« 欧州の平和はEUのおかげ? | トップページ | 「個人より国家を優先させる思想」が間違いとは限らない »

2017年4月 4日 (火)

反例

反例

信州毎日新聞 社説:安保をただす 敵基地攻撃 戦争を呼び込む危うさ
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20170403/KT170331ETI090002000.php

弾道ミサイル発射や核実験を繰り返すことで北朝鮮が技術を向上させているのは確かだろう。

だからといって他国の基地をたたく能力を備えることが日本の安全に資するのか。軍拡競争がエスカレートするようだと、かえって東アジアの緊張を高める。的確に狙いを定められるのか、どれほどの装備が必要になるのか、効果や費用の点でも疑問符が付く。

集団的自衛権を解禁した安全保障関連法の審議で政府は敵基地攻撃も可能としていた。保有すれば日本が攻撃されていない段階でも他国を攻撃できることになる。戦争を呼び込む危うさもはらんでいる。認めることはできない。

世界最大の敵基地攻撃能力を持っているのはアメリカであり、第2次対戦後70年以上最強の座を維持している。そして、アメリカ本土が(戦争で)攻撃されたことはない。

信州毎日新聞の社説は敵基地攻撃能力を「戦争を呼び込む危うさもはらんでいる」としているが、世界最大の攻撃能力を持つ存在が本土での戦争を呼び込んでいないのであるから、十分に強い敵基地攻撃能力を持てば、日本本土が危険になることはないといえるのではないだろうか。

  *        *      *

軍事力を持つこと、イコール戦争という発想は脱却した方が良いのではないか。

  *        *      *

ただ、十分に強力な敵基地攻撃能力を持つためには、自衛隊の装備の変更(追加)に多大な予算が必要とも聞く。私は、考えることを否定しないが、実際に持つかどうかは慎重であるべきだと思う。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« 欧州の平和はEUのおかげ? | トップページ | 「個人より国家を優先させる思想」が間違いとは限らない »

コメント

専守防衛=敵基地攻撃能力の不保持: 専守防衛という耳障りの良い言葉にならされてしまった戦後の平和ボケは、専守防衛と言う事が本土決戦と言うことと同じ意味だと分かっていない。我国の領海や領空は、領土から僅か22kmであるから、侵犯されてから防衛すると言う事は本土で決戦すると言う事なのである。それでは、国を防衛する事にはならない。 侵犯される前に、迎撃できなければならないし、その技術的困難を乗り越えるために必要なら、敵基地攻撃能力は当然必要だろう。憲法違反だというならば、それは国民を護れない憲法が間違っているのだ。

投稿: 北極熊 | 2017年4月 4日 (火) 15時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/65105770

この記事へのトラックバック一覧です: 反例:

« 欧州の平和はEUのおかげ? | トップページ | 「個人より国家を優先させる思想」が間違いとは限らない »