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2016年11月17日 (木)

100万人の大虐殺を容認せよ、とセットでなければ

100万人の大虐殺を容認せよ、とセットでなければ

北海道新聞 社説:PKO駆け付け警護 現実無視の危険な任務だ
http://dd.hokkaido-np.co.jp//news/opinion/editorial/2-0092663.html

憲法が禁じる海外での武力行使につながる恐れは否定しがたい。

政府はきのう、南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣する陸上自衛隊に「駆け付け警護」の新任務を付与する実施計画変更を閣議決定した。



だが、現在の南スーダンは事実上の内戦状態にあり、PKO参加5原則の柱である紛争当事者間の停戦合意は崩壊したとみるべきだと、これまでも指摘してきた。



1992年に自衛隊が初めてカンボジアPKOに派遣されてから四半世紀近くたち、国連PKOの任務は変質した。

カンボジアのような停戦合意の下での中立を前提とした国づくりへの支援から、紛争現場での住民保護を重視し武器使用も辞さない姿勢へと転じている。

94年にルワンダで民族間対立から最大100万人が死亡したとされる大虐殺を防げなかった教訓からだ。



自衛隊は未体験の危険な領域へ次々と踏み出そうとしている。駆け付け警護はその皮切りだ。安保法制の廃止を重ねて求める。

この問題では、憲法云々を声高に叫ぶよりも、「地球の裏側の数万人の命よりも自衛隊員の命の方が大事だ」と言うべきだ。

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私も南スーダンの国連平和維持活動(PKO)への自衛隊派遣には疑問を持っていなくもない。しかし、撤収や安保法制の廃止にも賛成することにも疑問を感じる。撤収は、「ルワンダで民族間対立から最大100万人が死亡したとされる大虐殺」が起きても何もしない(何もできない状況にする)ということだからだ。

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駆けつけ警護については賛成する。出来る警護なら行った方がよい。助ける人間は助けてもらえる人間でもある。だから、駆けつけ警護したら必ず危険が増加するとは限らないのだし。

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PKOに参加する以上、PKOとして求められる能力は持っていた方がよい。

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地球の裏側で何万人死のうが関係ない、という考え方は判るし、自分も自分自身や自分の家族の命(数人の命)と地球の裏側の何万人の命を天秤にかけたら自分達の命をとるだろう。

私達は自衛隊員の命(おそらく数名)と地球の裏側の何万人の命を天秤にかけなければならないのだろう。

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憲法は紙に書かれた言葉にすぎない。言葉は大事だけれど、人間は現実世界に生きている。憲法云々を声高に叫ぶよりも、「地球の裏側の数万人の命よりも自衛隊員の命の方が大事だ」と言うほうが説得力がある。

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