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2016年10月31日 (月)

民進党のイメージ

民進党のイメージ

毎日新聞 社説:年金改革法案 持続可能にする論議を
http://mainichi.jp/articles/20161031/ddm/005/070/014000c

しかし、現在の高齢者の給付が下がることを前提にしているため、民進党などは「年金カット法案」と批判する。国会でも独自の試算に基づいて、政府の想定より給付額が大幅に下がる可能性があると追及する。

ただ、過去にもさまざまな研究者や民主党(当時)議員が独自の試算やデータを用いて「年金積立金は数年以内になくなる」「年金は事実上破綻している」などの主張を繰り返してきた。政府の説明が難解で不十分な上、「消えた年金」などの不祥事のイメージも重なって、国民は疑心や不安を膨らませてきた。

自民党の法案を批判するのは良いのだけれど、民進党には「反対するだけ」というイメージが付いてしまっている。この年金問題についても同じ。

声高に「年金カット法案」と批判しているが、民進党自身が「年金積立金は数年以内になくなる」「年金は事実上破綻している」などと主張してきた。積立金が無くなり破綻したら年金は、カットどころではなくゼロになるだろう。つまり、民進党自身がカットどころではなくゼロになるのだと主張していたと言える。

「する」のではなく「なる」のだけれど。

  *        *        *

ゼロになるのだったら「カット」するぐらいの事はたいした問題ではないんじゃないだろうか。

  *        *        *

選挙戦術、宣伝の為の言葉として「年金カット法案」は優れていると思うけど、それだけ。逆に言うと、ペラペラの薄っぺらい広告だけの政党というイメージを民進党に与えてしまっているのではないかと感じる。

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2016年10月30日 (日)

沖縄は覚悟を決めろ

沖縄は覚悟を決めろ

琉球新報:<社説>土人発言抗議決議 沖縄差別の政策やめよ 国民と県民の分断強める
http://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-384868.html

ヘリパッド建設では米軍北部訓練場内の抗議行動で反対運動のリーダーが逮捕された。本来、平和的で非暴力の基地反対運動が、言論の訴えが顧みられない状況下で市民を物理的行動に駆り立てているのである。現場の対立は先鋭化し、臨界点を迎えつつある。

差別発言を契機に、「自治権確立」、さらに「琉球独立」の声すら高まりつつあるように思われる。独立論の高まりは「日本」対「沖縄」の対立をさらに深めることになるだろう。

民主政治では多数決の結果に従わなければならない。仮に、多数決の結果にどうしても従えなくて、それは命をかけるほど、暴力に訴えてしまうほど、どうしても譲れないほどのことであるならば、分離独立してしまうべきだ。

  *        *        *

民主政治では暴力は認められない。逆の視点で言うと(国家の内部に)暴力を生み出してしまうような多数決の結果は許されない。多数派は少数派を追い詰め過ぎるような結果をだしてはいけない。

これが自然と出来なければ、民主国家は存続できない。

  *        *        *

多くの場合、民主国家は民族や宗教・風俗習慣・あるいは理念などが一致する単位で生まれる。だから多数派がわがままを言っても少数派を追い詰めすぎたりする結果にはならない。

  *        *        *

沖縄で暴力的な闘争が始まるかもしれない。県議会の議決を見ていると、事件が起きたとき、挑発した側ではなく、我慢していた警察側を非難するかもしれない。そんな事になったら、内戦状態だとすら言える。

そんな状態になる前に、沖縄は独立したらどうだろうか。

  *        *        *

私は、沖縄が独立したいのであれば、日本全体の多数決の結果に従えないのであれば、独立しても良いと思うし、歓迎する。

しかし、これは、沖縄の味方ではない。いやむしろ、沖縄にとって厳しいことだと思う。

独立したら、日本という国家の守護はなくなる。アメリカや中国や日本と対等に交渉できるということは逆に言うと、何を言ってもやっても最後の安全は保証された今の状況を捨てることだ。

日本政府の沖縄に対する交付金は、ODAとなり、日本政府は明確に見返りを求めるようになるだろう。中国からの侵略が怖ければ日本やアメリカと安全保障条約を結ばなければならないが、軍事基地の提供や駐留軍人(沖縄にとっては外国軍人)の特権的な地位を求められるだろう。

国家間の交渉で甘えはゆるされない。

沖縄が独立したら、沖縄は甘えられなくなるり厳しくなる。

日本本土の側は甘えを許さず強く交渉出来るようになる。

沖縄の独立は、沖縄自身よりも本土の側に利益が大きいとすら言える。

  *        *        *

沖縄は覚悟を決めるべきだ。

日本の一部分として日本全体の多数決の結果に従うか、多数決の結果に従えないなら、独立して自分の安全は自分で護るのか。どちらを選ぶか明確にするべきだ。

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2016年10月29日 (土)

本当に「非暴力」ですか?

本当に「非暴力」ですか?

琉球新報:<機動隊 差別発言を問う>沖縄からアジェンダを 安冨歩さん(東大東洋文化研究所教授)
http://ryukyushimpo.jp/news/entry-383010.html

非暴力の闘争で最も大事なのは、どうすればこちらが暴力を使わずに、相手を挑発して暴力を使わせるか、ということ。今回、この線から近づくなと言う警察に対し、抗議する人々が金網を利用して挑発し、日本警察の本質を露呈させた。「土人」発言という暴力を振るったことで、警察は窮地に立たされている。沖縄が今考えるべきは、さらに挑発的な次のアクションをどう起こすかだ。

まとまりのない雑感をいくつか。

  *        *        *

本当に「非暴力」なのでしょうか?

今回の場合、警官がなんの前触れもなく「土人」という言葉を使ったのではなく、暴言が飛び交うなかで、言ってしまった。つまりは、挑発にのってしまった。では、その挑発は「非暴力」なのでしょうか。

警官の「土人」発言が暴力なら、その発言を誘発した言葉は暴力ではないのでしょうか。

  *        *        *

闘争なら挑発して有利な状況を作って戦うのは戦略であり戦術です。非難されるべきものではありません。

  *        *        *

しかし、これは戦術です、挑発しています、なんて言っちゃダメです。あくまでも、自分達は礼儀正しく正々堂々としていますって態度を取らなきゃです。何故なら、私達は暴力を誘発しています、なんて言っている集団が一般民衆の支持を得られるとは思えませんから。民主政治では一般民衆の支持を得なければ勝利できませんから。

  *        *        *

もしかして、この人、作戦をばらしちゃった「無能な働き者」なんでしょうか。

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2016年10月28日 (金)

敵に回すと面倒くさい

敵に回すと面倒くさい

琉球新報:<社説>国境なき記者団声明 取材の自由を保障せよ
http://ryukyushimpo.jp/editorial/entry-383521.html

国際社会は、沖縄で取材の自由が脅かされていることを深く憂慮している。

国際ジャーナリスト組織「国境なき記者団」(RSF)は、米軍北部訓練場でヘリパッド建設の取材に当たる琉球新報、沖縄タイムス両紙記者を警察が現場から排除したことなどについて「沖縄の報道の自由が脅かされている」とする声明を発表した。米軍による取材監視にも触れ、懸念を表明した。

「国際社会」も「国境なき記者団」も、敵に回すと面倒くさいけれど、味方にしても役に立たないんだよなぁ~。

  *        *       *

いま、NHK-BSのニュースでシリア情勢を流している。アレッポが空爆を受け一般市民が殺傷された。こういった行為は、国際社会から強く非難されているけれど、終わる気配はない。

他にも国際社会から非難されていながら残虐行為が止まらないなんてことはよくある。

「国際社会」は助ける能力を持っていない。

  *        *       *

役に立たないなら無視しても良さそうなものだけれど、敵に回すと煩くて面倒くさいんだよねぇ~。

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2016年10月27日 (木)

政府は戦争をしたがる?

