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2016年8月31日 (水)

当事者は参加しているのか?

当事者は参加しているのか?

読売新聞:相模原殺傷1か月 命、人権考える動き広がる
http://www.yomiuri.co.jp/local/kanagawa/news/20160826-OYTNT50273.html

19人が死亡、27人が重軽傷を負った相模原市緑区の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」の殺傷事件。26日で発生1か月を迎えたが、犠牲者の死を悼む献花は絶えない。障害者の団体による追悼集会やライブイベントも企画され、事件を機にあらためて、命の大切さや人権を考える動きが広がっている。

知的障害を持つ当事者らが1000人規模で集まり、課題などを話し合う「ピープルファースト大会in横浜」(9月21、22日)では、一部のプログラムを変更。横浜市中区の大さん橋ホールで開く全体会(同21日)で事件概要を報告し、花と折り鶴をささげて犠牲者を追悼する。

追悼すること、人権を考えることに反対なんて出来ない。しかし、一番の当事者である知的障害者は参加しているのだろうか。

引用した記事だけ読むと参加しているように思えるけれど、次に引用する記事を読むと、ちょっと違って思える。

朝日新聞:「話せます」職員の機転で助かった入所者も 相模原殺傷
http://www.asahi.com/articles/ASJ8C2R3TJ8CULOB001.html

相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者19人が死亡した事件で、うち1人の殺人容疑などで送検された元職員の植松聖(さとし)容疑者(26)が、園内で拘束した職員に「この人は話せるか」と尋ねていたことが捜査関係者への取材でわかった。障害が重い人を狙う目的があったとみられ、「話せます」と答えた職員の機転で救われた人が複数いたという。

容疑者は話せないレベルの知的障害者を殺傷したのだ。追悼はともかく、話せない(≒話を理解できない)レベルの知的能力で、「命の大切さや人権を考える」ことが出来るのだろうか。そういった集会や勉強会に参加したとして、話せないレベルの知的障害者が議論できるのだろうか。

  *        *        *

重篤な知的障害者こそが当事者なのに、当事者として参加できない矛盾、もやもやを感じる。

  *        *        *

だれもが知的障害者になる可能性を持っている。具体的には認知症だ。私も60歳が見えてきた。ボケを怖がる歳になった。認知症になって認知症が進んで、言葉を無くして家族も判らなくなってしまうかもしれない。そうなるかもという不安を感じている。そして、そういう状態になったら、楽に死なせて欲しいと思ってしまう部分もある。

  *        *        *

知的障害は誰にとっても他人事ではない。

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2016年8月30日 (火)

大きな戦争をすればステキな憲法をもらえるのか?

大きな戦争をすればステキな憲法をもらえるのか?

中日新聞 社説:過去幾多の試練に堪へ 今、憲法を考える(2)
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2016083002000106.html

<基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託された>



そうして過去・現在・未来をつないでいるわけだ。そもそも戦争の犠牲の上にある憲法だ。

「戦争犠牲者から常に問い掛けられている部分で、この憲法の深みにつながっています。見えない原動力です」と石川氏は語る。

人権や自由や法治や国民主権という考え方や三権分立という方法は、人類の長い歴史のなかで育まれてきたもので、日本が太平洋戦争をしたから、産まれたものではないのだけれど。

  *        *        *

戦争を忘れてはならないけれど、「そもそも戦争の犠牲の上にある憲法だ」などと言う考え方で憲法を考えると、戦争に負けた日本は欧米風の憲法を押しけられたという考え方につながる。

  *        *        *

法律は実用品であって、昔の人が犠牲になって出来たから大事にするとか押し付けられたものだから改正するとかいったものではない。役に立つなら使いつづけ、困った部分があれば改正する。

憲法もそういうあつかいをするべきだ。

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2016年8月29日 (月)

日本国憲法は

日本国憲法は

中日新聞 社説:平和の道しるべたれ 今、憲法を考える(1)
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2016082902000100.html

憲法公布七十年を迎える今年、永田町では「改憲」の言葉が公然と飛び交う。だが、戦争はもうごめんだという国民の気持ちが、この憲法を支え続けたのだ。多くの戦争犠牲者の願いでもあろう。行く末が危ういとき、この憲法はいつでも平和への道しるべとなる。

私たちは憲法精神を守る言論に立つ。戦後の平和な社会は、この高い理想があってこそ築かれたからだ。一度、失えば平和憲法は二度と国民の手に戻らない。

読者のみなさんとともに、今、あらためて憲法を考えたい。

戦争があるとして、それには日本以外の国も関係しています。戦争は一つの国だけで出来ることじゃありませんから。

相手の都合で起きる戦争もあるのです。

  *        *        *

現在の中国の行動を見ていいると、危うさを感じます。中国内部の政治的な都合によって、南シナ海や東シナ海で強気な行動に出ている。このまま続けば戦争になっても不思議はない。

日本国憲法は、当然ですが、中国を拘束しません。

日本で、日本国憲法の事だけ考えて戦争や平和うんぬん言っていても仕方ないのではでしょうか。

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2016年8月28日 (日)

足りないのは

足りないのは

朝日新聞 社説:民進党代表選 20年後の日本を示せ(2016年8月28日(日))
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1

「自立した個人が共生する社会」「コンクリートから人へ」「新しい公共」。旧民主党以来、この党が掲げてきた理念は一定の共感を得てきた。

だが、3年余の政権運営の失敗で見放された。人々が安心できる未来図を説得力をもって示せれば、いま一度、国民の信を取り戻せるかもしれない。

旧民主党に足りなかったのは理念と言うより実務者能力(政権担当能力)だ。仮に「人々が安心できる未来図」を示したとしても、そこに説得力を加えるには、実務者能力の証明が必要だ。

実務者能力を証明するには、やって見せるのが一番だ。

2007年に自民党と民主党の大連立を目指した動きがあったが、あれが成立していれば民主党にとって、よい実務経験になり、旧民主党政権ももう少しマシな政権運営が出来たかもしれない。

もっとも、現在の状況では自民党側に連立する理由がないから、絵に描いた餅どころが考えることも無駄なレベルの実現可能性だけれど。

  *        *       *

政治は現実であり、美しい言葉、理想的な世界、安心できる未来図を示したとしても、実現できる能力がなければ、なんにもならない。

  *        *       *

実務者能力を証明する機会のない民進党が政権を奪るには、国民が前回の醜態を忘れるまで待つ必要があるだろう。その上で自民党が嫌われている(これは現実的だ)ことが必要だ。

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2016年8月27日 (土)

無責任

無責任

読売新聞 社説:川内停止要請 三反園知事は拳をどう下ろす
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20160826-OYT1T50114.html

国の規制基準に沿い、問題なく運転している原子力発電所を停止させる根拠はあるのか。明確な説明が求められよう。

鹿児島県の三反園訓知事が、国内で唯一、営業運転している九州電力川内原発1、2号機の即時停止を求めた。



7月の知事選の際、三反園氏は、反原発を掲げる候補が出馬を取りやめることを前提に、「原発停止の申し入れ」などで政策合意をした経緯がある。



九電が即時停止を受け入れなくても、川内原発は10月以降、13か月に1度の定期検査のために停止せざるを得ない。

問題は、約2か月間の検査終了後の運転再開である。知事に再開を止める権限はないが、現状では再び摩擦が生じよう。三反園知事は原発の安全性や必要性を冷静に検討し、振り上げた拳をどう下ろすか、探るべきではないか。

「問題は、約2か月間の検査終了後の運転再開である。知事に再開を止める権限はない」

権限が無いから好き勝手に要求をすることが出来る、という面もある。運転を停止したり再開しなかったりしたら「勝利」とすることが出来るし、止めて(再稼働しなくて)不都合が起きても「自分には権限が無い、つまり責任もないのだ」と責任逃れをすることも出来る。止めなくて(再稼働して)不都合が起きたら「自分は止めろと言っていた」と言うことも出来る。

