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2017年4月26日 (水)

違憲ですが何か?

違憲ですが何か?

しんぶん赤旗:米空母との共同訓練は違憲 宮本徹氏 対北、外交努力こそ 衆院決算監視委
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-04-25/2017042501_04_1.html?_tptb=032

日本共産党の宮本徹議員は24日の衆院決算行政監視委員会で、米トランプ政権が北朝鮮への軍事攻撃をちらつかせるもとで、海上自衛隊の護衛艦と米原子力空母カール・ビンソンが23日から西太平洋を北上しながら共同巡航訓練をしていることについて、「武力による威嚇」を禁じた憲法の平和原則に反すると批判しました。



宮本氏は、憲法9条が武力の行使とともに威嚇も放棄していることを指摘し、「米軍との共同訓練は自衛隊も一緒になって北朝鮮に軍事的圧力をかけていることに他ならない」と強調。訓練内容が国民にも国会にも明らかにされないことについて、「シビリアンコントロール(文民統制)から照らしても極めて問題だ」と述べ、米軍による先制攻撃の危険を厳しく批判するとともに、外交努力による解決を求めました。

共産党は、そもそも自衛隊の存在自体をどう考えているのだろうか。そもそも自衛隊が違憲ではないと解釈出来るのであれば、自衛隊が共同訓練することぐらいたいした問題ではないだろう。

  *        *      *

「憲法9条が武力の行使とともに威嚇も放棄していることを指摘し、『米軍との共同訓練は自衛隊も一緒になって北朝鮮に軍事的圧力をかけていることに他ならない』と強調。」

確かに北朝鮮に対する軍事的圧力の一部であり「威嚇」と判断されてもしかたないだろう。それを「違憲」だと言うことも出来る。

しかし、自衛隊と憲法九条の共存の前には、「何か問題が?」と言いたくなってしまう。

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自己決定権

自己決定権

沖縄タイムス 社説:社説[県民意識調査]揺るがない辺野古反対
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/94731

同様の手法で行った15年6月の調査では新基地「反対」が66%、「賛成」が18%。同年4月には「反対」63%、「賛成」22%だった。

新基地を争点にした主要選挙も流れを一にする。

名護市長選、衆院選、参院選と新基地に反対する候補者が完全勝利したからだ。

民意の背景にあるのは、沖縄に米軍基地が過度に集中している現状への差別感、沖縄のことは沖縄が決めるといった自己決定権要求の高まり-などである。

政府は既成事実を積み上げれば、「あきらめ感」が広がると考えているかもしれないが、新基地に反対する声は後戻りすることはない。

自己決定権は尊重されるべきものだけれど、社会においては無制限に認められるものでもないのだ。そして責任と権利は比例する。軍事においては国が責任を負う。地方自治体の責任は小さい、ゆえに自己決定権も小さいのだ。

  *        *       *

人間は群れで生活する生き物だ。群れである以上、自分の意志を全て主張することなんて出来ない。我慢しなければならない時もある。

それだけのことだ。どうしても我慢できないことであるならば、群れを飛び出すしかない。

  *        *       *

群れから飛び出して一人になってしまえば全てを自分で決めることが出来る。しかし、何があっても自分で対応しなければならない。

  *        *       *

軍事はどこまでいっても国家の専権事項だ。地方自治体の自己決定権は制限される。それが嫌なら独立するしかない。そして独立したら他国に侵略されても自分でなんとかしなければならない。

沖縄は侵略された歴史を持つ。彼等が歴史に学んでいれば良いのだけれど(沖縄を侵略した者達が、再び侵略してこないと言えるのだろうか)。

  *        *       *

人間は群れで生活する生き物で、群れである以上、自己決定権も制限される事がある。それだけのことだ。

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2017年4月25日 (火)

一票の格差と地方切り捨て

一票の格差と地方切り捨て

新潟日報 社説:衆院区割り勧告 地方捨てない抜本改革を
http://www.niigata-nippo.co.jp/opinion/editorial/20170424320095.html

今回も衆院の区割り改定案で地方の定数が削減されそうだ。1票の格差是正と地方の声を国政に反映させる。その両立が必要だ。地方切り捨てにならない抜本改革を求めたい。



小選挙区で定数を1ずつ減らされるのは青森、岩手、三重、奈良、熊本、鹿児島の6県で、いずれも人口減が進む地方ばかりだ。



今回の改定案には本県は含まれていない。とはいえ地方の人口減、首都圏への集中は止まらない。全体の定数を増やさず格差是正をする限り、本県を含む地方の定数減は避けられない。

民主主義とは、直接的な暴力を数の暴力に置き換えたものだ。物理的に戦う代わりに言葉で戦い、数を獲得したほうが勝利する。

都市部に多くの人間がいて、地方には少ない数の人間しかいない。この状況で一票の格差を是正したら都市部の議席が増えて地方の議席が減る。地方の声が国会に届かなくなる。

地方切り捨てだ。

  *       *       *

「1票の格差是正と地方の声を国政に反映させる。その両立が必要だ」

本質的に無理な願いだ。

一票の格差是正と地方切り捨ては、どんなに制度をいじったところで変えられない。目立たなくすることや誤魔化すことはできる(例えば、全国を一つの選挙区にしてしまうとか)が、なくすことは出来ない。

それは、数の暴力という民主主義の本質なのだから。

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2017年4月24日 (月)

フェイクニュースと取材源の秘匿

フェイクニュースと取材源の秘匿

産経新聞:内閣府、朝日記事を否定 ホームページの「朝鮮人虐殺」削除報道、抗議も検討
http://www.sankei.com/politics/news/170420/plt1704200003-n2.html

しかし、内閣府によると、18日夕に朝日新聞記者からの電話取材に対応した担当者は「HPの刷新中で、今は報告書を見ることができない」として、削除していないことを伝えた。

内閣府は苦情が寄せられている事実もなく「報告書の掲載をやめることの検討もしていない」としている。

朝日新聞は19日、産経新聞の取材に対し「記事は、内閣府の担当者への取材に基づいて執筆したものです。詳細な取材経過や相手方の発言などについては、回答を差し控えさせていただきます」と回答した。

