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2017年3月31日 (金)

自分が殴らないならOKなの?

自分が殴らないならOKなの?

朝日新聞 社説:敵基地攻撃力 専守防衛が空洞化する 2017年3月31日(金)付
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1

北朝鮮の核・ミサイル開発に対処は必要だが、敵基地攻撃能力を持っても問題の解決にはつながらない。一方で、憲法にもとづく専守防衛の原則を空洞化させる恐れがある。

敵基地攻撃について、政府はこれまで法理論上は憲法に反しないと説明してきた。

1956年に鳩山一郎内閣は、わが国に対し「攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とは考えられない」とし、攻撃を防ぐのに「他に手段がない」場合に限り、ミサイル基地をたたくことは「法理的には自衛の範囲」との見解を示した。歴代内閣も踏襲してきた。

だが、この見解はあくまで法理を説明したものであり、現実に目を向ければ問題が多い。

まず「他に手段がない」とは言えない。日米安保条約に基づき、米軍が日本防衛の義務を負っているからだ。

日本の安全保障は、米軍が攻撃を担う「矛」、自衛隊が憲法や専守防衛の下、守りに徹する「盾」の役割を担ってきた。この分担を壊し、日本が敵基地攻撃をすれば、自衛隊が戦争を拡大することになりかねない。

難しい法律論は良く判らないけれど、日本が殴るのはNGで、アメリカが殴るのはOKなのか?

「殴る」という行為やその結果は(上手下手はあるだろうけれど)同じだ。

これはゴマカシにすぎない。

    *        *        *

敵基地攻撃能力を日本が直接的に持つのは憲法違反で、日米安保に基づきアメリカ経由で持つのは大丈夫という理屈は良く判らない。自分の手を汚したくないという気持ちは理解できなくもないけれど。

    *        *        *

理論・理屈と現実が乖離することは良くあることだけれど、乖離しすぎると大本の法律そのもの権威と実効性が無くなってしまう。そろそろ憲法を改正しないと憲法の重みがなくなってしまう。

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2017年3月30日 (木)

北朝鮮が国際法を守る?

北朝鮮が国際法を守る?

西日本新聞 社説:核兵器禁止条約 被爆者裏切る交渉不参加
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/317893

日本政府は禁止条約に反対する理由として、核実験を繰り返す北朝鮮が国際社会の脅威となっていることを挙げ、「現実的な視点」が欠かせないと指摘した。

一見もっともらしいが、この考え方は本当に「現実的」だろうか。北朝鮮は一部の国に核保有を認めるというNPT体制の矛盾を突き、核抑止の理論によって自国の核保有を正当化しようとしている。むしろ、核兵器を全て国際法で禁じる方が、北朝鮮の核保有を阻む本筋になるのではないか。

米国でトランプ政権が発足し、核廃絶の機運は大きく後退している。今こそが被爆国日本の踏ん張りどころであるはずだ。

西日本新聞は、北朝鮮が国際法を守るとでも思っているのだろうか。

北朝鮮がやってきたこと、拉致事件、弾道ミサイル発射実験、核実験、こういったことは国際法に違反しないのでしょうか。

  *        *      *

「核兵器を全て国際法で禁じる方が、北朝鮮の核保有を阻む本筋になるのではないか」

ありえません。

  *        *      *

核兵器廃絶には賛成していますので、実現できると思わせる提案をお願いします。頭悪い、非現実的な話ばかりだと、核兵器廃絶そのものが頭悪い話に見えてきてしまいますので。

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2017年3月29日 (水)

これも東電の責任?

これも東電の責任?

千葉日報:「福島帰れ」とたばこの煙 千葉県に避難の女子生徒
http://www.chibanippo.co.jp/news/national/396770

東京電力福島第1原発事故後に福島県から千葉県に家族で避難した高校2年の女子生徒(17)が25日、共同通信などの取材に応じ、小学6年だった2011年に、転校先の小学校で行事の際、同級生の母親からたばこの煙を顔に吹き掛けられ「福島に帰れよ」と言われるなどのいじめを受けたと明らかにした。



避難者が国と東電に損害賠償を求めた千葉県の集団訴訟の原告のうち、弁護団によると、女子生徒を含めた3世帯の子どもがいじめ被害に遭ったことが判明。うち1世帯の女子高校生は1月、「放射能が付いている」などと言われるいじめを受けたことを明かした。

登場人物は、「東京電力と政府」、「避難者(いじめ被害者)」、「いじめ実行犯」。さて誰が一番悪いのだろうか。

自分には、「同級生の母親からたばこの煙を顔に吹き掛けられ『福島に帰れよ』と言われるなど」の事をしたいじめ実行犯が一番悪いと思えるのだが。

  *        *       *

しかし、こんなイジメの責任まで東京電力に求められるのだろうか。自分には、人間全てが品行方正でないことまで、東京電力に求めているようで釈然としない。

もっとも、賠償は獲れるところから獲らないとどうにもならないと言うのも判るのだけれど。

  *        *       *

この訴訟で、仮に、東電に賠償が命じられたとしても、私は東電が悪いとは思わないだろう。

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2017年3月28日 (火)

政権奪取に対立軸は不要

政権奪取に対立軸は不要

中日新聞 社説:脱アベノミクス 民進党は対立軸を示せ
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017032702000111.html

アベノミクスは楽観的な成長見通しの下で消費税増税を再三先送りするなど財政規律をすっかり失った。税負担が軽いということは社会保障サービスを再分配でなく自己負担、自己責任で担えと同義である。

逆に税負担を増やせば自己負担は軽くできるということだ。

対立軸は明らかだ。目指すのは危うい成長頼みでなく、また自己責任の恐怖におびえる国でもない。負担能力に応じて誰もが負担し、誰もが受益者となる。弱者たたきもなく、負担を分かち合って安心して暮らせる社会である。

いやだから、具体論がないのがいけないんじゃないか。理想論というか、「弱者たたきもなく、負担を分かち合って安心して暮らせる社会」に誰も反対なんてしないでしょ。

と言うか、安倍政権が、弱者たたきが多く負担を分かち合わない安心できない社会を
目指しているとでも思っているのだろうか。

  *        *       *

この社説の筆者は、願えば全てかなうとでも思っているのだろうか。権力者は万能な存在だとでも思っているのだろうか。

  *        *       *

自分は現場の人間で権限や権力なんて何もない。しかし、権限や権力に限界があることも知っている。社長は偉そうにしているけれど、社会の法に従わなければならないし、従業員に命令できるけれど、従業員の能力以上のことを命令しても実現はできない。

権力者は万能じゃない。自分の願いが正しいものだとしても、それを権力者が実現できないとしても、それは直ちに権力者が悪であることにはならない(無能であることにはなるかも知れないが)。

自民党政権が良い結果を出していないとしても、それは彼等が望んだからはなく、出来なかったからだとは思わないのだろうか。

  *        *       *

対立軸として理想論を出してくるような政党であれば、政権なんてとれはしない。民主党がこの社説に従うような行動をすれば自民党政権は安泰だろう。

  *        *       *

国民が望んでいるのは、有能な政党であって、自民党よりも有能であれば政権は奪取できる。下手な対立軸は有害ですらある。

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2017年3月27日 (月)

身を切る改革

身を切る改革

北海道新聞 社説:議員なり手対策 「浦幌案」から考えたい
http://dd.hokkaido-np.co.jp//news/opinion/editorial/2-0111317.html