三反園訓知事は、とっても都合の良い立場にいると言うことができる。

  *         *        *

政治家(政治屋?)は、こうでなくっちゃね、と言うと悪口になってしまうだろうか。

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同性愛嫌悪は矯正の対象たりえるか

同性愛嫌悪は矯正の対象たりえるか

朝日新聞:LGBT、働く人の8% 職場にいると「嫌だ」35%
http://www.asahi.com/articles/ASJ8T5G48J8TULFA014.html

労働組合の中央組織・連合は25日、同性愛者のレズビアンやゲイ、両性愛者のバイセクシュアル、性同一性障害者など性的少数者(LGBT)に関する初めての調査結果を発表した。全国で仕事をしている20~59歳の男女1千人にインターネットで聞いたところ、8・0%がLGBTの当事者だった。



職場の上司や同僚、部下が同性愛者や両性愛者だったらどう感じるかを聞いたところ、「嫌だ」が35・0%。「嫌では無い」の65・0%は下回ったが、「職場に多様な人がいることへの理解が不足している」と指摘した。連合は、LGBTに対する職場での差別禁止やハラスメント防止の法制化をめざしている。

同性愛者が矯正の対象だった時代がある。現在では、同性愛は脳の構造に(性質?)によるものと判っており、矯正・教育の対象とはなりえない(効果が無い)ことも判っている。教育・矯正をしたとしても、同性愛は変わらない。抑圧して表面的には「治った」ように振る舞うことが出来るようになるかもしれないが、「治る」ことはないし、「治す」対象でもない。

  *        *        *

同性愛が矯正・教育の対象となりえないなら、同性愛への嫌悪が矯正や教育の対象となりえるとの保証はどこにあるのだろうか。

  *        *        *

矯正・教育の対象となりえないものを、教育・矯正しようとしても不幸な結果になるだけ。

  *        *        *

職場は性愛の対象を探す場所ではい。ならば、振る舞い方・マナーを定めて衝突しないようにする、互いに不快な思いをしないようにすることが(例えば、職場では性的な話はしない、などが)、せいぜいだろう。嫌だと思う心まで「理解が不足している」などと教育しようとしても良い結果になるとはかぎらない。

知識を得ること、与えることには賛成だけれど「理解せよ」というのは、同性愛者に異性愛を理解せよと要求することを連想させてしまい、不安になる。

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2016年8月26日 (金)

歴史に学ぶ

歴史に学ぶ

日本経済新聞 社説:相模原事件が問いかけるもの
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO06518920W6A820C1EA1000/

なぜ容疑者は障害者への強い差別意識を抱き、それが強い殺意にまで飛躍したのか。同じような悲劇を繰り返さないために、容疑者に対する医学的見地からの調べはもちろん、こうした犯罪を生む土壌が広がっていないかどうか、私たちの足元を見直してみる必要がある。

欧米では近年、自分と異なる民族や宗教、性的少数者などを敵視し、攻撃する「ヘイトクライム(憎悪犯罪)」と呼ばれる犯罪やテロ行為が目立っている。相模原の事件は、障害者を一方的に敵視する姿勢や犯行を予告するゆがんだ自己顕示欲などに、憎悪犯罪と似通ったものを感じさせる。

障害者への偏見はいまに始まった事ではない。自分と異なる民族や宗教、性的少数者への偏見も同様にいまに始まった事ではない。日本で言えば、戦前戦中、明治大正、あるいは江戸時代やそれ以前、障害者や異民族・性的少数者に対する偏見や待遇はどうだったのだろうか。あるいは欧米の近世や中世ではどうだったのだろうか。

   *        *        *

私には、いまほど寛容な時代はないように思える。理想的とは言えないにしても、どの時代よりも寛容で保護されているように思える。

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つまり、近年「ヘイトクライム」が増加しているのであれば、それは「ゆりもどし」なかもしれない。寛容であることは人間にとって無理な事なのかもしれないと言うと言い過ぎであるならば、人間の寛容さには限界があるのではないか。

   *        *        *

人間の本能、人間の性質や限界、こういったものを理解しない政策や思想は失敗する。単純に「悪いから」という理由で抑圧したり排除したりしていては失敗する。

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節約を否定していては

節約を否定していては

LITERA:卑劣! NHK貧困女子高生に“貧乏人は贅沢するな”攻撃! 片山さつきも乗り出し生活保護バッシングの悪夢再び
http://lite-ra.com/2016/08/post-2516.html

希望の進学ができない子どもがいるという現状を訴えたのに、逆に「贅沢しすぎ」と炎上する……。マンガ本やグッズ(それも缶バッチやトートバッグなどといったものだ)を買い、コンサートに行き、アニメイベントに参加する。このようなささやかな愉しみさえ犠牲にして学費にあてろ、というのである。

社会に不平等や不公平がないとは言わないけれど、「なささやかな愉しみ」を我慢して「学費」にあてたり貯金した人間と、学費や貯金よりも「なささやかな愉しみ」を優先した人間と、どちらが金持ちになるだろうか。どちらの人間が貧乏になりやすいだろうか。

  *        *       *

ある人にとっての贅沢や愉しみが別の人にとっては精神衛生上不可欠なものだったりするから、あるいは愉しみにかかる費用と学費の金額の差もあるから、具体的な事例をどうこう言うことはしない。

しかし、こうは言える。「ささやかな愉しみさえ犠牲にして学費に」と言うこと、つまり節約して学費にあてることを否定していては、多数の共感を得ることは出来ない。

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「生活保護バッシングの悪夢」

節約を否定していては、抜け出せる貧困も抜けだせない。バッシングする人間は敵かもしれないが、貧乏になるような行動様式を勧めるような人間も貧乏人の敵ではないだろうか。

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2016年8月25日 (木)

どうやって?

どうやって?

中日新聞 社説:北朝鮮の軍拡止めねば 日中韓外相会談
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2016082502000114.html

日本と中国、韓国の外相会談を挑発するかのように、北朝鮮がミサイルを発射した。日中韓は利害を超え、東アジアの危機に対処しなくてはならない。

北朝鮮は日本海に向けて潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)一発を発射、約五百キロ飛行し日本の防空識別圏内に落下した。四月には三十キロの飛行だったが、技術向上を見せつけた。

「北朝鮮の軍拡止めねば」、いえ、そのとおりなんですけど、どうやって、ですか?

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1990年代から北朝鮮は、度々、弾道ミサイルの発射実験を行っています。また、2006年以来、北朝鮮は数度の核実験を行っています。ミサイル発射実験を行う度に国際的非難を受けてきました。経済制裁も受けています。

10年~20年に渡って、北朝鮮は非難や制裁を受けていますが、北朝鮮は軍拡を止めません。ついでに言うと、非難や制裁ではなく融和策の時期にも北朝鮮は軍拡を続けていました。

「北朝鮮の軍拡止めねば」、いえ、そのとおりなんですけど、どうやって、ですか?

  *        *        *

北朝鮮の軍拡(ミサイル技術の向上、核兵器の製造など)を止められない場合の政策が必要なのではないでしょうか。

「止めなければならない!」と拳を振り上げても、威勢よく叫んでも、実際に止められなければ、意味がありません。止めるための努力を否定するつもりはありませんが、止められない場合の政策、その政策についての議論が必要なのではないかと思います。

「止めなければならない!」と叫んで満足して思考停止していてはなりません。

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2016年8月24日 (水)

気持ちと能力

気持ちと能力

ニコニコニュース:堀江貴文氏 「親ほど信用ならない人種はいない」
http://news.nicovideo.jp/watch/nw2355201?news_ref=top_latest

現在、放送中のTVドラマ『闇金ウシジマくん Season3』(MBS・TBS系)で、母娘セットで売春して生活費を稼ぐシーンが描写され、反響を呼んでいる。カネのために自分と一緒に売春を強要す る母に、精神崩壊していく娘……。この衝撃的なシーンに対し、「親ほど信用ならない人種はいない」との持論を展開するのが堀江貴文氏だ。



世の親たちは子どもにはあれもダメ、これもダメと言うくせに、自分たちの現実的なリスクには無頓着。特に田舎のITリテラシーの低い親の言うことは子どもにとって害悪であることが少なくない」