朝日新聞は検証の為の情報を提示していない。誰にどんな質問をしてどんな答えがあったかを明確にすることで事実関係があきらかになるのだけれど。

しかし、ジャーナリズムには「取材源の秘匿」という権利と義務がある。取材される側を保護しなければ、取材される側が萎縮してしまうからだ。

取材源の秘匿の利点は判る。しかし、引用した記事のようなことがあったとき、私達は「ソースは秘密だけれど」と言われて判断することになる。朝日新聞と内閣府のどちらを信じるかという問題になる。

  *        *       *

引用した記事のケースでは、朝日新聞は苦情を寄せた人間を探し出してきて証言してらえば、内閣府の主張を崩すことができる。1人や2人では、偽証かもしれないけれど、内閣府が動くほどのことなのだから大勢であるに違いない。多数が証言したら真実となる、わけではないが信用度は上がる。

朝日新聞は抗議した人間を探し出せば良い。そうしれば内閣府の取材源を保護したまま記事の信用性を上げることができる。

  *        *       *

私は、そういったことをしていない朝日新聞に何かのミスがあったのではないかと判断している。

しかし、仮に朝日新聞にミスがあったとしても、朝日新聞は「取材源の秘匿」を盾に隠蔽することができる。

  *        *       *

情報源の秘匿は、悪用可能で、場合によっては報道機関を腐敗させる。一歩間違えると、一流の報道機関がフェイクニュースをまき散らす扇動機関になってしまう。

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2017年4月23日 (日)

クレームに対する反応

クレームに対する反応

朝日新聞:反原発の街頭アピール、福井県が自粛要請 実行側は反発
http://www.asahi.com/articles/ASK4P5QNZK4PPGJB00K.html

福井市の福井県庁前の交差点でアピール活動をしている反原発の市民団体に対し、県が活動を自粛するよう文書で要請し、市民団体のメンバー4人が21日に県庁を訪れて抗議した。

県と団体によると、市民団体は5年ほど前から、県公安委員会の許可を得て、平日昼に拡声機などを使い、県庁前の歩道で反原発などを訴えるアピール活動をしてきた。庁舎管理担当の県財産活用推進課長らは3月31日、活動後のメンバーに文書を手渡した。

文書では「活動の音量が大きくて不快」「横断幕やのぼりは美観上好ましくない」「通行の妨げ」といった苦情が寄せられているとし、活動を控えるよう要請した。団体側は「警察から許可を得ているのにおかしい」と抗議。メンバーの一人は「市民活動の自由を制限する内容。行政としておかしい」と話した。

強い立場からのクレーム、クレームの為のクレームはその限りではないが、弱い立場からのクレームには感謝しなければならない。自分の欠点を指摘してくれているのだから。

  *        *       *

自分は職場では上司に対してよりも新人やバイトさんに対して「話しやすい雰囲気づくり」に気を遣う。上司は威張っていていつでも好きな事を言うのに対して、新人やバイトさんは言いたいことを言えずにためこんでしまう。言いたいことを言ってもらわないと問題解決につながらない。

従うのは上司の言葉だったりするけど、情報を得る現状を正しく認識するには弱い立場の人間の言葉は欠かせない。

  *        *       *

行政と抗議する市民団体、どちらが強くどちらが弱いか。独裁国家ならともかく民主社会では、力関係は一定しない。時としては市民団体の方が強かったりする。

  *        *       *

市民から苦情があったら、それを行政としては該当の団体に伝えない訳にはいかない。行政が市民からの苦情を握りつぶすことは望ましくないのだから。

  *        *       *

反原発の市民団体も苦情の内容から活動内容を改善できるなら、win-winの関係が築けるだろうけれど、そうはならないだろう。

「市民団体のメンバー4人が21日に県庁を訪れて抗議した」

まぁ、クレームに反発するのは自然な事だし、行政に抗議するのも政治活動だし自分達の内部へ向かってのアピールだったりするし、予想できる反応だけれどより多くの市民の賛成を得られる方法ではないんじゃなうだろうか。

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2017年4月22日 (土)

「安倍1強」である責任は

「安倍1強」である責任は

朝日新聞:不倫・金銭・長靴…自民当選2回生、続く不祥事 背景は
http://www.asahi.com/articles/ASK4P6RPBK4PUTIL058.html?iref=comtop_8_01

自民党の当選2回の衆院議員に不祥事が相次いでいる。中川俊直衆院議員(46)=広島4区=が21日、不倫報道で自民党を離党した。不倫、場をわきまえない行動、金銭問題――。自民党が圧勝した選挙で連続当選し、有権者の目に対する意識が希薄になっていることや、「安倍1強」政権にあぐらをかいた緊張感の欠如を指摘する声がある。

自民党政権に「緩み」があると私も思う、それが「安倍1強」というか自民党1強であるからだという意見にも賛成する。

では、「安倍1強」あるいは「自民党1強」である責任や原因は誰にあるのだろうか、誰がどうすれば良いのだろうか。

  *        *       *

自民党が強いこと(民主主義においては多数の支持を得ていること)をもって、自民党を非難することは出来ません。強者を強者であること、頑張って良い成績を出した人間を良い成績をだしたからと怒るなんてことは出来ません。

国民を非難することも出来ません。国民に、ある政党を選択したからと怒ったりしたら、それは自由社会でも民主社会でもなくなってしまいますから。

  *        *       *

プロ野球だったら、ドラフト制度で戦力の平均化を図ったりできますし、サッカーだったらJ1・J2とレベル別けされていて、チームの力の差が開きすぎないようになっています。

しかし、政治ではそんなことは出来ません。

結局のところ、自民党に対して野党が弱すぎるのです。

共産党は非現実的すぎて、コアな支持者以外には広がりにくい。社民党は消えゆく寸前、民進党は「政党なのでしょうか?」と聞きたくなるほどバラバラ。

これでは自民党に代わり得る政党がありません。自分に代わり得る政党が無いから自民党は緩んでしまう。

しかし、これは自民党の責任というより、野党の責任であると私は思います。悪いのは自民党ではなく野党。非難されるべきは野党です。

  *        *       *

まぁ、地位が安泰な状況で、リラックスして仕事が出来るのも悪いことではありませんが。

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2017年4月21日 (金)

