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2017年1月 2日 (月)

共通項を設定出来るか

共通項を設定出来るか

ハフポスト日本版:2017年、様々な立場の人がより自由で住みやすい社会になるために
http://www.huffingtonpost.jp/tomoko-nagano/2017-new-year-greetings_b_13913244.html?utm_hp_ref=japan

2017年、ハフポスト日本版は、「様々な立場の人がより自由で住みやすい社会になるために」をテーマにしました。

人間は群れを作って生活する動物だ。つまり、群れの仲間とそれ以外を厳しく峻別する本能を持っている。そして、一度仲間と認識したら少しぐらいそいつがおかしくなっても助けようとする。

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昔、エイズが流行りはじめたころ、あるエッセイで読んだ言葉を思い出す。「エイズの人と友達にはなれないが、友達がエイズになっても友達のままだろう」。

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人間が本能で(自然に)仲間と認識できるのは、数人、十数人がせいぜいだ。それ以上の人数になると、何かのシンボル・共通項を通じてでしか仲間になることが出来ない。

家名、学校、企業、地域、宗教、国家などのシンボルを通じてであれば、大勢の人間を「仲間」と認識できる。もちろん、その「仲間」は、そのシンボルを大事にする必要がある。そのシンボルは「仲間」にとって理屈抜きに大切なものだ。

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理屈じゃなく本能に訴えるシンボル、あるいは共通項を設定できるかどうかが、別れ目になる。理屈で「寛容であるべき」「人権を大切に」などと訴えても、民衆の心を動かす事は出来ないが、「同じ○○人じゃないか(○○教徒じゃないか)」という言葉は、心を動かすことが出来るだろう。

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国旗国歌は理解しやすいシンボルだ。つまり、国旗国歌の軽視は、国民の仲間意識を低下させ、ギスギスした社会をもたらすだろうと言うこと。

多様な価値観などと言って、大事なシンボルを傷つけていると、他人の違いに(自分とは異なる要求や必要に)無関心な人々が増えるだろうということだ。

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「様々な立場の人がより自由で住みやすい社会になるために」は、何か一つの縛り(シンボル・共通項)を設定することが必要なのだ。

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