どうすれば職業、年齢、性別などさまざまな人が地方議会で活動できるようになるのか、議論を深めるきっかけとしたい。

十勝管内浦幌町議会が、議員のなり手不足対策に関する検証結果をまとめた。

町民アンケートの結果を加味した議員報酬の引き上げや、サラリーマンの兼職などに対する国の支援を盛り込んだ。

背景にあったのは、このままでは議会制度を維持できないという強い危機感である。

議員のなり手不足に悩むのは、浦幌だけではなかろう。他の自治体議会にも、さまざまな取り組みが求められる。

議員自身が「お手盛り」で報酬を増やすのが良いとは言わないけれど、いわゆる「身を切る改革」の行き着く先の一つがここにある。

浦幌町は、身を切る改革ではなく、予算の都合から議員報酬が高くないのだろうけれど、十分な議員報酬や待遇を提供しない(できない)ことの結果であると言うことができる。

  *        *       *

議員というのは、数年おきに選挙という審査と契約更新がある職業だ。非正規の契約社員だって5年連続で雇用されれば正社員になれると言うのに、議員にはそれもない。

社会的地位はともかく、報酬や継続性という面から考えると良いとは言えない仕事であるとは言える。

  *        *       *

極端な話、議員報酬がゼロでも政治家になれる人間というものはいる。実家がお金持ちで政治的な志をもっている人間だ。例えば鳩山由紀夫元首相だ。

身を切る改革の行き着く果てには、鳩山さんのような政治家だらけになる、というのは冗談だけれど、実現するかもしれない悪夢であって、笑い話で済ませて良い話ではない。

  *        *       *

元々、身を切る改革が議員報酬の抑制や引き下げを意味していた時から、おかしなことだと思っていたけれど、やっぱり単純な報酬引き下げは良い結果をもたらさない。

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2017年3月26日 (日)

自由礼賛は結構ですが

自由礼賛は結構ですが

中日新聞 社説:道徳の教科書 心を型にはめぬよう
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017032502000110.html

国語や社会、算数、理科などのふつうの教科は、人文科学や社会科学、自然科学という体系的な学問を基にしている。対して、道徳は、ものの考え方や感じ方、言動や態度、規範意識を一定の価値や理想へと導く営みといえる。

教科書検定では、国が学ぶべきものとして定めた学習指導要領に即しているかを主にチェックする。ふつうの教科では諸科学がものさしとなるが、道徳では国が指定した徳目がよりどころである。

戦前、皇国の臣民が守るべき徳目として、明治天皇の教育勅語をトップダウンで強いた構図をほうふつとさせる。

企業にとって都合が悪い人間が企業に採用されることはないだろう。国家や社会にとって都合の悪い人間が国家や社会から厚遇されることはないだろう。多様な考え、自由な考えと子供達を煽ってしまうと、社会や国家や企業にとって不都合な人間になってしまって、結果、不幸になってしまうことにならないか。

  *        *        *

国家や社会にとって都合の良い人間になれと言っている訳ではない。しかし、国家や社会にとって都合の悪い人間でありながら、幸福を掴むことの出来る強者(才能に恵まれた者)なんて少数派にすぎない。多くの凡庸な人間にとっては、国家や社会にとって都合の悪い人間でありながら、経済的に豊かな生活を送ることなんて出来はしない。

  *        *        *

いまの社会の問題は、国家や社会が価値観や心の型を提示できていないことにある。いや、提示はしているけれど、それに従えば(そこそこであっても)成功できるという価値観や心の型を提示できていないことだ。

  *        *        *

自由が大事であることに異論はないけれど、平凡な人々の幸福にとっては、安心して従える心の型を提示してもらえる方が大事なのではないだろうか。

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2017年3月24日 (金)

制裁すれば、防げる?

制裁すれば、防げる?

中日新聞 社説:シリア化学兵器 制裁なければ再使用も
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017032402000123.html

シリア政府軍が化学兵器を使用したとして、国連安全保障理事会が制裁決議を論議したが、ロシアなどの反対で否決された。非人道的な兵器が制裁を免れるのなら、再使用される恐れは消えない。

国連と化学兵器禁止機関(OPCW)は共同調査を実施し、シリア政府軍が二〇一四年四月に同国北部タルメネス、一五年三月に同サルミンで、塩素ガスを積んだ「たる爆弾」をヘリコプターから投下したとの報告書を公表した。

制裁が無ければ化学兵器が再使用されるとは思うけど、制裁すれば防げるのだろうか。北朝鮮への国連の制裁とその効果を見ると、国連が制裁したくらいで化学兵器を諦めるとは思えないのだが。

  *        *       *

制裁に反対はしないが、制裁すれば防げると思うのは、国連に(国際社会に)期待しすぎだ。

期待しすぎは判断を誤らせる。良くない。

  *        *       *

中日新聞は国連に夢を見ているのではないか。

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2017年3月23日 (木)

共謀罪と監視社会

共謀罪と監視社会

中日新聞 社説:刑法の原則が覆る怖さ 「共謀罪」閣議決定
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017032202000106.html

政府が閣議決定した組織犯罪処罰法改正案の本質は「共謀罪」だ。二百七十七もの罪を準備段階で処罰できる。刑事法の原則を覆す法案には反対する。

盗みを働こうと企(たくら)む二人組がいたとしよう。だが、人間というのは犯罪を共謀したからといって、必ず実行に移すとは限らない。現場を下見に行ったとしても、良心が働いて「やっぱり悪いことだからやめよう」と断念する、そんなことはいくらでもある。

共謀罪が恐ろしいのは、話し合い合意するだけで罰せられることだ。この二人組の場合は共謀し、下見をした段階で処罰される。そんな法案なのだ。何も盗んではいないのに…。

法律は人々の価値観によって支えられている。人々が悪いと思わないものを法律で犯罪と定めても無視される。それを無理して押し通そうとしたら大きな軋轢が起きる。

共謀罪に対して野党や一部のマスコミは攻撃するけれども、世論調査の結果では好意的な反応も多い。これは、私達の社会が「悪事を企むこと」「悪事をはたらこうと計画すること」を悪いことだと判断しているのだろう。実際、家庭や職場で子供や部下が悪いことを計画していたなら(それについて話していたら)、諫めたり叱ったりするだろう。

共謀罪が意外と受け入れられているのは、社会の価値観とさほどの違いがないからだ。

  *        *      *

悪だくみをしていた子供を叱っていたら、「何も盗んではいないのに…。」なんて言い訳されたら、どう感じるだろうか。自分なら「もっと叱らなければ」と思うだろう。

「何も盗んではいないのに…。」、まだやっていないのに罰せられるとアピールすることは、反感を買いかねない。良い反対方法ではないだろう。

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東奥日報 社説:基本的人権との摩擦生む/「共謀罪」法案
http://www.toonippo.co.jp/shasetsu/20170322023565.asp

そもそもなぜ、この法案が必要なのか。政府は航空機乗っ取りなどの事例をいくつか挙げ「現行法では的確に対処できない」とする。野党が有力な学説を引き「ハイジャック防止法の予備罪を適用できる」と指摘しても「予備罪に当たらないこともある」と繰り返し、具体的に現行法のどこに不備があるのかは判然としない。政府は今後の審議で、こうした疑念や不安の数々にこたえていく必要がある。

何か新しい規則を決めたりするとき、それだけを見て良い悪いと判断することはできない、現在からの変化も考えなければならない。私は詳しく無いので、現行法で対処できるかどうかは知らない。確かに現行法で対処できるなら新しい法律はいらない。しかし、これは、逆に言えば、現在も共謀罪と同じような危険があると言うこと、あるいは共謀罪があっても現在と危険は変わらないということにならないか。

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中日新聞 社説:刑法の原則が覆る怖さ 「共謀罪」閣議決定
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017032202000106.html