命の終わりの社会化を

命の終わりの社会化を

中日新聞 社説:利用者負担上げ 「介護の社会化」は遠く
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017042102000107.html

一定所得以上の利用者負担引き上げを盛り込んだ介護保険法の改正案が衆院を通過し、今国会で成立する見通しになった。矢継ぎ早の給付カットに「保険あってサービスなし」の事態が懸念される。

食卓の上には「もう限界です」との走り書きがあった。東京都八王子市で先月、認知症の妻(81)を殺害し、無理心中を図ったとして、夫(84)が殺人の疑いで逮捕された。睡眠薬を飲んで自殺を図った夫は「介護に疲れ、精神的に追い込まれた」と供述している。介護サービスは利用していたという。



介護を社会全体で担う「介護の社会化」という制度創設時の理念から遠ざかっている。

どんなにお金を頑張ってもこのような悲劇は無くならないだろう。どんなに頑張っても命には終わりがある。それを伸ばそうと頑張っても限界はある。そして、そのギリギリの時間の生活の質を高めようとすれば、とんでもなくお金がかかる。

いつか限界にぶつかる。そして、そのお金は誰が支払うのか。税金や保険料で徴収して、現役世代の生活や子育てを圧迫するのか。

  *        *       *

「介護を社会全体で担う『介護の社会化』という制度創設時の理念から遠ざかっている」

介護は死という形で終わりを迎える。介護の社会化というならば、介護のの終わりである「死」、どうなったら(どういう状況になったら)死を受け入れるのかも社会化しなければならない。それが出来ていないから「介護の社会化」も出来ないのだ。

  *        *       *

どのような形で死を向かえるのか、どういう状態になったら生を諦めるのか、こういったことを「社会化」する、つまり共通の基準や常識を作らなければならない。それが、引用した記事のような悲劇をなくす現実的な道だろう。

しかし、こういう議論をしようとすると、特に政治の世界で議論を始めると(介護保険のような制度を含めてなのだから政治の世界で議論は必須)、命の選別だとか、老人は死ねと言うのかとか、姨捨山を作るのかなどと反発が噴出するだろう。だから政治家たちは話したがらない。

悪い話はしたくないものだ。

その結果の皺寄せが、弱者(社会に「もういいよ」と言ってもらわないと終えられない人間)に現れるのだ。

  *        *       *

命の終わりの社会化が必要だ。

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2017年4月20日 (木)

スクリーニングは当然ですが?

スクリーニングは当然ですが?

朝鮮日報 社説:「韓国の避難民選別する」という安倍首相の稚拙な言動
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2017/04/18/2017041800512.html

安倍首相は昨日(17日)、衆議院で、韓半島(朝鮮半島)有事の際に日本に避難民が流入した場合の対策について質問を受け、「我が国が庇護(ひご)すべきものに当たるか否かのスクリーニング(選別)といった一連の対応を想定している」と答えた。韓半島の緊張をあおるような質問も答弁もレベルの低い稚拙な言動といわざるを得ない。



韓国の国会で「日本で大地震が発生して韓国に難民が流入した場合」の対策を聞く質問が出て、韓国の公職者が「スクリーニングする」と答弁する光景を想像してみてほしい。今、一部の日本人の間に反韓感情が広がっているとはいえ、公職者たちがまるで隣国の不幸を願い、楽しむような言動でこれに迎合しようというなら、両国関係の正常化はますます遠ざかるしかない。

いや、国家の役割が国民を守ることである以上、外部からの人間を選別すること、入ってきて良いか悪いかを判断するは当然の義務です。つまり、スクリーニングは当然なのです。

朝鮮半島で戦争が起きて難民が発生したらならば、そしてそれが日本に来たならば、日本政府としては受け入れるかどうかを判断するのは義務です。

  *         *       *

朝鮮日報の社説は、スクリーニングしないで無制限・無条件に受け入れろと要求しているのでしょうか。それとも無条件に拒否せよと言っているのでしょうか。

  *         *       *

「韓国の国会で『日本で大地震が発生して韓国に難民が流入した場合』の対策を聞く質問が出て、韓国の公職者が『スクリーニングする』と答弁する光景を想像してみてほしい」

いや、韓国政府が韓国政府としての義務を果たしているだけだとしか思いませんが。(言霊的な意味では)不快かもしれませんが、それで関係悪化するとは思いませんが。

  *         *       *

ところで、韓国にも「言霊思想」ってあるのでしょうか。

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2017年4月19日 (水)

共謀罪と文化財

共謀罪と文化財

朝日新聞:キノコ採りも「共謀罪」対象? 民進、法案の必要性問う
http://www.asahi.com/articles/ASK4K4GTTK4KUTFK00G.html

民進の山尾志桜里氏は、政府が277に絞り込んだとする対象犯罪に文化財保護法や種苗法違反を盛り込んだことは、「どう見てもテロ対策と言えない」と指摘。そのうえで対象犯罪とされた森林法違反の事例を挙げ、「保安林でキノコを採ることもテロの資金源となるのか」と質問した。

種苗や森ついては判りませんが、文化財については共謀罪の対象にして良いんじゃないでしょうか。と言うか対象にすべきです。

数回ですが、神社仏閣に油のようなものが撒かれることがありました。最近では二条城にカレー粉のようなものが撒かれて警察が捜査しています。

文化財にはシンボル的な意味を持つ場合があります。そういったもの、シンボルとしての意味をもつものへの攻撃は宗教的・政治的な意味を持ちます。神社仏閣への攻撃は恐怖を与えるという意味でのテロではありませんが、民族や国民の憎悪をかきたてるという意味ではテロではないでしょうか。

ですから、文化財保護法が入っていることに賛成します。

  *        *        *

共謀罪について反対派は「心の中を取り締まる」として反対していますが、私は「悪いことを実行しようと、相談すること(実行に賛成すること)」は悪いことなのか、罰すべきことなのかと問われていると感じています。

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2017年4月18日 (火)

どうせやっても

どうせやっても

毎日新聞 社説:「森友」問題はどこへ行った 首相と与党は質疑阻むな
http://mainichi.jp/articles/20170418/ddm/005/070/109000c

