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2016年11月30日 (水)

官製春闘は必要

官製春闘は必要

佐賀新聞 社説:2017年春闘 働く人の不安解消を急げ
http://www.saga-s.co.jp/column/ronsetsu/381325

2017年の春闘が動き出した。アベノミクスを再加速させたい安倍晋三首相が「少なくとも今年並みの水準の賃上げを期待したい」と口火を切り、政府主導の「官製春闘」が4年目を迎える。



そもそも賃金交渉は、労使が個別に進めるべきで、政府が介入する「官製春闘」は健全な状態ではない。労働組合の組織率が低下し、非正規雇用が広がる実態を考えれば、働く人の立場が相対的に弱まっているという事情があるにせよ、政府がいつまでも春闘を主導するのは好ましくない。

官製春闘は、なぜいけないのだろうか。いまいち理由が判らない。

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市場に任せておけば上手くいくものといかないもの、上手くいく状況、いかない状況がある。

労働市場による賃金の決定は、いままでは上手くいったかもしれないけれど、上手く働かなくなっているように、私には思える。政府が介入しなければ賃金格差は、さらに拡大するだろうと思える。

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労働組合が弱体化しているのは、ひとつには組合が政治活動にかまけすぎたことがあるけれど、労働の多様化が大きいのではないか。ひとつの工場で大勢の労働者が同じ労働をするのであれば、労働組合の要求もシンプルですむ。団結もしやすい。しかし、その様な工場は(日本からは)めずらしくなってしまった。労働者の(労働内容の)多様化がすすみ、労働者のニーズも多様化した。結果、労働組合が要求すべきことも多様化し、労働者も団結しにくくなった。

労働組合の弱体化は大きな流れで、これが止まるようには思えない。

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労働組合の弱体化が止まらないとするならば、政府が介入しなければ、賃金格差は大きくなり続けるのではないだろうか。

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2016年11月29日 (火)

民主国家じゃないんで

民主国家じゃないんで

ロイター:中国の発電所足場倒壊、死者が74人に
http://jp.reuters.com/article/c-collapse-idJPKBN13K0IA

中国東部の江西省豊城の発電所で24日朝に建設中の冷却塔で足場が崩れた事故は、死者数が74人となり、さらに2人の負傷が判明した。国営メディアが伝えた。

中国の工業用地では、死者の出る事故が比較的ひんぱんに発生しており、安全基準の甘さに対する不満が高まっている。

民主国家であれば、事故が多発し死傷者が多く出れば、安全基準の強化や運用の改善を求める政党や議員が多くなり、行政もそれに従うだろう。対して独裁国家の場合は、そうではない。事故が権力者達の財産を傷つけるようになるまで放置される。

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この事故の場合で言えば、事故の結果発電所の建設が遅れて、その結果、共産党幹部の持つ発電所や建設会社の株の価値が下がったりしたら、共産党としては問題にするだろう。あるいは、労働者達が暴動を起こして政権を揺るがすような事態になるとか。

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政治的権利、参政権を持っていない人間の意見や願いは軽視される。究極のところ命までも軽視されてしまう。

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投票しない人間も、似たように軽視されてしまう。だから、投票に行こう。それだけで大事にされる対象になるのだから。

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言論の自由を認めないのが立憲主義?

言論の自由を認めないのが立憲主義?

北海道新聞 社説:立憲主義 順守が論議の大前提だ
http://dd.hokkaido-np.co.jp//news/opinion/editorial/2-0094252.html

自民党を代表して意見表明した上川陽子氏は「立憲主義に反するといった抽象的な言葉のみで、豊かな憲法論議が閉ざされることがあってはならない」と述べた。

憲法論議の意義は認めるとしても、政治が憲法に従う立憲主義の原則はその大前提だろう。決して抽象的な言葉にとどまらない。

これに限らず自民党の主張には、国民が権力を縛るはずの憲法を、逆に政権に都合良く使おうとしているとの疑念が拭えない。

豊かな憲法論議を望むなら、まず最大の障害となっている自民党の改憲草案を撤回してはどうか。

「撤回」って具体的にどんなこと?

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自民党の憲法草案は、憲法審査会に提出されていませんよね。まだ、自民党という政党の意見・文書にとどまっています。それを撤回しろという要求は、そんな考えは私的な領域であっても許されないということですよね。

こわいよね。憲法審査会などの公的な場、自民党も民進党などの多くの立場で議論している場所から引っ込めるように要求するなら、まだ判るけれど、それでも多様な意見を封殺する行為ではあるけれど、私的な領域、自民党の内部で議論されただけのものまで、撤回しろって要求するんだから。

  *        *       *

私的な領域の考えや提案にまで、撤回を要求するのが立憲主義なのでしょうか。

狭量にすぎませんか?

権力者が(強い立場の人間が)こんな考えだったら、独裁政治になりませんか?

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2016年11月27日 (日)

反米反戦ですか?

反米反戦ですか?

朝日新聞 社説:沖縄と基地 「負担軽減」への遠い道(2016年11月27日(日)付)
http://www.asahi.com/paper/editorial2.html?iref=editorial_news_one

米海兵隊がまとめた「戦略展望2025」には、「使用に適さない土地を返還し、限られた土地を最大限に利用できる訓練場を開発する」とあり、事実、米軍に提供されている河口域と新パッドを結ぶ新しい訓練道路の建設工事も始まった。

負担軽減とは名ばかりで、文書にあるとおり、施設の効率配置による基地機能の強化が進むのではないか。いま沖縄では、そんな懸念が広がっている。

今回の返還によっても、全国の米軍専用施設の面積のうち沖縄が占める割合は、約74%から71%とわずかに減るだけだ。

在日米軍基地が効率的になれば、より小さい地元負担ですむようになる。これは地元住民にとって好ましいことだ。それに対して「施設の効率配置による基地機能の強化が進むのではないか」と懸念するのは、地元負担よりも基地機能の方が問題だと思っていると言っているに等しいのではないだろうか。

  *        *        *

沖縄の活動家は、あるいは朝日新聞の主目的は、地元負担の軽減と米軍基地の機能低下(米軍の弱体化)のどちらなのだろうか。

  *        *        *

「約74%から71%とわずかに減るだけだ」

3%はわずかかもしれないが、減ることには違いない。少なくとも、そこは素直に喜ぼう。負担軽減が主目的ならば。

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ヘイトスピーチは表現の自由に含まれますか。

ヘイトスピーチは表現の自由に含まれますか。

信濃毎日新聞 社説:憲法の岐路 衆院審査会 亀裂映す自民の草案
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20161126/KT161125ETI090003000.php

表現の自由を巡るやりとりも見過ごせない。自民草案が「公益および公の秩序」に反する場合は表現の自由は認められないとしていることについて、中谷氏は「当然のこと」と述べた。

表現の自由は国民が権力を監視し、主権者として意思を示すためにも欠かせないものである。だから今の憲法は一切の前提条件なしに「表現の自由は、これを保障する」と定めている。

表現の自由に制約を加えることを「当然」と述べる姿勢にも、憲法への無理解がのぞいている。

ヘイトスピーチも人間の感情や意志や思考の結果であり「表現」であることに間違いはない。それを、前提条件なしに「表現の自由は、これを保障する」として良いのだろうか。あるいは猥褻物についてはどうか。是非、護憲派の方々の意見を知りたいものだ。

