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2017年2月 4日 (土)

無理言わないでくれ

無理言わないでくれ

北海道新聞 社説:軍学共同研究 問われる科学者の責務
http://dd.hokkaido-np.co.jp//news/opinion/editorial/2-0108526.html

こうした中、広島大や新潟大などは、応募を認めない方針を決めた。推進制度と一線を画す姿勢を明確に打ち出したといえる。

学術会議内には、軍事技術と民生技術の線引きは困難だとして、軍事研究を拒否することは現実的ではないとする意見がある。自衛目的の研究は許されるべきだとの主張も目立つ。

だが、特定の目的を持った資金を受け取ってしまえば、研究が一定の方向に誘導される恐れもある。自衛の技術も、場合によっては「戦争の道具」になってしまうことを忘れてはなるまい。

科学者は自らの研究が将来何に使われるか、十分意識しながら研究を行う必要があろう。

私は科学者ではなく技術者だけれども、「科学者は自らの研究が将来何に使われるか、十分意識しながら研究を行う必要があろう」というのは無理な要求ではないか。正直、無理言わないでくれという気分になった。

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「自分の研究が戦争に使われた科学者の苦悩」は文学や映画の良いテーマになるかもしれないけれど、研究者や技術者に、「あなたの仕事が軍事に使われない保証はありますか?」と聞けば、大部分の研究者や技術者は「わからない」と答えるだろう。特に基礎的な研究や製品は、何に応用できるかなんて判らないことが多い。何かと組み合わさって兵器に応用できるようになるかもしれない。そんな事は誰にもわからない。

せいぜい「直接的ではない(or 直接的だ)」ということが判るだけ。そして直接的なものを担当するのは大学ではなく企業だ。

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研究資金を受け取らないのは、せいぜいのところ、良くてポーズにしかならない。あるいはスポンサー(この場合は防衛省)を嫌っているとアピールすることにしかならない。

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科学者も人の子であり学術会議も人間のあつまりだ。理性では、拒否したところで、科学の成果が軍事に応用されることを防ぐことなど出来ないと判っていても、防衛省や自衛隊が嫌いだったり、政治的な駆け引きもあるかもしれない。例えば、もっと良い条件を引き出す為に一度拒否する、あるいは防衛省以外の組織との政治的な繋がりを大事にする、などなど。だから学術会議が拒否をしても驚きはないが、それは科学者としての良心などとは無関係のものだと私は思う。

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