安倍晋三首相と自民党は、このままダンマリを決め込めば人々の関心は薄れると考えているのだろうか。

大阪市の学校法人「森友学園」の国有地売却問題について、国会ではこれに関する質疑さえままならない状況が続いている。

例えば介護保険関連法改正案などを審議していた先週の衆院厚生労働委員会だ。森友問題に関し民進党議員が、首相の妻昭恵氏が公の場で説明するよう求めたところ、自民党は「議案と関係ない」と猛反発し、改正案を強行採決する事態となった。

確かに改正案とは無関係だ。だが与党は昭恵氏らの証人喚問を拒み続けている。この委員会での質疑は適さないと言うのなら、森友問題に関する集中審議を行えばいいはずだが、それも拒否している。



改めて昭恵氏ら関係者の記者会見や証人喚問を強く求める。

証人喚問には、真実を明らかにする場ではなく、政治的なショーあるいは政治的なイジメという印象が大きい。野党が要求するのは判るけど、事実を明らかにしたいからではなく、政治的な得点を狙っているように思えてしまう。

もっとも、昭恵夫人を責め立てて涙なんか見せられたら逆効果になるかもしれませんが。

  *        *       *

証人喚問もそうだけれど、国会は誰かを非難したりイジメたりする場所なのだろうか。政策や法律について議論する場所であるべきと思っているのだぇれど。

  *        *       *

選挙では政策や法案ではなく政党や人間を選ぶ。だから誰かが不適当であることを言い立てる(≒悪口を言う)ことも戦術として成り立つ。しかし、悪口は諸刃の剣であり、悪口を言われている者だけでなく、言う側の評価も下がる。

  *        *       *

証拠がなく言葉だけ(罵りや悪口だけ)であれば、国会喚問は茶番になってしまう。十分な証拠があるならマスコミにリークするなり自分たちで記者会見を開くなりすれば良い。それが出来ず悪口だけの(責め立てるだけの)国会喚問なんか不要だ。

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2017年4月17日 (月)

放射能は怖い

放射能は怖い

中日新聞 社説:原発避難いじめ 「心の傷」は見逃さない
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017041702000108.html

避難者の子どもたちに放射能や賠償金のイメージがついて回るのは、大人が持っている差別や偏見の影響があるだろう。今村雅弘復興相が区域外の自主避難者の避難について「自己責任」と発言した。国策が招いた原発事故なのに、被害者に責任を転嫁するような認識を閣僚が率先して示すようでは、偏見や差別を助長させる。

松野博一文科相は避難者いじめの防止策として、子どもらが放射線に対する科学的な知識を身に付けることも呼び掛けた。だが、子どもたちに求める放射能の知識とは何を指すのか。原発事故の影響を矮小(わいしょう)化しようとする思惑があるのなら見逃せない。

放射能は怖い。誰一人として福島原発事故で漏洩した放射能では死んでいないし健康被害もないのに、大勢の方が避難し、福島産のもには風評被害がつきまとう。

何一つ為さなくても、そこにあるだけで、人々は恐れ奉る。放射能とは恐ろしいものだ。

  *        *       *

「だが、子どもたちに求める放射能の知識とは何を指すのか。原発事故の影響を矮小(わいしょう)化しようとする思惑があるのなら見逃せない」

そこにどんな意図があるのかは知りませんが、健康被害が起きていないという事実から目を背けていては、マスコミ失格です。事実は事実です。フェイクニュースになってはいけません。

  *        *       *

私は福島原発以前、原発に対して危険神話とでも言うべき幻想を抱いていました。大規模な原発事故があって放射能が漏れたら人が大勢死ぬ、広大な場所が生活できない場所となる。

実際に起きてみると、漏洩した放射能での死者はゼロ。5年たっても6年たっても健康被害もみつからない。

私の持っていた原発事故へのイメージは「危険神話」であり幻想でした。

ただ、人間の愚かさは予想通りというか予想以上で、大規模な避難や風評被害やイジメが起きてしまっています。それも事実ですが、しかし、それは放射能や東京電力の責任というよりはマスコミや「有識者」の責任ではないでしょうか。

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2017年4月16日 (日)

人間の限界を意識した政策を

人間の限界を意識した政策を

北海道新聞 社説:将来推計人口 「減少」直視した対策を
http://dd.hokkaido-np.co.jp//news/opinion/editorial/2-0112166.html

高齢者が働きやすい職場づくりも必要になってくる。ただ、基本は働く意欲を十分に持つ人を対象にすることだ。年齢、男女を問わず、働けない人を無理に働かせる社会であってはならない。

今回の推計では、外国人が毎年50万人ずつ移入した場合、65年の人口は1億2千万人弱になるとも予想している。

政府は移民政策は取っていないが、多様な人材を社会にどう受け入れていくか、本格的に議論を始めるべき時期に来ている。

人間には異質なものを警戒し忌避する本能がある。これは生物としての本能だ。

  *        *        *

「多様な人材を社会にどう受け入れていくか」

外部から来た見知らぬ服装や振る舞いの人間を警戒するのは当然で、突然、隣に異教徒・異民族で言葉の通じない人間がやってきたらトラブルが起きても当然だ。だから、安心安全の為には「そんな人間は拒否する」というのが答えになる。

逆に言えば、受け入れ側の風俗習慣を理解し従う人間のみを受け入れようということだ。

  *        *        *

それでは多様な価値観や文化を拒否するのか?と問われたら、そもそも地元社会は、そんなもの(多文化共生)なんて望んでいないだろう?というのが答えになる。

  *        *        *

特殊な環境、たとえば一流の大学や研究機関では、多文化共生も可能であろうし、それが良い成果を生み出すかもしれない。それを否定はしない。しかし、一般人に、社会一般に、そういった場所の人間と同じようなことを求めるのには無理がある。

  *        *        *

「多様な人材を社会にどう受け入れていくか、本格的に議論を始めるべき時期に来ている。」

人間の限界に配慮した政策でなければ、一時的にはタテマエでおさえつけることが出来ても、長期的にはトラブルになる。欧州では移民排斥を訴える政治勢力が伸長しているそうだけれども、それは、経済的には合理的でも地元社会の一般人には無理な移民受け入れをしてきた結果だと私には思える。

欧州のような移民排斥運動が起きて欲しくないなら、人間の限界、人間の本能を無視した受け入れを行ってはならない。

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2017年4月15日 (土)