政府は戦争をしたがる?

西日本新聞:デスク日記(2016年10月27日 02時15分)
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/desk/article/284835

その伯父さんから届く年賀状に「お上のすることは…」と、国や政府をちくりと皮肉るような表現が多かったのは、自身の体験に基づく平和への願いが背景にあったのだろう。そんなこととはつゆ知らず、ただ面白い表現をする人だなと思っていた。

こういう言葉をみると、この人は「政府は戦争をしたがり、市民は平和を求める」という前提や思い込みがあるのでは?と思いしらけてしまう。

  *         *       *

政府は戦争をしたがるのだろうか?

もし、そうなら、そして日本が民主国家であるならば、政府には国民の意志が反映しているはずで、国民が戦争をしたがっていることになる。

日本は民主政治の国ではなかったのだろうか?

  *         *       *

平和を望めば平和になるのだろうか。例えば、私は、鳩山(由紀夫)さんが平和を望んでいると思っている。では、彼の提唱する政策を行えば平和はくるのだろうか。

とてもそうは思えない。望むことと、もたらす能力は別なもの。望んでいても、気持ちはあっても、能力のない人間には仕事を任せることはできない。

それが彼にくだされた評価だ。

  *         *       *

政府は戦争をしたがる、政府は戦争をもたらす、これは思い込みだし間違いだ。

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2016年10月26日 (水)

ナワバリ

ナワバリ

共同通信:比大統領「漁民は数日で戻れる」
http://this.kiji.is/162916755879051266?c=39546741839462401

フィリピンのドゥテルテ大統領は23日、南シナ海の同国の排他的経済水域内にありながら中国が実効支配し、フィリピン漁民が操業できなくなっているスカボロー礁(中国名・黄岩島)について「数日待てば(フィリピン人が同礁に)戻れるかもしれない」と述べた。具体的にどのような措置が取られるかなど詳細には言及しなかった。北部カガヤン州での演説で語った。

中国としては、中国の主権を認めた上で「中国が(漁業の)許可を出す」のであれば問題ないでしょう。フィリピンとしては中国の主権を認めることは出来ません。

漁が出来さえすれば良いのであれば、簡単かもしれませんが、どんな言葉で(どんな権利を認めた上で)漁ができるするのかは、とても大事です。

  *        *        *

さて、「漁民は数日で戻れる」というのは現実になるでしょうか。私は難しいと思います。それは、東シナ海のガス田での中国の振る舞いを見ていると、中国が主権の問題で譲ることは考えにくいですし、フィリピンも仲裁裁判の結果をダメにしてしまうほどバカではないでしょうから。

中国とフィリピンの蜜月(?)は長くは続かないでしょう。

  *        *        *

中国とフィリピンの蜜月(?)が長く続くとしたら、フィリピンのドゥテルテ大統領が、自分の生活のまわりの利益(たとえば所有する金)が増えることだけを追求し、中国が応えるような場合です。

ドゥテルテ大統領は暴力的でヤクザの親分的ではありますが、それだけに自分のナワバリには敏感であるように私には思えます。

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2016年10月25日 (火)

自己責任論・全体主義と個人主義

自己責任論・全体主義と個人主義

西日本新聞 提論:【「自己責任」論】
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/teiron/article/284107

しかし、昨今は、同じ「自己責任」論もトーンが変わってきている。日本の財政難が危惧され、社会的弱者は、税金を無駄に費やし、「真っ当に」生きている多くの国民に「迷惑をかけている」という“熱い積極的否定”が目に付くようになった。ここまで来ると、むしろ全体主義的である。

生活保護をターゲットに、主に貧困層に向けられていたバッシングは、今や“医療保険を食い物にする「自己責任」の病人”にまで拡大している。次は一体、誰だろうか?

これを全体主義的と言うのは誤っていると思う。何故なら、個人に全体への奉仕を求めているのではなく、税金の無駄遣いに対する意識の高まりの結果であり、税金は自分が払ったお金だという意識の高まりの結果だからだ。

つまり、自分の金が使われている、自分なら援助しない人間に税金が使われている。これが無くなれば自分が払う税金も減るのではないかという感覚であり、これは全体主義というより個人主義ではないか。

  *        *       *

税金の無駄遣いに対する意識の高まりは悪いことではない。しかし、その結果が良いものだとは限らない。人間が判断するのだから、間違っていることがあるのも仕方のないことだ。

  *        *       *

自分の金が盗られていると感じている人間に「全体主義的だ」と非難したところで意味がない。言われた人間は「何かピンと外れの悪口を言われている」としか感じないだろうから。

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2016年10月24日 (月)

既視感

既視感

朝日新聞:「無知、ペテン師」と言われても…トランプ支持、なぜ?
http://www.asahi.com/articles/ASJBL4GQYJBLUHBI010.html

コメディアンになる夢を追ってニューヨークに出たこともあるが、友人や家族が恋しく戻ってきた。6歳の息子を一人で育てる。「息子が俺のすべてだが、高校を卒業したら『この街をとっとと捨てろ』とはっきり言うつもりだ」

別れ際に本音が出た。ずっと民主党支持だったが、今回はトランプに投票するという。「あいつは大バカ野郎だ。人種差別的な発言もする。でも、権威ある相手にもひるまず、本音むき出しでやり返すカウボーイ。エリートが支配するワシントンを壊すため、1期4年だけ任せてみたい」

なんだか、2009年に(日本で)民主党政権が誕生した直前の状況を見ているようにな気がします。既存の政党や政権への不満、自分の状況への不安や不満。そういったものが、とりあえず現状を打破してくれそうな、なんでも良いから変えてくれそうな選択をした。

そんな状況がアメリカでも起きているのでしょうか。

  *        *        *

とりあえず暴れて壊す。これは出来ることではあるけれど、壊した後も人生や世界は続くので、メシを食わなくちゃならない。着る物も寝る場所も必要、つまり現実に対処しなくちゃならない。

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変えようとするのは結構だけれど、変えたあとの事も考えなくちゃならない。

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2016年10月23日 (日)

沖縄は「沖縄 vs 日本本土」の対立を望むのか?

