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2016年12月16日 (金)

オスプレイ事故に思うこと

オスプレイ事故に思うこと

東京新聞:沖縄副知事「怒り頂点」 オスプレイで副大臣に抗議
http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/list/201612/CK2016121502000254.html

沖縄県の安慶田光男(あげだみつお)副知事は十五日午前、米軍普天間(ふてんま)飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)所属の新型輸送機MV22オスプレイが沖縄北部沿岸部に不時着した事故を受けて沖縄を訪問した若宮健嗣防衛副大臣と県庁で会談し「県民の不安と怒りは頂点に達している」と抗議し、オスプレイの配備撤回を改めて求めた。

命は平等、価値の無い命なんてないと思っている方は多いでしょう。では、何故、オスプレイの事故や原発事故は特別扱いなのでしょうか。

  *       *      *

事故は事故であり、死者は死者であり、命が平等であるならば、死亡原因も平等です。ある死に方(死亡原因・事故原因)と別な死に方で差別なんてあってはなりません。

それなのに、何故、今回のオスプレイの事故でマスコミや政治家は大騒ぎするのでしょうか。今回の事故は一件の事故であり、交通事故で言うならば、車体が大破し2人が怪我をした、それだけです。事故の規模、被害の規模、危険に曝された命という意味では、大きなものとは言えません。

最近も漁船の転覆事故で数名の方が亡くなられています。それくらべて、命という意味では、大きな事故とは言えません。なのに騒がれる。

  *       *      *

日々、交通事故や労働災害などで命は失われています。命が平等であるならば、その死も平等でなければなりません。死亡原因で騒がれる騒がれないがあってはなりませんし、対策される事故原因、対策されない事故原因があってはなりません。

何故、マスコミや政治家、市民活動家はオスプレイを特別扱いするのでしょうか。

オスプレイを特別扱いしている事に込められた意志は何なのでしょうか。

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