そうかも知れないが

そうかも知れないが

朝日新聞:「自民が脱原発をやれば圧勝する」中川秀直・元幹事長
http://www.sankei.com/politics/news/170412/plt1704120032-n1.html

■中川秀直・元自民党幹事長

自民党が来年の衆院選で、脱原発をやれば圧勝すると思います。それが日本を変えていく一番早道ではないかと思っています。民進党の諸君がモタモタしないで、(脱原発に)対応してくれれば、早くなるんじゃないかとそう思っています。私は元原子力委員長ですから。一番反省しなきゃならない立場の、元科学技術庁長官ですが、今、私が、本当の心の底から思っていることでございます。(東京都内での記者会見で)

直近の選挙には勝てるかもしれませんが、長期的なものは大丈夫でしょうか。電力やエネルギー政策は長期的な視点で考えなければなりません。政治家は目先の選挙だけで考えてはならないと思います。

  *       *       *

福島原発事故では漏洩した放射能での死者や健康被害はでていません。このことも忘れてはなりません。

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2017/04/16 05:24 訂正
  引用した記事のコピペをミスっていましたので訂正しました。

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2017年4月14日 (金)

う~ん、判らない

う~ん、判らない

信濃毎日新聞 社説:共謀罪 地方の声を受け止めよ
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20170413/KT170412ETI090012000.php

長野県の戦前の歴史には、心の中を取り締まった大規模な事件が刻まれ、今も検証が続く。

1933年、県内66校の教職員や共産党、農民組合の関係者ら計600人余が治安維持法違反の疑いで摘発された2・4事件だ。反戦を唱えた、労働組合や労働運動に関わった、というだけで捜査の対象にされた。

共謀罪は、捜査当局が恣意(しい)的に運用する余地があるなど、治安維持法と共通する危険性が指摘されている。歴史の苦い教訓を見つめ直し、地方からの異議申し立てを続けたい。

捜査の対象になって何が悪いのだろうか?

  *        *        *

警察は犯罪捜査をする。犯罪捜査をしている段階、つまり容疑者であって犯人と確定された人間が存在しない段階で、犯罪者だけを捜査することを求めたら何もできない。ハズレやミスを許さないとしたら何もできない。

警察だって暇じゃない。労働組合の組合員に犯罪者が多ければ犯罪捜査の対象にして効率的だろうけれど、犯罪者(容疑者)の比率が低ければ無駄が多くなる。無駄な仕事を好きな人間はいない。

労働組合を捜査対象として優先した理由はなんなのだろうか。

  *        *        *

犯罪とする内容に問題があったり(世間の常識とずれていたり)、捜査の手法に問題があったり、捜査の対象となる事で当人が受ける不便・不利益が大きすぎるのであれば、そちらを指摘するべきじゃないだろうか。

  *        *        *

労働組合が捜査の対象になることを問題視していては政治的な反発に見えてしまう。

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2017年4月13日 (木)

どちらがいい?

どちらがいい?

中日新聞 社説:米朝緊張と日本 非軍事的解決の道探れ
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017041302000108.html

米軍が軍事的圧力を強めれば、北朝鮮の暴発や報復攻撃で韓国に加え、在日米軍基地が多く所在する日本も深刻な被害は免れまい。

今、最も必要なことは地域の軍事的緊張を緩和することだ。

北朝鮮に核、ミサイル開発を放棄させるために関係国は非軍事的解決の道を追求すべきだ。今は休眠状態にある米朝に日韓中ロを加えた六カ国協議の枠組みを活用することが現実的だろう。

仮に北朝鮮が応じたとしても今までの実績からして、時間がだらだら流れその間に北朝鮮は核兵器やミサイルの開発を進めるということになりそうです。

だと言って武力で攻撃したら被害は免れません。そして湾岸戦争・イラク戦争の後のことを考えても、武力攻撃後に安定した平和がくるとは楽観できません。

目先の数ヶ月、数年のかりそめの平和(と核武装した北朝鮮)か、それとも外科手術か。どちらが良いのでしょうか。

  *        *       *

自分は、どちらかと言えば、六ヶ国協議よりも武力攻撃の方に賛成します。どちらかと言えばという程度ですが。

理由は核武装した北朝鮮が暴発した場合の被害が巨大になるのではないかと思うからです。そして、北朝鮮のような軍事国家が暴発しないで路線転換できるとは思えないので、いつかは暴発する。ならば、被害の小さな時期(つまり、核武装する前)の方が良いのではないでしょうか。

  *        *       *

平和がいちばん、なのですけど。

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2017年4月12日 (水)

その金は誰が出すのか

その金は誰が出すのか

ダイヤモンド・オンライン:認知症ケアの切り札「グループホーム」が増えない理由
http://diamond.jp/articles/-/124481?page=5

政府が鳴り物入りで2015年1月に発表した認知症の国家的総合戦略「新オレンジプラン」には、ほんの少ししかグループホームに触れていない。それも、通所介護や認知症カフェの推進と質の評価に言及するだけで、事業所不足との認識はない。「量から質へ」ではなく、「量も質も」であるはずだ。

量も質も求めたらお金がかかる。では、そのお金は誰が出すの?

お金が無ければ絵に描いた餅だ。

  *        *       *

福祉にかぎらず「なるほど、実現できたら良いな」と思える提案や関連する記事を見ることはよくある。しかし、その為に必要なお金をどうやって出すかということまで書かれたものは少ない。

  *        *       *

お金の裏付けのない提案に価値がないなどとは言わない。アイデアだけでも意味はある、そのアイデアを見た誰かがお金を用意するかもしれないのだから。

しかし、結局の所、お金がないと良いアイデアだったとしても実現できないのだ。

  *        *       *

それと、政府が出せば良いと言うのは、政府のお金の出所は税金なのだから、増税せよと言っているのと同じだ、と付け加えておきたい。

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2017年4月11日 (火)

総動員体制のどこが悪いの?

総動員体制のどこが悪いの?

