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2016年11月 4日 (金)

幸せになるのは、個人と人、どちらだろうか

幸せになるのは、個人と人、どちらだろうか

信濃毎日新聞 社説:憲法の岐路 公布から70年 主権者の意思が問われる
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20161103/KT161102ETI090007000.php

憲法13条は、すべて国民は「個人として」尊重される、と定める。草案はこれを「人として」に改めた。わずかな違いのようだが、根本的な隔たりがある。

多様な個人をかけがえのない存在として尊重する。それが人権保障の大前提だ。個ではない「人」と捉えるのでは、人権を守る憲法の核心が失われる。

人間は、「個人」として幸せになるのだろうか、それとも「人」として幸せになるのだろうか。

私は、「個人」よりも「人」であるような気がする。独立した「個人」を大切にすることに異存は無いが、幸せになるのは、周囲の人々との繋がりをもった「人」ではないだろうか。

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