポスト:脱ゆとり宣言に、ゆとり世代が怒りの声「私たちは失敗作ですか」
http://www.huffingtonpost.jp/2016/05/10/datu-yutori-kyouiku-hase-hiroshi_n_9880640.html

馳浩文科相は5月10日、改訂作業を進めている新しい学習指導要領について、学ぶ知識の量を減らさないことを確認する「教育の強靱(きょうじん)化に向けて」と題するメッセージを発表し、「ゆとり教育」と決別するとした。



これに対し、ゆとり教育を受けた「ゆとり世代」と呼ばれる人々が、Twitter上で憤りの声を上げている。

「脱ゆとり宣言」したら、ゆとり世代が「私たちは失敗作ですか」と怒りの声をあげたそうだけれど、この場合、誰に対して怒っているのだろうか?

  *        *        *

その怒りは「ゆとり教育を始めた人間」に対して向けられているのだろうか、それとも脱ゆとり宣言を行なった馳浩文科相に対して怒っているのだろうか。

それとも、とりあえず怒っているだけのだろうか。

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2016年5月10日 (火)

民主主義に価値があるのではなく

民主主義に価値があるのではなく

毎日新聞:フィリピン大統領選 ドゥテルテ氏、過激発言、不満を吸収
http://mainichi.jp/articles/20160510/k00/00m/030/073000c

フィリピン大統領選で、過激な発言を続けてきたロドリゴ・ドゥテルテ・ダバオ市長(71)が当選を決めた背景には、アキノ政権下で拡大した格差や麻薬問題への不満と同氏の実行力への期待がある。



今回、ドゥテルテ氏の支持者からは「社会問題が解決するなら独裁でもかまわない」との声が公然と聞かれた。1986年の「ピープルパワー革命」から30年。国民は強権スタイルの新たなリーダーを選択したと言えそうだ。

民衆にとっては、参政権に価値があるのではなく、民主主義に価値があるのでもなく、安寧な生活にこそ価値がある。安全な社会、職場、経済的な豊かさを与えてくれるのであれば、その政府が独裁だろうが民主的であろうが、どうでもよいことだ。

「社会問題が解決するなら独裁でもかまわない」というのは、まさに本音だろう。

  *        *       *

自分や自分達の家族が幸せなら政府も正義もどうでも良い、という人間は多いだろうし、正義の為に自分や家族の幸せを犠牲にせよと要求できる人間も多くはない。

  *        *       *

しかし、独裁政治には大きな欠点がある。それは政府の失敗を(失政を)発見するのが遅れることだ。民主政治なら細かくチェックが入るし、大きな失政なら政権交代もあるけれど、独裁政治にはそれがない。結果、ミスの修正に失敗して大きな災厄を招く場合がある。

  *        *       *

民主主義そのものに価値があるのではなく、民衆が(多くの人々が)安寧な生活をできることに価値があるのだ。

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2016年5月 9日 (月)

いかに終えるか

いかに終えるか

佐賀新聞:介護職員うつ病深刻 人手不足で環境悪化
http://www.saga-s.co.jp/news/saga/10101/309355

仕事のストレスが原因でうつ病などの精神疾患を発症したとして、労災を申請した介護職員が2014年度までの5年間で2倍以上に増えたことが7日分かった。認定された人も3倍に増加し、業種別の順位も上昇。慢性的な人手不足が続く介護業界の深刻な職場環境の悪化が浮き彫りになった。政府が1億総活躍プランで人材確保や処遇改善を掲げる中、メンタルヘルス(心の健康)対策の推進も求められそうだ。

現場の人間や家族に対して、がんばれがんばれでは、精神的に疲弊してしまう。かといって無限にお金をつぎこむことも出来ない。つまり、いかに介護を終えるかという知恵が必要なのではないだろうか。

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2016年5月 7日 (土)

無理な場合どうするか

無理な場合どうするか

日本経済新聞 社説:http://www.nikkei.com/article/DGXKZO02015690X00C16A5EA1000/
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO02015690X00C16A5EA1000/

「トランプ現象」を論じる際、人種対立をあおり、格差拡大に不満を抱く層を巧みに引き寄せる政治手法にばかり注目が集まりがちだ。それだけでここまでの人気になるだろうか。

「米国は債務国だ」。トランプ氏は国力低下を率直に認め、「アメリカ・ファースト」のスローガンのもとに経済再建に注力すべきだと訴える。とっぴな発言ではない。むしろ「米国は世界の警察官ではない」と語るオバマ現大統領の延長線上ともいえる。