親が子供を思う、子供の為に良いことをと思う気持ちがあることは間違いない。少なくとも大部分の親は子供のことを思っている。問題は能力があるかどうかだ。

  *        *        *

気持ちはあっても能力がない場合というのは、どこにでもある。ただビジネスの世界などでは能力評価がされていて「やりたい、やれます」と言っても能力がないと思われたらやらしてもらえない。

それは助言であっても同じで、能力のない人の助言は無視される。

「親ほど信用ならない人種はいない」

親に「気持ち」があることは間違いないが、「能力」があるかどうかは人それぞれ、あるいは場合による。そして、能力の無い者の助言は役立たないことには変わりがない。

問題は、親の持っている子供への支配力・影響力だ。親の子供への影響力は親の能力と比例しない。世間的に無能な人間でも子供を強力に支配する場合がある。

「カネのために自分と一緒に売春を強要する母に、精神崩壊していく娘……。」

カネの為に売春を強要する人間の能力が高いとは、とても言えない。しかし、母は娘を支配してしまう。これは悲劇だ。

  *        *        *

気持ちと能力を混同してはならない。ビジネスや技術の世界では能力評価があるので、まだマシだが政治の世界、あるいは言論の世界では能力評価がされていないように私には見える。

世界を平和にしたい、差別の無い世界にしたい、困っている人を助けたい。こういった気持ちと実現する能力を混同してはならない。現実的に無理だという言葉、現実を突きつける言葉に対して「あなたには気持ちが....」とか「戦争をしたがっている」「差別主義者だ」という言葉が投げつけられているのを見るとき、暗い気分になる。

それは戦前に「アメリカには勝てない」「このままでは負ける」と現実を述べた人々が、愛国心が足りない、忠誠心が足りない、つまり気持ちが足りないと非難されたのを連想させるから。あるいは仕事の目標が達成できないとき、愛社精神が足りない、やる気がないと非難されるのを思わせるから。

  *        *        *

気持ちと能力は区別しよう。

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2016年8月23日 (火)

その金、誰が出すの?

その金、誰が出すの?

しんぶん赤旗:安倍政権狙う 医療・介護改悪一気 「公平」「選択」の名で命脅かす
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-08-22/2016082201_01_1.html

1割負担から2割への引き上げなど高齢者への医療負担増に対しても、「75歳以上の人の年金収入は多くない。一気に負担を高くするのは反対だ」(日本医師会)、「高齢者の所得格差がある。低所得者への配慮は十分、検討すべきだ」(全国市長会)との表明が出されています。

一方で、経団連などは「現役世代の負担との公平性を確保するために原則2割負担にすべきだ」と主張しています。安倍内閣が社会保障費の自然増(高齢化などに伴う増加分)を平均で年間5000億円に抑制する方針のもとで、制度改悪によって自然増を抑え込もうとねらう勢力と、それを許さない国民とのせめぎ合いになっています。

抑制しないで、どんどん高齢者にお金を使うとして、そのお金は誰が出すのだろうか。

  *        *        *

お金は使えば減る。誰かがお金を使えば誰がの分が減る。個々の人間が自分の為にお金を使って欲しいと要求することは権利であり禁止することは出来ない。しかし、誰かに使ったら別の誰かには使えない。その事を無視したような記事は許されても、その事を無視した政治は許されない。

  *        *        *

万が一、共産党が政権をとったら、これまでの主張を引っ込めるか、数年後に財政破綻し高齢者への支払いは無くなるだろう。結局のところ、「手元にあるお金」「支払えるお金」は有限でそんなに急に増やすことなんて出来ないのだから。

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2016年8月22日 (月)

シールズはゆるくなれ

シールズはゆるくなれ

毎日新聞 社説:シールズ解散 「次」にどうつなげるか
http://mainichi.jp/articles/20160822/ddm/005/070/013000c

ただし、過大評価されるのはメンバーにとっても重荷だったろう。安保関連法は自民党などの多数で成立し、参院選でも野党が掲げた「参院での改憲勢力3分の2阻止」の目標は果たせなかったからだ。

各種の世論調査やアンケートを見ても、彼らの行動に共感してデモに参加したいと答える人は同じ若い世代でも少数にとどまっている。

多くの人がアニメをみるけれども、見ている人が全てオタクやマニアである訳ではない。いや、むしろ大部分の人間は「なんとなく」見ているだけ。ジブリのアニメ(例えば「となりのトトロ」)は知っていても深夜アニメは知りもしない。深夜アニメの中には、一部の人間に熱狂的に受けるけれど一般受けはしそうにないアニメがある。

  *        *       *

一部のアニメファンには熱狂的に支持されるが、一般に受けることはないアニメ。そういったアニメがある。

政治的な世界でシールズは「マニア受けする深夜アニメ」と同じような立ち位置にある。政治に興味がある人間、そのまた一部に熱狂的に支持されるが嫌う人間も多いし、一般大衆には敬遠されている。

そして、民主主義の政治では数こそが力であり、一般大衆に受けれてもらえないものは敗北する。シールズの敗北は予定されていたと言えるほどだ。

  *        *       *

アニメでも政治でも同じだと思うけれど、ファンや同志の中だけで話していると話が過激化してしまう。より過激に受けるものを作ろうとしてしまう。しかし、そうなると一般大衆からは無視されるものになってしまう。

「彼らの行動に共感してデモに参加したいと答える人は同じ若い世代でも少数にとどまっている」

次のシールズはゆるくならなければ一般受けすることは出来ないだろう。しかし、それは周囲の大人たち(アニメで例えるとオタクやマニア達)が許さないだろう。それはそれで(深夜アニメが続いているように)やって行けるのではあるけれど(政権は永遠にとれないだろうけれど)。

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2016年8月21日 (日)

最初からなら

最初からなら

産経新聞:全身を覆う水着「ブルキニ」を着るな! テロ続発受け欧州で禁止論、イスラム教徒は「差別だ」と猛反発
http://www.sankei.com/world/news/160820/wor1608200047-n1.html

欧州でイスラム教徒女性の全身を覆う衣装をめぐる論議が広がっている。フランスでは「ブルキニ」という水着を禁じる自治体が相次ぎ、ドイツなどでは顔を隠す「ブルカ」の着用禁止を目指す動きが強まった。イスラム過激派テロの頻発を受け、社会の緊張を抑えることなどが目的だが、「差別」との反発も強い。

イスラムの移民が来る前、数十年前からブルカを禁止し、水着の露出度を規定しておけば、イスラムの移民にたいしても「ここの風俗習慣だから。従えないなら他所へどうぞ」と言えた。いまから規制したら既にフランス国民やドイツ国民になっているイスラム教徒が差別だと反発するのは当然だ。

  *        *        *

最初から「ここは、こういう場所だから」としておけば問題にならなかった。

  *        *        *

数十年前、異民族が多くなるとどうなるかを予想出来なかった人々、その反発が様々な暴力に発展することを予想できなかった「有識者」や「知識人」などの自由や人権を重視する人々が求めた「寛容」の結果が、「ブルキニ」や「ブルカ」の禁止だ。

  *        *        *

これは日本にとっても他人事ではない。移民を入れないか、日本文化を言葉で定義して下手な多様性を禁止した上で、それを受け入れる者だけを受け入れるか。でなければ日本でも民族間・宗教間での争いが多発することになるだろう。

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2016年8月20日 (土)

便利な時代になった

便利な時代になった

岐阜新聞:「年金減額制度は違憲」 県内受給者353人が国提訴
http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20160818/201608180938_27870.shtml

昨年6月から適用された「マクロ経済スライド」により、年金の給付額が従来より減額されたのは、生存権と財産権を定めた憲法に違反しているとして、岐阜県内の年金受給者353人が17日、国に減額分の計約370万円の支払いを求めて岐阜地裁に提訴した。