朝日新聞:教育勅語 憲法とは相いれない 2017年4月11日(火)付
http://www.asahi.com/paper/editorial2.html?iref=editorial_news_one

教育勅語は、「朕(ちん)(明治天皇)」が、「臣民(国民)」に守るべき徳目を示している。いざというときは「皇運」に尽くせと国民に迫る内容だ。同じ明治期にできた軍人勅諭と共に、戦時中は国民を総動員体制に駆り立てる支えともなった。

非常時に国家が総動員体制になるのは当然であり、非常時に平時と同じようにのんびりしていたら、あるいは、国民がバラバラだったらどうなるだろうか。どんな非常時であるにせよ被害は大きくなるだろう。

総動員体制になれることは、それだけでは悪いことではなく、むしろ必要なのだ。

  *        *       *

第二次大戦について言うならば、始めてしまった(引きずり込まれた?空気に流された?)のが問題であって、国民総動員体制が可能であったのが問題ではない。

  *        *       *

仮に、明治時代に教育勅語ができず、日本という国の国民がまとまりを欠いたらどうなっていただろうか。日本は第二次大戦に参戦しなかったかもしれない。しかし、それは日本が平和国家だからではなく、日本がどこかの国の(欧米の侵略的な国の)植民地になっているからであり、あるいは複数の国家に分裂して内戦しているからだろう。

その場合、日本の庶民はどんな暮らしをしているだろうか。

  *        *       *

強力な国家総動員体制になれることを忌避するのは、国家が分裂し弱いことを望んでいるようなものであり、貧乏だったら泥棒に入られないと言っているようなものだ。

  *        *       *

日本の失敗は、総動員体制になれたことや教育勅語にあるのではない。当時の国際情勢・政治情勢を読みきれなかったこと、軍部や官僚が自己の組織の利益を優先したことにこそあるのではないか。

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2017年4月10日 (月)

自民党が改憲したがるのは知られていることなので

自民党が改憲したがるのは知られていることなので

中日新聞 社説:緊急事態条項という罠 週のはじめに考える
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017040902000110.html

憲法は主権者たる国民が権力を律するためにあります。現行憲法に著しい不備があり、国民から改正を求める声が澎湃(ほうはい)と湧き上がっているのならまだしも、そうした状況でないにもかかわらず、改憲を強引に推し進めるのなら「改憲ありき」との誹(そし)りは免れません。

自民党が改憲したがるのは良く知られているにもかかわらず、国民は自民党に多数の議席を与えました。公明党と合わせると3分の2を越える議席を与えました。一方、護憲派勢力は衰退しています。

「国民から改正を求める声が澎湃(ほうはい)と湧き上がっている」ような状況ではありませんが、改憲に対して忌避感があるならこれほどの多数を与えたでしょうか。護憲派勢力が衰退しtでしょうか。

   *       *        *

国民は改憲を望んではいないかも知れませんが、改憲してはならないとまでは思っていないのです。

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2017年4月 9日 (日)

いつか来た道

いつか来た道

東京新聞:「共謀罪、心の萎縮招く」「今抵抗しないと」 作家ら声上げる (2017年4月8日)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201704/CK2017040802000140.html

「平和のために言論、表現の自由を守る」「四度目の廃案を目指す」-。国会で審議が始まった「共謀罪」法案に七日、作家や若者らから相次いで「NO!」の声が上がった。

日本ペンクラブ(浅田次郎会長)は七日夜、東京都文京区の文京シビックセンターで「共謀罪は私たちの表現を奪う」と題する集会を開いた。作家や漫画家、写真家ら十四人が登壇して一人ずつ発言し、約三百人の市民らが耳を傾けた。専修大教授の山田健太常務理事が司会を務めた。

「~は表現を奪う」...どこかでいつか聞いたことのあるフレーズだなぁと思ってぐぐってみると、こんな記事を見つけました。2013年12月の記事です。

しんぶん赤旗:“創造的な営み損なう” 芸術家らが廃案要求 (2013年12月3日)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik13/2013-12-03/2013120301_09_1.html

「特定秘密保護法案に反対する音楽・美術・演劇・映像・出版など表現に関わる人の会」(表現人の会)が2日、立ちあげられ、「『特定秘密保護法案』に反対する声明」を発表しました。同日午後4時現在、大友良英(音楽家)、後藤正文(ミュージシャン)、坂本龍一(音楽家)、奈良美智(美術家)、ピーター・バラカン(ブロードキャスター)、村上龍(作家)の各氏ら28人の発起人代表をはじめ、91人が発起人に名を連ねています。

声明は、秘密保護法案が「平和で民主的な社会を基盤として成り立つ、音楽・芸能、美術、文学、映画、写真などの創造的な営みや、出版・報道・放送など、さまざまな表現活動の自由を損なうもの」だと指摘。衆議院での強行採決に強く抗議し、すみやかに廃案とするよう、すべての国会議員に求めています。

「さまざまな表現活動の自由を損なうもの」と非難された秘密保護法が施行されてから2年ほどになりますが、いまだに私達は様々な表現(小説・マンガ・アニメ・映画・演劇などなど)を堪能しています。

さてさて、表現の自由が無くなったなら、とてもこんなことは無いはずですが(それとも作成現場では秘密保護法のせいで窮屈になって来ているんでしょうか。そういう話は聞きませんが)。

  *        *        *

この道はいつか来た道。同じような批判を繰り替えして、しかも外しているとなると相手にされなくなるのでは?と思います。

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2017年4月 8日 (土)

思想の自由の前進

思想の自由の前進

朝日新聞:朝礼での教育勅語の朗読「問題のない行為」 文科副大臣
http://www.asahi.com/articles/ASK47415ZK47UTFK009.html

義家弘介文部科学副大臣は7日の衆院内閣委員会で、幼稚園など教育現場の毎日の朝礼で子どもたちが教育勅語を朗読することについて、「教育基本法に反しない限りは問題のない行為であろうと思います」と答弁した。



教育勅語をめぐっては、中曽根内閣だった1983年5月の参院決算委員会で、瀬戸山三男文部大臣(当時)が島根県の私立高校が学校行事で教育勅語を朗読していたことについて、「教育勅語を朗読しない、学校教育において使わないことで今日まで(全国の学校に)指導してきた」と述べていた。

ある思想を教育現場から排除する。それが私学であっても。これは、その思想に対する弾圧に外ならない。そして、1983年には権力が排除していたものを、2017年には法に反しなければ問題ないと言うようになる。これは権力の弾圧が無くなった、自由になったと言えるのではないか。