専門家によれば、英米法系の国ではかつて、共謀罪が労働組合や市民運動の弾圧に使われたという。市民団体の何かの計画が共謀罪に問われたら…。全員のスマートフォンやパソコンが押収され一網打尽となってしまう。もはや悪夢というべきである。

実は捜査当局が犯行前の共謀や準備行為を摘発するには国民を監視するしかない。通信傍受や密告が横行しよう。行き着く先は自由が奪われた「監視社会」なのではなかろうか。

社会は監視社会化しつつある。しかし、その理由は「共謀罪」や特定の政治思想にあるわけではない。理由は思想ではなく科学技術の進展にある。

ここ数年のニュースの変化を見てほしい。何か大きな事件や事故があると、現場の映像が放送されることが増えた。初期ではケイタイの写メ、最近はスマホでの動画が放送されることが増えた。

映像の提供者は監視社会に賛成で右傾化した人間だろうか。そんな事はないだろう。ただ、その場にいた人間。スマホだけでなく防犯カメラの映像も放送される事が増えたが、設置者は右傾化した人間ということもないだろう。

  *        *        *

IT技術の発展で、監視することのコストは低下しつつある。最近、GPSを使用した捜査をするなら捜査令状が必要との判決があったが、GPSによる捜査はGPPの精度の向上とコストの低下がもたらしたもので、政治思想によるものではない。

  *        *        *

人々は安心を求める。安心の為に自分の周囲の変化がないか見張っていたくなる。そして、科学技術の進歩は新しい監視方法を可能にする。その結果の監視社会であって、これは止めようがない。私達は、監視の方法や監視の記録の取扱い(漏洩しないような管理)についてぐらいしか出来ることはないのではないか。

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2017年3月22日 (水)

認知症と証人喚問

認知症と証人喚問

中日新聞:夕歩道( 2017年3月21日 )
http://www.chunichi.co.jp/article/column/yuhodo/CK2017032102000254.html

健忘症を「良心を欠く償いとして、神が債務者に授けてくださる天賦の才」とは、米作家、ビアスの『悪魔の辞典』。記憶障害は本来、深刻な話なのに、そんな言われ方をされるのは誰のせいか。

「記憶にございません」が流行語になったのは、かれこれ四十年前のロッキード事件。以来、証人喚問といえば、このせりふが重宝される。昨日は、記憶がなくなる理由の詳細な説明まであった。

「記憶を内蔵している海馬という部分がうまく開かず、ひらがなさえ忘れた」…。脳梗塞の後遺症を軽んじるつもりはないが、その前口上ばかりやたら明晰(めいせき)に聞こえたのは、どうしたことだろう。

東京都の百条委員会で石原さんが証言したのをTVで見た。感想は、まぁ...こんなもんか?だった。国会でも証人喚問などが行われることがあるが、多くの場合、新事実が出てくることはなく、政治家達による吊し上げ、あるいは政治家自身の広報活動になる。今回の百条委員会も同じような結果に終わった。

   *        *        *

与党や政府にとって怖いのは、石原さんのような政治家が喚問されることではなく、政治素人の民間人が、政治的配慮にかける発言をしてしまうことだ。法的には問題なくて事実であっても政治的には問題になるような言葉はあるものだ。

例えば、「原発事故で漏洩した放射能では死傷者は出ていない」ことは事実であるし、法律違反でもない。しかし、政治家がこんな発言をしたら大騒ぎになるだろう。

   *        *        *

「脳梗塞の後遺症を軽んじるつもりはないが、その前口上ばかりやたら明晰(めいせき)に聞こえたのは、どうしたことだろう」

石原さんの味方をするわけではないし、石原さんが認知症だと言うつもりもないが、認知症の方が明晰に聞こえる話をする場合があると言っておきたい。特に石原さんのようなインテリは、難しい言葉で答えることができる。認知症はまだら模様にすすむので、おかしなことをしている一方、難しい言葉を使う能力は残る場合もある。

認知症かも?と気がつくのは長い時間いっしょにいて行動に矛盾を感じるようになってから。

証人喚問・百条委員会の1時間程度の時間、質問は細切れで数分毎に質問者が代わり単発の質問に答えるだけ(あとは質問者が自分の政治的主張を述べているだけ)であれば、軽度の認知症であったとしても、多少の記憶障害があったとしても乗り切ることが出来るだろう。

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「明晰(めいせき)に聞こえたのは、どうしたことだろう」

この言葉に認知症に対する認識の甘さというか先入観を感じる。

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しかし、日本では人権が認められ、権力者が誰かに自白を強制することは出来ないことになっている。警察が威圧的だと非難されることがあるくらいだ。そういった事を考えると、国会や地方議会での吊し上げや質問者(政治家)が声を荒げることに、そしてそれが非難されないことに、なにかがおかしいを感じないではいられない。

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2017年3月21日 (火)

時間は残酷な審判

時間は残酷な審判

中日新聞 社説:命の尊さ、ありのまま 林京子さんと考える
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017032102000099.html

3・11は、林さんのそんな心を激しく揺さぶった。

<放射性物質、核物質への認識の甘さ。人体が受ける放射性物質の危害は、(八月の)六日九日とイコールなのですが/“想定外”という狭量な人智(じんち)の枠に閉じ込めて報道される対策を聞きながら、私は、この国は被曝(ひばく)国ではなかったのか、と愕然(がくぜん)としました>

昨年暮れに刊行された短編集「谷間 再びルイへ。」のあとがきに、そう書いた。

8・6、8・9と3・11は、疑う余地なく“地続き”だったのだ。

林さんが秘めたる怒りをあらわにしたのは、福島原発事故の放射能が人体に与える影響について説明する「役人」の口から「内部被曝」という言葉が出た時だ。

「直ちに影響はない」という。

<八月六日九日から今日まで、幾人のクラスメートが、被爆者たちが『内部被曝』のために『原爆症』を発症し、死んでいったか。原爆症の認定を得るために国に申請する。国は却下。被爆と原爆症の因果関係なし。または不明。ほとんどの友人たちが不明と却下されて、死んでいきました。被爆者たちの戦後の人生は、何だったのでしょう>(再びルイへ。)

もう6年になります。あの時の恐怖は本物でした。本当に怖かった。しかし、現実の被害は、そうでもありませんでした。現実の被害はゼロ、あるいは計測不能なほどに低いのです。恐怖と実際の被害のには大きなギャップがあるのです。

  *        *       *

原発事故直後の対応に問題が無かったとは言いません。「直ちに影響はない」という言葉に怒りを覚えた方は多いでしょう。

恐怖も政府の対応に問題があったことも認めますが、6年たって健康被害はゼロなのです。その事実を見ることなしに騒いでいては、適正な対応ができません。風評被害を拡大させます。

  *        *       *

時間は残酷な審判です。6年たって漏洩した放射能での健康被害はゼロなのです。その事を忘れてはなりません。

  *        *       *

私は何度か、同じような事を書いていますが、新聞社というそれなりの組織が「被害がないこと」から目をそむけて風評被害を拡大するような言説を報道しているならば、被害を拡大させない為に(微力となることを願って)書かざるを得ないと感じるのです。

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2017年3月20日 (月)

核兵器廃絶は当面無理

核兵器廃絶は当面無理

信濃毎日新聞 社説:あすへのとびら 禁止条約への道 核軍縮に新たなページを
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20170319/KT170316ETI090003000.php

