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2016年8月 3日 (水)

戦争の悲惨さを訴えるだけでは平和はこない

戦争の悲惨さを訴えるだけでは平和はこない

中日新聞:編集局デスク 惜しまれる人たち
http://www.chunichi.co.jp/article/column/desk/CK2016072302000115.html

個性豊かな三人はいずれも昭和一桁の生まれで、戦争を体験しました。永さんは長野県に疎開し、野坂さんは空襲に遭いました。二人は最後まで不戦を訴え、憲法の行方を気にかけていました。

小沢さんも晩年、「戦争を語っておきたい」と言っていました。「隣のおやじは吹き飛ばされて電柱に食い込んだ。戦争なんて人殺しでしかないってことを、具体的に知ってるものが、話しといた方がいいかなと思ってね」

反戦運動として、戦争の悲惨さを伝えることに反対もしないし重要なことだとも思うけれど、それだけでは不十分だ。

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戦争の悲惨さを訴えることで、戦争へのハードルは上がるかもしれない。しかし、多くのテロや犯罪が示すように人間はそのハードルを越えてしまう。

テロ実行犯の一部には戦争の被害者もいる。戦争の被害者、戦争で肉親を失った者達、戦争の悲惨さを最も知っている人々、そういった人々が戦争に参加、あるいはテロを実行してしまっているのだ。

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戦争の悲惨さを伝えることに反対もしないし重要なことだとも思うけれど、それだけでは戦争を防ぐことは出来ないことも判っていないといけない。

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