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2016年5月22日 (日)

自由は悪いことももたらす

自由は悪いことももたらす

中日新聞 社説:主役は君たち、高校生 週のはじめに考える
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2016052202000111.html

東大安田講堂事件に象徴される大学紛争は六〇年代から七〇年代初めにかけて、全国各地の高校にまで広がった。その時代の卒業式で、生徒たちが述べた送答辞からの抜粋です。(小林哲夫著『高校紛争1969-1970』)

政治や学校教育の在り方について、生徒たちは自ら問いを立てました。今でも通じる問題意識が読み取れるのではないでしょうか。

そうした考えや価値観は、頭髪や制服制帽の自由化、定期試験廃止、学費値上げ阻止といった身近な要求へと転じます。さらにはベトナム戦争反対、沖縄奪還、日米安全保障体制粉砕のようなグローバル規模の要求へと高まった。

「頭髪や制服制帽の自由化、定期試験廃止」ですか。では、それを実行すると何がおきるでしょうか。制服を廃止して自由化すると、家庭の状況が学校に持ち込まれるようになります。貧乏な家の子供とお金持ちの家の子供で着ているものが違う。そういう状況が生まれます。また、自由を好き勝手と勘違いしたバカが生まれやすくなります。学校の治安は悪化します。

「定期試験廃止」で何が起きるでしょうか。じぶんで勉強する人にはたいした変化は無いでしょう。でも、強制されないと勉強しない人は、どんどん勉強をさぼるようになります。その結果、勉強できるひとと出来ないひとの差が大きくなるでしょう。そして、その差は将来の収入格差につながります。

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制服や定期試験は、とりあえずの治安や最低限の学力を維持するのに役立ちます。

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現体制に反抗してはならない、などとは思いません。しかし、浅薄な思慮で反抗しても良い結果は産まれません。

自分は技術者ですが、既存の製品や技術に対して「どうして、こうなっているんだ!」と思うことも度々あります。でも、変える前に、原因や理由を考えます。でないと、理由がある場合、新たなトラブルを起こしてしまいますから。

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しかし、1960年~1970年の学生左翼に比べて、現在の左翼の人たちは成長しているのだろうか。言っている事があまり変わらないように感じるのだけれど。

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コメント

オイラは、80年代の公立高校だったが、入学式などの式典と修学旅行のとき以外の通常の通学は私服の高校だった。先輩方が、学生運動のようなことをして勝ち取ったと語り継がれていた。学区の中で、そうした私服の高校は一校だけだったが、入学試験偏差値の一番高い高校だったからこそ、学校、家庭、生徒のそれぞれが納得できる制度になったのだろうと思います。 

投稿: 北極熊 | 2016年5月23日 (月) 14時43分

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