核廃絶の潮流を確かなものにするチャンスである。腰を据えて議論し、核軍縮の新たなページを開きたい。

核兵器を非合法化する初の条約制定に向けた交渉が、ニューヨークの国連本部で今月27〜31日と6月15日〜7月7日に行われる。

国際司法裁判所が核兵器の使用は国際人道法に「一般的に反する」との勧告的意見を出したのは1996年。それから21年たって、禁止に向けた取り組みがようやく本格的に始まる。



しかし、核抑止力を重視する国々は被爆者の願いに背を向け続けている。オバマ氏の政策を否定するトランプ米大統領は核戦力を拡大する意欲を表明した。

ロシアや中国といった核保有国も同様だ。NPTの枠外でも核保有国が幾つか存在する。中でも北朝鮮は体制維持のためにやみくもに開発を進める。



米ロなどの核大国が立ちはだかる。市民の核廃絶への思いや行動が各国政府を動かし、条約制定の推進力となるだろうか。今度の交渉はその試金石となる。

北朝鮮をなんとかしないと、条約を守った国が損して(下手すれば滅んで)守らない(参加しない)国が得をすることになりかねない。核兵器というとアメリカやロシアが話題になるけど、北朝鮮を忘れてはならない。

  *        *       *

北朝鮮に核兵器を放棄させることが出来なければ、核廃絶なんてお題目にしかならない。

  *        *       *

そしてもうひとつ、核兵器がなくなれば、平和になるのではなく、逆に大国間の小競り合いが頻発するようになるだろう。核兵器がなくなれば、大国の指導者が(あるいは上流階級の人々が)自分自身の生命や財産が攻撃される可能性が、ぐっと減るのだから。

昔の戦争は、死ぬのは下っ端から、前線の人間からだった。飛行機による爆撃が行われるようになって、後方の市民も攻撃されるようになった。しかし、上流階級の人間が危険にさらされることは少ないままだった。しかし、核兵器は全てを変えた。

上流階級の人間だって、下っ端の人間と同じように攻撃されるようになった。

核兵器がなくなれば、昔のように、「死ぬのは下っ端から、前線の人間から」に戻るだろう。戦争を決断する人々が「戦争がエスカレートしても、自分は安全」と思ったら、戦争へのハードルは低くなる。

  *        *       *

また、核兵器がなくなればアメリカは戦争をやりやすくなる。通常兵器の性能では、中国やロシアをアメリカは凌駕しているのだから。

特に中国は、核兵器抜きでアメリカには対向しえない。核廃絶を本気のところで望んでいないのは、中国ではないだろうか。

  *        *        *

核廃絶に反対はしないが、実現可能性は低いだろう。条約は核保有国抜きでなら成立するかもしれない。その場合は、政治宣伝用の言葉が増えることになるだけだ。

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2017年3月19日 (日)

事故防止と責任追及

事故防止と責任追及

信濃毎日新聞 社説:福島訴訟判決 過失の認定に向き合え
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20170318/KT170317ETI090013000.php

事故から6年が経過しても、約8万人が避難したままだ。事故処理費は21兆円を超える見通しだ。それなのに事故の責任は不明確なまま放置されている。

避難者による集団訴訟は約30件起こされている。判決は他の訴訟にも影響を与えよう。

事故を二度と起こさないためには、原因を究明し責任を明確にすることが必要だ。国と東電は判決に真摯(しんし)に向き合い、対策が不十分だったことを認めるべきだ。

事故防止の為に原因追及が必要なことに疑いはないが、責任追及はどうなのだろうか。

  *        *       *

責任追及、誰が悪いと責め立てることが事故防止に役立つのだろうか。私には、そうは思えない。責任追及が厳しすぎると、関係者は口をつむぐようになるし、起きてしまった事を責め立てても事故が無かったことにはならない。次の担当者にプレッシャーを与えることは出来るけれど、人間、プレッシャーを与えたらきちんと仕事するかと問えば、必ずしもそうではないと言うのが答えになるだろう。

  *        *       *

そして、なにより気に入らないのは、責任追及が政争の具に使われることだ。野党やマスコミの行動をみていると、原因追求し事故防止したいのではなく、責任を追求して政治的得点を稼ぎたいように思えてしかたがない。

あんたたちは、事故防止がしたいのか、政府の悪口が言いたいのか?と聞きたくなる。

  *        *       *

原因追及も責任追求も結構だけれど、どんな結果を目指していて、それに対して合理的かどうかは意識しておきたいものだ。

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2017年3月18日 (土)

原理的に無理

原理的に無理

中日新聞 社説:中国全人代 民生改善にこそ「力」を
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017031702000109.html

李氏は「民生は政府活動の要であり、常に心に留め、しっかりと担わねばならない」と力を込めた。採択された政府活動報告には確かに、農村貧困人口の一千万人以上の減少、低所得者向けの住宅の供給、青い空を守る環境保護対策など、民生に目配りした重点政策が数多く盛り込まれた。

だが、民衆が不満を抱える課題の改善は遅々として進まず、汚職腐敗撲滅を旗印に政敵を葬ってきた習氏の「一強支配」確立ばかり目立つのが実情であるといえる。

民生が改善しない大きな理由は、李氏が指摘したように「行政の法執行での規範、公正、理性の不足や、一部幹部の職務怠慢や責任のなすりつけあい、腐敗」にあることは、その通りであろう。

習氏は自身の政治的な権威強化ではなく、真の民生改善を図るための腐敗役人や既得権益層との闘いに力を発揮してほしい。

民主政治の良いところの一つは、政治家が日常的に民衆のニーズを知ろうとするところだ。そして、それを政策や予算(≒行政)に反映させることが出来る。いつもいつも機能するとは言わないけれど、機能することもある。

なぜ、政治家は民衆のニーズを知ろうとするのだろうか。もちろん、政治家としての矜持や志といった理由もあるだろうが、選挙があるからという理由が大きいだろう。民衆のニーズから乖離した政策を実施(あるいは提案)していては落選してしまう。民主政治では政治家は民衆のニーズに無関心ではいられない。

人間は自分に影響を与える存在には注意するもので、民主政治では、民衆は政治家に影響を与えることが出来る、つまり民主政治では政治家が民衆の必要に注意することが運命づけられている。

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中国ではどうだろうか。中国は民主政治ではなく、一党独裁政治だ。独裁体制の下で、政治家に影響を与える存在は何だろうか。民衆だろうか、中国共産党の上層部や政争だろうか。

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「『民生が改善しない大きな理由は...(略)....、職務怠慢や責任のなすりつけあい、腐敗』にあることは、その通りであろう」。

原因のひとつであるかもしれないが、最大の原因は、制度として、政治家にとっての優先度が民衆の必要よりも共産党の上層部の意向の方が重要になるように出来ていることだ。

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「ヒラメ」という言葉がある。会社員や公務員のような組織で働く人間が上の方ばかりみて仕事することを言う。会社の上層部ばかりみて顧客の方をみていない。上司のご機嫌伺いは上手で組織の方針にも敏感、だから会社内での評価は高くなる。しかし、顧客の方を見ていないから、会社全体としての利益にはならない。

中国ような一党独裁政治で、綱紀粛正を行えば、大量のヒラメを産みだしかねない。共産党の上層部の意向や政争の動向を読み違えたら、それこそ、命にかかわりかねないのだから。

綱紀粛正を、腐敗退治を頑張れば頑張るほど、ヒラメが出来てしまう。中国はそういう構造になっている。

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中国で民生を大きく改善するためには、個々の政治家の命運を政党の上層部ではなく民衆が握るようにし、その結果として、政治家の関心が党の上層部ではなく民衆のニーズに向かうようにしなければならない。つまりは民主化だけれど、中国共産党にそれが出来るだろうか。私には出来るとは思えない。

