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2017年9月25日 (月)

メルケル首相のもたらしたもの

メルケル首相のもたらしたもの

共同通信:メルケル独首相の4選確実 総選挙、反難民党が第3党の勢い
https://this.kiji.is/284617424299410529?c=39546741839462401

メルケル氏の続投が確実な情勢。難民受け入れに反対する新興右派「ドイツのための選択肢(AfD)」は13.1%で第3党に躍進する勢いで、初めて国政に進出する。

同氏は「議会で最大勢力になるという目標は達成した」と勝利宣言した。ただCDU・CSUは前回の41.5%から大きく得票率を減らす見通し。

メルケル首相は勝利しましたが、右派政党のAfDの躍進もメルケル首相のもたらしたものです。移民の大量受け入れなどで引き起こされた様々な問題がAfDの躍進をもたらしたのですから。

メルケル首相の勝利は好調な経済がもたらしたものです。生活が苦しくなれば「悪いのは移民だ、奴らが仕事を奪っている」となりAfDに票がながれるでしょうから。

  *         *       *

いまドイツは景気が良いのでメルケル首相は勝利できましたが、不景気になったら一気に右傾化するでしょう。

  *         *       *

人々には右翼的心情を持っています。そこを刺激する(反発をまねく)ようなものを日常生活に持ち込んでしまったら、何かあったときに不満の矛先がそこに向かうことになるでしょう。

人の心は合理性や理性だけで出来ている訳ではありません。本能や感情にも配慮が必要なのです。

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2017年9月24日 (日)

失言と非難する前に

失言と非難する前に

朝日新聞:麻生副総理「警察か防衛出動か射殺か」 武装難民対策
http://www.asahi.com/articles/ASK9R6DCPK9RUTFK00J.html?iref=comtop_8_03

麻生太郎副総理は23日、宇都宮市内での講演で、朝鮮半島から大量の難民が日本に押し寄せる可能性に触れたうえで、「武装難民かもしれない。警察で対応するのか。自衛隊、防衛出動か。射殺ですか。真剣に考えなければならない」と語った。



麻生氏は先月、「少なくとも(政治家になる)動機は問わない。結果が大事だ。何百万人も殺しちゃったヒトラーは、いくら動機が正しくてもダメなんだ」と発言し、撤回していた。

麻生さんは「射殺」という言葉が一人歩きして非難される事になるだろう。そして、非難するだけで満足する人々が多いことだろう。

それだけで良いのだろうか。現実の政策に関係しない評論家であれば、それで良いかもしれない。しかし、現実の政策に関係する人間(国民は主権者で参政権を持っていますから関係しています)は、非難だけで終わってはなりません。

実際に武装難民が発生した時に、どうするのか。その備えは必要です。難民から(難民の引き起こす問題から)国民を守るのは国家の義務ですから。

非難だけでなく、現実に起きたらどうするのか、それを議論しておくことが必要です。

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この発言を非難だけですます政治家や政党は、都合の悪い現実を見ない夢見る政治家として国民に見放されるでしょう。

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2017年9月23日 (土)

社会の雰囲気を作るもの

社会の雰囲気を作るもの

朝日新聞:「事実ではないのに…」 不倫報道の山尾氏、心の葛藤
http://www.asahi.com/articles/ASK9Q3WHQK9QOIPE00Q.html?iref=comtop_8_08

――なぜ離党したのか。

離党の判断には心の葛藤はありました。この10年間、悔しいことの方が多かったが、民主、民進を支えることが、二大政党制に一番の近道と信じてやってきました。「報道は事実ではないのに」という葛藤はありましたが、自分を育ててくれた党の足を引っ張りたくなかった。自分の判断で離党を決めました。

いままで野党のみなさんが攻撃してきた自民党の政治家の方々も「事実ではないのに…」と思っていたことでしょう。

  *        *        *

偉い人のやることは社会の規範(と言わないまでも標準や「許されること」)になります。職場で上司が遅刻ばっかりしてたら部下も遅刻に平気なる。また、先輩の上司への挨拶を後輩は見て覚える。その挨拶を他の人にもするようになる。