沖縄は「沖縄 vs 日本本土」の対立を望むのか?

沖縄タイムス:沖縄県議会、機動隊撤退要求へ 「土人」発言に抗議 28日にも決議の公算
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/67699

東村高江の米軍ヘリパッド建設に反対する市民に対し、機動隊員が「土人」「シナ人」などと発言したことを受け、沖縄県議会与党3会派の代表者は21日、発言に抗議すると同時に高江からの機動隊撤退を求める決議案を提案する方針を確認した。最短で28日の臨時会での可決を目指す。県議会は与党多数のため、本会議に提案されれば野党、中立会派が反対した場合でも可決される公算が大きい。

事件が起きたとき、犯人をつかまえて処罰するのが基本です。その犯人が属する集団や組織に抗議したり、その集団を排除しようとしたりはしません。そんな事をしたら、その集団と対立になってしまいますし、差別的でもありますから。

「土人」発言は望ましいものではありません。であれば、その個人を処罰(今回は訓告になっています)すればよく、警察組織を攻撃したり、日本本土に人々の精神構造(≒心)を問題にしてしまってはいけません。そんな事をすれば、日本本土と沖縄の対立になってしまいます。

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イスラエルとドイツは仲が良いわけでもありませんが、日本と韓国のように国同士の感情的対立があるわけではありません。それはイスラエル(ユダヤ)が個人を(証拠をもって)攻撃し処罰し、ドイツという国やドイツ民族を攻撃しなかったからです。

日本と韓国の仲が悪いのは、韓国が「なんとなく日本人全体」を「あいまいな証拠で」攻撃するからです。「強制された従軍慰安婦」がいるのであれば誘拐犯もいるのですから、誘拐の証拠を固めて誘拐犯個人を処罰すればよいのですが、それをせずに、なんとなく日本人全体や日本民族や日本的なものを攻撃するから、こちらとしても反発せずにはいられないのです。

  *        *       *

抗議することが「沖縄の正義」なのかも知れませんが、その正義の行き着く先には、日本本土との対立です。政治の良否はは結果で判断されます。日本本土との対立が深刻化することを沖縄は良しとするのでしょうか。

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正義を貫くことを優先して現実の結果を考えない、あるいは、正義を貫けば必ず良い結果になると考えることは原理主義的であり、子供の考えです。

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2016年10月22日 (土)

修羅場

修羅場

毎日新聞:沖縄「土人」暴言 29歳巡査部長と26歳巡査長を戒告
http://mainichi.jp/articles/20161022/k00/00m/040/048000c

処分理由は18日午前、警備にあたっていた訓練場の工事現場で、工事に反対する市民らに対し、巡査部長は「どこつかんどんじゃ、ぼけ。土人が」と、巡査長は「黙れ、こら、シナ人」と不適切な発言をしたとしている。

巡査部長は「つい口に出た」と、巡査長は「その場で飛び交っていた言葉を使ってしまった」などと府警に説明。2人ともそれぞれの言葉の差別的な意味を知らなかったと述べ、「本当に申し訳ございませんでした」と謝罪した。

発言した巡査長は「その場で飛び交っていた言葉を使ってしまった」そうです。これが本当なら、差別的な発言をした人間はもっともっと多い。でも、非難されているのは2人の警察官だけ。他の警察官は訓戒などになっていませんし、マスコミも市民団体もさわいでいません。つまり、警察官以外の誰かが、「土人」と同じような言葉を使っていたのでしょう。

   *        *        *

もちろん、本人の言い訳にすぎない可能性もあります。

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しかし、警察官は、どんな相手に対しても品行方正であることを求められます。相手が罵詈雑言を吐くような相手でも同じレベルでやりかえすと、有識者やマスコミに非難されます。

ほんとうにお辛い立場だと思います。

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2016年10月21日 (金)

政治利用される沖縄

政治利用される沖縄

毎日新聞 社説:沖縄での暴言 無理解が分断を広げる
http://mainichi.jp/articles/20161021/ddm/005/070/035000c

翁長知事が那覇市長だった2013年1月に、沖縄の全市町村の首長らが米軍輸送機オスプレイの配備反対を安倍晋三首相に訴えるため、東京・銀座をデモ行進した。

その際に、沖縄の首長らは沿道から「非国民」「日本から出て行け」と侮蔑的な言葉を浴びせられた。沖縄と本土の広くて深い溝を痛感させる場面だった。

沖縄の切実な訴えを「反政府」とみなすような感覚。そうした沖縄に対する無理解を翁長知事らは「構造的差別」と呼んでいる。機動隊員の発言もそうした構造を背景にしたものではないか。

私はオスプレイを危険な飛行機だとは思っていない。理由は、アメリカ人がアメリカ人を乗せて飛んでいるからだ。自国民を乗せる飛行機の安全性について疎かにする理由はない。もちろん、人間の作ったものだから事故はあるだろう。死者も出るかもしれない。しかし、他の飛行機に比べて特別に危険だとは思わない。

対して、沖縄の反応はどうだったか。オスプレイを悪魔の飛行機であるかのように忌避した。

  *        *        *

沖縄が軍事基地に苦しんでいないとは思わない。しかし、沖縄の政治は、その苦しみを解消・減少する合理的方法よりも、在日米軍や日本政府を邪魔することを優先しているように見える。

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沖縄の苦しみを自分の政治的目的に利用している人々がいるのではないか?と言えば陰謀論になってしまうだろうか。

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2016年10月20日 (木)

安心の野党クオリティ

安心の野党クオリティ

朝日新聞:自民、目立つ「おごり」 農水相の強行採決発言が波紋
http://www.asahi.com/articles/ASJBM5HKLJBMUTFK01C.html

問題の発言は18日夜、自民の佐藤勉・衆院議運委員長のパーティーで出た。「強行採決するかどうかは、この佐藤勉さんが決める。ですから、私ははせ参じたわけでございます」と山本氏が笑顔であいさつすると、会場は笑いに包まれた。居合わせた閣僚や自民幹部から発言をとがめる声はなかった。

しかし、19日朝、報道で発言を知った民進、共産両党が「担当大臣が強行採決に触れるなんて前代未聞だ」(民進・山井和則国対委員長)と反発。午後1時から予定されていた特別委の審議に応じず、山本氏の辞任と「強行採決をしない」との特別委委員長の誓約書を求めた。

自民党のどうでも良い発言を取り上げて、さわいで審議を止めて日程闘争する。いつもどうりと言うか、安心の野党クオリティです。

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こんなことばっかりやっている政党には、政権担当能力なんて獲得できないでしょう。

  *        *        *

望ましい発言だとは思いませんが、そんなにむきになるほどのものなのでしょうか。

他人のちょっとした発言に民進党のような反応をする人が職場いたら、神経質すぎて、そんな人とは一緒に働きたくないというか嫌です。

もう少しおおらかでなくっちゃね。

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2016年10月19日 (水)