民主党におけるサンダース・ブームも合わせて考えれば、米国民の孤立主義志向が一段と加速しつつあると見るのが妥当である。民主党のヒラリー・クリントン前国務長官が本選挙に進み、トランプ氏を打ち負かしたとしても、大きな流れは変わらないだろう。

日本は在日米軍のために毎年1900億円を支出する。全経費の2割超を占めるが、それを知る米国民はまずいない。だから、トランプ氏の演説に熱狂するのだ。日本政府の外交努力が不足してきたといわざるを得ない。

お金を出している側の日本にだって「日本は在日米軍のために毎年1900億円を支出する。全経費の2割超を占める」なんてことを知っている人間が何割いるだろうか。「それを知る米国民はまずいない」というアメリカほどではないにしても、多いとは思えない。さらに言えば、在日米軍の存在意義、在日米軍が撤退した場合に何が起きるか、単独防衛の実現可能性と費用を考えている日本国民も多数派ではない。

「だから、トランプ氏の演説に熱狂するのだ。日本政府の外交努力が不足してきたといわざるを得ない」

日本政府を批判するのは簡単だし、努力を求めることも間違いではない。だが、基本的に無理な事だ知るべきではないだろうか。

  *        *        *

相手に知ってもらおうとする努力は怠ってはならない。しかし、努力すれば知ってもらえるなどと甘い考えをしてはならない。

  *        *        *

国民は愚かだ。愚かという表現が悪ければ、国民が全てを知ることなどできない。何故なら、人間に与えられた知力に時間にも限界があり、それに比べて世界は大きく複雑だからだ。専門家や興味を持っている人間だけが、その分野について知ることが出来る。日米安保の意義について知っている人間は、安全保障などに興味のある人間だけ。その他大勢の人間は、なんとなくでも判っていれば良いほうで、まったく知らなかったとしても不思議ではない。

  *        *        *

国民、つまり知らない人々が判断する。それが民主主義というものなので、それを前提に、どうすれば良いか考えるしかない。

今回の場合、アメリカ国民には、「貴方は、重火器を持たない隣人を守っています。しんどくなって来たので止めようかと思いますが、止めたら隣人は重火器で武装するかギャングの拠点になるでしょう。ギャングの拠点になったら危険ですし、重火器を持った隣人が友人のままでいる保証はありません。さて、それでも手を引くべきでしょうか」と問いかけるぐらいしかない。

それでもアメリカ国民が手を引くと言うのであれば、駐留を引き伸ばして、稼いだ時間に武装をすすめるしかありません。

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2016年5月 4日 (水)

第二のナチス

第二のナチス

時事通信:デモ隊暴徒化、400人拘束=反難民政党に抗議-ドイツ
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016050100005&g=int

反難民・移民を唱えるドイツの右派政党「ドイツのための選択肢」の党大会が開かれた南西部シュツットガルトで30日、同党の政策に抗議するデモ隊が暴徒化し、約400人が拘束された。

デモ隊は「ナチスの宣伝を行う権利はない」と叫びながら、大会参加者の会場入りを妨害しようとタイヤを燃やしたり、爆竹を投げたりした。警察は1000人超の機動隊を投入。催涙弾を発射して鎮圧に当たり、大会参加者を会場に誘導した。

主義主張の異なる者を暴力で排除しようとする。これが行き着くところは、どんな国になるのでしょうか。それは第二のナチスのような国ではないでしょうか。

  *        *       *

移民排斥、つまり自分と異なる人間を排除しようとする人間が暴力をふるうのは想像しやすい。しかし、移民への寛容、他者への寛容を訴える者が私的な暴力で主義主張が異なるものを排除する。これはドイツの状況が他者への寛容からほど遠いことを示している。ほんとうに第二のナチスが誕生するかもしれない。

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半分だけ語る人々

半分だけ語る人々

しんぶん赤旗:きょうの潮流 2016年5月3日(火)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-05-03/2016050301_06_0.html

権力や金力は他人の個性を圧迫する非常に危険な道具であり、「自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならない」(『私の個人主義』)と。時代の制約がありながらも、個人の幸福を追求した漱石。それは今に生きる私たちにも▼安倍政権の誕生以来、個人と国家の関係や立憲主義、民主主義のあり方が問われつづけています。人類が培ってきた普遍的な価値を覆そうとする圧政と、国民との対立は激化しています