政治家は上司ではありませんけれど、社会の雰囲気に影響します。政治家の行い(たとえば国会で寝ているとか)が非難されることがあるのもこのため。

逆に政治家への態度も影響します。マスコミや有識者が政治家に対して推定無罪を無視したような行動をとっていたら他の者も推定無罪を無視するようになる。

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政治家に対する遠慮の無い攻撃の副作用を考えるというか、なんとかならないものでしょうか。政治家への態度は社会の雰囲気を作るものの一つなのですから。

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2017年9月22日 (金)

貧乏が悪い

貧乏が悪い

佐賀新聞 論説:老後破産 「75歳まで働け」という社会
http://www.saga-s.co.jp/column/ronsetsu/465136

「75歳まで働け」という週刊誌の見出しを見るたびに暗澹(あんたん)たる気分になる。65歳を過ぎても働きたいという人が多くを占めるとはいっても、働き続けないと生活を維持できない高齢者の貧困問題が背景にあるからだ。「ゆとりある老後」どころか、死ぬまで働かないと「老後破産」が待っている。そんな社会が到来しつつあるのだろうか。

野生動物なら自分で餌を獲れなくなったら餓死するし、目や足の衰えは死に直結します。「75歳まで働け」じゃなくて、「死ぬまで働け」、あるいは「働けなくなったら死ね」なのです。

もちろん人間はただの動物じゃありませんから、相互扶助や貯蓄などで働けなくなるイコール死ではありませんけれど、原点は(出発点は)そこにあるのです。働けなくなっても生活できるのは、様々部分に余裕があるから。個人や社会に余裕があるからできる。その余裕が働けなくなること(働けないこと)と死の距離を作る。

これは誰が悪いという話ではない。安倍政権ならとか共産党政権ならという話ではなく、足し算や引き算のように決まっていることなのだ。

  *       *       *

誰が「余裕」による恩恵を受けるのかという話は別だ。政権による。但し、共産党政権でも余裕による恩恵は一部の権力者に優先的に分配された。

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安倍政権だから「75歳まで働け」という社会になるのではない。人口構成の変化(少子高齢化)によって社会に余裕がなくなってきたことが原因なのだ。

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2017年9月21日 (木)

憲法軽視

憲法軽視

読売新聞:前原氏「安保法見直し」…空白期間生じない形で
http://www.yomiuri.co.jp/politics/20170920-OYT1T50056.html

民進党の前原代表は19日、党本部で読売新聞のインタビューに応じ、成立から2年を迎えた安全保障関連法について、「我々が政権をとった時に『では廃止します。(効力を)停止します』とはならない。空白なく新たなものでできるよう、米国と議論していく」と述べた。

前原さんは安保法は憲法違反だと(憲法違反の部分があると)言っていました。

  *        *       *

「我々が政権をとった時に『では廃止します。(効力を)停止します』とはならない。空白なく新たなものでできるよう、米国と議論していく」

つまり、前原さんは憲法違反の法律を当面は維持しますってことですよね。「米国と議論していく」と言うのは結構ですけれど、これって、つまり、米国が了承しなければ憲法違反の現行法を維持しますってことですよね。

  *        *       *

これは、どう考えても憲法軽視です。憲法違反の法律を維持し、その法律を変えるのに米国との交渉が必要だって言っているのですから、米国の方を憲法より優先すると言っているのですから。

  *        *       *

私には難しい法律論は判りません。しかし、政府には憲法に従っていて欲しいです。憲法や法律に無理があるなら変えて欲しいのです。それが間に合わないなら、違反するのも仕方ないかもしれませんが、理由をちゃんと説明して欲しいのです。

いまの言い方だと、まるで憲法より米国の方が上にあるみたいです。

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こんな言い方をする前原さんは憲法を軽視しているように見えてしまいます。

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2017年9月20日 (水)

国民にとっては「安倍政治に下す審判」ではない

国民にとっては「安倍政治に下す審判」ではない

中日新聞 社説:衆院選10月に 「安倍政治」に下す審判
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017092002000111.html

