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2016年5月27日 (金)

誰が?

誰が?

愛媛新聞 社説:ヘイトスピーチ法成立 差別許さぬ不断の努力後押しを
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017201605264687.html

だが、懸念されるのは「適法に居住」「日本以外の出身者」の要件。野党が「不法滞在の外国人やアイヌ民族への差別的言動が野放しになる」と批判したが、与党は修正しなかった。

これでは難民認定の申請者や外国人旅行客なども対象外。何より、差別を受けない権利は在留資格の有無にかかわらず、等しく保障されるべきだ。より弱い立場の人々を切り捨て、救済範囲を極力狭めようとする姿勢は、到底看過できない。

表現の自由の侵害を危惧すべきはむしろ政権側の「乱用」。自民党は、ヘイトスピーチ対策にかこつけ国会周辺の政治デモの規制を検討しようとした「過去」がある。沖縄をはじめ政治的な動きへの抑圧につながらぬよう、監視が欠かせない。

政府を監視することが必要であることに疑いはないし、もちろん反対もしない。しかし、「縄をはじめ政治的な動きへの抑圧につながらぬよう、監視が欠かせない。 」などという文章を見ると、思わず、誰が監視すんの?とか、違反や危険と判断する人間は誰なの?と思ってしまう。

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誰が、国民などという抽象的なものではなく、具体的な存在としての誰か、その誰かが「問題ない」と判断したらマスコミに流されることもなく問題にされない。そんな最初の監視者(現場の監視者)になるのは誰だろうか。

その誰かに、どんな人間がなるかで現実は大きく影響される。

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「~監視が欠かせない」、こういった正しいけれども運用次第で結果は変わる言葉(文章)がある。運用者自身でどうにでもできる。力を持っている人間にとって都合の良い言葉がある。

これはサヨクや野党だけの話ではない。右翼や保守の側の言葉にも、解釈次第でどうにでもなる言葉がある。例えば「愛国心」とか。

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重箱の隅をつついているようだけれど、こういった曖昧で強者にとって都合の良い言葉を目にすると不安になる。

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