プラスとマイナス

プラスとマイナス

沖縄タイムス 社説:[駆け付け警護]現地認識に甘さないか
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/66835

安倍晋三首相は駆け付け警護の新任務が与えられても「リスクが増えるわけではない」という。机上の論理というほかない。

駆け付け警護が、なし崩し的に付与されれば、戦後、海外で1発の銃弾も撃たず、1人の戦死者も出さなかった自衛隊が「殺し、殺される」危険性にさらされる。

駆け付け警護に前のめりになる姿勢を政府は改めてもらいたい。自衛隊の撤退も視野に入れ、むしろ日本の得意とする人道支援や民生分野での協力に舵(かじ)を切るべきである。

何か新しいことをしようとするならリスクは考えなくちゃならない。これは当たり前のこと。見落としがちなのが「やらなかった場合のリスク」だ。やらなかったら何が起きる?と考えなくちゃならない。

やらなくても不都合やリスクが何もないなら、やる必要がない。

あるいは、やることで新しい利益があるなら、やると良いかもしれない。

  *        *       *

集団的自衛権や駆けつけ警護について、やることのリスクは多く語られるけれど、やった時の利益、やらなかった場合の不利益については、ほとんど語られていない。

私には、それが不満だ。

  *        *       *

単純に考えると、国連の下に武器を持って集まっているのだから、相互に護りあった方が安全性が増すだろうし、自分は他人を護らないと宣言しているチームは護ってもらえないだろう。

だから可能ならば駆けつけ警護を行った方が自衛隊員の安全は高まるように思う。

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自衛隊隊員の命が安全になるなら、「戦後、海外で1発の銃弾も撃たず、1人の戦死者も出さなかった」などと言うことは些細なことだ。

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2016年10月18日 (火)

長時間労働だけじゃないから

長時間労働だけじゃないから

西日本新聞 社説:過労死防止白書 命より大切な仕事はない
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/282387

過労死の実態に照らせば労災認定が氷山の一角にすぎないことをうかがわせる。白書公表の日には、大手広告会社の女性社員=当時(24)=が自殺したのは長時間労働による過労が原因として、労災認定されたことも判明した。女性社員の母親は「命より大切な仕事はない」と訴えた。家族の悲痛な叫びに胸が締め付けられる。

過労死の目安として勤務時間(or残業時間)が有効なのは間違いないけれど、長時間労働が真の原因ではないような気がしている。自分の経験では、嫌な精神状態になるのは仕事量よりも仕事の中身だったり上司や同僚のイジメとしか思えない態度だったりする。そういった場合は、残業時間がゼロでも鬱状態になって酒がすすんでしまう(飲まなきゃやってられない状態)。

  *        *        *

楽しい仕事(内容、人間関係)の場合は、1日24時間は大袈裟だけれど、寝る食べる風呂に入る以外の時間ぜんぶ仕事してても平気だった。

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長時間労働は望ましくない。嫌な上司と長時間労働の組み合わせは最悪であることも事実だけれど、労働時間だけに注目するのは、見えやすいものだけを見ていることにならないだろうか。

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2016年10月17日 (月)

建前と本音

建前と本音

西日本新聞 デスク日記:ようやく政治が動いた形なので喜ぶべき話ではある
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/desk/article/282349

7月の相模原殺傷事件で被害に遭った人の親たちは実名公開を拒んだ。障害があっても認め合う社会が程遠い現実の裏返しだ。誰をも特別視しない世の中に向け、今こそ知恵の絞りどころでは? 私は、安易に「医療的ケア児」なんて書いた記事を掲載するつもりはない。

「誰をも特別視しない世の中」

建前としては可能でしょう。制度上の差別をなくす、区別を合理的なものへ改めてゆく、これは出来ることで必要なことです。でも、個々人の心の中では不可能でしょう。ある個人は誰かを特別視します。全員を平等に愛するなんて出来ません。ある個人は、自分の親を、子供を、恋人を特別視します。

親や子供はともかく、恋人は多くの人間の中から特別だと選んだ人間です。では何故、その人間は特別なのか。人種?宗教?経済状況?性格?、あるいは知能?身体の状態?、あるいは遺伝子?家柄?

こういったものが心の中にあることを否定できる人間はいないでしょう。民主的な社会が、その理由を非難することも出来ません。ある人がある人を恋人として選んだ。その選択を(政府が、マスコミが、偉い人が)ダメだと言う社会は自由な社会ではありませんから。

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恋人を選ぶ自由、その延長線上に個人の偏見があり、個人の偏見の集合が社会の偏見となります。

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建前としては「誰をも特別視しない世の中」は良いものです。しかし、実現できないし、実現できてしまったら、それは不幸な社会です。

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2016年10月16日 (日)

護憲か地方切り捨てか

護憲か地方切り捨てか

北海道新聞 社説:参院1票の格差 抜本改革は避けられぬ
http://dd.hokkaido-np.co.jp//news/opinion/editorial/2-0087420.html

全国知事会は合区解消とともに参院を地方代表と位置づけるよう求める。大都市への人口集中が続けば地方の声が国政に届かなくなるとの危機感があるのだろう。

確かに欧州などには上院を地方代表と位置づける国もある。だが同様の制度の導入を目指すのならば、衆院と参院の役割分担など徹底した議論が大前提ではないか。

気になるのは自民党の一部に、この議論を改憲の入り口にしようとの意図が透けて見えることだ。

自党の議席維持のため抜本改革を先送りしながら、その責任は棚に上げ、逆に憲法を変えてしまおうというのでは強引に過ぎる。

1票の格差をなくせば人口の多いところからは多くの議員が選出され、人口の少ない地域からは少なくしか議員は選出されない。これは原理的な話なので、制度をどういじっても、問題を(地方の意見が政治に反映されなくなることを)隠すことは出来ても無くすことは出来ない。

  *        *        *

仮に、日本を数個のブロックにするような大きな選挙区を作ったとしよう。そうすれば1票の格差は解消するけれども、地方切り捨てになる。何故なら政治家は「多くの票(≒多くの人口)」のある地域を重視するからだ。地方の小さな集落より都市の一棟のマンションの方が人口が多かったりすると、集落を回って住民の意見を聞くために1日かけて移動するより、マンションへ行きたくなって当然だろうし、演説するなら人口の多い都市部の駅前を選ぶだろう。

  *        *        *

どんな制度であっても1票の格差の解消を求めるかぎり、明示的には地方切り捨てとはならないかもしれないが、実際に起きることは地方の住民の意見が中央の政治に反映され難くなることで、それには変わりがない。

1票の格差をなくすことは、地方切り捨てなのだ。制度としては、明示的にやるか隠れてやるか(起きるか)の違いしかない。

  *        *        *

憲法に、明確に「地方(地域)の代表だから、1票の格差は許容する」とないかぎり、裁判所は格差の解消を求めるだろう。

つまり、憲法改正か地方切り捨てかを選択しなければならない、と言うことだ。

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2016年10月15日 (土)

