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2017年3月20日 (月)

核兵器廃絶は当面無理

核兵器廃絶は当面無理

信濃毎日新聞 社説:あすへのとびら 禁止条約への道 核軍縮に新たなページを
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20170319/KT170316ETI090003000.php

核廃絶の潮流を確かなものにするチャンスである。腰を据えて議論し、核軍縮の新たなページを開きたい。

核兵器を非合法化する初の条約制定に向けた交渉が、ニューヨークの国連本部で今月27〜31日と6月15日〜7月7日に行われる。

国際司法裁判所が核兵器の使用は国際人道法に「一般的に反する」との勧告的意見を出したのは1996年。それから21年たって、禁止に向けた取り組みがようやく本格的に始まる。



しかし、核抑止力を重視する国々は被爆者の願いに背を向け続けている。オバマ氏の政策を否定するトランプ米大統領は核戦力を拡大する意欲を表明した。

ロシアや中国といった核保有国も同様だ。NPTの枠外でも核保有国が幾つか存在する。中でも北朝鮮は体制維持のためにやみくもに開発を進める。



米ロなどの核大国が立ちはだかる。市民の核廃絶への思いや行動が各国政府を動かし、条約制定の推進力となるだろうか。今度の交渉はその試金石となる。

北朝鮮をなんとかしないと、条約を守った国が損して(下手すれば滅んで)守らない(参加しない)国が得をすることになりかねない。核兵器というとアメリカやロシアが話題になるけど、北朝鮮を忘れてはならない。

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北朝鮮に核兵器を放棄させることが出来なければ、核廃絶なんてお題目にしかならない。

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そしてもうひとつ、核兵器がなくなれば、平和になるのではなく、逆に大国間の小競り合いが頻発するようになるだろう。核兵器がなくなれば、大国の指導者が(あるいは上流階級の人々が)自分自身の生命や財産が攻撃される可能性が、ぐっと減るのだから。

昔の戦争は、死ぬのは下っ端から、前線の人間からだった。飛行機による爆撃が行われるようになって、後方の市民も攻撃されるようになった。しかし、上流階級の人間が危険にさらされることは少ないままだった。しかし、核兵器は全てを変えた。

上流階級の人間だって、下っ端の人間と同じように攻撃されるようになった。

核兵器がなくなれば、昔のように、「死ぬのは下っ端から、前線の人間から」に戻るだろう。戦争を決断する人々が「戦争がエスカレートしても、自分は安全」と思ったら、戦争へのハードルは低くなる。

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また、核兵器がなくなればアメリカは戦争をやりやすくなる。通常兵器の性能では、中国やロシアをアメリカは凌駕しているのだから。

特に中国は、核兵器抜きでアメリカには対向しえない。核廃絶を本気のところで望んでいないのは、中国ではないだろうか。

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核廃絶に反対はしないが、実現可能性は低いだろう。条約は核保有国抜きでなら成立するかもしれない。その場合は、政治宣伝用の言葉が増えることになるだけだ。

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