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2017年3月17日 (金)

昨日の続き

昨日の続き

毎日新聞 社説:オランダ下院選 楽観できぬ極右の失速
http://mainichi.jp/articles/20170317/ddm/005/070/100000c

ルッテ首相が、極右に票が流れることを阻止しようと移民への厳しい姿勢を強めた影響もあるだろう。

首相は今年1月、イスラム系移民を念頭に、男女平等などオランダの価値観に同意できない者は「この国にとどまるべきではない」と訴える新聞広告を出し、移民の増加で伝統が破壊されることへの国民の不安を鎮めようとした。

だが言い換えれば、移民を警戒するオランダ社会の分断の芽は消えていないとも言える。緊縮財政や不安定な雇用、経済格差の広がりなどによる国民の政治不信を解消していかなければ、今後も極右勢力の浸透を防ぐことはできない。

昨日、政党としては極右政党に勝っても、政策が右翼に引っ張られるだろうという記事を書いた。それはある意味間違いだ。だって、既に始まっているのですから。

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「移民の増加で伝統が破壊されることへの国民の不安を鎮めようとした」

その手法は極右政党よりは多少はマイルドかもしれませんが、目指すところや結果にあまり違いはありません。メッセージは同じで「自分達の価値観が気に入らない(同意できない・従えない)なら来てくれるな」です。

  *        *        *

だが言い換えれば、移民を警戒するオランダ社会の分断の芽は消えていないとも言える。緊縮財政や不安定な雇用、経済格差の広がりなどによる国民の政治不信を解消していかなければ、今後も極右勢力の浸透を防ぐことはできない。

う~ん、「不安定な雇用、経済格差の広がり」が右傾化の理由なんでしょうか?私には。人間の持つ異文化・異民族に対する生理的な嫌悪(マイルドに言うなら違和感)が原因のように思えるのです。

例えて言うなら、日本ではラーメンを啜って音を出すのは問題ありませんが、それをオランダでやったらどうなるでしょうか。「寛容」な価値観をもつオランダなら表面的には受け入れてくれるかもしれません。しかし、生理的な反感や嫌悪感を覚える人も多いでしょう(イスラムとオランダの間でも同じような差異はあると思います)。こういった細かい嫌悪感や違和感、生理的であるから意識しずらい不快感の積み重ねが移民排斥・極右の伸長の原因であると私は思います。

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「不安定な雇用、経済格差の広がり」に移民排斥の原因を求めていては、判断を誤るのではないでしょうか。

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2017年3月16日 (木)

政党としての勝利はなくても

政党としての勝利はなくても

日本経済新聞:オランダ下院選、極右躍進ならず 与党が第1党維持か
http://www.nikkei.com/article/DGXLASFK16H01_W7A310C1000000/

15日投開票のオランダ下院選挙(定数150議席)で、ルッテ首相率いる中道右派の自由民主党(VVD)が31議席程度を獲得し、第1党を維持する見通しとなった。「反イスラム」などを主張し、一時は世論調査でトップを走っていたポピュリズム政党で極右の自由党は現有の12議席から19議席程度へ議席を伸ばしたものの、終盤にかけて失速し、VVDに差を広げられたもようだ。

政党としての勝敗については、第1党になれなかったことを「躍進ならず」と言うこともできますし、「現有の12議席から19議席程度へ議席を伸ばした」ことを勝利と言うことも出来ます。

政党としての勝敗は、曖昧と言うか言いたい人が言いたいように言える状況のようです。

  *        *        *

では、政策・方向性としての勝敗はどうでしょうか。

人々の生活に影響するのは、どの政党が勝ったかではなく、どんな政策が実施されるか、です。ですから、政策・方向性としての勝敗は政党や政治家の勝敗よりも重要です。

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オランダの総選挙は比例選挙で多数の政党が議席を得て、結果、複数の政党の連立政権となり、その成立まで時間がかかるそうですから、何が起きるか判らないところもありますが、自分は、極右の勝利と言ってよい状況になると思います。

たとえ第1党なれなかっかとしても、国民の支持は大きくなっていますし無視できません。無視して政策を実施すれば、次の選挙での敗北は確実でしょう。ですから、政党として極右政党は政権に入らなくても、政策としては極右のものを取り入れることになるでしょう。

  *        *        *

日本での例ですが、「新しい歴史教科書をつくる会」が歴史教科書を作ったときの事を思い出します。結局、その教科書は売れなかった(採用されなかった)けれど、教科書の内容が保守よりに変化したことがあります。

子供達に影響するのは、その教科書を誰が作ったかではなく、その教科書の内容です。ビジネスとしては敗北かもしれませんが、政策や社会への影響ということで言えば勝利です。

同じようなことが、オランダでも起きるでしょう。政党としては負けであっても、政策としては勝利といえる結果になるのではないか、と予想しています。

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2017年3月15日 (水)

治安悪化が理由と信ずるなら

治安悪化が理由と信ずるなら

中日新聞 社説:南スーダン撤収 治安悪化を語らぬ詭弁
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017031402000102.html

撤収判断自体は妥当だが、現地の治安悪化を考えれば、なぜもっと早く決断できなかったのか。政府は自衛隊の施設整備に一定の区切りがついたことを理由としているが、詭弁(きべん)にしか聞こえない。

政府が十日、アフリカ南スーダンの国連平和維持活動(PKO)に派遣している陸上自衛隊の部隊を五月末をめどに撤収させることを決めた。派遣から五年以上が経過し、道路補修や避難民向けの設備整備などに「一定の区切りをつけられると判断した」(安倍晋三首相)と説明し、治安の悪化が理由ではないと否定している。

中日新聞の社説は、PKOの撤収の理由を治安の悪化にあるとしています。そして、それを認めない政府を非難しています。

そして、報道にあるように、PKOの撤収は5月末です。

読売新聞 社説:陸自PKO撤収 任務「区切り」の判断は妥当だ
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/20170312-OYT1T50108.html?from=ytop_ylist

政府が、南スーダンにおける陸上自衛隊の国連平和維持活動(PKO)を終了させることを決めた。5月末をめどに部隊を撤収させる。

本当に治安の悪化が理由であるなら、2ヶ月も3カ月も先の5月末までなんて悠長なことを言っていないで、直ちに撤収すべきです。しかし、中日新聞の社説では、そのようなことは主張してはいません。

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自分は現場の人間です。PKOに参加できるような体力も技能もありませんが、仮に参加するなら、後方の官僚や政治家やマスコミ人ではなく、現場にいる人間でしょう。そういう現場の人間からすると、危険だと思っていながら、2ヶ月も3カ月もいさせる感覚が信じられません。現場の人間の安全を何だと考えているのでしょうか。

  *        *     *

中日新聞は、治安は悪化していないと思っているか、政治に集中しすぎて現場の人間の安全を忘れているのでしょう。

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2017年3月14日 (火)

自民党の構造的な優勢

自民党の構造的な優勢

毎日新聞 社説:民進党 政権奪取の気迫乏しい
http://mainichi.jp/articles/20170314/ddm/005/070/091000c

安倍内閣との対立軸を意識することは大切だが、政策で付け焼き刃の対応をするようでは逆に信頼を損なう。このままでは万年野党になってしまう危機感を持つべきだ。

蓮舫代表は「国民に(安倍内閣と異なる)選択肢を示す政党だと伝えたい」と強調した。了承された活動方針は「人への投資」を優先し、教育無償化の実現に取り組む姿勢などが盛り込まれた。

安倍内閣の内政は給付型奨学金制度の創設や、同一労働同一賃金に向けた働き方改革など、リベラル色の強い民進党に接近している。それだけに与党との違いを具体的な政策でどう説明していくかが課題となる。