提訴は全日本年金者組合(東京都)が主導し、大阪府に続き全国2例目。

便利な時代になったもので、判らない言葉をググれば簡単に新しい知識を得る事が出来る。もっとも、ぐぐって出てきた結果の評価(信用度)には注意しなければならないが。

引用した記事によると年金訴訟は「全日本年金者組合」が主導しているらしい。で、「全日本年金者組合」でぐぐってみると以下のホームページが出てきた。

    全日本年金者組合ホームページ
   http://www.nenkinsha-u.org/

中身を見てみると、どうも共産党の香りがします。

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2016年8月19日 (金)

下っ端宣言・無責任

下っ端宣言・無責任

中日新聞:年金減額「違憲」と提訴 賠償求め岐阜県内の353人
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2016081890011605.html

訴状によると、国が2015年4月にマクロ経済スライドを発動したことで、本来、物価上昇などで2・3%増額されるはずだった年金給付額が0・9%増に抑えられ、最低限度の生活を保障した憲法に違反しているとしている。国は04年、公的年金制度維持を目的に制度を導入。デフレ下では発動しないとの条件付きだったため、15年度に初めて実施した。

原告団長の長谷川金重さん(81)=岐阜県大垣市=は「われわれの世代は苦労して日本を支えてきた。今になって国が(年金減額という形で)約束を破るのは許せない」と話した。

年金問題の最大の原因は少子高齢化だ。高齢者に対して現役世代や子供の数が十分におおきければ、年金問題は発生しない。そして「少子」の原因と責任は高齢者にこそある。子供が自分で勝手に生まれることはない、つまり親の世代が産まなかったからこその少子化で、その責任は子供ではなく親の世代、あるいは、その親の世代に産みやすい社会や状況を用意しなかった高齢者にこそある。

「われわれの世代は苦労して日本を支えてきた。今になって国が(年金減額という形で)約束を破るのは許せない」

苦労した、努力した、そのことは否定しない。しかし、自分達の行為の結果として現在があることを忘れてはならない。

そして、現在の高齢者が成人したころには国民主権が成立していた。つまり、現在の高齢者は主権者として政治にかかわっていた。自分達には権限がなく仕方なかったという言い訳も成立しない。その言い訳を認めるならば、おとなしく減額を受け入れろ、おとなしく国にしたがえと言うことになる。

  *       *       *

組織の下っ端には責任がない。いや、与えられた仕事を実行する責任はあっても結果責任はない。言われたことをするだけ。結果責任は管理職や経営者が負う。

「われわれの世代は苦労して日本を支えてきた。今になって国が(年金減額という形で)約束を破るのは許せない」

これは、自分達には責任がない、権利もない、下っ端ですって言っているように聞こえる。主権者ではありません奴隷ですって言っているように聞こえる。

  *       *       *

権利として国を訴えることは認める。しかし、高齢者の年金訴訟には不快感を覚える。

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2016年8月18日 (木)

靖国神社の代替施設?

靖国神社の代替施設?

西日本新聞 社説:追悼施設 なぜ議論を進めないのか
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/267513

安倍首相は終戦記念日の参拝を避けるなど靖国神社とは一定の距離を置いている。中国や韓国からの反発をかわす狙いだろう。しかし、戦争犠牲者をわだかまりなく追悼する道を探ることは第一義的に国内問題であり、政治家が逃げてはならないテーマである。

新たな施設か、千鳥ケ淵墓苑の拡充か、A級戦犯の分祀か-。私たち国民もこの問題を見つめ、議論を活性化させたい。

「わだかまりなく追悼する」、わだかまりを産んでいるのは、誰なのだろうか。

  *       *       *

日本に国立の(国家管理の)の追悼施設が無いのは問題だと思うけれど、靖国神社以外の施設を用意したからといって、この問題が解決するとは思えない。なぜなら、新しい施設に対して中国や韓国が文句を言ってこない保証なんて無いから。

  *       *       *

言いがかりは、どんな事についても付けられる。新しい施設の○○が気に入らない、と中国や韓国が言ってきたらどうする。その度に建て直すのだろうか。

  *       *       *

最近の中国の振る舞い、最近までの韓国の反日活動、こういったものを見ていると、彼等がいちゃもんを付けないとは思えない。

  *       *       *

仮に靖国神社の代替施設を作るとして、あるいは靖国神社を国有化するとしても、議論は中国や韓国が靖国参拝に(形式以上の)抗議をしなくなり、日本側にも、尻馬に乗ったり、反発を感じたりする人々が(ほとんど)いなくなってからではないかと思います。

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2016年8月17日 (水)

歴史認識とは心の問題なので

歴史認識とは心の問題なので

東京新聞:歴史知ってヘイトなくす 在日2世の宋富子さんが講演会
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/list/201608/CK2016081602000168.html

在日コリアン二世の宋富子(ソンプジャ)さん(75)=川崎市川崎区=が十六日、ヘイトスピーチ(憎悪表現)問題について、中原区で講演する。宋さんは、川崎市内などで繰り返される在日コリアンへのヘイトスピーチを「歴史が正しく認識されればなくなるはず」と考えており、自らの体験などを交えて語るという。

歴史認識、つまり「認識」。認識とは何かをどう思うか、どう解釈するかという問題なので、つまりは心の問題ということだ。つまりはAさんの歴史認識とBさんの歴史認識は違ってアタリマエということだ。

  *         *         *

また歴史認識とは自分が(自分達が)どのようにして、ここにいるかという認識でもある。つまり自己認識そのもだ。誰かが誰かに「間違った歴史認識を修正せよ」と要求する事は、他人にそのアイデンティティを変えろと要求することで、大人対大人であれば余計なお世話としか言いようがない。

  *         *         *

もちろん言葉で、自分の認識を伝えようとする自由は誰にでもある。しかし、同じ事実・同じ言葉でも同じよう認識するとはかぎらない。

その努力を否定するつもりはないけれど、良い結果(講演者の思うような結果)が得られるかどうかというと私は極めて悲観的だ。

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2016年8月16日 (火)

加害への言及なし

加害への言及なし

朝日新聞:戦没者追悼式で「安倍カラー」 4年連続、加害言及せず
http://www.asahi.com/articles/ASJ8H4TWYJ8HUTFK004.html

安倍晋三首相は71回目の終戦の日を迎えた15日、政府主催の全国戦没者追悼式の式辞で4年続けてアジア諸国への加害と反省に触れなかった。一方、昨年と同様に不戦の決意を表明。来年以降も同じ姿勢を堅持する構えで、歴代の首相と一線を画す「安倍カラー」を定着させる考えだ。

加害への言及や反省という言葉が無かったそうですが、そもそも、必要だったのでしょうか。それがあれば中国や韓国とうまくいったのでしょうか。

言葉の上ではうまくいったかもしれません。けれど、日本が反省してようがしてまいが、中国は尖閣諸島付近で侵略的行為を行うことに違いがあるとは思えません。

  *       *         *

日本は、毎年毎年、反省せよ反省せよ、と言われ続けている。でも、反省せよと要求している側が侵略的行為を行っていては、単なる言いがかりに思えてしまう。

そんな状況で「反省します」と言う事に意味があるのだろうか。

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2016年8月15日 (月)

それだけじゃない

それだけじゃない

東京新聞:反戦の声もっと 菅原文太さん妻・文子さん
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201608/CK2016081402000127.html

東京・表参道の店主が戦中を語った本には「空爆による黒焦げの死体が二階の高さまで積み上げられた」とあった。大きな穴を掘り、みんなで埋めたが、その場所には今、高層ビルときれいな道路が。これは日本の姿を象徴している。今日の豊かさは、大勢の犠牲の上に築かれたことを忘れてはいけない。

現在の豊かさは過去の様々なことの積み重ねで出来ている。当然、その一部に第二次大戦も含まれるし、その犠牲を忘れてはならないことも当然だろう。しかし、第二次大戦の犠牲者だけが豊かさの理由ではない。例えば、私たちの宗教観や文化は豊かさの理由のひとつだろうけれど、それらは縄文時代や弥生時代からの長い歴史があって成り立っているのだから。

   *        *       *

忘れてはならない、同時に、それだけじゃないことも意識しておきたい。でなければ、単なるタテマエか原理主義に陥ってしまうだろうから。

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2016年8月14日 (日)

