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2016年11月25日 (金)

では、公開されたとして

では、公開されたとして

京都新聞 社説:日韓軍機協定  「公開が原則」忘れるな
http://www.kyoto-np.co.jp/info/syasetsu/index.html

菅義偉官房長官は「関係国から機微にわたる核心的な情報を得られるようになった」と同法を評価するが、知る権利の制約という負の側面を改めて意識すべきだ。安全保障に関する機密保全の重要性は理解するが、国民に伝えるべき情報まで安易に機密扱いされる懸念は拭えない。

安全保障上の重大な決定を政府がする際、軍事機密を理由に根拠が示されないなら、国民は正しい判断ができない。「軍事情報でも公開」が原則であることを確認しておきたい。

では、公開されたとして国民の何パーセントが正しく理解することが出来るだろうか。1パーセントあるだろうか。

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私は、公開するのは無駄だと言いたいわけではない。公開され理解できる者が少数であったとしても、政府以外の立場での評価がされることは重要なことだ。ただし、それが国民の判断になるとは限らない。何故なら、国民がその評価を理解できるとは限らないし、評価した者(マスコミ、有識者、政党)を信用するかどうかもあるからだ。

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民主主義国、あるていど大きな民主国家では間接民主制であることがほとんどだ。国家が大きくなると国民の全員(とまではいかないまでも十分に多くの国民)で話しあう事が不可能になるから。結果、代理人を立てることになる(間接民主制)。

となると、重要なのは、国民の直接的な理解ではなく、国民が誰を信頼するべきか正しく判断できるかだ。

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情報が公開される。これは重要なことだ。それと同じくらい重要なのは、その情報を解釈・評価した者(マスコミ・有識者・政治団体)が信用できるかどうかの判断、その為の情報だ。

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マスコミにとっては情報をタダで公開してくれるならば、その方が楽できるから都合が良いし、情報公開を求める正義もあるよねぇ、と考えてしまう自分は捻くれ者なのでしょう。

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