自民党は、野党(民進党など)のアイデア・政策案をパクること(参考にすること)が出来る。政策に知的所有権はないし、国民にとっては良い施策を実施してくれるなら文句はないのだから。

さらに言えば、自民党は与党だから、実務者としての経験から野党のアイデアを改善することも出来るし、実施したら得点になる。

  *        *       *

理論的には、民進党も自民党の政策をパクる(参考にする)ことができるが、「対立軸を意識」したり「与党との違い」を強調したいと思うならば、パクることは出来ない。なぜなら違いを強調するためには大幅な修正が必要で、大きく修正するなら参考にする意味はなくなる。

  *        *       *

つまり、政策のアイデアが、民進党から自民党に流れることはあっても、自民党から民進党にながれることはない。これでは、自民党の政策についてのアイデアは豊かになり、民進党のそれは痩せ細って硬直化してしまう。

これは「違い」を強調しようとするならば、避けられない構造的な問題だ。

  *        *       *

「違い」を強調しようとすることで、もうひとつ野党に不利になることがある。それは、与党が捨てた政策やアイデアを拾ってしまうことだ。与党が絶対にしないような事を主張すれば、与党との違いを大きく主張することが出来る。しかし、自民党が捨てたのには理由がある。実施するのが簡単ではない、実施したら不幸なことが起きるからこそ捨てたのだ。

実例では、脱原発の問題だ。自民党が「再稼働への世論が依然として厳しい」のに再稼働を進めるのには経済的な問題があり、表面的な世論では反対が多数派であっても、無理して脱原発することで起きる反作用が酷いものであるからこそ、自民党は脱原発を急がない。

小規模な政党、万年野党、安定した野党であれば、自民党が捨てたアイデアや政策(そのなかでも口当たりの良いもの)に拘っていれば良いかもしれない。そうすれば多数派にはなれなくても安定した少数ではいられるだろう。しかし、政権を狙うような政党にとっては採用できることではない。

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政権与党は、それだけで有利だ。政権を狙う野党は「違い」にばかり拘っていては、政権を獲ることは出来ない。

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2017年3月12日 (日)

事実は大切だけど、問題は

事実は大切だけど、問題は

朝日新聞 社説:PKO撤収 「治安悪化」なぜ認めぬ( 2017年3月12日(日)付 )
http://www.asahi.com/paper/editorial.html#Edit1

自衛隊が何をし、何ができなかったのか。憲法9条をもつ日本にふさわしい貢献は何か。

大事なことは、5年に及ぶ自衛隊派遣を検証し、教訓をくみ取ることだ。そのためにも、まず事実に誠実に向き合うことから始めなければ、禍根を残す。

事実は大切であることに疑問の余地はない。理念の世界の住人ならばともかく、現実世界に生きる我々は現実から出発しなければならないのだから。

問題は、何を「事実」として信頼するかだ。

まさか、朝日新聞に載っているから事実だ、と信じる訳にもいかないし、ネットの情報は、さらに玉石混交だ。

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信頼できる情報ソースをよこせと言いたいけれど、原理的に無理なところもある(マスコミも人間だからミスや偏向はあるし、伝言ゲームだし)ので、自分のような受け手としては複数のメディアから、そして、そのメディアの偏向ぐあいを考えながら「これが事実なんだろう」と考えるしかない。

  *      *      *

しかし、朝日新聞に、「まず事実に誠実に向き合うことから始めなければ、禍根を残す」なんて言われると笑ってしまう

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2017年3月11日 (土)

民主国家では、デモで政治が動くことがあってはなりません

民主国家では、デモで政治が動くことがあってはなりません

朝日新聞:元SEALDs「韓国では国民が政治を動かした」
http://www.asahi.com/articles/ASK3B6D3YK3BUTIL04L.html

韓国の憲法裁判所が10日、朴槿恵(パククネ)大統領(65)の罷免(ひめん)を宣告した。安全保障関連法への抗議活動を続けてきた学生団体「SEALDs(シールズ)」の元メンバーで、韓国で大統領辞任を求める集会にも参加した玉川大4年の矢部真太さん(24)は、衝撃を受けた。

午前11時過ぎ。矢部さんは都内の自宅でテレビの速報を見て罷免を知った。「韓国では国民が政治を動かした」。そう思うと、鳥肌が立った。

韓国で朴氏への批判が高まっていた昨年11月、矢部さんはソウル中心部で約150万人(主催者発表)が集まった抗議集会に参加した。老若男女が集う会場を歩き回って感じたのは、憧れと悔しさ。「こんなに人が集まるなんて。隣の国なのに、なんでこんなに差があるんだろう」

デモとは「示威行為」、示威、自分たちの実力を見せることだ。一歩間違うと脅迫・脅しになってしまいかねない。

民主国家にとって、政治が暴力で動くことがあってはならないことには、多くの人間が賛成するだろう。そして、デモは示威行為であり暴力を内包している。デモで人々に訴えかけ、人々の投票行動で政治が動くのであれば良いが、デモが直接的に政治を動かしてしまうと暴力を容認したことになりかねない。さらに言えば、デモできる人々が特権階級になってしまいかねない(デモ出来る余裕のある人々の要求を優先≒貧乏人を切り捨て、政治中枢に物理的に近い距離にいる人々の意見を採用≒地方の意見の軽視)。

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民主主義とは、言葉で戦い、数の暴力で決着をつけること、直接的な暴力を封印することでもある。

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でも、「鳥肌が立った」っていう感覚はなんとなくわかる。人間集団が動き、目的を達成する。これは根本的な情動を刺激する。例えて言うなら、祭りの興奮、スポーツでの試合での勝利、軍隊の行進や戦争での勝利に似ている。

これもまた人間の本能だろう。

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ご無事なご帰還を

ご無事なご帰還を

時事通信:陸自隊員家族ら「無事帰国を」=南スーダンPKO撤収決定に
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017031001418&g=soc

南スーダン国連平和維持活動(PKO)に派遣した陸上自衛隊施設部隊の5月末をめどとする撤収が決まったことについて、派遣された隊員の家族らからは、「無事に任務を終えて帰ってきて」などの声が聞かれた。

青森県で農業を営む男性(75)は、次男(42)が妻と娘2人を残して現地に派遣されている。「最初は何か危ないことがあって急きょ帰国するのかと思った。任務に区切りが付いたと聞き安心した」とほっとした様子。

私は自衛隊員の家族ではありませんが、ご無事なご帰還を願っています。

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このような記事(PKO部隊などの出発や帰還)のときに、家族は無事な帰還を願っていることが報道されます。ですが、無事な帰還を願っているのは家族だけではありません。少なくとも、ここにひとり、自衛隊員の家族ではない人間が無事な帰還を願っています。

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家族ではない人間のなかにも、無事な帰還を祈っている人間もいる。マスコミではほとんど報道されませんが、そのことを書きたくて、この記事をアップします。

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マスコミが報道しないのは、国民と自衛隊の距離感を縮めたくないと言うよりは、家族を取材して、家族は無事を祈っているというセオリーどうりの仕事をしているのだろうと思っています。

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2017年3月10日 (金)

原発は人間の手に余る?

原発は人間の手に余る?