国民性

国民性

中央日報:【グローバルアイ】大国の仕返し=韓国
http://japanese.joins.com/article/366/219366.html?servcode=100&sectcode=120

「10年かかっても必ず報復をしてこそ君子(君子報讐十年不晩)」と考えるのが中国人だ。「復しゅうのためなら千里も咫尺(報讐千里如咫尺)」という言葉も李白の詩句に登場する。今起きていることはその始まりの始まりに過ぎないかもしれない。

自分の感覚から言うと恨みや復讐は忘れて(忘れられなくても「腹の奥に仕舞って」)対応するのが「君子」なのですが、中国や韓国では違うのかもしれません。

「10年かかっても必ず報復をしてこそ君子(君子報讐十年不晩)」

日本にも「仇討ち」というものはありましたけれど、罪人にはきっちり対応すべきなのも君子ですけれど、恨みや復讐を長く抱えることを良い君子の条件であるとは思えません。日本人的感覚なのでしょうか。

  *        *       *

こちら側が恨みや復讐心を長く持つ必要はありませんけれど、相手側がそういう価値観であると意識しておく必要はあるでしょう。

  *        *       *

しかし、人間や人間集団はぶつかるもので勝ったり負けたりするものです。その度に程度の差はあれ恨みや復讐心が生まれます。それを延々と抱えていたら、周囲は敵だらけで目につく相手すべてが恨めしいことになってしまうのでは、と心配です。

  *        *       *

周囲が異民族だらけで異民族との侵略や戦争だらけの中国と、海で適度に隔てられ文物や情報や知識人・専門家は渡来できても軍隊は無理だった時代が長かった日本との歴史の違いが生んだ国民性の違いでしょうか。

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2016年8月13日 (土)

原発神話

原発神話

産経新聞:「推進派は頭がメルトダウン」「瀬戸内海が死の海に…」姿見せた菅直人氏が言いたい放題 福島瑞穂氏とそろい踏み
http://www.sankei.com/west/news/160812/wst1608120039-n1.html

菅氏は「なんとか原発を世界からなくしていきたいという思いでこの場所に駆けつけさせていただいた」と話し、「伊方の海に立地する伊方原発が、福島のような事故を起こしてしまえば、瀬戸内海は死の海になってしまう」と持論を展開した。

原発には神話がいくつもありました。安全神話、原発は事故を起こさない。何重もの防護装置があって放射能が漏れることはない、などなど。一方、危険神話と言うべきものもありました。原発で重大事故があって放射能が漏れたら何万人も死ぬ、死の世界になってしまう、などなど。

実際はどうでしょうか。

アサ芸プラス:福島“避難指示”区域 TV・新聞が報じない驚愕事態!(1)飯舘村はまるで野生動物園
http://www.excite.co.jp/News/society_g/20160727/Asagei_62598.html

伊達市の仮設住宅に住む、4年前から取材に協力してくれるAさんは、飯舘村の実家に帰るたびに、ため息をついている。

「だってよ、村に帰るとイノシシやサルに家ん中も墓も荒らされてる。イノシシなんか『俺らの村に何しに来た?』なんて面で近寄って来るんだ。もう村は野生動物園になっちまったよ」

福島では死の世界になるどころが、動物が増えすぎて困っています。引用はしませんけれどチェルノブイリでも同じような状況です。つまり、死の世界になるどころか野性の楽園になってしまっている。そして福島原発事故では漏洩した放射能で死んだ人間は一人もいない。

  *        *        *

伊方原発で重大事故が起きて放射能が漏洩したとしても、瀬戸内海は死の海になんてならないでしょう。しばらくは基準値を越えたセシウムなどが検出されて漁が出来ないでしょうが、数年で回復するでしょう。そして多大な風評被害が起きて漁業が衰退し、漁が減った瀬戸内海は命に満ちた海になるでしょう。

  *        *        *

菅さんや反原発のみなさんは、いいかげん原発神話から抜け出すべきです。

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2016年8月12日 (金)

発言のリスクは変わらない

発言のリスクは変わらない

ニコニコニュース:まるで戦前の言論統制! ロンブー・淳が石田純一“都知事選不出馬”で「イヤだな」と感じたこと
http://news.nicovideo.jp/watch/nw2336804?news_ref=top_latest

東京都をよりよくしたい――その一念で手を挙げた人間を安直に批判する。それがまかり通ってしまっているこの国は、ちょっとおかしいよ。

特にイヤだな、と感じたのは7月11日に出馬を断念した石田さんの事務所を通してのコメント。

『今後一切、政治に関する発言はできなくなりました』

なんなの、これ? “政治に関する発言はしません”ではなく“できなくなりました”って、どういうこと? 誰かが、どこかの勢力が、石田さんの政治に関する言論を封じ込めたってこと? これが本当なら、ひどい世の中になってしまったものだ。これじゃまるで戦前の言論統制じゃないか。

陰謀論ですねぇ。単純に考えたら仕事関係の事務所とかが「やめろ!」と釘をさしただけじゃないですかね。だって、代替のきかないタレントが、突然、政治家になったりしたら仕事に穴をあけてしまう。だから「もうやるな!、やらないと約束できないなら仕事を打ちきる」と言われても当然じゃないですかね。

それを「どこかの勢力が~」と言ってしまうと陰謀論になってしまいます。

  *        *        *

政治家になったら、テレビに出るのも不自由になるし、コマーシャルになんて出られませんよね。タレントとしてのビジネスの取引相手なら困った事になるのは当然に予想出来ます。

  *        *        *

政治に参加する権利、言論の自由が保証されていたとしても、政治に参加するリスクや発言したことの責任から自由になるわけではありません。

こういった事は戦前だろうが戦後だろうが、極端に言えば人類が社会を作ったその瞬間から「発言・行動にはリスクがある」ことは、変わらないのではないでしょうか。だって、何か言えば、何か行動すれば、内容に応じた波紋が起きることは変わりがないですから。

  *        *        *

ま、逆に言えば、石田さんが仕事や人間関係を投げ捨てて政治活動をするのであれば、可能だと言うこと、彼にその覚悟が無かったと言うことなんじゃないですかね。

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2016年8月11日 (木)

政治家の失言

政治家の失言

朝日新聞:トランプ氏、クリントン氏への銃撃促す? 発言に批判
http://www.asahi.com/articles/ASJ8B2V1PJ8BUHBI00P.html

米大統領選の共和党候補トランプ氏(70)が9日、ノースカロライナ州の集会で、銃保有の権利を支持する人々が、民主党候補クリントン氏(68)の当選を阻止するために「できることがあるかもしれない」と発言した。クリントン氏への銃撃を促したとも受け止められかねない発言として、物議を醸している。

私は政治家の失言には寛容であるべきだと思っている、あるいは現在の風潮は厳しすぎると言うか言葉尻をとらえて大騒ぎすることに意義を見出せていない。だから、トランプ氏のこの発言もあまり非難はしたくない。しかし、この発言はちょっと配慮に欠けると思う。

アブナイ電波を受信してしまう人々が「暗殺指令」を受信してしまったらどうするのだろうか。トランプ氏の思想や政策も危険かもしれないが言葉も危険なのではないか。

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2016年8月10日 (水)

第2第3のトランプが

第2第3のトランプが

読売新聞:やまぬ人種対立、米国の白人を覆う閉塞感
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20160809-OYT8T50062.html?from=ytop_os1&seq=05

米国で相次いだ白人警官によるアフリカ系米国人(黒人)射殺事件は、報復と見られる白人警官殺傷事件を引き起こし、人種対立の根深さを浮き彫りにした。今から半世紀以上前、米国では公民権運動の嵐が吹き荒れていたが、その当時との一番大きな違いは白人の「居場所」が狭くなっていることだ。グローバル化、社会の多様化で彼らの安心できる場所がどんどん少なくなっているのだ。米国社会はどう変容しているのか。関西大学の大津留(北川)智恵子教授(米国政治)に解説してもらった。