  *        *       *

無制限の表現の自由は認められない。制限は抑制的でなければならないし、制限する為の手続きや誰が判断するのかといった問題はある。しかし、無制限の表現の自由は認められない。

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私には、現行憲法よりも自民党案の方が現実的であり正直であるように思える。

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2016年11月26日 (土)

モノしか見えていない

モノしか見えていない

ハフィントンポスト:長谷川豊アナ「殺せ」ブログと相模原事件、社会は暴論にどう対処すべきか?【インタビュー】
http://www.huffingtonpost.jp/2016/11/22/hasegawa-yutaka_n_13162488.html?utm_hp_ref=japan

――「医療費が増えると皆が共倒れになる。皆で考えねばならない」というのが長谷川氏の主張の論拠でした。

倫理学には「救命ボート問題」というものがあります。船が転覆して、救命ボートがあるが全員は乗れない、さらにどういう順番で救うか?という思考実験です。例えば、もう長く生きた人には遠慮してもらう、子供から救うべきだという考え方があります。より「自業自得度」が高い人から除外するというのもあり得るかもしれません。

しかしどのような基準、理由を採用するにせよ、それは誰かを助けると共倒れになる、それを避けたいのであれは誰かを外すしかないという極限状態の場合です。

実際にはそうではない。全員に対して医療サービスを提供して、その皆が生きられる時まで生きても、社会は困りません。

いやいや、無理でしょう。無限の介護、無限の医療を提供なんてできませんよ。

「全員に対して医療サービスを提供して、その皆が生きられる時まで生きても」っていったいどれくらいの「生きられる時まで」なんでしょうか。どんな高度医療でも、どんな終末医療でも、一日でも長生きしたい人には徹底的な延命治療を提供するなんて出来ませんよ。

  *        *       *

いまいま我慢している人間がいる。その人々の全てのニーズを満たすことが出来るのだろうか。そして、そのニーズを満たしたら次のニーズが出てくる。

どこかで限界にたっする、どこかで線引きしなくちゃならない。

  *        *       *

安定した社会と言うか、軋轢のない社会とは、この線引きが全員に共有されていて対立が生じない社会だ。全員が同じ価値感、同じ線引きなら問題は生じない。

「救命ボート問題」で言えば、全員の答えが(捨てられる人間も含めて)一致している状態。

  *        *       *

自分の線引きが正しいと信じきっている人間は、線引きを意識できない。

  *        *       *

――医療を全員に提供しても実際には社会は困らない。

医療にお金がかかっているのは事実ですが、何を買っているか、何を使っているかを考えてみればよい。使うものは人と人以外のものの2種類で、これで全てです。

ものは、例えば人工透析の機械です。鉄やアルミニウムでできています。それで長生きできるのだから、すくなくとも電子レンジなんかよりは優先されてよいでしょう。そして少なくとも電子レンジに使っている分も含めてもの・材料は今のところ足りなくはない。

そして人は余っています。日本の失業率は1桁ということになっていますが、それはハローワークに行って仕事を探しているが仕事がない人の割合にすぎません。定年で退職になった人、働ける環境があれば働いてもよいと思っている主婦、などなどの人たちを含めれば何割という割合になります。

人は足りている。むしろ足りて余っている状態をうまく制御できないでこの社会は困っていると考えます。どのように困っているのか、余っているのに足りないように見えてしまうのはなぜか、これ以上の説明は略しますが、足りないという事実認識は間違っている。このことは動かない。

正直、ばかじゃないか?と思った。

「材料は今のところ足りなくはない」

材料だけで役に立つものではない。それを加工し組み合わせて始めて役立つ物になる。簡単に加工できるなんて思ってもらっちゃ困る。

  *        *       *

ある小話を思い出した。

有名な画家のところに金持ちが絵の注文に来た。

画家が値段を告げる、「100万ドルです」。

金持ちが答える、「100万ドル!、私には、キャンバスの上に数ドルの絵の具がのたくっているようにしか見えませんが」。

画家は「いいでしょう、10ドルでお渡ししますよ」

数日後、金持ちの家に、真っ白なキャンバスと、数本の絵の具が届いた。

  *        *       *

資源があるから大丈夫、なんて思ってもらっちゃ困る。それを使用できるようにするまでに、どれだけ大変か判っているのだろうか「モノ」しか見えていない人間が指導者になったら、エンジニアの技量(の種類やレベルの差があること)を理解できない人間が経営者になったら、どうなるだろうか。

  *        *       *

本当の話かは知らないが、社会主義国では医者より農夫の方が価値があるとされていたそうだ。農夫は生産するが、医師は何も生産しない(少なくとも物質的なものは)からだそうだ。

農夫の価値を低く見てはならないが、医師が生産するものを理解できない(評価できない)社会は、どうなるだろうか。

  *        *       *

「人は足りている。むしろ足りて余っている状態をうまく制御できないでこの社会は困っていると考えます」

人数で考えたら、そらそうでしょうよ。受けた教育、本人の資質や性向を考えないで数だけ考えたら、そうでしょよ。

人間を何だと思っているのかしらね。

  *        *       *

社会の資源は有限で、全ての人の全てのニーズを満足させることは出来ていないし、近い将来に出来るようになる見込みもない。そこに気がつかない議論は無駄だし有害だ。

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2016年11月25日 (金)

建前と本音と現実

建前と本音と現実

朝日新聞 社説:萩生田副長官 政権中枢の発言に驚く(2016年11月25日(金))
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1

そんな萩生田(はぎうだ)光一官房副長官がおとといのシンポジウムで、耳を疑う発言を重ねた。

たとえば、強行採決――。

「強行採決なんてのは世の中にあり得ない。審議が終わって採決を強行的に邪魔をする人たちがいるだけだ」。そのうえで野党議員の反対を「田舎のプロレス」にたとえ、「ある意味、茶番だ」と批判した。

政権支持者の多い、いわば身内のシンポジウムに招かれ、本音が出たということなのか。

本音というより事実ではないでしょうか。私には、そう思えます。と言うか多くの人達が口にしないだけなんじゃないでしょうか。

  *        *      *

朝日新聞の内部にだって、茶番だと思っている記者がいるだろう。引用した社説のタイトルは「政権中枢の発言に驚く」となっているが、驚いたのは「本音を話ちゃったから」からなのか、それとも「発言の内容」なのだろうか。内容に驚いたとしたら、それこそ驚きだ。

  *        *      *

建前も大事だから、立場によっては言っちゃいけないこともある。その判断が出来ない人間は政治家になってはならない。

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では、公開されたとして

では、公開されたとして

京都新聞 社説:日韓軍機協定  「公開が原則」忘れるな
http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/index.html

菅義偉官房長官は「関係国から機微にわたる核心的な情報を得られるようになった」と同法を評価するが、知る権利の制約という負の側面を改めて意識すべきだ。安全保障に関する機密保全の重要性は理解するが、国民に伝えるべき情報まで安易に機密扱いされる懸念は拭えない。