毎日新聞 社説:大震災から6年 福島の声をどう聴くか
http://mainichi.jp/articles/20170310/ddm/005/070/047000c

震災前202万人だった福島県の人口は190万人を割り込んだ。県内外に今も8万人近くが避難し、避難先は全都道府県にわたる。原子力災害の悲惨さは、6年の歳月を経てなお目の前に立ちはだかる。

この1年で最も被害の奥深さを気付かせられたのが、原発事故後に家族とともに避難した子供に対するいじめの問題だ。



福島からの避難者の相談に乗る弁護士によると、差別や嫌がらせを避けるため、福島から来たことを悟られないようにひっそりと生活する人は今も多いという。

原子力災害により、古里を追われたうえに、いわれのない差別やいじめといった二重の被害を受ける。それは理不尽というほかない。

漏洩した放射能での死者はもちろん健康被害もゼロ(少なくとも計測不能に近い)のに、「バイ菌」などと言う人間がいる。

人間はくだらない理由で差別する。さまざまな物語に使われたり政治宣伝の対象にされてきた原発や放射能は恰好の材料となるだろう。

健康被害はゼロなのに。

  *        *        *

人間には限界がある。例えば、多文化共生は一部の意識の高い人達には可能かもしれないけれど、多くの一般人には軋轢と衝突・ヘイトスピーチの原因となる。人間が群れで生きる動物である以上、自分の群れとよその群れの区別は本能であり、綺麗事やタテマエを並べたところで、どうにもならない。

人間の限界を越えた(あるいは本能を無視した)ことは、政治運動であれ社会活動であれ、いつかは破綻する(現在の右傾化、トランプ現象はその始まりなのだろう)。

  *        *        *

漏洩した放射能での死者はもちろん健康被害もゼロ、なのに被害の不安や無理解で避難し、避難先の人々も同じように不安や無理解で差別やイジメをしてしまう。これも人間の限界なのかもしれない。

原発は、事故が起きても実際の死者や健康被害の程度は知れている。しかし、人間に与える恐怖は大きなものがある。

原発事故が起きたときの風評被害や避難ストレスやイジメによる被害は大きなものになる。そして、風評被害や避難ストレスやイジメによる被害を止める方法を私たちは知っているとは思えない。その意味において、原発は人間の手に余るのかもしれない。

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もっとも、なんどもなんども事故が起きたら慣れるかもしれないけれど(でも、大きな原発事故は10年に一度も起きないだろから「慣れる」のは当分無理だろう)。

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2017年3月 8日 (水)

で、健康被害は?

で、健康被害は?

朝日新聞:韓国の原発銀座で惨事なら 「西日本の大半避難」の推定
http://www.asahi.com/articles/ASK36451LK36PLZU002.html?iref=comtop_8_03

原発の重大事故で、西日本の大半が避難を余儀なくされる――。そんな計算結果が、ひそかに関心を集めている。日本の原発が舞台ではない。海を挟んだ隣国、韓国での原発事故を想定した話だ。

健康被害の予測はあるのでしょうか?

「西日本の大半が避難を余儀なくされる」とありますが、もし、避難しなかったら何人程度の死者や健康被害が出るのでしょうか。死者ゼロ・健康被害ゼロでも避難するというのであれば、それは科学ではなく迷信や宗教の類です。

引用した記事には(無料で読める部分には)、避難しなければならないとはありますが、死者数や健康被害については記述がありません。

いのちが大切であるならば、予想される死者数や健康被害についても述べるべきではないでしょうか。

  *       *       *

大きな災害については、津波とか大地震などについては死者数も予想され発表されています。そして、こんなに死者が出るかもしれないのだから、対策をしよう!と呼びかけが行われます。

対して、原発事故については、死者数や健康被害についての予想を見たことがありません。これでは、反原発運動が低調になるのも当然です。

付け加えるならば、福島原発事故では、漏洩した放射能では死者も健康被害も出ていません。死者や健康被害が出ているのは、風評被害や非難ストレスでです。で、あるならば、「非難しない」というもの選択肢となります。

  *       *       *

原発事故のでの死者数や健康被害の予想がされない(発表されない)のは、死者数が少なすぎて反原発運動に差し障りがあるから?と思ってしまう私は性格が悪いのだろうか。

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2017年3月 7日 (火)

自白?

自白?

沖縄タイムス 社説:[「共謀罪」と米軍基地]抗議行動に適用の恐れ
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/87179

「共謀罪」と同じ趣旨の「組織犯罪処罰法改正案」が、米軍基地周辺で抗議行動をする人たちに適用されかねないことがわかった。改正案が対象とする277の犯罪のうち、米軍基地を保護するための刑事特別法で(1)軍用物などの損壊(2)米軍事裁判所での虚偽証言-など二つの罪が適用対象に含まれているからだ。

え~と、これはつまり、米軍基地周辺で抗議行動している人達が、「軍用物などの損壊」をしたり「米軍事裁判所での虚偽証言」をしてるってことでよろしいんでしょうか?

  *        *       *

沖縄の抗議活動については、いろいろ言われていて、政治的立場からの発言かそれとも事実の指摘なのか判断が難しいのですが、反米・反基地の立場が明確な沖縄タイムスが社説で、犯罪であるとの認識があると判るようなことを書いてくれるのは良い判断材料になります。

  *        *       *

「軍用物などの損壊」や「米軍事裁判所での虚偽証言」は犯罪であり取り締まるべきであることは明確です。共謀罪の問題は、どこまでを罰するべきかということだと思います。抗議活動に参加してる人間が全て犯罪に関わっているわけではないでしょうから、そのへんの線引きは難しいでしょう。

逆に言えば線引きさえ納得できれば、私は共謀罪に問題を感じません。

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2017年3月 6日 (月)

判らないから考えるな?

判らないから考えるな?

毎日新聞 社説:敵基地攻撃能力 専守防衛を超える恐れ
http://mainichi.jp/articles/20170306/ddm/005/070/005000c

敵基地攻撃をするためには、まず敵基地の場所を正確に把握し、次に敵の防空用レーダーの機能をつぶし、そのうえで敵基地をたたくわけで、それぞれに装備が必要だ。

専守防衛の武器の体系を抜本的に変える必要が出てくるだろう。

防衛費は大幅に増え、逆に安全保障環境を悪化させかねない。

そもそも、移動式発射台や潜水艦から撃たれるミサイルの発射場所をどう把握し、正確にたたくことができるのか。実効性や費用対効果への疑問も尽きない。

課題はあまりに多いのに、軍事的な対抗策に議論が偏り過ぎていないだろうか。そんな状況で首相が前のめりに検討する姿勢を示していることに懸念を覚える。

安倍さんの姿勢に対して「前のめり」かどうかは、私には判らない。けれども、課題が多く、未知の部分も多いのであるならば、調査や検討をしてみるべきではないかと言うことはできる。

  *        *        *

安倍政権が「検討」することは、直ちに「実施」なのだろうか。そう判断しているのであれば、それこそが政権批判に「前のめり」だ。

  *        *        *

引用した毎日新聞の社説は「判らないから考えない。不都合なことは考えない」と思考停止しているように思える。

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2017年3月 5日 (日)

科学技術の進歩は?

科学技術の進歩は?