選挙が終わったわけでもないのに気が早いにもほどがありますが、「白人の『居場所』が狭くなっていることだ。グローバル化、社会の多様化で彼らの安心できる場所がどんどん少なくなっているのだ」、ということはトランプ氏が落選しても第2第3のトランプ氏が出てくることを示唆しています。

  *        *       *

白人が特別な存在であるなら別ですが、人間には「居場所」が必要で、居場所が狭くなっていくことに敏感です。そして居場所が狭くなってりとなると、様々な不満やストレスが溜り爆発するようになります。その不満やストレスを上手に捕まえたらトランプ氏のように有力な候補、あるいは注目される政治家になることが出来るでしょう。

  *        *       *

アメリカ大統領選挙ではトランプ氏の劣勢が伝えられていますが、例えトランプ氏が落選したとしてもトランプ氏を生み出した下地が無くなった訳ではありませんし、それが消えるとも思えません。

つまり、第2第3のトランプが出てくると私は予想します。

  *        *       *

話は変わりますけど、アメリカは自由の国、移民の国でした。いまの場所がダメになっても、新しい場所が(新しい居場所が)ありました。しかしもう無いということ、普通の国になったという事でしょう。

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2016年8月 9日 (火)

漏洩した放射能での被害は

漏洩した放射能での被害は

北海道新聞 社説:原発再稼働と知事 民意示せる仕組みが要る
http://dd.hokkaido-np.co.jp/news/opinion/editorial/2-0071940.html

原発でひとたび過酷な事故が起きれば、広範囲の住民が被害を受ける。それは、5年前の東京電力福島第1原発の事故で明らかだ。

にもかかわらず、現行の再稼働手続きでは立地道県の知事による同意や不同意に法的根拠がない。

原発事故の責任を持つのは、一義的には電力会社と国だ。しかし知事には事故発生時、最前線で住民を守る責任がある。

多くの住民が避難をしいられていることは事実で、その為に被害が出ていることも事実です。しかし、福島原発事故で漏洩した放射能(放射線&放射性物質)で死者はおろか健康被害すら出ていないのです。

  *        *        *

ゼロと断言するのを躊躇うとしても、被害の大きさは、調査して調査してようやく疑問な点が出てくる程度でしかありません。福島原発事故で漏洩した放射能(放射線&放射性物質)での健康被害は、あったとしても極小レベルなのです。

死者ゼロと極小の健康被害、そして広範囲の住民の避難と被害の大きさ。とてもアンバランスに感じます。

  *        *        *

私にとっての事故の教訓は、原発事故では、漏洩した放射能では意外と死者が出ず、避難ストレスや風評被害で死者が出るということです。

漏洩した放射能では死者ゼロ、これを忘れてはなりません。

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2016年8月 8日 (月)

首脳間の交渉の前に実力行使を

首脳間の交渉の前に実力行使を

共同通信:尖閣周辺に中国公船、最多15隻 政府、首脳間で打開検討
http://this.kiji.is/135319061632188418?c=39546741839462401

海上保安庁は8日、沖縄県・尖閣諸島周辺の接続水域や領海に一時、中国海警局などの公船計15隻が入ったと発表した。尖閣周辺で同時に航行する公船の数としては過去最多。政府は、安倍晋三首相らと中国指導部の対話を通じて局面打開が図れないか検討に入った。関係者が明らかにした。事務当局間の交渉だけでは、早期の緊張緩和は難しいと判断。政治レベルでの対応を模索する。

首脳間で交渉して、で、中国が引いたら中国の首脳にとっては「交渉して負けた」ことになってしまう。そうなっては中国側の首脳の面子が立たたない。中国国内での立場が無くなってしまう。つまり、いまの状況下で交渉しても失敗に終わるだろうと言うこと。何か譲れるもの、中国側の首脳の手柄になるものを用意しなければならない。

  *        *        *

尖閣諸島に自衛隊か海上保安庁の部隊を上陸させるのはどうだろう。あるいはアメリカの第七艦隊と海上自衛隊を尖閣諸島付近に派遣するとか。で、首脳間の交渉で双方引けば、中国側の首脳にとっては「おいはらった」というポイントをあげる事が出来る。

  *        *        *

首脳間の交渉の前に実力行使を行うべきではないか、と思う。

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「いまの日本社会」

「いまの日本社会」

朝日新聞:「植松容疑者は正気だった」 ダウン症の娘持つ最首さん
http://www.asahi.com/articles/ASJ854DWTJ85ULOB007.html?iref=comtop_8_01

最首さんは植松容疑者が精神異常者でも快楽殺人者でもなく、「正気」だったと考えている。「今の社会にとって、『正しいことをした』と思っているはずです」。植松容疑者は介護を続けてきた遺族に向けて謝罪する一方で、被害者に対する言葉はない。

そして最首さんは、「共感する人も必ずいるでしょう」と言った。確かに事件後、インターネット上には、「正論」「障害者は生きていても誰の得にもならなかった」といった投稿が相次いだ。

いまの日本社会の底には、生産能力のない者を社会の敵と見なす冷め切った風潮がある。この事件はその底流がボコッと表面に現れたもの」。植松容疑者は、人々の深層にある思いに訴えて「英雄」になった、と考える。

朝日新聞には知的障害者がいるのでしょうか、無能な人間の待遇はどうなのでしょうか?などと言ったことは先日の「リテラ編集部に知的障害者はいるのだろうか」で書きましたので繰り返しません。気になったのは「いまの日本社会~」という言葉です。

言葉の定義上は、「いまの日本~」という言葉に昔の日本がどうだったなどと言うことはありません。昔の日本の風潮がどんなであれ、つまり、昔の日本に「生産能力のない者を社会の敵と見なす冷め切った風潮」があろうが無かろうが、「いまの日本~」と言うことができます。

しかし、イメージとしては、「いまの~」と今の日本を悪く言うと、昔は良かったという印象を持ってしまいます。

   *        *        *

いまの日本の社会に「生産能力のない者を社会の敵と見なす冷め切った風潮」があるかどうかは別にして、昔の日本はどうだったのでしょうか。

私は歴史学者でも社会学者でもありませんから、具体的な証拠をもって言うことは出来ません。義務教育エトセトラから得た知識を元に印象を述べることしかできません。

   *        *        *

昔の日本、戦前戦中の日本では知的障害者はどう扱われていたのでしょうか。あるいは明治大正時代は、江戸時代はどうだったのでしょうか。

「穢多非人」の存在や明治大正時代の水平社の活動(部落開放運動の存在)などを考えると、いまより人権に配慮した社会とは思えません。そういった社会で知的障害者は良い待遇を受けたでしょうか。私には、良い待遇を受けたとは思えません。

それに比べたら今の方が良い状況であると言えないでしょうか(改善すべき点が無いなどとは言いません)。

   *        *        *

「いまの日本の~」という言葉で、昔は良かったとか、悪くなっていると思いがちですが、私は、いまの日本が(完璧とは言いませんし思いませんが)昔に比べて悪い社会とは思わないのです。

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2016年8月 7日 (日)

老後の安心は

老後の安心は

朝日新聞 社説:無年金救済 多様な取り組みで(2016年08月07日)
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1

受給資格期間が短くなっても、老後に十分な年金をもらうには長期的に保険料を納める必要があることを周知する。未納者には納付をはたらきかける。そんな取り組みも重要だ。

生活が苦しく保険料を納められない人には保険料を免除・猶予する制度の利用を促したい。免除や猶予の期間は受給資格期間に数えられる。一定の条件はあるが、経済的に余裕ができてから免除・猶予期間の保険料を納めて年金額を増やすこともできる。

さまざまな制度をフルに活用し、重層的な取り組みを通じて老後の安心を守りたい。

少しぐらい年金が出たからといって、老後は安心、なんてなりはしない。人間、歳をとれば必ずあちこちガタがくる。それを全部なんとかしようとしたら、いったいいくらかかるのか。多少の年金でどうにか出来る額ではない。