安全保障上の重大な決定を政府がする際、軍事機密を理由に根拠が示されないなら、国民は正しい判断ができない。「軍事情報でも公開」が原則であることを確認しておきたい。

では、公開されたとして国民の何パーセントが正しく理解することが出来るだろうか。1パーセントあるだろうか。

   *        *       *

私は、公開するのは無駄だと言いたいわけではない。公開され理解できる者が少数であったとしても、政府以外の立場での評価がされることは重要なことだ。ただし、それが国民の判断になるとは限らない。何故なら、国民がその評価を理解できるとは限らないし、評価した者(マスコミ、有識者、政党)を信用するかどうかもあるからだ。

   *        *       *

民主主義国、あるていど大きな民主国家では間接民主制であることがほとんどだ。国家が大きくなると国民の全員(とまではいかないまでも十分に多くの国民)で話しあう事が不可能になるから。結果、代理人を立てることになる(間接民主制)。

となると、重要なのは、国民の直接的な理解ではなく、国民が誰を信頼するべきか正しく判断できるかだ。

   *        *       *

情報が公開される。これは重要なことだ。それと同じくらい重要なのは、その情報を解釈・評価した者(マスコミ・有識者・政治団体)が信用できるかどうかの判断、その為の情報だ。

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マスコミにとっては情報をタダで公開してくれるならば、その方が楽できるから都合が良いし、情報公開を求める正義もあるよねぇ、と考えてしまう自分は捻くれ者なのでしょう。

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2016年11月23日 (水)

書かれていないこと

書かれていないこと

共同通信:日韓軍事協定の概要判明 全情報を「秘密」指定
http://this.kiji.is/173840991454773250?c=39546741839462401

日韓両政府が閣議決定した、安全保障分野の機密情報を共有する軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の概要が22日、判明した。韓国から日本に提供される情報は全て「秘密」に指定。情報に接触できる職員は、特定秘密保護法に基づく適性評価で取り扱いが認められた資格者に制限する。提供される情報の多くは同法上の「特定秘密」になる見込みだ。両政府は23日、ソウルで協定に署名する。

日韓は協定締結により、北朝鮮の核・ミサイル開発などに関する情報の共有を進める。全情報が無条件に秘密指定されることで、国民の「知る権利」が制約されていく懸念は拭えない。

では公開して、あるいは秘密の扱いを緩くして、北朝鮮に軍事情報を漏らしたらどうなるでしょうか。

    *        *        *

「国民の『知る権利』が制約されていく懸念は拭えない」

特定秘密保護法に疑問を呈することに反対はしませんし、そのことを悪いことだとは言いません。しかし、書かれていないこともある。

    *        *        *

この短い記事を書いた記者にも意志や思いがあり、それが特定秘密保護法に疑問を呈することを書かせ、秘密が漏れたらどんな不利益が予想されるかを書かせなかった。

ニュースも人が作るもの、そこには意志がある。書かれていること、書かれていないこと、そこにも書き手の意志があらわれる。

    *        *        *

どんな記事にも紙面の都合、文字数制限がある。仮にそれが無かったとしても、書き手や読み手の時間制限がある(書ける・読める文字数には限界がある)。どうしたって、すべてのものを書くことは出来ない。書くこと書かないことを選択しなければならない。だから、書かれていないことがあっても、それだけで非難することは出来ない。

でも、読み手の側は、「書かれていないことがある」と思っておかなければならない。

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2016年11月22日 (火)

同性カップル支援・結婚・子育て

同性カップル支援・結婚・子育て

IROIRO:「そもそもパートナーに特権を与える意味は?」千葉市長のツイートが深いと話題に
http://irorio.jp/nagasawamaki/20161116/364920/

千葉市の熊谷俊人市長は10日、同性パートナーのいる職員が介護休暇や結婚休暇にあたる「パートナー休暇」を取得できる制度を導入すると発表。



千葉市長の一連の考えを受けて、ネット上には「よく言った」「深い…」「筋が通っている」など感心する声が続々。

また、「いっそのこと婚姻制度なんて無くせば」「うん、相互扶助関係と育児支援は別物だよね」などさまざまな意見が投稿され議論が巻き起こっている。



また、同性パートナーも保険受取人に指定することが可能になったり、ソフトバンクが同性パートナーを配偶者として認定するよう社内規定を改定するなど、社会が少しずつ変わり始めている。

「相互扶助関係と育児支援は別物だよね」

行政にとっては、そうだろう。母子家庭・父子家庭であっても、そうでなくも子育て支援は必要であることには違いない。必要な支援は状況により変わるだろうけれど。

では、個人にとってはどうだろうか。

結婚して、公的に「相互扶助関係」を表明した相手とそうでない相手と、どちらが安心して子育て出来るだろうか。どちらが安心して出産できるだろうか。もちろん結果は個々人によるだろうけれど、やっぱり結婚している相手の方が安心だろう。

  *        *       *

「相互扶助関係と育児支援は別物だよね」

行政にとっては別物だけれど、別物と扱うことはできない。何故なら、個人にとっては違うから。個人の気持ちや安心を無視した行政はできないから。

  *        *       *

行政の支援が結婚した相手以上に信頼できるようにならないかぎり、子育てと結婚を別物と扱うことは出来ないし結婚制度をなくせば子育てにも大きな悪影響があるだろう。

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2016年11月21日 (月)

デモして退陣させたところで

デモして退陣させたところで

中日新聞 社説:韓国政治と縁故社会 週のはじめに考える
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2016112002000098.html

十二日、ソウルのデモは二十六万人が路上を埋め尽くしました。八七年、全斗煥軍事政権に終止符を打ったのも大規模なデモでした。民主化を勝ち取った成功体験があるからこそ、多くの市民が街頭に繰り出すのです。

少数ですが、デモの過激化が保革による国論分裂を招くと心配する考えも。憲法で規定された大統領の権限を認めながら、「法治」によって事態解決を図るべきだという声を、現地で聞きました。

韓国はいま民主主義を再構築すべき時を迎えているようです。

「下部構造が上部構造を規定する」はマルクスの言葉でしたっけ? マルクスが正しいかどうかは知りませんが、表に出ているもの・結果・出来上がった作品などなどは、それだけで存在していることは出来ず、様々なものに支えられて存在しています。

そして、その支えているもの(人・物・習慣などなど)が変わらなければ、結果は(あまり)変わりません。

  *      *       *

自分が作った製品(作品?)に不満があって、作り直したくなる時があるけど、稀に作り直す機会があったりするけれど、結果はあまり変わらない。だって作り手の自分が(あまり)成長していないんだもの。

  *      *       *

「韓国はいま民主主義を再構築すべき時を迎えているようです」

再構築は結構ですが、縁故社会の方をなんとかしないと、どうにもならないでしょう。少なくともデモしてパク大統領を退陣させたところで、ただのストレス発散にしかならず、何も変わらないでしょう。

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2016年11月20日 (日)

民主主義者は心が狭い?

民主主義者は心が狭い?

