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2017年3月10日 (金)

原発は人間の手に余る?

原発は人間の手に余る?

毎日新聞 社説:大震災から6年 福島の声をどう聴くか
http://mainichi.jp/articles/20170310/ddm/005/070/047000c

震災前202万人だった福島県の人口は190万人を割り込んだ。県内外に今も8万人近くが避難し、避難先は全都道府県にわたる。原子力災害の悲惨さは、6年の歳月を経てなお目の前に立ちはだかる。

この1年で最も被害の奥深さを気付かせられたのが、原発事故後に家族とともに避難した子供に対するいじめの問題だ。



福島からの避難者の相談に乗る弁護士によると、差別や嫌がらせを避けるため、福島から来たことを悟られないようにひっそりと生活する人は今も多いという。

原子力災害により、古里を追われたうえに、いわれのない差別やいじめといった二重の被害を受ける。それは理不尽というほかない。

漏洩した放射能での死者はもちろん健康被害もゼロ(少なくとも計測不能に近い)のに、「バイ菌」などと言う人間がいる。

人間はくだらない理由で差別する。さまざまな物語に使われたり政治宣伝の対象にされてきた原発や放射能は恰好の材料となるだろう。

健康被害はゼロなのに。

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人間には限界がある。例えば、多文化共生は一部の意識の高い人達には可能かもしれないけれど、多くの一般人には軋轢と衝突・ヘイトスピーチの原因となる。人間が群れで生きる動物である以上、自分の群れとよその群れの区別は本能であり、綺麗事やタテマエを並べたところで、どうにもならない。

人間の限界を越えた(あるいは本能を無視した)ことは、政治運動であれ社会活動であれ、いつかは破綻する(現在の右傾化、トランプ現象はその始まりなのだろう)。

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漏洩した放射能での死者はもちろん健康被害もゼロ、なのに被害の不安や無理解で避難し、避難先の人々も同じように不安や無理解で差別やイジメをしてしまう。これも人間の限界なのかもしれない。

原発は、事故が起きても実際の死者や健康被害の程度は知れている。しかし、人間に与える恐怖は大きなものがある。

原発事故が起きたときの風評被害や避難ストレスやイジメによる被害は大きなものになる。そして、風評被害や避難ストレスやイジメによる被害を止める方法を私たちは知っているとは思えない。その意味において、原発は人間の手に余るのかもしれない。

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もっとも、なんどもなんども事故が起きたら慣れるかもしれないけれど(でも、大きな原発事故は10年に一度も起きないだろから「慣れる」のは当分無理だろう)。

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