戦後リベラル的なものよる抑圧からの自由と言って良いかもしれない。

  *        *       *

リベラルな方々は自由を大切にする頭の良い方々だ。ならば、みんなが自由に幸せに安全になる方法を提案してほしい(その方法は頭の良くない我々にも理解でき共感できるものでなければならない。でなければ、数が力である民主主義社会では力をもたないのだから)。

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2017年4月 7日 (金)

報道されないこと

報道されないこと

産経新聞:非生産的な“逆上狙い”の挑発質問 「暴言」「激高」の今村雅弘復興相、弁解の余地ないが…
http://www.sankei.com/politics/news/170406/plt1704060034-n1.html

福島原発事故に伴う自主避難者に「自己責任」と述べた今村雅弘復興相の“暴言”は弁解の余地がない。明らかに言いすぎであり、質問したフリーの男性記者に激高したことも閣僚の資質を疑わせる対応だ。

ただ、記者は今村氏の逆上を狙ったかのように挑発的な質問を繰り返した。テレビのニュースは今村氏が声を荒らげる場面を中心に伝えたが、会見全体をみると記者の「引っかけ」にはまった様子がうかがえる。

政権を攻撃したいという意図がなかったとしても、「テレビのニュースは今村氏が声を荒らげる場面を中心に伝えた」ということになるだろう。だって、無礼な記者より激昂する政治家の方がおもしろいもん(視聴率だって激昂する政治家の方がとれるだろう)。

  *      *      *

しかし、忘れてはならないのは、片方の言い分のみで判断を下してはならないということ。

誰かが怒っているとき、ただ一人で怒っているということなく、誰かに向かって怒っていることがほとんどだ。政治家が激昂しているならば、激昂させた何か(誰か)があるはずだ、理由があるはずだ。

ならば、何に・誰に・何故、激昂しているのか、激昂する前にあった事実も報道されるべきだ。その理由や事実を考慮することなく判断するのは危険だ。言い分の片方しか聞かないわけだから。激昂させた方の言い分や、どういう言動があって激昂に至ったのか。それを知らないで判断するのは危険だ。

  *      *      *

政治家が激昂したとき、失言があったとき、激昂する場面や失言だけが報道されて、そこに至る状況や前後関係が報道される事は少ない。そのようマスコミは社会の木鐸たりえるのだろうか。それとも彼等は単なる娯楽や扇動機関なのだろうか。

  *      *      *

政治家の失言などが報道されるとき、前後関係が報道されない場合、自分としては「軽く」考えるようにしている(例:「また失礼な記者がいたんでしょ」「挑発にのっちゃったのかな」)。その失言だけでは判断できないのだから。

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2017年4月 6日 (木)

「自己責任って何ですか」

「自己責任って何ですか」

東京新聞:憤る避難者「自己責任って何ですか」 復興相「自主避難は本人の判断」
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201704/CK2017040502000252.html

「自主避難は本人の判断。裁判でも何でもやればいいじゃない」。東京電力福島第一原発事故で故郷を離れ、今も避難先で暮らす人を巡り、今村雅弘復興相が四日の記者会見で発した言葉が波紋を広げている。被災者に寄り添うべき政治家の突き放すような発言。避難者らから反発が相次ぎ、辞任を求める抗議活動も五日行われる。



自宅は避難区域とされた原発二十キロ圏内から二キロほど離れた場所。「事故当時は、行政が一戸一戸避難を呼びかけた。避難指示区域からちょっと外れたら、自主避難と言われる。自己責任って何なんですか」

「自己責任って何ですか」

もう面倒見れないって限界を越えたら「自己責任」って言葉で突き放すんです。ただ突き放すと、「なんで面倒を見ない」とか「面倒を見れないのか(能力がないのか)」とか非難されるから、「自己責任」という言葉で、相手に責任があるかのような状況を作るのです。

  *         *       *

国家や社会が「逃げなさい」と命令した人間とそうでない人間の待遇・援助に差があって当然ではないだろうか。国家や社会は命令したのだから。

同じで良いとなると、国家や社会は、その命令の責任を取らなくても良いということになる。

  *         *       *

「避難指示区域からちょっと外れたら、自主避難と言われる」

避難指示の仕方に問題があるのかもしれないが、どこかで線引きしなくちゃならないからね。その内側・外側はどうしても出来てしまう。

  *         *       *

しかし、結局のところ漏洩した放射能による健康被害は、数年経過しても、確認されていない。少なくとも計測不能なほど小さいということだ。

  *         *       *

漏洩した放射能による健康被害はゼロ。風評被害や避難ストレスでは死者までている。ならば、政府がやるべきことは明確だ。風評被害の防止であり避難を縮小・終了させることだ。

  *         *       *

もっとも政治家は結果や事実で評価されると同時に、言葉遣い(言葉の選び方、話し方)やイメージでも評価される。本当の事だからって言っていい事と悪いことがある。

だから、政治家の発言としては、いかがなものかと思わないでもない。

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2017年4月 5日 (水)

「個人より国家を優先させる思想」が間違いとは限らない

「個人より国家を優先させる思想」が間違いとは限らない

中日新聞 社説:教育勅語 復権など許されない
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017040502000113.html

戦前回帰の動きとすれば、封じ込めねばならない。安倍政権は、教育勅語を道徳教育の教材として認める姿勢を鮮明にした。個人より国家を優先させる思想である。復権を許せば、末路は危うい。

教育勅語について、政府は「憲法や教育基本法に反しない形で教材として用いることまでは否定しない」との答弁書を閣議決定した。菅義偉官房長官はさらに踏み込み、道徳教材としての使用も容認する考えを記者会見で示した。

政府のこうした言動を深く憂慮する。

国家抜きで個人の生存や生活がなりたつのだろうか。我々は、国家より個人を優先させるあまり国家を弱体化させていないか。国家が個人を守る力を失うほどに、国家を弱体化させてしまえば、それが起きるほど国家より個人を優先したら、個人の生存と生活はなりたつのだろうか。

   *         *       *

「個人より国家を優先させる思想」が間違いであるとは限らない。有力な国家の一員であることは、弱体化した国家の一員であることよりも良い生活ができる(可能性が高い)のだから。

