« 中国の憲法上の制約により | トップページ | ノーベル賞受賞に思う »

2016年10月 3日 (月)

見える競争・見えにくい競争

見える競争・見えにくい競争

信州毎日新聞 社説:学力テスト 教育の場ゆがめる弊害
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20161001/KT160930ETI090010000.php

「点数の重圧」に教員も子どもたちも追い立てられ、教育の場がゆがめられてはいないか。立ち止まって検証すべきだ。全国一斉のテストをさらに続ける意味は見いだしにくい。



学校は、教師と子どもたちが心を通わせた自律的な学びの場であるべきだ。国家統制色も見え隠れするテストが持ち込まれ、競争原理が幅を利かせば、学ぶことの醍醐味(だいごみ)は失われ、学校本来の姿は損なわれる。そのことにこそ目を向ける必要がある。

学力テストは見えやすい競争であるけれども、競争がそれだけかと言えばそうではない。例えば進学や就職だ。あの学校に行ったら就職できる/できないといった評判でも競争がある。

学力テストのようにハッキリとは順位づけされないけれど、競争や比較はあるのだ。

 *        *        *

見える競争と見えない(見えにくい)競争。どちらが教育現場を歪めるのだろうか。教育を受ける子供やその保護者にとっては、どちらが良いのだろうか。

 *        *        *

目に見えるもの、みえやすいものから対処(あるいは批判)するのは、ある意味、当然だけれど、結果、問題が見えにくいものになってしまう。そうなると、知力・情報の格差による格差が大きくなるのではないか。つまり、現在の貧困層にとっては「見えにくい競争」の方が厳しいものとなるのではないか。

 *        *        *

目に見えるものだけを考えてはいけない。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« 中国の憲法上の制約により | トップページ | ノーベル賞受賞に思う »

コメント

賛同します。
戦いやすいものである見えるものを争うことができなければ、戦いにくいものである見えない争いを戦えない。

見えるものを争えなくする教育は、見えないものの争いでの敗北を意味します。 
目の前の問題からの逃げであり、根本解決ではないんですね。

投稿: Star | 2016年10月 3日 (月) 07時53分

競争しないと駄目な人間ばかりになるぞ。 ゆとり君の失敗から学んで、競争のみが能力開発になると考えても良いくらいだよね。 

投稿: 北極熊 | 2016年10月 4日 (火) 18時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/64291867

この記事へのトラックバック一覧です: 見える競争・見えにくい競争:

« 中国の憲法上の制約により | トップページ | ノーベル賞受賞に思う »