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2016年12月 6日 (火)

無能であることを示す言葉

無能であることを示す言葉

livedoor news:鳥越俊太郎氏 流行語大賞トップ10入り「日本死ね」を分析「母親の怒りの言葉」
http://news.livedoor.com/article/detail/12373280/

そして、鳥越氏は「それに対するいち母親の怒りの言葉が、『死ね』という表現になっているわけです」「だから、『死ね』という言葉だけに引っかかってしまっちゃ、その全体を見誤ってしまう」とも指摘した。「日本死ね」は「日本の今年の実相を表す言葉」だというのだ。

誰かに「死ね」と言ったなら、それが本気だったら、相手とどんな関係になるだろうか。

「死ね」と言っても、それが許される相手がいるとしたら、それはどんな相手であり関係だろうか。

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この「日本死ね」という言葉は、甘えている言葉だと思う。子供なら、かんしゃくを起こして親に向かって「死ね」と叫ぶことがあるかも知れない。そして、言われた親は、子供を(行儀が悪いと)叱る事はあっても、関係を断絶させたりはしない。

そういう関係であるから(子供も本能的に知っているから)「死ね」などと言える。

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甘えでなければ、喧嘩し関係を断絶する言葉だ。試しに勤務先や付き合いのある人に対して「死ね」と言ってみたらどうなるか。会社に努めている人が、会社に対して「○○会社死ね」と言ったらどうなるか。

人間関係は極めて悪くなり、対話不能になるだろう。

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「日本死ね」という言葉はショッキングだが、何も出来ない事を示している言葉でもある。

何故なら、甘えている、あるいは対話できなくする人間に、何か仕事が(社会の変革が)出来るだろうか。

とてもじゃないが出来はしない。つまり、「日本死ね」という言葉は(ストレス発散の罵倒にはなるだろうが)無能さを示している言葉だ。

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鳥越さんは「だから、『死ね』という言葉だけに引っかかってしまっちゃ、その全体を見誤ってしまう」と言う。

そうかも知れない。しかし、それは「言った側が甘えている(感情を爆発させても受け止めてもらえる。解決策を誰かが(政府?与党?が)出してくれる)」と言っているのと同じだ。

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罵倒しても世の中は良くならない。そして罵倒は、言う側も言われる側の気持ちも荒んだものにしてしまう。

「日本死ね」という言葉は、荒んだ社会にしたいのでれば、広めるのも良いだろうが、そうでなければ、広めるべき言葉でない。

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コメント

そもそも生き物ではない「国家」を対象に死ねと言うのは、日本語の使い方として有り得ないから、日本人の誰もが違和感を持つ。 にもかかわらず、そういう感覚を持たない人達(=概ね外国人)が面白がって流行らせようとハシャイだという事。 だから、日本人は「流行語大賞、何それ、流行ってないし、変な言葉。」なのだ。 

投稿: 北極熊 | 2016年12月 6日 (火) 12時38分

日本語として変であっても悪意は伝わる

投稿: | 2016年12月 7日 (水) 07時00分

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