権利はあっても

権利はあっても

河北新報:<相模原殺傷>「生きる権利ある」障害者ら訴え
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201610/20161013_13030.html

障害者支援団体「CILたすけっと」(仙台市)が主催した。テーマは「殺されていい命なんかない 死んでいい命なんかない」。事件発生以来、同団体には「外に出るのが不安だ」など恐怖や怒りを訴える電話が多く寄せられており、気持ちを自由に表せる場が必要と開催した。

働く権利はあっても職がない、ってこともある。すべての人に働く権利や生きる権利はある。では、その権利を保証するもの、実施するものは誰だろうか。

 

  *        *        *

生きる権利は誰にでもある。それは間違いない。でも、権利があれば自動的に保証されるものではない。

  *        *        *

社会資源は有限だ。例えば、ある人にお金を使えば、他の人には使えない。ある人をサポートしたら、他の人へのサポートは少なくなる。だから、自分達の為にお金を使って欲しい、サポートして欲しい人達はアピールする必要がある。地元に公共事業を求める陳情もその一種。

こういった障害者・福祉関係者の訴えもそういった行為の一種。

多くの人達が行っていることを、彼らは彼らなりの方法で行っているとも言える。

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2016年10月14日 (金)

で、あんたの意見は?

で、あんたの意見は?

時事通信:自民改憲草案の問題点研究=民進
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016101300826&g=pol

民進党は13日、憲法調査会の役員会を開き、自民党がまとめた憲法改正草案の問題点を研究することを決めた。今後、週1回のペースで議論を行い、内容の取りまとめなどについては引き続き協議する。

異議をとなえるななどとは言えません、言論の自由がありますから。また、他政党の案に問題点がないかと研究するのも当然のことだと思います。

でも、民進党がやると、それが報道されると、思わず、「あんたらの意見はないんかい?」「反対しかしないんかい」と言いたくなってしまう。

たぶん、民進党の憲法に対する意見や態度が明確じゃないことが問題なのだろう。はっきりと護憲派であれば、あるいは独自の改憲案があれば、「反対するだけしかしないのか」とは思わないだろうけれど。

  *        *       *

この報道をみて、すごく民進党らしいな、と思いました。

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2016年10月13日 (木)

もうひとつの問題

もうひとつの問題

西日本新聞 社説:「死刑廃止宣言」 国民的な議論を深めよう
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/281344

福岡県豊前市の女児殺害事件で先週言い渡された判決が求刑通りの死刑ではなかったことに、両親は「納得できない」と表明した。幼い娘がわいせつ目的で連れ去られ、殺された不条理への痛切な思いは想像を絶する。

日弁連の宣言は冒頭、殺人事件について「遺族が厳罰を望むことは、ごく自然のこと」とした。

近代刑法は社会安定の観点から私的報復を禁じている。一定のルールや基準にのっとり被告に相応の刑罰を与えるのが原則である。

問題は、その刑罰に死刑を含めるかどうかだ。

もうひとつの問題は(いや、結論を出すための補助線かもしれないが)、遺族の自然な感情にどう応えるかと言うことだ。

日弁連の宣言にも「『遺族が厳罰を望むことは、ごく自然のこと』とした」とある。

人間の持つ自然な感情を無視した制度は歪みをもたらす。

  *        *        *

日弁連などの死刑廃止派は、この自然な感情に応えているだろうか。私には、それを見た記憶がないのだが。

  *        *        *

遺族の感情に応えることなしに死刑廃止を主張するこは、被害者の人格・人権を軽視しているように見えてしまう。

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2016年10月12日 (水)

食わなきゃ死ぬ動物ですから

食わなきゃ死ぬ動物ですから

ハフィントンポスト:石原慎太郎の葛藤と、相模原障害者殺傷事件の背景を考える。
http://www.huffingtonpost.jp/karin-amamiya/the-background-of-sagamihara-incident_b_12239466.html

障害者になった自分を受け入れられない。「役に立ってこそ男」という考えから抜けられない。「社会のお荷物」になる自分を受け入れられない。このような「高齢者の自己否定感」が、老後問題の最大の課題だと上野氏は指摘する。

石原氏も、今までの「強者」の思想と現在の自分との落差に愕然としているのだろう。

その背景にあるのは、生産性が高く、効率が良く、その上費用対効果がいいものでないと価値がないとする考え方だろう。すべてが数値化され、どれくらい経済効果が得られるかのみに換算される社会。そんな価値観は、結果的には「弱さ」を抱えた自分自身に牙を剥く。石原氏の苛立ちや葛藤は、そのような効率原理から抜け出せない限り、終わらない。そしてそれは今、多くの高齢者を苦しめているものだろう。

人間は食わなきゃ死ぬ動物ですから。そこから目を背けちゃ有閑階級のお遊びにしかなりません。

  *        *      *

「すべてが数値化され、どれくらい経済効果が得られるかのみに換算される社会」、こういった言葉で現代社会を非難するのを見ることがあります。昔から同じような言葉で資本主義社会・現代社会を非難する人々がいました。

でも、人間は群れで生活する生き物で、食わなきゃ死ぬ動物なのです。だから群れ(社会)に貢献できる、例えば食べ物をたくさん獲ってくる人間は尊重され尊敬されるのです。

数値化することや経済効果を計ることは、より正確に貢献度を判りたいという事にすぎません。食べ物をたくさん獲ってくること、たくさんお金を稼げること、この二つに本質的な差はありません。

  *        *      *

たくさん食べ物を獲ってくる人間が尊重されることに疑問を持つ人間はいないだろう。その価値観の延長線上に「相模原障害者殺傷事件」が投げかけたものがある。

  *        *      *

人間は食わなきゃ死ぬ動物だという現実から目を背けたような言説に説得力はありません。貧困問題に立ち向かっている人々なら「食わなきゃ死ぬ」という現実を知っているように思うのですが。

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2016年10月11日 (火)

苦労したくないので

苦労したくないので

西日本新聞:【東欧で考えたこと】 藻谷 浩介さん
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/teiron/article/280963

昨夏とこの夏、3回に分けて東欧を巡った。島国に住む日本人には無縁な、欧州特有の「地続きゆえの難しさ」と、「地続きなのに多様であるゆえの難しさ」を、こもごも痛感する旅だった。



こうした経緯を持つ日本には、だから、実は多様な祖先を持つ人たちもいる。「日本人」が一枚岩の集団であるかのごとく語る人たちは、その成り立ちがもっと多様だったことを勉強しているのだろうか。そしてこれからも、日本国籍を選んで世界から移り住んでくる人たちがいるであろうことを、認識できているのだろうか。

欧州のような厳しい歴史と扱い難いモザイク化に無縁な日本人は、本当に幸せだ。だがその幸せゆえに、多様性に満ちた世界の実相を理解できないようでは、とても寂しい。せめてアジアに面した九州の人たちには、より開かれたマインドを持ってほしい。