それに人間、いつかは死ぬ。死ぬことに恐怖や不安がないという人間なんていない。つまり、「老後の不安」をなくすことは不可能なのだ。

  *        *      *

政府や体制を批判したいなら「老後の不安」は恰好のツールだ。歳をとらない人間なんていないし、絶対に達成できない目標だから。

歳をとらない人間なんていないから、多くの人間が関心を持つ。達成不可能な目標だから、どこかに非難できる場所がある。

  *        *      *

政府や社会が努力することに反対なんてしない。しかし、老後の不安の解消を求めている記事や意見をみたら、完璧な達成は不可能な目標であること(ひとつ解決したら次の問題が出てくる)、政府や与党を非難する恰好の材料であることを意識しておかないと判断を誤るのではないかと思う。

  *        *      *

けどまぁ、今日明日の仕事や御飯の心配(失業とか、受験とか、災害や戦争)をしている人間は、老後の心配なんてしているヒマはない。逆に言えば、老後の心配は、いまいま大きな心配をかかえていない人間の特権で、そういう人間が多い社会は良い社会だとも言えるんじゃないか。

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2016年8月 6日 (土)

草の根嫌悪

草の根嫌悪

NHK:観葉植物ハオルシアの盗難事件相次ぐ 被害額13億円
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160805/k10010623211000.html

さらに被害者のへ取材を進めると、事件の前に現場では、ある共通した不審な動きのあったことが分かりました。中国人だという人物が「作品を見学したい」などと、愛好家のハウスを訪れて見て回り、その数日後に被害のほとんどが起きていたといいます。この時に撮ったハオルシアの写真が情報交換用のアプリにアップされ、売り物として、中国語で紹介されていたケースがあったといいます。被害者は、この人物が下見役だったのではないかとみています。

警察は中国の窃盗グループが関与している可能性もあるとみて調べています。



男性は「7年間かけて大切に育てた価値の高いものだけとられて、頭が真っ白になった。事件の前、毎週のように知らない外国人が見学に訪れて熱心に写真を撮っていた。その情報を基にして、何者かが盗みにきたのではないか。知らない人に見せたことを悔やんでいる」と話していました。

男性によりますと、盗まれたのと、そっくりの作品が、その後、インターネット上で販売され、中国語で解説されていたということです。

草の根交流という言葉がある。しかし、こういった事件が起きると「草の根嫌悪」とでも言うべき感情が日本に産まれてしまうだろう。

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どんどん左へ

どんどん左へ

朝日新聞:民進、衆院補選で2氏を公認 共産は野党共闘に前向き
http://www.asahi.com/articles/ASJ8552W1J85UTFK009.html

常任幹事会では、改憲勢力による「3分の2」確保を許した7月の参院選について「結果は敗北だが、次に向けた踏み台は確保できた」と総括をまとめた。

全32の1人区で、4野党の統一候補がうち11選挙区で勝利した点を「野党連携は一定の成果」と評価。一方、共産との連携について「保守層の離反を懸念する見方もある」とした。共闘を後押しした市民団体の動きを「一つの財産となる新しい形であり、今後も後戻りすることはない」とした。

代表選挙が行われ執行部が交代してしまうので、どこまで継続するのかは判りませんが、これは民進党がどんどん左へ行くことを示している言葉です。

「共闘を後押しした市民団体の動きを『一つの財産となる新しい形であり、今後も後戻りすることはない』とした」

共闘を後押しした市民団体の中に保守的な立場の団体や個人はどのていどの割合でいたでしょうか。私には殆ど全部が左側に見えました。民主政治では、当然のことながら、政党や政治家は支援者の意志や政治的立場に引っ張られます。

つまり、左側の市民団体を「財産」といい「後戻りすることはない」としている民進党は、左側へ行くと宣言しているのと同じです。

  *        *      *

代表選挙後の新執行部によって否定されるかもしれませんが、私にはそうはならないように思えています。

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2016年8月 5日 (金)

韓国への牽制とも解釈できますね

韓国への牽制とも解釈できますね

朝日新聞:米国務省「歴史問題は癒やし重要」 稲田防衛相就任受け
http://www.asahi.com/articles/ASJ842QTGJ84UHBI014.html

米国務省のトナー副報道官は3日の記者会見で、第3次安倍再改造内閣で稲田朋美氏が防衛相に就任したことに関し、「米国は歴史問題には癒やしと和解を促進するアプローチが重要だと強調し続ける」と述べ、直接的な言及は避けつつも、稲田氏の閣僚としての靖国神社参拝を牽制(けんせい)した。



一方、これまで終戦記念日に靖国神社に参拝してきた稲田氏に中韓両国から懸念する声が出ていることについて「純粋に日本の内政問題で立ち入ったコメントは避けたい」としながらも、「歴史問題には癒やしと和解を促進するアプローチが重要」と指摘し、「これが(靖国)神社(参拝)に関しての一貫した米国の立場だ」と強調した。

靖国参拝は、つまり戦死者をどう弔うか、どういう形式で祈りをささげるか、誰が対象で誰が対象ではないか、こういった問題は日本の問題であり、本来、他国にどうこう言われる問題ではありません。

  *        *       *

朝日新聞の記事では「稲田氏の閣僚としての靖国神社参拝を牽制(けんせい)した」と日本への牽制と解釈していますが、それだけでは不十分と思います。何故なら、報道官は「純粋に日本の内政問題」とも言っていますから。「純粋な内政問題」、つまり中国や韓国がクレームをつけてきたら、それは日本への内政干渉になるとも言っているのですから。

この発言は中国や韓国への牽制とも解釈できる発言です。

それに、日本を非難することが「癒やしと和解を促進するアプローチ」であるとは思えませんから、この部分も中国や韓国への牽制となります。

アメリカが日本に靖国参拝するなと牽制したとだけ解釈するのは単純すぎると思います。

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戦死者への祭祀は、その国の問題であり他国がどうこう言う問題ではありません。もし、他国の気に入るように祭祀を執り行わなければならないとしたら、その国は独立国家ではありません。

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靖国参拝は日本の祭祀であり、他国にどうこういわれる筋合いの問題ではありません。

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2016年8月 4日 (木)

人間の定義

人間の定義

読売新聞:相模原の事件 障害児が生まれると不幸になる?
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160801-OYTET50070/

被害者の数が戦後最悪であることに衝撃を感じますが、それ以上に恐ろしいのは犯人の動機にあります。

「障害者は死んでくれた方がいい」

このような 歪んだ考え方が大量殺人につながったのだと思います。事件が起きた直後、私は友人である作家の児玉真美さんから電子メールをもらいました。児玉さんには、 海さんという成人した重複障害のお嬢さんがいます。海さんは施設に入所しており、週末になると自宅へ帰ってくるという生活をしています。児玉さんがお子さんを深く愛していることは言うまでもありません。

何が人間で、何が人間ではないのだろうか。

法律的には「人間の子供として産まれたもの」が人間だ。しかし、人間は法律だけで生きているのではない。

私は「人間に人間と認められたものが人間だ」と思う。文にすると何も言っていないに等しいのだけれど、やっぱり、産まれて親や周囲の人間に自分たちの家族・仲間と認められた瞬間に人間になるように思う。

「児玉さんがお子さんを深く愛していることは言うまでもありません」

海さんは児玉さんに愛されて人間になったのではないか、と感じる。

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人間は群れを作る動物だ。互いに仲間と認めることで人間になる。そして、一度仲間となったら、絆は強固で、そう簡単に仲間ではなくならない。仲間が困っていたら(出来る範囲で、だけれど)援助する。それは群れを作る動物としての人間の本能の一部だ。

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2016年8月 3日 (水)

軽度の知的障害の場合は?

軽度の知的障害の場合は?

