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2017年8月10日 (木)

戦争を知っていたとしても

戦争を知っていたとしても

朝日新聞:論点 戦争資料どう展示
https://mainichi.jp/articles/20170809/ddm/004/070/013000c

第二次世界大戦の終結から72年。戦争体験者の肉声を聞ける時間はもう多くは残されていない。平和や戦争をテーマにした博物館や資料館が所蔵する遺品や写真は当時を知るための貴重な手がかりであり、物言わぬ資料の重みは年々増している。戦争を知らない世代に伝えていくためには、どんな展示方法がふさわしいのか。

(戦争を含めて)歴史を伝えることは大切なことだ。歴史は私達のアイデンティティそのものなのだから。しかし、戦争を伝えるということには政治や反戦平和運動が関わる(関わろうとする)。

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歴史や戦争の記憶を伝えることに反対はしませんが、戦争を知っていれば平和を望むようにはなっても平和になる訳ではないという事は言っておきたい。

何故なら、リアルタイムで戦争を知っている人々がいるから。中東やアフリカの国々、あるいはウクライナなど、いま現在戦争をしている場所や国がある。何年も続いているところもある。そういった場所や国々では、大人も子供も政治家も庶民も戦争を知っている。それでも彼らは戦争を止められない。平和を望む気持ちは強いだろうけれど、結果としては平和にならない。

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戦争を知っていたら、平和を望んでいたら、平和になる訳ではない。それだけではダメなのだ。

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コメント

自分の場合祖父母世代が大正前後生まれが多く何人か戦争に行ってる。
最近戦争を知ってる世代「が戦地に行った人」ではなく「戦争中に子供だった人」に変わってきている。

後者の人は今シリアで戦場下にいる人の気持ちはわかると思う。

投稿: ken | 2017年8月10日 (木) 10時34分

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