私は私なりに(表面的にしか過ぎませんけど)理解した上で、多様化したくないと思うのです。異文化・多文化は、テレビで見る、観光に行ってみる、という程度が一番良いのです。

  *        *       *

多様なルーツをもつ人々が、多様なままで(統合しようとしないで)いたら、そこに出来上がるのは、隣村との戦争をするような社会です。統合しようとすることは絶対に必要です。

  *        *       *

国旗・国家・国王(日本の場合は天皇陛下)といった存在は、統合し統合を維持するために、とても役立ちます。

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2016年10月10日 (月)

平和を愛する諸国民の公正と信義

平和を愛する諸国民の公正と信義

電子政府 法令データ提供システム : 日本国憲法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

日本国憲法の前文から引用しました。そこには「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあります。そして、「平和を愛する諸国民」の代表者達が集まる国連は、どのような状態でしょうか。

朝日新聞:空爆アレッポ孤立27万人、届かぬ救援 国連は批判合戦
http://www.asahi.com/articles/ASJB9624WJB9UHBI01B.html

シリア北部アレッポでアサド政権側と反体制派の戦闘が激化している内戦をめぐり、国連安全保障理事会は8日、空爆の即時停止などを求める決議案を採決し、否決された。ロシアが拒否権を行使し、廃案となった。アサド政権軍とロシア軍の空爆停止すら見通しが立たず、壊滅寸前とされるアレッポ東部の人道危機は深刻さが際立っている。

多数の死傷者が出ているにも関わらず、互いに非難してばかりで戦争が止まる気配はありません。万が一、日本が戦争になったとしても、「平和を愛する諸国民」は非難の応酬を繰り返していることでしょう。

私達の憲法が言うような「平和を愛する諸国民の公正と信義」は、どこに存在するのでしょうか。それを信頼して安全安心と言えるのでしょうか。

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2016年10月 9日 (日)

犠牲は必要と言いきれるか

犠牲は必要と言いきれるか

日本経済新聞 社説:「各論反対」でシェア経済の芽を摘むな
http://www.nikkei.com/article/DGXKZO08163640X01C16A0EA1000/

そもそも民泊は、素人が簡単に始められ、客と住民が気軽にふれ合う一種の文化体験だ。既存業界の利害得失ばかりが前面に出る議論は健全ではない。政府は観光振興という原点に立ち戻って、規制緩和を進めてほしい。

「規制緩和をすれば安全が脅かされる」という議論があるが、本当にそうなのかの検証も欠かせない。「安全性」を名目に競争相手を締め出すことがあってはならない。特区制度の活用や、新たに発足したばかりの規制改革推進会議での議論に、期待したい

全知全能ではない人間の行う事にはミスや間違いが付きものだ。規制緩和にも間違いがない、危険な面がないと言い切ることなんて出来はしない。

  *        *        *

「『規制緩和をすれば安全が脅かされる』という議論があるが、本当にそうなのかの検証も欠かせない」

やってみて事故が起きたらどうするのだろうか。それは、仕方の無い犠牲として受け入れるのだろうか。

  *        *        *

生きるということは、リスクを受け入れる、と言うこと。確実・絶対なんてものはない。何故なら、生きるためには呼吸して食べなくちゃならなくて、呼吸する食べるということは、新しい何かを(自分じゃないもの、未知の世界から)取り入れるということだから。

同じものを食べているとしても、次に食べるものが今までどおりに安全とはかぎらない。

  *        *        *

経済は人間の活動であり、新しい何かをすれば、新しい利益と新しいトラブル(事件事故)が起きてくる。規制改革を行えば新しいトラブルが起きてくる。

未知の何かが起きることを恐れていては何もできない。一方、利益だけを言うことは不誠実だ。

  *        *        *

「『規制緩和をすれば安全が脅かされる』という議論があるが、本当にそうなのかの検証も欠かせない」

これは、事件事故が起きても必要な犠牲だと受け入れろと言っているのと同じだ。

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2016年10月 8日 (土)

強制加入の団体での意思決定

強制加入の団体での意思決定

NHK:犯罪被害者団体 宣言反対を呼びかけ
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161007/k10010721891000.html

「あすの会」の代表幹事の松村恒夫さんは「遺族が家族を殺された苦しみに整理をつけるための刑罰として死刑は必要です。弁護士は被害者の気持ちに寄り添ってほしい」と話していました。また、犯罪被害者を支援する弁護士でつくる団体も「日弁連は弁護士が強制的に加入させられる組織なのに一方的な立場で死刑廃止を宣言するのは不当だ」として反対を呼びかけました。団体の事務局長の高橋正人弁護士は「一部の弁護士しか参加していない大会で、なぜ日弁連の意思決定が行われるのか非常に疑問で、一方的な考え方の押しつけだ」と話していました。

司法試験に合格しただけでは、弁護士にはなれない。弁護士会に加入しなければならならず、弁護士会から脱会したり除名されたりすることは、弁護士としての死を意味する。故に、「日弁連は弁護士が強制的に加入させられる組織」となる。

強制加入させられる組織だから、意思表示をしてはならいと言うことにはならない弁護士自身の利害については発言しなければならないし、不祥事があったら対応しなくちゃならない。政治的・思想的な事柄にだって意思表示をしても良いと思う。

ただし、それについては多くの弁護士が納得する手続きが必要だ。今回、それはあったのだろうか。

  *        *        *

強制加入という事では「国家」と似ている。国民は生まれた時から国民で(帰化などの例外はあるが)、脱会(移住や多国での国籍獲得)は容易ではない。しかし、国家は意思表示する。国家元首や政治家の発言や談話だったり、国会決議だったり。

それについて、強制加入だから意思表示するのはおかしい、という意見はめったにみない。

 *        *        *

「一部の弁護士しか参加していない大会で、なぜ日弁連の意思決定が行われるのか非常に疑問で、一方的な考え方の押しつけだ」

強制加入の組織で、例えば国家で、その組織を一部の人間が政治的に利用しようとしたなら、何が起きるだろうか。

強制加入だから意思表示してはならない、とは思わない。しかし、意思表示を行うなら慎重に手続きを進めなればならない。でなければ「内戦」や「分裂」になってしまうだろう。

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2016年10月 7日 (金)

頭の良い人の落とし穴

頭の良い人の落とし穴

東洋経済:「働き方改革」に見える「ゆとり教育」と同じ轍 そもそも少子高齢化は克服すべき問題なのか
http://toyokeizai.net/articles/-/138667?page=5

常見:しかし、やはり優先順位もあります。「少子化には歯止めを掛けないといけない」という議論と、「いやいや少子化だからもっと教育など子供関連の予算を下げてもいい」という議論がせめぎ合っているじゃないですか。それをどう決着するのかという議論がありますよね。

おおた:お上に決められた通りに働くのではなく、一人ひとりがどんな暮らし方をしていきたいのかをまず考えるべきです。そしてそれを実現するための大きな方向性のなかで、この「働き方改革」をやるべきです。

