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2016年7月26日 (火)

難民無罪?

難民無罪?

毎日新聞 社説:独での殺傷事件 社会の動揺が心配だ
http://mainichi.jp/articles/20160726/ddm/005/070/035000c

イスラム過激思想の影響を受けたテロ事件の続発に揺れる欧州の中で比較的治安が良いとされてきたドイツで、無差別殺傷事件が4件続けて起きた。詳しい動機の解明が待たれるが、いずれも過激派と関連するテロ事件とは性格が違い、単独犯の可能性が強いようだ。

気がかりなのは、事件を起こした容疑者のうち3人がシリアやアフガニスタン出身の難民という点だ。事件はいずれも多くの難民を抱えるドイツ南部で起きた。社会に動揺が広まることが心配だ。



人命を奪う事件に人々が不安を募らせることは理解できるが、排斥は失望と恨みから新たな事件を生みかねない。昨年末にケルンなどで難民による女性暴行事件が起きた後は、難民施設への襲撃事件や暴力的な難民排斥デモが各地で起きた。再びこうした暴力の連鎖に陥らないよう市民の自制を求めたい。

引用元の社説には「再びこうした暴力の連鎖に陥らないよう市民の自制を求めたい」とあります。市民に自制を求めています。では、難民には何かを求めているのでしょうか。

全文引用はしませんけれど、引用元の社説は難民に何かを要求していようには読めません。

  *       *       *

2つの人間集団があって、トラブルが起きている場合、片方にだけ要求するのはいかがなものでしょうか。責任ある側、悪い側がはっきりしているのであれば、それもありかもしれませんが、ドイツで起きていることの責任や原因が市民社会の側だけにあるとは思えません。

難民の側にも求めるべきものがあるはすです。

  *       *       *

会話が通じない相手には要求しません。殴り返すか無視するか。でも、難民は人間で話が出来る相手ですよね。で、あれば要求する、そしてそこから話が始まるのだと思います。

  *       *       *

市民の側に求めるなら、難民の側にも求めなければ不公平です。不公平感は摩擦やトラブルの原因になります。

難民の側に要求しない人々には、それが市民社会と難民とのトラブルの一因となっているのではと考えてもらいたいと思います。

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