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2017年5月 9日 (火)

ツッコミどころ満載

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中日新聞 社説:首相の改憲発言 9条空文化は許されぬ
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017050902000110.html

真の狙いはどこにあるのか。安倍晋三首相が憲法九条を改正し、自衛隊の存在を認める条文を加えることに意欲を示したが、戦争放棄と戦力不保持の理念を空文化する改正なら、許してはならない。



自衛隊の存在を明記するだけと言いながら、集団的自衛権の限定なしの行使を認めたり、武器使用の歯止めをなくすような条文を潜り込ませようとするのなら、断じて認められない。



憲法は主権者たる国民が権力を律するためにある。改正は、必要性を指摘する声が国民から澎湃(ほうはい)と湧き上がることが前提のはずだ。

「戦争放棄と戦力不保持の理念を空文化する改正なら、許してはならない」

いや、既に空文化してますが?

憲法に「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とあるのに、自衛隊が存在している時点で、空文化してませんかね。安倍さんが言っているのはこれを明文化することに過ぎません。

まぁ、明文化することで、空文化が確定するとも言えますが。でも、条文と現実が乖離し続けるなら、憲法全体の重みがなくなってしまいますから、明文化するべきと思います。

  *        *      *

「憲法は主権者たる国民が権力を律するためにある。改正は、必要性を指摘する声が国民から澎湃(ほうはい)と湧き上がることが前提のはずだ」

本当にそうであれば、憲法96条の条文がおかしい。96条に「憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議」とあるのはおかしい。両院の3分の2以上の賛成が必要ということは、国会議員に都合の悪い改正は行われないということだ。

極端に言えば、国民から国会を批判し国会の存続にかかわるような改正をするべきという声が澎湃と湧き上がったとしても、国会議員にとって都合の悪いものだったら、国会で発議されなず、改正がなされることもないだろう。

この条文は、憲法を安定させると共に、憲法を国会議員のものとしている。

  *        *      *

憲法が国民のものであるためには、多くの人に理解しやすようになっているべきで(神学的な解釈をしなくても良いようになっているべきで)、改正の条件に特定の人々の賛成が得られないと不可能になるようなものがあるべきではない。

つまり、憲法9条に自衛隊の存在は明記すべきであり、憲法96条の両院の3分の2の賛成以外の方法(国民多数の署名とか)もあるべきだ。

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コメント

そもそも憲法9条は書いてあっても意味が無い。 正義と秩序を基調とする国際平和の下では、戦争は放棄できるが、正義も秩序も省みない隣国が存在する環境では、機能しない条文である。 第2項は、戦力の不保持によって、そもそも国民の生存権などの基本的人権を既存することになるので、これこそ憲法違反の条文が憲法の中に紛れ込んだとしか言いようが無い。憲法が最高法規であるのは、生存権などの基本的人権を尊重するためであるのは、97条と98条を読めば分かる。 99条だけ読んで、とってつけたように、公務員たる総理大臣の憲法遵守義務云々言う人は馬鹿。典型は村山元総理。

投稿: 北極熊 | 2017年5月 9日 (火) 14時07分

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