「人権」「民主主義」「立憲主義」といった考え方は価値あるものであり、それが「類が培ってきた普遍的な価値」であることも認めても良い。しかし、ひとつ忘れられていることがある。それは、人類の普遍的な経験である戦争だ。そして、戦争を避けるために人類は様々な工夫をしてきた。その一つが国家同士の同盟、集団的自衛権だ。

  *        *        *

しんぶん赤旗に限らないが、安倍政権を批判する人々は国家と個人の関係を語りはしても、国家と国家の関係のシビアさを語ること少ない。

それでは不十分だ。

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2016年5月 3日 (火)

改憲は必要

改憲は必要

NHK:NHK世論調査 憲法改正「必要」27% 「必要ない」31%
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160502/k10010506971000.html?utm_int=news_contents_news-main_005

憲法9条を「改正する必要はないと思う」と答えた人に理由を聞いたところ、「平和憲法としての最も大事な条文だから」が65%、「改正しなくても、憲法解釈の変更で対応できるから」が15%、「海外での武力行使の歯止めがなくなるから」が12%、「アジア各国などとの国際関係を損なうから」が4%でした。

自分も「改正しなくても、憲法解釈の変更で対応できる」とは思っていますし、当面は大丈夫でしょうが、リスクが大きいとも思っています。例えば、少数であっても裁判官が「違憲」と判断したらどうなるでしょうか。いえ、そこまで行かなくても、常に「憲法違反!」と叫ぶことで国内に論争を起こすことができますし、憲法、つまり司法の権威や行政の正当性を傷つけることができます。

憲法九条がこのままでは、明治憲法の欠陥というか悪用可能だった統帥権のような存在になりかねません。

憲法九条の改正は必要です。

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2016年5月 2日 (月)

戦争法が~

戦争法が~

毎日新聞 社説:日比の防衛協力 既成事実が積み上がる
http://mainichi.jp/articles/20160502/ddm/005/070/006000c

日本とフィリピンが防衛協力を強化している。その新たな形として、海上自衛隊の中古の練習用航空機がフィリピン海軍に貸与される。両政府が近く合意する予定だ。



南シナ海での中国けん制を理由に、なし崩し的に沿岸国への軍事援助が拡大しかねない。

多くの問題を含んでいるのに、国会でもほとんど議論がなされていない。民主的な統制の基本に立ち返っての議論が必要だ。

集団的自衛権と憲法について神学的議論をしたり、安全保障関連法に戦争法というレッテルを張ったりしている野党の方々が冷静で冷徹な議論をできるとは思えません。いえ、国会で議論されることは必要なことだと思いますし、願ってもいます。しかし、期待はしていません。

野党は(共産党や民進党は)おそらく、観念論(平和が~、戦争が、憲法が~)にとらわれて、貸与したら何が起きるか、貸与しなかったら何が起きるかといったことについての現実的・冷静な議論はできないでしょうから。

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2016年5月 1日 (日)

イラクの民主政治は終了するかも

イラクの民主政治は終了するかも

共同通信:イラク議会にデモ隊突入 政府に不満、非常事態宣言
http://this.kiji.is/99154432463306753?c=39546741839462401

イラクの首都バグダッドで30日、政治改革の遅れに抗議する市民らのデモ隊少なくとも数百人が、政府施設や各国大使館が集まる旧米軍管理区域(グリーンゾーン)内に突入し、一部が連邦議会議事堂を埋め尽くした。

イラク治安当局は非常事態を宣言。警備当局はデモ隊鎮圧のため催涙ガスを使用した。

突入したのはイスラム教シーア派の指導者サドル師の支持者ら。警備が厳重なグリーンゾーンに多数の市民が突入するのは初めてとみられる。汚職対策や財政再建を実現できないアバディ政権に国内の不満が高まっている状況が鮮明に示された。

民主政治は、直接的(物理的)暴力ではなく、数と言論の暴力で決着をつけるものだ。民主政治を維持するためには、数や言論の暴力で負けた側が物理的暴力に訴えないことが必要だ。そのためには、勝った側が(多数派が)負けた側に(少数派に)配慮することや、テキパキと議論を進めることが必要だ(少数派が時間稼ぎしすぎないこと)。でないと少数派の不満や非効率への不満で、直接的暴力で決着をつけようとする人々が出現して、数や言論がどうでも良くなる。

イラクで起きているのは、こういうことの始まりではないだろうか。

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