読売新聞:[大学への道]<3>健常者と格差門戸開放を
http://www.yomiuri.co.jp/kyushu/news/20160802-OYS1T50019.html

障害学生の支援を担当する同大コミュニケーション・バリアフリー支援室によると、障害者の受験生に対する入試改革も、既に学内で整備を進めているという。同支援室は「大学のあり方として、知的障害があると(大学で)学べないというのは違うと思うので、(対応を)考えているところだ」といい、今後、具体的な入試のあり方などについて検討が進められるという。長崎大でも13年に「障がい学生支援室」を設け、障害学生の支援に関する理念や方針を14年12月に定めている。

知的障害者の青年期教育に詳しい全国障害者問題研究会の常任全国委員を務める船橋秀彦さん(61)は「大学や専門学校などに進学する健常者は約7割で、知的障害者と格差がありすぎる。大学は知的障害者に門を開けて、とりあえず進学の『機会的平等』を保障すべきだ」と主張する。

「知的障害があると(大学で)学べないというのは違うと思うので」

いやいやいや、違わないでしょう。大学は知的な活動を行う場所で、大学ごとにレベルの差はあれ水準を越えた者だけを入学させている。物理的な障害(あるいは精神的な障害)に配慮するのは、すべきことだと思うけど知的な障害にまで配慮するべきとは思わない。

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足に障害をかかえていて走れないけれどオリンピックのマラソンに出たいと言っているようなもの。パラリンピックに車椅子のレースがあるように別枠ならば話はわかるけれど。

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知的障害と健常者、制度上は区別しているのだろうけれど、実態としてもそうなのだろうか。障害の程度が極めて軽く健常者として分類されてしまった人間はどうなるだろうか。

知的障害者としての配慮はされず、単なるバカとして扱われるだろう。そして大学に拒否される。それは正しいことなのだろうか。

大学のありようとしても、正しさの追求からも知的障害者への配慮はすべきではない。

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戦争の悲惨さを訴えるだけでは平和はこない

戦争の悲惨さを訴えるだけでは平和はこない

中日新聞:編集局デスク 惜しまれる人たち
http://www.chunichi.co.jp/article/column/desk/CK2016072302000115.html

個性豊かな三人はいずれも昭和一桁の生まれで、戦争を体験しました。永さんは長野県に疎開し、野坂さんは空襲に遭いました。二人は最後まで不戦を訴え、憲法の行方を気にかけていました。

小沢さんも晩年、「戦争を語っておきたい」と言っていました。「隣のおやじは吹き飛ばされて電柱に食い込んだ。戦争なんて人殺しでしかないってことを、具体的に知ってるものが、話しといた方がいいかなと思ってね」

反戦運動として、戦争の悲惨さを伝えることに反対もしないし重要なことだとも思うけれど、それだけでは不十分だ。

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戦争の悲惨さを訴えることで、戦争へのハードルは上がるかもしれない。しかし、多くのテロや犯罪が示すように人間はそのハードルを越えてしまう。

テロ実行犯の一部には戦争の被害者もいる。戦争の被害者、戦争で肉親を失った者達、戦争の悲惨さを最も知っている人々、そういった人々が戦争に参加、あるいはテロを実行してしまっているのだ。

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戦争の悲惨さを伝えることに反対もしないし重要なことだとも思うけれど、それだけでは戦争を防ぐことは出来ないことも判っていないといけない。

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2016年8月 2日 (火)

リテラ編集部に知的障害者はいるのだろうか

リテラ編集部に知的障害者はいるのだろうか

リテラ:障がい者抹殺思想は相模原事件の容疑者だけじゃない! 石原慎太郎も「安楽死」発言、ネットでは「障がい者不要論」が跋扈
http://lite-ra.com/2016/07/post-2449_3.html

しかし、現実には、前述したように、今回のような事件が起きても、容疑者と同じ「障がい者は生きていても意味がない」「障がい者は迷惑だ」「障がい者は税金がかかる」といった意見が平気で語られている。この国はすでに「弱い子は産まなくて良い、強い子だけをどんどん産め」という価値観に支配されているのかもしれない。

リテラ編集部に知的障害者はいるのだろうか、あるいは無能な人間の立場はどんなものなのだろうか。もし、知的障害者はいないのであれば、無能な人間が冷遇されているのであれば、リテラ編集部は「仕事できない人はいらない、出来る人だけ」という価値観に支配されているのかもしれない。その価値観と「障がい者不要論」との距離はどれほどだろうか。

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国家や社会全体と企業やその1部署は違う。しかし、生産(仕事)をしないとお金がなくなる、貧乏になるということでは同じだ。

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お金や結果だけ考えたら出来ない人間は不要だろう。そして、それを一番実感しているのはエリートや出来る人間ではなく、不要とされた側の人間(出来ないとされた人間)だ。リストラとまでは言わないまでも給与や賞与での差や職場のそういった空気をシビアに感じるのは負けた側の人間で、同時に、それが正しいと納得させられているのも負けた側の人間だ。

そして、世の中には強者や勝者よりも弱者や敗者の方が多い。ネットの雰囲気が弱者に厳しいのは弱者の感じている社会の空気が反映しているからだ。

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良い本、良い雑誌、良い記事を書くために出来る人間を揃えることは正しい。その結果、出来ない人間、邪魔をしてしまう人間を排除することになるけれど。

なにより、出来る仲間と一緒の仕事は楽しい。

しかし、その価値観と「障がい者不要論」の距離は遠くない。

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これもデモ

これもデモ

朝日新聞:経産省敷地の「脱原発テント」撤去へ 国側の勝訴確定
http://www.asahi.com/articles/ASJ814WRYJ81UTIL02F.html

東京・霞が関の経済産業省の敷地にテントを設置して脱原発を訴えているグループに対し、国がテントの撤去と損害賠償などを求めた訴訟の上告審で、グループ側の敗訴が確定した。最高裁第一小法廷(大谷直人裁判長)が7月28日付の決定で、グループ側の上告を退けた。



決定について経産省は「国の主張が認められ、極めて妥当な決定。被告らが最高裁決定を厳粛かつ真摯(しんし)に受け止め、直ちに土地を明け渡すことを強く求める」とする談話を発表。グループ側代理人の河合弘之弁護士は「脱原発の闘いの正当性が認められず、誠に遺憾。テントの人たちは最後まで闘い、任意で立ち退くことはしない」とのコメントを出した。

「任意で立ち退くことはしない」

強制執行されたら抵抗する、そうすればTVなどでその映像が報道される。つまりデモをするのと同じアピール効果がある。

占拠している側に自主的に退去する動機はない。強制執行されることになるだろう。

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2016年8月 1日 (月)

負けた側が変わらねばならないが

負けた側が変わらねばならないが

読売新聞:都知事に小池氏…初の女性、増田・鳥越氏に大差
http://www.yomiuri.co.jp/election/local/20160731-OYT1T50100.html?from=ytop_top

東京都知事選が31日、投開票され、政党の支援を受けない新人で無所属の小池百合子・元防衛相(64)が、自民、公明、こころの3党の推薦を受けた増田寛也・元総務相(64)、民進、共産、社民、生活の野党4党の推薦を受けたジャーナリストの鳥越俊太郎氏(76)らを大差で退け、当選を決めた。

戦いや競争の影響は、勝った側より負けた側に大きいものです。勝った側は、次も同じ体制・同じ作戦で勝てるかもしれませんが、負けた側が同じ体制・同じ作戦では次も負けてしまいます。負けた側は変わらなくちゃならない。

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自民党は、特に自民党都連は変わらなくちゃならないでしょう。小池さんのような方がフライングしたときに、どう対応するか、乗るこのは出来ないか。あるいは叩き潰すにしても方法を見直さなければならない。

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民進党も同じく、変わらなくちゃならない。何故、あんな候補を選んだのか。文春や新潮の記事の意図や正当性はともかくとしてスキャンダルを抱えた人間を何故選んだのか。都の政策ではなく国の政策ばかりを話す候補を何故えらんだのか。

しかし、民進党は教訓を得ることが出来るでしょうか。戦った経験は組織の下っ端ではなく指導層が得るものです。下っ端は頑張るだけですが、指導層は作戦を考えますから、作戦の失敗の教訓は作戦を考えた者が得るものですから。

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しかし、民進党は変われるでしょうか。

トップである岡田さんは逃げだしました。どうせなら反省会をやったあとに(党内でボコボコにされたあとに)辞めれば、党内に経験や教訓を残せたのではないでしょうか。

トップがまっさきに逃げ出したら教訓もなにも残せません。

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