NHK:「反グローバル化にどう向き合うか」(時論公論)
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/257293.html

国民戦線のルペン党首が高い人気を維持し、来年4月から5月にかけて行われる大統領選挙で決選投票に進む可能性が高いとされますが、ルペン党首は、イギリスのように、EU離脱の是非を問う国民投票を行うことを公約に掲げています。イギリスに続いてフランスが離脱となればEUの終わりを意味するだけに、今後のヨーロッパは大きなリスクをはらんでいます。

日本を訪れているドイツのガウク大統領は、16日都内でスピーチを行い、欧米の現状をこう話しています。

「欧米でも民主主義に反対する者が増えています。自由主義対反自由主義、民主主義対独裁体制という理念の優劣が問われる戦争を目の当たりにしていることを認識しなくてはなりません」

イギリスのEU離脱やトランプ次期大統領は、民主主義的手続きによって誕生しました。ルペン氏がフランスの次期大統領になるとしたら、それも民主的手続きによって行われることでしょう。

  *        *       *

民主主義とは「言論と数で戦う勝負」の事であって、その主張する内容には制限がありません。反グローバリズムは禁止とか反自由主義は禁止とかはありません。

それとも自由主義を信奉しなければ民主主義とは言えないのでしょうか。他人が自分と違う主張をしたら、それは民主主義者にとって独裁なのでしょうか。

  *        *       *

ある時点の状況は、その時点までの勝者が作ったものです。いま反グローバル化の波があるなら、グローバル化に反対する人々が多いなら、それはグローバル化を進めてきた既存の勢力が作ってきた状況の結果です。

  *        *       *

私も独裁よりも民主主義が良いと思います。しかし、自分に反対する人々を「独裁」と否定するのも間違っていると思うのです。

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2016年11月19日 (土)

国民に憲法を決める権利があるか?

国民に憲法を決める権利があるか?

中日新聞 社説:憲法審査会 権力が鎖を解かぬよう
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2016111902000119.html

いわゆる「押し付け憲法論」を自民党はいうが、同じ与党でも公明党はこの考え方を否定している。占領軍という外圧を利用しつつ、帝国議会で議論し、自らの憲法をつくり上げたと考えるべきである。公布から七十年、連綿とこの憲法は守られ続けている。その重みをかみしめるべきだ。

憲法とは権力が暴走しないように発明された制御装置である。その政治権力者たちが鎖を解くがごとく、自ら装置の改変に没頭すること自体に矛盾がある。

国民に憲法を決める権利はあるのだろうか。タテマエとしてはあるだろう。しかし、実質的には国民に憲法を決める権利はない。何故なら、憲法第96条に「各議院の総議員の三分の二以上の賛成」とあるから。つまり国会議員(権力者を支える者達)にとって都合の悪い内容の改正はされることがありませんから。権力者にとって都合の悪い改正がされないことが保証されているのでは、国民に憲法を決める権利があるとは言えません。

  *        *       *

権力者にとって都合の悪い改正がされないことが(実質的に)保証されているのでは、権力を(いま以上に)鎖につなぐことなど出来ません。

  *        *       *

憲法第96条は国民から憲法を定める権利を(実質的に)奪っているのです。

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こう言うしかないので

こう言うしかないので

産経新聞:民進党・蓮舫代表「何をもって信頼できるのか? 詳しく説明する義務」と注文
http://www.sankei.com/politics/news/161118/plt1611180013-n1.html

民進党の蓮舫代表は18日午前の参院議員総会で、安倍晋三首相が訪問先の米ニューヨークでトランプ次期米大統領と会談したこと関して「首相は会談後、『信頼できる指導者だと確信した』と発言された。何をもって信頼できるのか。ぜひ詳しく説明してほしい」と注文を付けた。

だって、信頼できない指導者だ、なんて言えるわけないじゃん。仮に、信頼できないとかバカだとか思ったとしても、そういうことは内々では話している(内部では情報共有している)だろうけれど、みんなの前では「信頼できる指導者だ」と言うものでしょう。

だって、そんな事を言えばカドが立つし、今後の交渉に悪影響がでてしまいますから。

  *        *       *

蓮舫さんも政治家として経験がありますから、このあたりの事は知っているでしょう。「何をもって信頼できるのか」なんて質問しても、まともな答えが返ってこないことは承知しているはずです。

では、なぜ、蓮舫さんは、こんなことを言うのでしょうか?

この質問が受ける人達がいて、その人達に向かってのパフォーマンスでしょう。

しかし、どんな人達がこんな質問に拍手を送るのでしょうか?

とにかく安倍さんを悪く思いたい人達でしょうか? それとも。トランプさんを悪く思っていて、本音と建前の交渉が出来ない人達でしょうか?

なんだか先入観にとらわれていて頭が悪そうな感じがしますが、私の偏見でしょうか。

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2016年11月18日 (金)

原発事故への対策は出来ていない

原発事故への対策は出来ていない

福島民友:【11月17日付社説】国連委16年白書/知見積み重ね不安を安心に
http://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20161117-127779.php

東京電力福島第1原発事故による被ばくの影響について、国連放射線影響科学委員会(UNSCEAR)は「がんの発生率に影響はない」とする従来の見解を踏襲する白書を日本政府に提出した。

専門の科学者による国連機関が重ねて健康に影響がない―とする見解は、原発事故の発生以来、住民が抱き続ける不安の解消へまた一歩進ませてくれるものだ。今後も知見を積み重ねて、いまある不安を安心へと変えていかなければならない。

福島原発事故では(これまでのところ)漏洩した放射能では死傷者は出ていませんし、これからも出ないでしょう。様々な公的機関が同様の結論(予測)を出していますし、それに矛盾するような事実も起きていません。一部に批判している人々はいますが、明確に死傷者が出ているのであれば、裁判その他が行われているはずです。

どう考えても漏洩した放射能による死傷者はゼロか、はてしなくゼロに近いくらい少数。

対して、事故で起きた風評被害や避難ストレスでは死傷者が出ています。いわゆる原発関連死です。

そして、風評被害と避難ストレスに対しては何も対策が出てきていないように見えます。原発事故による避難訓練や安全性の検査は厳しくなっているのにです。

  *        *        *

福島原発事故では風評被害が最大の被害をもたらしました。なのに、それに対しては何もできていない(なにもしていない)ように見えます。事故対策が出来ているとは、私には思えません。

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2016年11月17日 (木)

100万人の大虐殺を容認せよ、とセットでなければ

100万人の大虐殺を容認せよ、とセットでなければ

北海道新聞 社説:PKO駆け付け警護 現実無視の危険な任務だ
http://dd.hokkaido-np.co.jp//news/opinion/editorial/2-0092663.html

憲法が禁じる海外での武力行使につながる恐れは否定しがたい。

政府はきのう、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣する陸上自衛隊に「駆け付け警護」の新任務を付与する実施計画変更を閣議決定した。



