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2016年9月18日 (日)

理想の為に死ね?

理想の為に死ね?

中日新聞 社説:不断の努力かみしめて 今、憲法を考える(読者から)
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2016091702000107.html

九条は理想で現状にそぐわないという批判がありますが、東京都昭島市の男性はこう考えます。「理想と現実は絶えず乖離(かいり)する。現実に理想をなじませるのではなく、少しでも理想に現実を近づけるよう努力すべきだ」

他にも「改憲ありきの議論に乗せられるな」「国民の無関心こそなくせ」-。戦後の歴史の岐路かもしれません。不断の努力こそ求められます。読者のみなさんの声を大切にし、改憲論の行方を注視していきます。

軍事に関わることで、一歩間違えたら戦争になり戦死者が出る。それを承知した上で「現実を理想に近づける」と言うのだろうか。それは「理想の為に死ね」と行っているのに等しいのだけれど。

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「理想の為に死ね」と「お国の為に死ね」との間の距離はどれほどだろうか。

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憲法は理想を書くものだろうか。それとも実用的な道具(例えば「国家権力を縛る道具」)だろうか。

理想を書くものであれば、聖典のように扱い、解釈を現実に合わせて変えてゆけば良い。実用的な道具であれば必要に応じて変えてゆけばよい。

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理想を現実に、などと気楽に言っていると、その言葉の為に大勢が苦労し、場合によっては死ぬこともある。理想を現実になどと言っている方々は、お偉いさんの夢の(理想の)為に、組織の末端(下っ端)がどんだけ苦労することになるのか、知っているのだろうか。

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