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2017年7月23日 (日)

福島原発事故の教訓

福島原発事故の教訓

徳島新聞 社説:7月22日付  伊方原発停止却下  不安に向き合ったのか 
http://www.topics.or.jp/editorial/news/2017/07/news_15006844294995.html

住民側は、東京電力福島第1原発の事故原因が解明されない中、短期間で策定されたもので、安全性を確保できていないと主張。地裁は最新の知見を踏まえ、予測できる規模の自然災害を想定して安全確保を求める内容で、「不合理な点はない」とした。

だが、福島の事故から学ぶべき教訓は、「安全神話」が最悪の事態を招いたということだ。新規制基準を稼働のお墨付きにすれば、新たな安全神話を作ることになる。

福島原発事故では漏洩した放射能では一人の健康被害も出ていません。しかし、風評被害では被害が出ています。

原発には安全神話と危険神話があります。

安全神話は事故や避難の軽視つながるかもしれません。

危険神話、いちど原発事故が起きれば何万人も死ぬ、死の大地が広がるという神話。危険神話は風評被害を起こします。

  *        *      *

「不安に向き合ったのか」

不安があることは理解できます。しかし、原発事故による漏洩した放射能での死者が出ていないという事実から目を背けてはいけません。でないと危険神話による被害を大きくしてしまいます。

  *        *      *

私にとっての福島原発事故の教訓は、怖がりすぎることが被害を大きくするということです。不安と向き合いつつ、それに飲み込まれないようにすることです。不安であると騒ぐことだけで安全になったり被害が減ったりはしないのだから。

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