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2016年8月27日 (土)

同性愛嫌悪は矯正の対象たりえるか

同性愛嫌悪は矯正の対象たりえるか

朝日新聞:LGBT、働く人の8% 職場にいると「嫌だ」35%
http://www.asahi.com/articles/ASJ8T5G48J8TULFA014.html

労働組合の中央組織・連合は25日、同性愛者のレズビアンやゲイ、両性愛者のバイセクシュアル、性同一性障害者など性的少数者(LGBT)に関する初めての調査結果を発表した。全国で仕事をしている20~59歳の男女1千人にインターネットで聞いたところ、8・0%がLGBTの当事者だった。



職場の上司や同僚、部下が同性愛者や両性愛者だったらどう感じるかを聞いたところ、「嫌だ」が35・0%。「嫌では無い」の65・0%は下回ったが、「職場に多様な人がいることへの理解が不足している」と指摘した。連合は、LGBTに対する職場での差別禁止やハラスメント防止の法制化をめざしている。

同性愛者が矯正の対象だった時代がある。現在では、同性愛は脳の構造に(性質?)によるものと判っており、矯正・教育の対象とはなりえない(効果が無い)ことも判っている。教育・矯正をしたとしても、同性愛は変わらない。抑圧して表面的には「治った」ように振る舞うことが出来るようになるかもしれないが、「治る」ことはないし、「治す」対象でもない。

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同性愛が矯正・教育の対象となりえないなら、同性愛への嫌悪が矯正や教育の対象となりえるとの保証はどこにあるのだろうか。

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矯正・教育の対象となりえないものを、教育・矯正しようとしても不幸な結果になるだけ。

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職場は性愛の対象を探す場所ではい。ならば、振る舞い方・マナーを定めて衝突しないようにする、互いに不快な思いをしないようにすることが(例えば、職場では性的な話はしない、などが)、せいぜいだろう。嫌だと思う心まで「理解が不足している」などと教育しようとしても良い結果になるとはかぎらない。

知識を得ること、与えることには賛成だけれど「理解せよ」というのは、同性愛者に異性愛を理解せよと要求することを連想させてしまい、不安になる。

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コメント

自分自身に対してほの字の矛先を向けてきた人間が異性でも同性でも、そのほの字の矛先を歓迎するもしないも当人の自由ではないでしょうか。
異性間においても、そうした好き嫌いが決定できる以上、よしんば同性愛者の間においても同様な事がありうるのではないでしょうか。
そうした当たり前な発想が置き去りのまま、このような主張が強調されれば、そうした個人の好き嫌いすらも差別として糾弾の対象とされかねません。

投稿: DUCE | 2016年8月27日 (土) 18時22分

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