だが、現在の南スーダンは事実上の内戦状態にあり、PKO参加5原則の柱である紛争当事者間の停戦合意は崩壊したとみるべきだと、これまでも指摘してきた。



1992年に自衛隊が初めてカンボジアPKOに派遣されてから四半世紀近くたち、国連PKOの任務は変質した。

カンボジアのような停戦合意の下での中立を前提とした国づくりへの支援から、紛争現場での住民保護を重視し武器使用も辞さない姿勢へと転じている。

94年にルワンダで民族間対立から最大100万人が死亡したとされる大虐殺を防げなかった教訓からだ。



自衛隊は未体験の危険な領域へ次々と踏み出そうとしている。駆け付け警護はその皮切りだ。安保法制の廃止を重ねて求める。

この問題では、憲法云々を声高に叫ぶよりも、「地球の裏側の数万人の命よりも自衛隊員の命の方が大事だ」と言うべきだ。

  *        *        *

私も南スーダンの国連平和維持活動(PKO)への自衛隊派遣には疑問を持っていなくもない。しかし、撤収や安保法制の廃止にも賛成することにも疑問を感じる。撤収は、「ルワンダで民族間対立から最大100万人が死亡したとされる大虐殺」が起きても何もしない(何もできない状況にする)ということだからだ。

  *        *        *

駆けつけ警護については賛成する。出来る警護なら行った方がよい。助ける人間は助けてもらえる人間でもある。だから、駆けつけ警護したら必ず危険が増加するとは限らないのだし。

  *        *        *

PKOに参加する以上、PKOとして求められる能力は持っていた方がよい。

  *        *        *

地球の裏側で何万人死のうが関係ない、という考え方は判るし、自分も自分自身や自分の家族の命(数人の命)と地球の裏側の何万人の命を天秤にかけたら自分達の命をとるだろう。

私達は自衛隊員の命(おそらく数名)と地球の裏側の何万人の命を天秤にかけなければならないのだろう。

  *        *        *

憲法は紙に書かれた言葉にすぎない。言葉は大事だけれど、人間は現実世界に生きている。憲法云々を声高に叫ぶよりも、「地球の裏側の数万人の命よりも自衛隊員の命の方が大事だ」と言うほうが説得力がある。

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2016年11月16日 (水)

年金カットで何が悪い?

年金カットで何が悪い?

朝日新聞:「年金カット法案とのレッテル貼り控えて」 菅官房長官
http://www.asahi.com/articles/ASJCJ444QJCJUTFK00B.html

(野党が「年金カット法案」と批判する年金制度改革法案について)いたずらに将来世代にツケを回すという無責任なものではなく、現在の受給世代にも少しずつ譲っていただきながら、公的年金制度の持続可能性を高めて、将来の給付水準の確保を図っていくものですので、いわば将来の年金水準を確保する法案と考えています。内容をご覧になっていただければ、理解いただけると思います。

誰かにお金を(予算を)使えば、他の誰かには使えない。高齢者の年金に予算を使えば若者の為には使えない。少子高齢化している日本で年金をカットしなければ若者の為に、あるいは子育ての為にお金を使えるだろうか?

  *       *       *

民進党は「年金カット」に反対だそうだけれど、それは子育てや若者の為にお金を使わないと言っているに等しい。でなければ、足し算や引き算が出来ないバカと言うことだ。

  *       *       *

若者に民進党の人気がないわけだ。

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アメリカから何を学ぶか

アメリカから何を学ぶか

岩手日報:変容する米社会 分断防ぐ心のとりでを
http://www.iwate-np.co.jp/ronsetu/y2016/m11/r1115.htm

「世界はどうなるのか。排他的な考えが広がらなければいいのだが…」

米大統領選でのトランプ氏の勝利に、本県の障害者、女性、性的少数者らの支援に携わる関係者の懸念は深い。

「有名人なら女は思いのまま」「メキシコ移民はレイプ犯」などの暴言、身体障害がある記者の姿態をあざけったとして非難を浴びるなど、物議を醸してきたトランプ氏。

勝利演説では「融和」を図る姿勢を強調したが、全米各地で抗議デモが続く。選挙戦がもたらした米国社会の分断の深刻さを物語る。

不寛容な空気を、日本にまん延させてはならない。米国をモデルに、多様性を尊重する社会へ歩みを進めてきた日本の「自立」が、今、問われているとも言えよう。

多文化・多民族って無理があるんじゃないだろうか。

  *        *       *

自分には、日本が「米国をモデルに、多様性を尊重する社会へ歩みを進めてきた」かどうか判りませんけれど、アメリカと同じようなことをしていたら、アメリカと同じような結果になるんじゃないでしょうか。

つまり、多文化・多民族を求めて行動してしていたら、それえの反発・反作用としてトランプ的なものが力をもってくる。

  *        *       *

多文化・多民族や寛容に反対する文化人やインテリは多くは無い。それらの反対や反発は、そういった人々以外から出ている。そして、そういった人々は表現の方法を持っていない(すくなくとも、これまでは)。また、議論できるような表現をする能力も(文化人やインテリに比べて)高くない。

結果、多文化・多民族や寛容を進めようとしている人々は、反対や反発に気がつかない。もちろん、反発されている理由も判らない。

けれども、彼等は国民であり投票権を持っている。トランプ的な候補が出現したとき、大挙して投票することになるかもしれない。

  *        *       *

一般的な人間は、自分の常識や慣習・文化を「正しいもの」としていて、それ以外のものは「おかしなもの(違和感)」と感じる。幼いころから身についた習慣は意識化が難しい。だから、それに反するものに対する違和感の理由も意識化が難しい。

そういった無意識レベルのものを取り扱っていると意識することなく、寛容や多文化や多民族を進めたら悲劇が待っている。

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2016年11月15日 (火)

一人一人が

一人一人が

ハフィントンポスト:ソウル在住者が感じた朴槿恵大統領退陣デモの裏側
http://www.huffingtonpost.jp/yoohyang/post_13565_b_12926500.html?utm_hp_ref=japan

今回痛感したのは、韓国人の「一人が行動すれば国は変わる」と言う意思です。

韓国内は雇用問題や格差問題等、深刻な社会問題を抱えている今、なんとかして現状を変化したいと言う気持ちを持つ国民が行動し、ひとつとなり、今、本当に変えようとしている。また現時点(12日21時)でデモ参加者と警察との衝突はありません。

すみません、記事の内容とは無関係なことを書きます。

「一人が行動すれば」

この言葉に引っかかってしまいました。偉い人、学校の先生とか部活の顧問や部長から「一人一人が」とか「情熱があれば」などという言葉を聞くとしらけるというか身構えてしまいます。

自主性の名の下の強制、親切の押し付け、こういったものを感じてしまう自分は歪んでいるのでしょうか。

  *        *      *

「一人が行動すれば国は変わる」

行動する人間がいなければ変わらないのは事実ですが、情熱や変えたいという気持ちだけでは変わりません。無闇に行動しても良い結果は得られません。要求するだけではダメなのです。

どこかで聞いた台詞、「才能が無ければ、いくら情熱を注いだところで結果はしれたもの」という言葉を思い出します。

  *        *      *

「一人が行動すれば国は変わる」

半分だけの事実です。それだけでは足りないものがあるのです。それを忘れてはなりません。

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2016年11月14日 (月)

偏見

偏見

朝日新聞:吉永小百合さん「核なき世界願う」 広島の映画祭で語る
http://www.asahi.com/articles/ASJCD6746JCDPITB00G.html?iref=comtop_8_05

被爆地・長崎を舞台にした映画「母と暮せば」(山田洋次監督)に主演した俳優の吉永小百合さん(71)が13日、広島市中区で開かれた広島国際映画祭に出席した。吉永さんは「映画の中で、最愛の息子の存在が原爆で消されてしまう。そういうことが絶対にないよう積極的に発信し、核兵器がない世界を願わないといけない」と語った。