「すべての夫婦がフルタイムで働くような社会を目指しましょう」というような、画一的な価値観へのアンチテーゼとしてこれを言いたかった。

人間は考える動物だけれど、すべての人間が十分に考えているわけではないし、情報や知識を持っていない場合だって多いし、刺激に対して反応しているだけの場合も多い。

「お上に決められた通りに働くのではなく、一人ひとりがどんな暮らし方をしていきたいのかをまず考えるべきです」

いや、そんな事を考えることが出来る人間が何割いるだろうか。大部分は、楽な仕事を少なく働いて給料たくさんだったら良いなとは言うだろうが、それで自分の働き方を考えたことになるのだろうか。

  *        *        *

理想は良い。しかし、不可能な理想は夢にすぎないし、それが実現できると考えて行動しても不幸な結果しかもたらさない。

  *        *        *

社会を良くしようとしている人々の言葉に、「それ、無理だよね。人間はそんなに賢くない」と思うことが度々ある。彼らは自分たちの知性が平均値を越えていることを(つまい大多数の人間には理解できない、実行できないかもしれないことを)意識していないのだろうか。

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2016年10月 6日 (木)

死を待つ人々の家

死を待つ人々の家

中日新聞:病気の妻を大津の瀬田川で水死させる 高齢の夫を逮捕
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2016100590220600.html?ref=rank

署によると、田村容疑者は美佐子さんが亡くなったのを確認し、遺体が流れないようロープで近くの木にくくり直した。「自分も死のうと思ったが死にきれなかった」と供述しているという。美佐子さんには精神疾患があり、先月28日に市内の病院を退院した後、受け入れ先が見つからなかったのを悲観したらしい。

4日午後2時35分ごろ、現場近くの県道沿いで座り込んでいた田村容疑者を通行人が見つけ、110番した。

誰でも無料で受け入れる施設が必要なのだけれど、無理だろうな。コストがかかりすぎる。コストを抑えて出来る範囲でやったならば、「必要な処置」をしなかったとして保護責任者遺棄致死になってしまうだろう。

  *        *       *

「必要な処置」というものは時代や社会によってちがう。いまの基準は一律で高すぎるのではないだろうか。

  *        *       *

自宅の購入を検討した時に感じたのだが、基準を越えた家には補助や援助があったりする。これは、良い家を増やす、居住環境を改善することを目的としているそうだ。しかし、その結果、良い家(≒高価な家)を買える人々は補助を受けて良い家に住み、買えない人々(≒貧乏な人)は補助なしで安価な家に住むことになる。

良い目的(居住環境を改善することは良いことだ)なのに、結果は格差の拡大だ。

  *        *       *

社会は国家は、介護、最後を看取るための基準・必要な処置の基準を定めている。必要なことではある。しかし、それが貧乏な人にとっては厳しすぎるのではないだろうか。

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2016年10月 5日 (水)

1年持たなかったか?

1年持たなかったか?

朝日新聞:元慰安婦への「おわびの手紙」、韓国内で焦点化
http://www.asahi.com/articles/ASJB4543YJB4UHBI026.html

元慰安婦らに対する安倍晋三首相の「おわびの手紙」を求める韓国内の声に、韓国政府が対応に苦慮している。安倍首相は3日、「毛頭考えていない」と一蹴。韓国外交省報道官の4日の記者会見では、この発言に対する質問が集中し、説明に追われた。



韓国政府としても、日韓合意に首相の手紙といった措置が明記されていないことから、実現の難しさは理解している。とはいえ、合意自体への反対論が依然根強い中で、「首相の手紙」によって理解が広がることにつながらないかとの期待がある。また安倍首相が手紙を出すかどうかが、韓国内で焦点化しつつあり、難しい対応を迫られている。

仮に安倍首相が「手紙」を出すと決めたら、次に問題になる(問題にする?)のは内容・言葉
とその解釈でしょう。簡単に出せる、出したら終わりと言うものではありません。

だから(簡単に)出すことなんて出来ないし、出すべきでもありません。

  *        *        *

しかし、わざわざ何で言うかな?と思ったら、国会で民進党から質問があったからのようです。

朝鮮日報:慰安婦:「毛頭考えてない」 安倍首相発言に韓国ネットで怒り爆発
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2016/10/04/2016100400428.html

これは、安倍首相が同日、野党・民進党の小川淳也議員が「日本側から元慰安婦におわびの手紙を送る可能性があるのか」と質問したのに対し、「われわれ、毛頭考えていないところでございます」と答えたものだ。

なんで、質問するかな?
「考えていない(≒出さない)」と答えるだろうし、そう答えたら韓国政府が困った立場になることぐらい判らないのかな?

放置しといた方が問題にならないことってあるでしょうに。

  *        *        *

昨年末の「最終的かつ不可逆的な解決」は1年持たなかったのかな?

今後の経緯をみないと判りませんけれど。

  *        *        *

日本も韓国も民主国家です。民主国家では政府は国民の感情を無視できません。そして他人の(他国民の)感情は、どうこう出来るものではありません。

つまり、韓国は延々と日本を非難し続けるだろうと言うことです。

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2016年10月 4日 (火)

ノーベル賞受賞に思う

ノーベル賞受賞に思う

中日新聞 社説:ノーベル医学賞 やはり大切な基礎研究
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2016100402000110.html

大隅良典・東工大栄誉教授にノーベル医学生理学賞が贈られることが三日、決まった。がんなどの治療につながると期待される研究だ。これで日本人のノーベル賞受賞は三年連続。共に喜びたい。



日本は最近、論文数が減り、有名大学の国際的な評価が落ちている。政府は大学改革や科学研究費の配分見直しに熱心だが、目先の成果を求める傾向がある。

今回の受賞を機に、基礎研究の重要性や独創的な研究を生み出した環境に思いを巡らしてほしい。

ノーベル賞受賞、おめでとうございます。

ここ数年、日本人の受賞が続いています。喜ばしいことです。ですが、5年後、10年後、20年後はどうでしょうか。

ノーベル賞は基礎的な研究で世界に大きな影響を与えたものに与えられます。基礎的な研究は、現実世界(ビジネスなど)とは距離がありますがら、現実世界に影響を与えるまでに時間がかかります。20年前の研究が受賞の理由であることも珍しくありません。

ここ数年の受賞ラッシュは20年前の研究の質が高かったことを示していますが、現在の研究の質の高さを保証しません。

  *        *        *

「政府は大学改革や科学研究費の配分見直しに熱心だが、目先の成果を求める傾向がある」

「目先の成果を求める傾向」があるのは政府だけだろうか。政府に、その傾向があることを否定はしないが、与党・野党やマスコミにもその傾向はないだろうか。私達にも、その傾向はないだろうか。民主国家で、政府が民意を無視することは不可能なのだから。