東洋経済:「グローバル化が失業をもたらした」は大嘘だ ポピュリストの主張には耳を貸すべからず
http://toyokeizai.net/articles/-/160217

筆者はグローバル化にはメリットがあると確信している。グローバル化によって地域、国、人々の距離が縮まったことは、この時代の最良の出来事だと考えている。

だが現在、一人のポピュリストが保護主義を掲げて米大統領の座に就いている。ほかの多くの国でもグローバル化推進論者が「敗者」とされ、ポピュリスト台頭を招いている。

東洋経済:「グローバル化が失業をもたらした」は大嘘だ ポピュリストの主張には耳を貸すべからず
http://toyokeizai.net/articles/-/160217?page=2

世界中の人々の大半にとって、グローバル化以前の人生は貧しく過酷で、短かった。それなのに、現在の反グローバル主義者は古い時代を懐かしみ、米国やロシアやイスラム社会を「再び偉大」にしたいと考えている。



れわれは、わずか数十年前には夢にすぎなかった繁栄を多くの人にもたらしたプロセスに、全面的な自信を持たなければならない。

数十年前よりも良い暮らしをしていることは事実で、その数十年がグローバル化が進んだ数十年であることも事実。でも、同時に、科学技術が進歩した数十年でもある。

良い暮らしをもたらしたのグローバル化だろうか科学技術だろうか。

  *        *        *

数十年前よりも良い暮らしをしているからといって、グローバル化がそれをもたらしたとは限らないし、程度問題という可能性もある。何事も中庸というか腹八分目であることが大事なのだ。

  *        *        *

私には、そこそこのグローバル化が良いのではと思える。現状よりも、やや関税や貿易障壁があるぐらいが最適なのではないだろうか。

いま以上のグローバル化は、庶民に与える(異文化という)ストレスが大きすぎる。

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グローバル化礼賛には、一国主義と同じような偏狭さを感じる。どちらも、一種類の価値観(グローバル化にせよ、特定の文化であるにせよ)しか認めていないところが似ている。

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2017年3月 4日 (土)

小物臭

小物臭

日本経済新聞:中国、韓国旅行の自制呼びかけ THAAD巡り対抗
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM03H9H_T00C17A3FF8000/

中国国家旅遊局は3日、中国人の韓国旅行に関し「旅行のリスクを認識し、目的地を慎重に選ぶように」と自制を呼びかける談話を発表した。韓国が地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備を受け入れたことへの対抗措置とみられる。業界関係者によると、同局は同日、旅行会社に韓国旅行の取り扱いを中止するよう通達した。

なんか気に入らないことがあるとチマチマ嫌がらせ、そしてそれが報道される、小物臭たっぷり。長い歴史をもつ中国らしくないというか、なんだかなぁ。イメージ壊れる。

なんだか中国が、せこい小物になっていくように思える。

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2017年3月 3日 (金)

知的障害者支援

知的障害者支援

NHK 視点・論点:「障害者差別解消法を考える」(視点・論点)
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/264233.html

障害者差別解消法が昨年の4月1日に施行されました。その約4か月後の昨年7月26日に津久井やまゆり園の障害者殺傷事件が発生いたしました。犯人の元職員は、鑑定留置の結果、刑事責任能力が認められて2月24日に起訴されています。この事件は特異な事件との見方もされがちですが、障害者差別を考える上で本質的な問題もはらんでいます。いま何を議論すべきなのか、少しお話をしたいと思います。



なにが足りないのか、それは障害者の問題が孤立化していることへの認識です。その背後には、障害者以外の方々の障害者に対する理解があります。

多くの人々は、障害者は、障害ゆえに能力のない人だ、自分でものごとを判断できない人だ、だからとても困っておられる、そう理解しているのではないでしょうか。そう理解した場合、支援の基本は代行決定になります。障害者は「保護の客体」となってしまいます。そうした支援を管理型権利擁護と呼ぶとして、いまの施設は多くがこのタイプの考えのもとに建物も運営方針も設計されているように思います。しかし、やまゆり園の関係者もそうだと思いますが、障害者の方と接する多くの人々は、障害者にもなんらかの能力があり、その人なりの判断があることを実感します。

あらゆるすべての個人は、障害者も含めて「人生の主体」であり人権を持っていることは間違いないが、障害者は「能力のない人」だと私は思う。

能力的に問題がないなら、十分に能力があるなら、援助の必要はないのだから。

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本人の判断を尊重するのは結構なことだ。しかし、その本人に判断能力が無かったらどうなるだろうか。

本人にまかせて、結果責任もとらせるというのも、ひとつの問題解決の方法かもしれないが。例えば、知的障害者本人に自由にさせる。その結果も本人にとってもらう。収入も健康状態も法的責任も。

相模原の事件で被害者となったような方々(言葉を喋れないレベルの知的障害者)は何日生きていられるだろうか。

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元職員の独断的偏見は、管理型権利擁護の支援が行われている環境の中で育まれた可能性があり、これを自立型権利擁護の支援へ転換していくことが重要だと思うのです。そうすれば、たとえ今回の元職員のような特異な傾向をもった人物が、そこで働いたとしても「障害者は生きる価値がない」などという極端な独断を持つには至らないのではないかと思うのです。つまり、我々国民全体が障害者の問題を孤立化させ、社会から隔離された管理型施設を生み出しているところに、やまゆりの事件が突きつける根本的な差別が存在しているように思うのです。差別をしているのは元職員だけではないのです。われわれ全員がその差別に加担しているとも言えるのではないか。そう認識したからこそ、神奈川では建物の建て直しへの反対運動が起きているのです。障害者差別の解消といっても、この根本的な差別に向き合わないと、議論が国民的な議論になることはないように思っています。

障害者支援をすることに異論はない。自立が望ましいことにも賛成する。しかし、自立権利擁護とやまゆり園のような大型施設とどちらがコストがかからないのだろうか。

コストの問題じゃない、という意見もあるだろうが、無限のコストを使うことはできない。コスト無視の政策は(福祉政策も含めて)必ず破綻する。コストの問題を無視してはならない。

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引用元の記事からはコスト意識を感じなかった。もしかしたら自立型権利擁護の支援も管理型と同じくらいのコストで出来るのかもしれないが、そうであるなら、そのことをアピールするべきだ。

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2017年3月 2日 (木)

非対称な自由

非対称な自由

朝日新聞:「保護なめんな」着たまま受給者訪問41人 小田原市
http://www.asahi.com/articles/ASK2X3V9NK2XULOB024.html

小田原市の生活保護担当職員が「保護なめんな」などとプリントしたジャンパーを着ていた問題で、保護行政を見直す第1回検討会が28日、同市役所で開かれた。生活保護受給者宅に、ジャンパー類を着たまま訪問した職員が10年間で41人いたことが判明した。有識者と担当部課長が検証し、改善策を議論する。

もらった生活保護費は自由に使えて(ギャンブルにも)、生活保護を担当する行政の人間には服装(表現)の自由が許されないのは、何故なのだろうか。

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2017年3月 1日 (水)

絶対の安全はない

絶対の安全はない

中日新聞 社説:原発再稼働 責任と倫理はどこに
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017030102000117.html

関西電力大飯原発3、4号機が規制基準に「適合」と判断された。そして電力事業者は、当然のように再稼働へと走りだす。誰も「安全」とは言えないものを、なぜ、動かすことができるのか。

たしかに検査に適合した原発といえども「そこそ安全」であって「絶対に安全」と言うことは出来ない。しかし、世の中、絶対に安全なものなどあるのだろうか。

普通に道を歩くだけだって、お風呂に入るだけだって事故で死ぬ可能性はある。絶対に安全なんて言えない。

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原発だけ特別扱いする理由が私には判らない。原発事故で死ぬのは悲惨で、そうじゃない死は悲惨ではない、なんて事は言えないのだから。すべての命と死は平等なのだから。

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そして、福島原発事故で忘れてはならないことは、漏洩した放射能では死者も健康被害も出ていないことだ。漏洩した放射能では死者ゼロなのだ。

原発事故直後の恐怖と実際にあった被害、このギャップを忘れてはならない。

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ところで、地域が受けた放射能汚染に対しての除染や立入禁止地域の判断は合理的なのだろうか。私には「止まらない(止められない)公共事業」のように見えるのだが。

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