どうも、「核兵器がない世界を願わないといけない」という言葉が(自分には)ダメだ。

まず、この言葉には「~願わないといけない」という強制、心の強制、思想信条の自由の否定がある。そして、敵側、反核団体に協力しない者は核兵器の廃絶に反対しているという思い込みを感じる。

以上は、反核団体に対する私の偏見なのでしょうけれど。

  *        *        *

私は、反核団体に反発している人々の多くも核兵器の廃絶を望んでいると思っている。反核団体のやりかたでは不可能と思っていたり、現実の国際環境のなかでは無理ではないかと思っていたりするが、核兵器が廃絶されると良いと願ってはいるだろう。平和を望んでいるだろう。

対立している相手・交渉相手も平和を望んでいる、それを信じていないと交渉でなく戦争になってしまう。

  *        *        *

平和を望んでいるけど、さまざまな恐怖と欲望を抱えている。だから武器を手放せない相手。こちら側だけが武器を手放したら、相手は逆に疑って、今しかないと攻撃してくる。そんな相手とどうやって平和を築くかの知恵が求められているのだ。

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2016年11月13日 (日)

マスコミも反省が必要では?

マスコミも反省が必要では?

西日本新聞 社説:米大統領選余波 ポピュリズムに警戒せよ
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/288622

米大統領選でトランプ氏が徹底したポピュリズム(大衆迎合主義)の手法で当選したことは、欧州など世界各地で台頭するポピュリズム型政党を勢いづけそうだ。ポピュリズムの負の側面を注視し、警戒する必要がある。



市民の正当な怒りを、前向きな社会変革のエネルギーにするためには、既存の政党や政治家たちの反省と自己改革が必要だ。普段は声の小さい市民の中に歩み入り、その苦しみに共感しながら地道に解決策を積み上げていくしかない。それを怠ったときに、ポピュリズムの嵐が社会を襲うだろう。

既存の政党や政治家に反省すべき点があることに異論はありませんが、政治家・政党だけの問題でしょうか。マスコミやマスコミに有識者として呼ばれるような方々はどうなのでしょうか。

政治家と同じように、社会の雰囲気を作るものとしては政治家以上に反省すべきなのではないでしょうか。

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2016年11月12日 (土)

重要であることは認めるが

重要であることは認めるが

読売新聞:米国の世紀にという米国民の思い…なかにし礼氏
http://www.yomiuri.co.jp/world/20161111-OYT1T50133.html?from=ytop_main4

作家のなかにし礼氏と東海大の金慶珠教授、京大の小倉紀蔵教授が11日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、次期米大統領のドナルド・トランプ氏について議論した。

なかにし氏は、「21世紀も『米国の世紀』であってほしいという米国民の思いが当選させた」と分析。金氏は、「人々の共感を得た後に求められるのは、政治家としての責任ある態度だ」と語った。小倉氏は、「米国は、日本のことは日本で考えてくれと言っている」と指摘し、隣国である韓国との連携が重要になってくると強調した。

「隣国である韓国との連携が重要」

確かに韓国が西側(古い?)というか、韓国があれば中国・北朝鮮やロシアと(物理的な)距離をおけます。つまり安全保障上有益で日本にとって重要です。これは有史以来かわりません。

ですが、「連携」できるでしょうか。韓国の反日感情と日本の嫌韓感情。そして、日本の政治も酷いですが、それ日本以上に酷い韓国政治の混乱。

  *        *       *

連携は互いに安定していないと(安定している部分がないと)成り立ちません。共感と譲歩も必要です。

韓国に譲歩するな、共感するなとは言いませんが、下手な譲歩は混乱を産むだけすし共感は難しい。

  *        *       *

韓国は重要な国ではありますが、下手に「連携」しようとしないで、割り切って互いに利用するのだと思っていたほうが良いのではないでしょうか。

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2016年11月11日 (金)

「中流層から落ちこぼれる不安を抱えた白人たち」は報われないだろう

「中流層から落ちこぼれる不安を抱えた白人たち」は報われないだろう

朝日新聞:白人層の怒り・疎外感…「異端」トランプ氏を押し上げる
http://www.asahi.com/articles/ASJC46TFVJC4UHBI03Z.html

米国社会の底流にマグマのようにくすぶっていた「既成政治」への怒りが、ドナルド・トランプ氏を大統領の座にまで押し上げた。「有権者の反乱」とも言える動きの主役となったのは、政治に置き去りにされ、中流層から落ちこぼれる不安を抱えた白人たちだった。

トランプ大統領の当選について、さまざまな議論が行われています。そのひとつが「中流層から落ちこぼれる不安を抱えた白人たち」が当選させたというものです。

その真偽は私には判りませんが、彼等の不安・不満は解消しないだろうと言うことができます。何故なら、格差は政治が生み出したものと言うより、科学技術が生み出したものだからです。

  *        *        *

身体を使って行う労働を考えてみましょう。例えば荷物運び。一人の人間が運べる荷物の量は、だいたい同じ。大人と子供、男と女でれば2倍3倍違うかもしれないが、同一条件(性別や年齢)であれば1割2割ちがうかどうか。結果、報酬もそんなに違わない。

対して、精神的、知的な能力を使って行う仕事ではどうでしょうか。芸術でなくても、例えばエクセルのマクロなんかでも、出来る人と出来ない人では天地ほども結果や必要な時間が違います。その結果、報酬の格差も大きくなって当然です。

科学技術の進歩は、人間を単純な労働、肉体労働から開放しつつあります。代わり増えているのが精神的な知的な能力を使った労働です。労働は格差が大きくなる種類のものが増えている。

  *        *        *

格差が大きくなる労働・職業が増えているとしても、それを生活の格差に直結させなければならない理由はありません。政治や社会の出番というか、税制や社会保障・福祉で平準化することが出来ます。

しかし、トランプさんは、こういうことをやるでしょうか。やらないと私は思います。

トランプ大統領を実現させたのが「中流層から落ちこぼれる不安を抱えた白人たち」だったとしたら、彼等は裏切られることになるでしょう。

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2016年11月10日 (木)

価値観外交の終焉?

価値観外交の終焉?

中日新聞:日米同盟の弱体化警戒 首相、補佐官を来週派遣
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2016110901001443.html

安倍政権は、米大統領選に勝利した共和党のトランプ氏側との関係構築を急ぐ方針だ。トランプ氏が選挙期間中、在日米軍撤退論に言及したのを踏まえ「日米同盟が弱体化しかねない」(外務省幹部)と警戒する。アベノミクスの成長戦略で柱に掲げる環太平洋連携協定(TPP)の発効も不透明さを増す。安倍晋三首相は、河井克行首相補佐官を来週、米国に派遣し、次期米政権の関係者と接触させる。

首相は9日、トランプ氏への祝辞を発表。官邸で記者団に「普遍的価値で結ばれた同盟をさらに強固にしていきたい」と強調した。

「普遍的価値」の中身は何だろうか。民主主義や自由や人権だろうか。それとも、国益や利権といった損得勘定だろうか。

民主主義や自由や人権といった政治的正しさでトランプ氏を判定したら、失格だろう。当選なんてありえない。しかし、彼は選挙に勝った。アメリカは、そういった「普遍的価値」の国ではなくなっているのではないか。

  *        *        *

言い換えると、タテマエではなくホンネの国になったと言うこと。東アジアについても民主主義を広めたり人権問題にかかわるのではなく、アメリカの利益ならなけらば行動しないということ。

第一次世界大戦後のアメリカのモンロー主義とその結果のようにならないことを望んではいるけれど、そうなってしまうかも知れない。

  *        *        *

移民に苦しむヨーロッパも、政治的正しさではなくホンネが表に出てくるようになってきた。日本の価値観外交も終わりにすべき時かもしれない。

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2016年11月 9日 (水)

なんで18歳で成人とするのだっけ?

