« 日本の「メリル・ストリープ」は誰?(あるいは何か?) | トップページ | 再交渉の代価 »

2017年1月24日 (火)

フィリピン人を笑えるか

フィリピン人を笑えるか

NHK:「フィリピン ドゥテルテ政権の内政と外交」(視点・論点)
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/261338.html#more

日本人の一般的な感覚からすると、半年で6千人もの麻薬犯罪容疑者を殺害しているドゥテルテ政権が圧倒的に支持されているのは、不思議なことかもしれません。しかしこのことは、フィリピン人の政治に対する態度の、本音レベルでの表れだと解釈できます。これまでの大統領は、結果を出すためなら法的手続を無視しても良いという立場を公にとることは、まずありませんでした。ですので、フィリピン人がこの点に関してどう考えているのかが見えてくることはなかったわけです。ここにきて、汚職退治や麻薬撲滅の実績の方が、手続が法的基準を満たしていることよりも重要であると公言する大統領が現れ、また同時に、大多数の国民がそのような大統領を支持していることが世論調査で明らかになりました。このことは、フィリピン人の多くが、政府に対し、法律的なプロセスは妥協しても実績が上がれば良いと本音の部分では思っていることを示しています。これはさらに、1986年の民主化から30年たった今でも、民主主義の構成要素の1つである「法の支配」を遵守する態度が多くのフィリピン人の間で根付いていないことを示唆しています。

「政府に対し、法律的なプロセスは妥協しても実績が上がれば良いと本音の部分では思っている」

「民主主義の構成要素の1つである「法の支配」を遵守する態度が多くのフィリピン人の間で根付いていない」

法の支配の目的は何だろうか、民主主義を実践する目的は何だろうか。人々の暮らしを幸せにすることだろう。人々の幸せをもたらす道具としてこそ意味がある。

  *         *        *

法の支配は安心をもたらす。権力者が恣意的に行動したりしない、とばっちりを受けたりしないという安心をもたらす。民主主義は、議論や選挙を通じて人々が幸せを感じるものが何かを権力者に教えることができる。

  *         *        *

法の支配も民主主義も人々に幸せをもたらす。しかし、あまりに社会が貧しかったり治安が悪いと法の内容を知らせることも実践することも出来なくなる。あまりの格差社会で法を作る人々の生活と知識や理念が一般民衆のものとかけ離れてしまうと、法律は絵に描いた餅になってしまう。

  *         *        *

法の支配も民主主義も人々に幸せをもたらすことの出来る道具だけれど、実践するには、それなりの社会の安定と豊かさが必要なのだ。

  *         *        *

「民主主義の構成要素の1つである『法の支配』を遵守する態度が多くのフィリピン人の間で根付いていない」

日本には法の支配も民主主義もある。でも、もし、日本の治安が極端に悪化したらどうなるだろうか。日本人もフィリピン人のように法律を無視してでも安全と安心をもたらす統治者を歓迎しないと言えるだろうか。

私達はフィリピン人を笑えない、と私は思う。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« 日本の「メリル・ストリープ」は誰?(あるいは何か?) | トップページ | 再交渉の代価 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/64802444

この記事へのトラックバック一覧です: フィリピン人を笑えるか:

« 日本の「メリル・ストリープ」は誰?(あるいは何か?) | トップページ | 再交渉の代価 »