  *        *        *

とりあえず、政府が悪いと言っていれば良いわけではない。

  *        *        *

直接的な利益、直接的にビジネスに結びつかない研究を許す豊かさを私達は維持しているだろうか。

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2016年10月 3日 (月)

見える競争・見えにくい競争

見える競争・見えにくい競争

信州毎日新聞 社説:学力テスト 教育の場ゆがめる弊害
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20161001/KT160930ETI090010000.php

「点数の重圧」に教員も子どもたちも追い立てられ、教育の場がゆがめられてはいないか。立ち止まって検証すべきだ。全国一斉のテストをさらに続ける意味は見いだしにくい。



学校は、教師と子どもたちが心を通わせた自律的な学びの場であるべきだ。国家統制色も見え隠れするテストが持ち込まれ、競争原理が幅を利かせば、学ぶことの醍醐味(だいごみ)は失われ、学校本来の姿は損なわれる。そのことにこそ目を向ける必要がある。

学力テストは見えやすい競争であるけれども、競争がそれだけかと言えばそうではない。例えば進学や就職だ。あの学校に行ったら就職できる/できないといった評判でも競争がある。

学力テストのようにハッキリとは順位づけされないけれど、競争や比較はあるのだ。

 *        *        *

見える競争と見えない(見えにくい)競争。どちらが教育現場を歪めるのだろうか。教育を受ける子供やその保護者にとっては、どちらが良いのだろうか。

 *        *        *

目に見えるもの、みえやすいものから対処(あるいは批判)するのは、ある意味、当然だけれど、結果、問題が見えにくいものになってしまう。そうなると、知力・情報の格差による格差が大きくなるのではないか。つまり、現在の貧困層にとっては「見えにくい競争」の方が厳しいものとなるのではないか。

 *        *        *

目に見えるものだけを考えてはいけない。

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2016年10月 2日 (日)

中国の憲法上の制約により

中国の憲法上の制約により

朝日新聞 社説:中台関係 圧力は解決を遠ざける(2016年10月2日(日))
http://www.asahi.com/paper/editorial2.html?iref=editorial_news_one

台湾に対する中国・習近平(シーチンピン)政権の圧力が増している。

カナダでの国際民間航空機関(ICAO)総会で、3年前の前回はゲスト参加した台湾が、今回は出席できなくなった。

台湾を自国の一地区とみなす中国の意向が強く働いたためと伝えられる。航空の安全にかかわる問題に、こうした形で影響を及ぼすのは穏当ではない。



中台関係の将来像は双方が平和的に話し合えばよく、第三国が口を差し挟むべきではない。

しかし、今の習政権のやり方は台湾側の反発を強めるばかりだろう。中国側は、台湾の人々が持つ自尊心を理解しようとしていないのではないか。それは利益で釣ったり圧力で潰したりできるものではない。

中国の憲法では、中国政府は中国共産党の指導を受けることになっている。そして台湾には中国共産党は存在しない。つまり、台湾が中国の一部であるならば、その行政・立法・司法は中国共産党の指導を受けねばならない。つまり対等ではありえない。

中国の憲法上の制約により、中国は台湾を対等の存在として扱うことが出来ない。これは、習近平政権だけのことではなく、中国が中国共産党の支配にあるかぎり同じように高圧的であるだろう。そう憲法に定められているのだから。

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2016年10月 1日 (土)

除名しないので

除名しないので

毎日新聞 社説:ハンガリー 自国エゴの連鎖が怖い
http://mainichi.jp/articles/20161001/ddm/005/070/111000c

中東などからの難民を分担して受け入れようとする欧州連合(EU)の「割り当て」政策を受け入れるべきか。東欧のハンガリーであす行われる国民投票は、欧州統合の基盤を掘り崩す危険性をはらんでおり、その行方が懸念される。



ハンガリー国民投票の結果は、他の欧州諸国の反EU極右勢力を勢いづける可能性もある。自国の主張を通すために、法的根拠の乏しい国民投票が各国で乱用されるようになれば、EUの結束は乱れ、難民政策にとどまらず、あらゆる統一政策が立ちゆかなくなる恐れもある。

EUと加盟各国首脳は、こうした「自国エゴ」の連鎖を食い止めなければならない。ハンガリーには、EUに加盟した当時の理想と気概をもう一度、思い起こしてほしい。

EUが存続したいのであれば、ハンガリーのようなEUの決定に従わない国を罰したり除名することが出来なければならない。

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組織においては、違反があれば罰したり強制力で従わせたりすることが出来なければならない。でなければ、我侭なメンバーがやりたいほうだいになってしまう。そしてEUには除名の規程もないし強制力も持っていない。

ハンガリーは、やりたいほうだいの事をすることが出来る。

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ハンガリーのような国に対処するためには、強制力か除名かが必要だけれど、それを持とうとすると、それはEUが「超国家」として振る舞う事とおなじことで、各国のアンチEU勢力が指摘していること(EUが自国を支配する。自国の上位の存在になろうとしている)そのままになってしまう。

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EUが、このまま継続する為には、我侭な国が出てこないことが必要だが、多数の国家&長期間という条件では、必ず我侭な国が出てくる。

つまり、EUがこのまま継続することは困難だと言うことだ。

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タブーなき場所での禁止事項

タブーなき場所での禁止事項

信濃毎日新聞 社説:演説に起立 「言論の府」損なう懸念
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20160929/KT160928ETI090002000.php

領土、領海、領空を守るために、海保や警察、自衛隊が昼夜を分かたず働いているのは事実だろう。「お疲れさま」「ご苦労さま」といった気持ちを抱いている国民は少なくないはずだ。

だからといって、国会議員が議場で一斉に起立し拍手するとなると話は違ってくる。

海保、警察、自衛隊の活動は安倍政権が整備を進めてきた安保関連法や特定秘密保護法に関わっている。安保法、秘密法については、平和と民主主義をむしろ損なうとの見方が根強く残る。法律の廃止を目指し運動を続けている市民団体も少なくない。

そうした中、国会で議員が活動をたたえることは反対論を封じる結果を招く危険をはらむ。

国会は一切のタブーなく議論する場のはずである。憲法50条が議員の不逮捕特権、51条が院内での発言の免責を定めているのは、戦争の歴史の反省に立って自由な議論を保障するためだ。異論を唱えにくい空気がたとえ一時であっても生まれることには敏感でなければならない。

「国会は一切のタブーなく議論する場のはずである」

タブーがないなら、「一斉に起立し拍手する」ことも許されるのではないだろうか。拍手もまた表現なのだから。それとも国会議員は空気を読で、へんな空気にならないように気を使いながら話さないといけないのだろうか。それはタブーなき議論とは対極にあるもののように思うのだけれど。

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「タブーなく議論する」などと言いつつ、自分の都合の悪いことは(意に沿わないことは)禁止する。ありがちな話です。

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2016/10/02 06:05 題名訂正
  訂正前:タブーな場所での禁止事項
  訂正後:タブーなき場所での禁止事項

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