なんで18歳で成人とするのだっけ?

読売新聞:18歳成人「支障ある」9割…民法改正公募意見
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20161108-OYT1T50045.html?from=ytop_main5

法務省は8日午前、成人年齢を現行の20歳から18歳に引き下げる民法改正に関して実施した意見公募(パブリックコメント)の結果を発表した。

改正が実現すれば、18、19歳でも親の同意なしにローンやクレジットカードなどの契約ができるようになるため、悪質商法による消費者被害の低年齢化を指摘する意見が多く、「(法施行に)支障がある」が9割を占めた。

なんで18歳で成人とするのだっけ?

確か、憲法改正のための国民投票について決めるときに、突然ドタバタと18歳選挙権について決まったんだよね。言い出したのは野党の側だと記憶しているけど、民主党(当時)だったかな?

ドタバタと18歳選挙権を決めたツケが、今、来ている。

  *        *       *

当時決めた人々や政党は、この問題について、どう考えているのだろうか。責任はある筈と思うのだけれど。

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2016年11月 8日 (火)

シンプルに民進党の共産化と考えて良いのかな?

シンプルに民進党の共産化と考えて良いのかな?

日本経済新聞:蓮舫氏、次期衆院選「シンプルな形に」
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS07H61_X01C16A1PP8000/

民進党の蓮舫代表は7日、都内で講演し、次期衆院選の小選挙区について「1対1、与党対野党というシンプルな形が有権者にとって選択しやすい」と述べ、野党候補の一本化に意欲を示した。「まず空白区に公認候補を立てることだ」とも語り、民進党の候補者擁立を急ぐ考えも示した。

民進、共産、自由、社民の野党4党は近く幹事長・書記局長会談を開き、今後の協力策を協議する方針だ。

1対1、与党対野党という形は確かにシンプルではありますが、野党の側、時に民進党の立ち位置が判りにくくならないでしょうか。

それとも、民進党は共産化すると考えて良いのかな?

それなら確かにシンプルですが。

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自分が無知であることは認めるが

自分が無知であることは認めるが

ニューズウィーク:エリートは無知な大衆に立ち向かえ
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/07/post-5453_3.php
エリートは無知な大衆に立ち向かえ

偽りと恐怖による扇動で新基準を打ち立てたドナルド・トランプは、移民や貿易など思いつくものは何でも攻撃する。共和党にはもともと、科学的な事実や経済的な現実を否定する人間が多いが、とうとう無知な人々に心地よい現実を捏造するような男に身を委ねようとしている。

そう、「無知」だ。多くの無知な人々がだまされている今、指導者の役割は人々の目を覚まさせることだ。それは「エリート主義」だという反論もあるだろう。そうかもしれない。あるいは、我々は自分の考えや信念を過度に尊重するようになった結果、論理や専門知識、歴史の教訓もエリート主義と考えるようになったのかもしれない。もしそうなら、現実主義の政党が覚悟を持って、現実を否定する政党やその黒幕たちと戦わなければならない。それが次に待ち受ける政治の再編だとすれば、我々は喜んで受け入れよう。

エリートが大衆から信頼を得ているのであれば、トランプ氏のような候補がここまで残ることは無かったでしょう。

  *        *        *

私は技術者で専門家です。素人と一緒に仕事をすることもあります。彼ら彼女らは、理解力はありますが知識も経験もありません。そもそも理解しようとする努力をしない。いえ、彼ら自身の専門領域については努力をしているかも知れませんが、それ以外については理解しようとすらしない。

でも、いっしょに仕事して成果を出さねばならない。

そのためには何が必要なのでしょうか。お互いに対する理解と信頼です。

  *        *        *

「エリートは無知な大衆に立ち向かえ」、ですか。

いえ、その前に(その為には)、エリートが大衆から信頼されていないのは何故かを考えるべきです。知識や経験に差のある人間と一緒に仕事して(一緒に何かを行って)良い結果を出そうとするなら信頼が必要ですから。

「信なくば立たず」です。

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2016年11月 6日 (日)

死傷者ゼロ

死傷者ゼロ

産経新聞:次期衆院選「原発ゼロ争点で与党負ける」
http://www.sankei.com/politics/news/161104/plt1611040034-n1.html

米山さんへの批判と同じように、(私も)首相を辞めたとたんに「原発ゼロは無責任」と言われたが、福島第1原発事故の現実を見て変わった。米山さんは、この決意をしっかりと胸に秘め、新潟から原発政策を変えるんだ、原発ゼロにするんだという主張を強めてほしい。(次期衆院選への)影響は大きく、野党が候補を一本化し、原発ゼロを争点にしたら、与党は負けますよ。

「福島第1原発事故の現実」

福島原発から漏洩した放射能での死傷者は現在のところゼロです。

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2016年11月 5日 (土)

どっちが下品で怖いか?

どっちが下品で怖いか?

NHK:TPP国会承認議案など 衆院特別委で抗議のなか可決
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161104/k10010755881000.html

TPP=環太平洋パートナーシップ協定の国会承認を求める議案と関連法案を審議している衆議院の特別委員会は、4日午後、予定よりも1時間遅れて委員会を開きました。

冒頭、山本農林水産大臣が、みずからの一連の発言について、「不用意な発言により大変ご迷惑をおかけしたことを心からおわび申し上げます」と述べ、発言を撤回し、陳謝しました。

これに対し、民進党と共産党は「あまりに強引な委員会運営で問題だ」として、塩谷委員長を囲み、およそ30分にわたって抗議を続け、委員会室を退席しました。

山本農林水産大臣の発言は軽率だったと言わざるを得ないけれど、この野党の抗議の仕方は、いかがなものだろうか。

  *        *        *

このシーンをNHKのニュースで見た。山本農林水産大臣が発言しているとき、野党のヤジの酷いこと。

自分は子供のころ、どちらかと言えば運動神経の鈍い虐められっ子だった。体が大きく声のでかい人間にはビビってしまう子供だせいか、こういうシーンを目にすると、理性的にではなく動物的な部分で反応してしまう。

正直、怖いと感じる。

  *        *        *

山本農林水産大臣の発言は、どちらかと言えば、内輪の会での軽口。野党の行動は公の場所での大声(≒暴力)による威嚇。私は、公の場での威嚇の方が怖い。

こんことをする人間に権力を渡してはらない。

民進党や共産党は、こんなことをして支持されると思っているのだろうか。暴力的に抗議することを支持する人々はどんな人々だろうか。

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2016年11月 4日 (金)