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2017年4月 4日 (火)

反例

反例

信州毎日新聞 社説:安保をただす 敵基地攻撃 戦争を呼び込む危うさ
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20170403/KT170331ETI090002000.php

弾道ミサイル発射や核実験を繰り返すことで北朝鮮が技術を向上させているのは確かだろう。

だからといって他国の基地をたたく能力を備えることが日本の安全に資するのか。軍拡競争がエスカレートするようだと、かえって東アジアの緊張を高める。的確に狙いを定められるのか、どれほどの装備が必要になるのか、効果や費用の点でも疑問符が付く。

集団的自衛権を解禁した安全保障関連法の審議で政府は敵基地攻撃も可能としていた。保有すれば日本が攻撃されていない段階でも他国を攻撃できることになる。戦争を呼び込む危うさもはらんでいる。認めることはできない。

世界最大の敵基地攻撃能力を持っているのはアメリカであり、第2次対戦後70年以上最強の座を維持している。そして、アメリカ本土が(戦争で)攻撃されたことはない。

信州毎日新聞の社説は敵基地攻撃能力を「戦争を呼び込む危うさもはらんでいる」としているが、世界最大の攻撃能力を持つ存在が本土での戦争を呼び込んでいないのであるから、十分に強い敵基地攻撃能力を持てば、日本本土が危険になることはないといえるのではないだろうか。

  *        *      *

軍事力を持つこと、イコール戦争という発想は脱却した方が良いのではないか。

  *        *      *

ただ、十分に強力な敵基地攻撃能力を持つためには、自衛隊の装備の変更(追加)に多大な予算が必要とも聞く。私は、考えることを否定しないが、実際に持つかどうかは慎重であるべきだと思う。

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2017年4月 3日 (月)

欧州の平和はEUのおかげ?

欧州の平和はEUのおかげ?

中日新聞 社説:それでも存在意義あり 英離脱通告のEU 
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017040302000096.html

トッド氏の言うとおり、EUは崩壊させればいいのだろうか。

否、それでもEUに意義はある、と強調したい。

繰り返し言われるように、二度の世界大戦を起こした欧州は、おおむね平和を保っている。不倶戴天(ふぐたいてん)の敵同士だったドイツとフランスは、友好を深めている。中東欧諸国にも西欧の豊かさが広がった。いずれもEUがあったからこそだ。

EUによって若者たちの意識が変わったことも大きい。国境審査を免除し合うシェンゲン協定などのおかげで、気軽に欧州諸国を訪れ、留学するようになった。

EUが役立たなかったなどと言うともりはないが、欧州の平和は「米ソ対立に巻き込まれて、内部対立する余裕なんてなかった」とか「NATO(北大西洋条約機構)があったから」などの要因の方が大きいのはないか。

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2017年4月 2日 (日)

「平和を愛する諸国民の公正と信義」は何をしている?

「平和を愛する諸国民の公正と信義」は何をしている?

ハフィントンポスト:ボコ・ハラムが襲撃 少女ら22人を連れ去り、牛50頭射殺 ナイジェリア
http://www.huffingtonpost.jp/2017/04/01/boko-haram_n_15739036.html?utm_hp_ref=japan

ナイジェリア北東部で3月末、イスラム過激派組織ボコ・ハラムが2カ所の村を襲撃し、少女と女性を22人拉致した。地元住民の証言としてガーディアンなどが4月1日に報じた。

ボコ・ハラムは3月30日、カメルーンとの国境に近いプルカ村を襲撃し、18人の少女を拉致した。

「ボコ・ハラムの最高幹部マムマン・ヌール容疑者のキャンプからやって来た兵士が、午前6時ごろ軽トラックでやって来た。住民たちが茂みの中に隠れようとしている間に、兵士たちは17歳以下の少女14人を捕まえた」と、プルカ村の族長は報復を恐れ名前を明かさない形で、AFP通信に語った。「彼らはほかに茂みの中に逃げていた4人の少女を捕まえた」

当局によると、襲撃した兵士はボコ・ハラム創設者で、2009年に死亡したモハメド・ユスフの息子アブ・ムサブ・アル・バルナウィ容疑者をトップとする派閥に忠誠を誓っている武装集団と見られる。バルナウィ容疑者は2016年8月、過激派組織IS(「イスラム国」)から「西アフリカ州」の「州知事」に指名されたと報じられている。

e-Gov: 日本国憲法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

「平和を愛する諸国民の公正と信義」や「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会」は、何をしているのでしょうか。誘拐された22人の少女達は、助けてくれない国際社会に対して何を思うのでしょうか。

  *        *        *

理想は理想で良いものです。しかし、現実に対処できない国家や政府は国民に不幸をもたらします。

憲法の前文や九条は、理想的ではあるかもしれませんが、現実的ではありません。

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2017年4月 1日 (土)

いくらかかった?

いくらかかった?

福島民友:浪江、川俣・山木屋、飯舘「避難指示」解除 帰還には課題山積
http://www.minyu-net.com/news/news/FM20170331-160654.php

政府は31日、東京電力福島第1原発事故で浪江、川俣、飯舘の3町村に出していた居住制限、避難指示解除準備の両区域に対する避難指示を解除した。続いて4月1日には富岡町でも解除される。復興の加速が期待されるが、住民の放射線への不安は根強く、買い物や医療を支える生活インフラは十分に整っていない。帰還には高いハードルが待ち受ける。



第1原発が立地する双葉、大熊両町では居住制限と避難指示解除準備の両区域も解除できず、全域が避難区域のままとなる。帰還困難区域について政府は、域内に住民が居住できる「特定復興拠点」を定めて除染と整備を併せて行い、5年後をめどに避難指示を解除する方針を示している。

いったい避難と除染にいくらかかったのだろうか、これからいくらかかるのだろうか。そして、その費用でいくつの命を救ったのだろうか。

  *        *       *

避難しなかったら何人ぐらいの(放射能で)ガンになったのだろうか。その推測・推定なしに多額な費用をかけるのは、おかしいと思う。

他の災害なら死傷者の被害予測があるのに、原発事故では死傷者の被害予測がないのはおかしなことだ。

  *        *       *

除染事業や避難の継続に「止まらない公共事業」を連想してしまう。

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