幸せになるのは、個人と人、どちらだろうか

幸せになるのは、個人と人、どちらだろうか

信濃毎日新聞 社説:憲法の岐路 公布から70年 主権者の意思が問われる
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20161103/KT161102ETI090007000.php

憲法13条は、すべて国民は「個人として」尊重される、と定める。草案はこれを「人として」に改めた。わずかな違いのようだが、根本的な隔たりがある。

多様な個人をかけがえのない存在として尊重する。それが人権保障の大前提だ。個ではない「人」と捉えるのでは、人権を守る憲法の核心が失われる。

人間は、「個人」として幸せになるのだろうか、それとも「人」として幸せになるのだろうか。

私は、「個人」よりも「人」であるような気がする。独立した「個人」を大切にすることに異存は無いが、幸せになるのは、周囲の人々との繋がりをもった「人」ではないだろうか。

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2016年11月 3日 (木)

憲法を国民投票なしで決めて良いのか

憲法を国民投票なしで決めて良いのか

e-Gov:日本国憲法 第九十六条
日本国憲法 第九十六条
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html#1000000000000000000000000000000000000000000000009600000000000000000000000000000

第九十六条  この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

○2  憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

日本国憲法を改正するには、1文字変えるだけだとしても、国民投票が必要となる。しかし、日本国憲法を定めた時には、国民投票は行われず、帝国議会のみの議決で決定された。

  *        *       *

憲法を定めるときに、国民投票が必要なかったのであれば、改正する時に必要であるのは何故なのだろう。

憲法改正するのに国民投票が必要であるならば、憲法を定めるときにも必要だったのではないだろうか。

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給食は止まっても、年金はとまらない

給食は止まっても、年金はとまらない

朝日新聞:野菜高騰で給食中止へ 30小学校、13幼稚園で 三重
http://www.asahi.com/articles/ASJC23G3SJC2ONFB005.html

三重県鈴鹿市教育委員会は12月と来年1月に計2日間、市立の全30小学校と13幼稚園で給食を中止することを決めた。野菜などの価格が高騰し、給食費の範囲でやりくりができなくなったと説明している。

お金が、予算が足りなくて給食は止まっても、年金は止まらない。

それで良いのか?

なんか間違ってないか?

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2016年11月 2日 (水)

憲法と国民が矛盾するとき

憲法と国民が矛盾するとき

朝日新聞 社説:あす憲法公布70年 未完の目標に歩み続ける(2016年11月2日(水)付)
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1

広島市長だった秋葉忠利さんは、かつて「原爆の日」の平和宣言で憲法の条文をまるごと引用したことがある。

9条ではない。

盛り込んだのは99条である。「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」

そこに「国民」の文字はない。憲法は、国家権力が勝手な行いをするのを国民が縛り、個人の自由や権利を守るためにあるという近代立憲主義の精神が、条文には込められている。



中学で憲法を学んだ。留学先の米国では、大統領が就任式で「憲法を維持し、擁護し、防衛する」と誓うと知った。市長3年目に米同時多発テロが起きた。99条の引用はその翌年だ。

世界が憎しみと報復の連鎖に満ちていても、為政者は平和憲法に従う義務がある。この国を戦争ができる国にしてはならない――。安保法制が具体的に動き出そうとしているいま、当時の訴えはいっそう重く響く。

「世界が憎しみと報復の連鎖に満ちていても」、これは望ましい状態ではありませんけれど、国民世論・国民の意志は戦争を望んでいるということです。そして、「為政者は平和憲法に従う義務がある」のであれば、為政者は国民の意志に従うことが出来ません。

国民の意志と憲法、どちらが重いのでしょうか。

いえ、戦争と平和のどちらかと言う問題ではなく、為政者は憲法に従う義務があり、国民にはないのであれば、憲法と国民の意志が矛盾する可能性がある。その場合、民主国家の為政者は、どちらに従うべきなのでしょうか。

国民の意志を無視して(それは民主的ではありません)憲法に従うのか。それとも、憲法に違反してでも国民の意志に従うべきなのでしょうか。

  *        *      *

ところで、

70年前、天皇に主権があった明治憲法を改正する形式をとって、日本国憲法は生まれた。

だが46年6月に政府が当時の帝国議会に提出した案に、「国民主権」の言葉はなかった。天皇を中心とする国であることは変わらないとの立場から、「ここに国民の総意が至高なものであることを宣言し」と、あいまいな表現がとられていた。



それが今の姿になったのは、連合国軍総司令部(GHQ)が国民主権の明記を指示したからだった。「国民主権という言葉をはっきり出さぬと具合悪いのだ」。議事録に残る議員の発言に、本音がかいまみえる。

朝日新聞は、現在の憲法は、GHQにおしつけられたという立場なのでしょうか。

  *        *      *

私は、おしつけられたから憲法改正をするべきだとは思いませんが、現在の憲法が戦後の混乱期、異常な状況下で、日本国民の意志よりも外国の意志(GHQの意識)が優先される状況下で、決められたものであることを忘れてはならないと思います。

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2016年11月 1日 (火)

完璧を求めて不幸になる

完璧を求めて不幸になる

福井新聞 社説:相模原事件3カ月 「地域共生の道」閉ざすな
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/editorial/107920.html

容疑者の男はやまゆり園職員だった。日ごろの障害者への暴言が問題視され、退職後は「精神疾患で自傷他害の恐れがある」としてすぐに措置入院となった。新たに大麻の陽性反応も判明したが、12日後には退院し治療や連絡などのフォローは行われなかった。

退院の事実は施設にも知らされず、職員がたまたま容疑者を見かけ警察と相談した。しかし時既に遅し、平成以降で最多の犠牲者を出す惨事を招いた。

まず退院判断の妥当性に疑問が残る。さらに重大なのは病院や自治体の明らかな連携不足だ。容疑者が住居を変更すると話したり、診察を受けなかったりしたのに、その後の行動を把握せず警察や施設への連絡もしていなかった。

人間は完璧ではない。完璧ではない人間に完璧を求めると不幸になる。不幸になるのが、求められた人間か、それとも求めた人間かはしらないが。

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「退院判断の妥当性に疑問が残る」

措置入院からの退院の判断が、誤っていたと事件が起きた後なら言える。仮に、「事件を起こさないと完全に言えるまで入院を続ける」ような制度や社会になったら、一度、処置入院になったら二度と出られないようになるだろう。

現在の精神医学は未来を完璧に見通すことは出来ないのだから。「絶対に事件を起こさないと保証しろ」と要求したなら、そんな保証は出来ないから退院させることができなくなる。

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「病院や自治体の明らかな連携不足だ。容疑者が住居を変更すると話したり、診察を受けなかったりしたのに、その後の行動を把握せず警察や施設への連絡もしていなかった」

一度でも「怪しい」と思われたら警察や行政の監視対象になってしまう社会、それを望んでいるのだろうか。あるいは精神的におかしいと思われたら治療を強制される社会を望んでいるのだろうか。

  *        *        *

人間は不完全な存在で事件や事故が無くなることはない。事件事故を減らす努力は怠ってはならないが、事件や事故はゼロにはならない。やりすぎた努力は不幸をもたらす。それを忘れてはならない。

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