解散検討の背景には、民進党の低迷のほか、野党共闘をめぐる協議や小池百合子東京都知事と連携する国政新党の準備が進まないうちに解散した方が、自民党に有利との判断もあるのだろう。

それが政治の現実とはいえ野党の混乱に乗じた解散は、やはり解散権の乱用との誹(そし)りは免れまい。

とはいえ、私たち有権者は傍観するだけではいけない。むしろ衆院選は、そうした政権の在り方を含めて「安倍政治」全般にわたって審判を下す機会でもある。

例えば、安全保障や経済政策。安倍政権の下で進められている軍事偏重、成長重視の政治に歯止めをかけるには、選挙で民意を示すしかない。

人間は一人で存在しているのではないし、本来、唯一人を取り出して審判することはできない。多くの人々が存在し関係しているのだから。

  *       *       *

「『安倍政治』全般にわたって審判を下す機会でもある」

間違っている訳じゃないけれど、正確でもない。選挙は審判ではあるけれど、安倍政権だけが審判の対象になっている訳ではない。共産党や民進党などの野党も審判の対象となっている。

  *       *       *

誰か一人をみて、好きだ嫌いだ、良い悪いと言うことは簡単で面白いかもしれない。マスコミもシンプルで判りやすい構図を望む。しかし、単純化しすぎると判断を誤る。頭を冷やして考えてほしい。安倍政治がダメだとして、誰に政権を任せるんだ?

  *       *       *

次の選挙は、安倍政権にとっては審判であったとしても、私たち国民にとっては、どの政党に政権を任せるのかの選択なのだ。

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2017年9月19日 (火)

問題は

問題は

毎日新聞 社説:首相が「冒頭解散」を検討 国民が見くびられている
http://mainichi.jp/articles/20170919/ddm/005/070/033000c

北朝鮮情勢の緊迫が続く中での選挙となる可能性が高い。にもかかわらず解散に踏み切るのは、今、選挙をした方が自民党はそんなに議席を減らさないだろうという首相の打算以外に考えられない。

民進党は前原誠司代表に交代した後ももたついている。小池百合子東京都知事と連携して結成を目指すという新党も、今なら準備が間に合わないだろうというわけだ。

国民が見くびられているとしても、結局、国民は自民党を選択するでしょう。何故なら野党が情けなさ過ぎて自民党以外の選択しが無いから。

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国民への様々な説明、加計学園や森友学園問題よりも野党の情けなさの方が日本の政治に取って問題です。

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2017年9月18日 (月)

共通の歴史教科書

共通の歴史教科書

中日新聞 社説:負の歴史に学んでこそ 週のはじめに考える
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017091702000101.html

名古屋外国語大で六月に開かれた「日中大学生討論会」で、同大の山本裕佳さんは「過去に起きたことを若い世代も十分に勉強して知ることが大切です」と述べ、『日中共同の歴史教科書』を作る取り組みを提案しました。天津外国語大の王儷舒(れいじょ)さんは「若者交流で大切なのは、お互いの良さを発見することです」と強調しました。

討論会では、四十五周年を「日中の新たな夜明けに」との呼びかけもありました。負の歴史に学んだうえで、前に進もうとする日中の若者に心強さを覚えます。

歴史は(歴史観は)国家のアイデンティティそのものだ。それを共通化するということは、統一国家になるということだ。日本と中国が共通の歴史教科書をを使うということは、日本と中国が一つの国家になることで(あるいは、それを目指すということで)、でそんなことが可能だとは思えない。

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一つの歴史しかみとめない(共通化とは共通化された一つにするということ)と言うことは、他の見方を認めないとうことで、多様な価値観を否定するということ。

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日中の歴史教科書が統一(共通化)されるとしたら、日中が一つの国家となり(歴史観の統一)、独裁国家とならなければ(国民に対する統制が強くなる)不可能だろう。

  *        *        *

日中で共通の歴史教科書を目指すのは多様な価値観の否定であり、リベラルな方々が目指すべきものではない。

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2017年9月17日 (日)

統制が取れていて立派だと思います。

統制が取れていて立派だと思います。

東京新聞:剛腕待望 民進・前原体制で進む小沢一郎氏「復党」プラン
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201709/CK2017091602000145.html

犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法の廃止を目指す市民団体や法律家団体などでつくる「共謀罪廃止のための連絡会」は十五日、東京都千代田区の日比谷野外音楽堂で「共謀罪は廃止できる!9・15大集会」を開いた。約三千人(主催者発表)が参加し、「共謀罪は絶対廃止」などと声を上げた。

こういうデモのニュースを見ると妙に統制が取れていて不気味に感じるときもあります。いえ、統制がとれているのは悪いことではありません。政治的なことを要求するのであれば、力は必要で、力を行使するには統制が必要ですから。

ただ、自由を言っているのに、妙な統一感があって自由が無いなと感じるだけ。

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2017年9月16日 (土)

全ての日本国民は安倍首相を支えるべき?

全ての日本国民は安倍首相を支えるべき?

中日新聞 社説:離党相次ぐ民進 前原氏は再生の先頭に
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017091602000113.html

報道機関の世論調査によると、安倍内閣を支持する理由で最も多いのは「ほかに適当な人がいない」だ。選挙で政権や政策の選択肢がないことほど、有権者にとって不幸なことはない。

民進党がまず取り組むべきは、理念と政策を明確に掲げることであり、自民党に代わる勢力の結集に向けて、野党各党に誠実に働き掛けることである。前原氏はその先頭に立ち、代表に選んだ以上、すべての民進党関係者が前原氏を支えるべきである。

組織として、代表者を支えるべきであることに異論があるはずもないのですが、「代表に選んだ以上、すべての民進党関係者が前原氏を支えるべきである」と中日新聞に言われるともにょもにょします。だって、この言い方を国家にあてはめるならば、「代表に選んだ以上、すべての日本人(日本人が関係者でないわけがありません)が安倍首相を支えるべきである」となってしまいます。

  *       *      *

日本人である以上安倍首相を支えるべきと中日新聞に言われる日がくるとは。

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党がバラバラでは政権獲得なんて夢のまた夢で、自民党に代わりうる政党がないことが困ったことであるのは事実なのですが。

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2017年9月15日 (金)

新党は第二自民党を目指すべき

新党は第二自民党を目指すべき

朝日新聞 社説:民進離党騒ぎ 自民党を利するだけだ
http://www.asahi.com/articles/DA3S13133441.html?ref=editorial_backnumber

離党した議員たちは、東京都の小池百合子知事を支持する勢力がめざす新党との連携が取りざたされている。7月の都議選で吹き荒れた世論の風を受けたいという本音が透けて見える。

だが、新党の理念や政策はまだ見えない。特定秘密保護法や安全保障関連法に賛成した小池氏の政治姿勢を見れば、新党が第2自民党のような存在になる可能性もある。

朝日新聞のような左の方々は認めたくないでしょうが、いま日本の政治に必要なのは民進党のような自民党との違いを主張して(非自民、反自民ばかりで)自分の思想が判らなくなってしまったような政党ではなく、現実的な政策と自己統治能力を持った政党です。

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そして、現実に可能な政策となると、さほど違いが出せませんから、違いを求める人々や左の人々からは「第二自民党」だと非難されてしまいます。でも、非自民・反自民を目指して今までの社会党や民主党や民進党の歴史を繰り替えして意味がありません。

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新党はマスコミ受けを狙って非自民を目指すよりも、第二自民党を目指すべきではないでしょうか。そして、いつでも自民党の代わりが出来る、自民党を追い抜く存在を目指すべきです。

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現実に自民党を追い抜くのは至難の道でしょうけれど。

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2017年9月14日 (木)

政治不信より危険なもの

政治不信より危険なもの

西日本新聞 社説:「森友」追起訴 疑惑の「本丸」へ迫れるか
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/syasetu/article/358144

復古色の強い小学校の開校を目指した籠池被告はさまざまな政治家に接近し、安倍晋三首相の妻昭恵氏が一時、小学校の名誉校長に就任した。こうしたことから政治家の関与や官僚の忖度があったのではないか-との疑念を招いている。籠池被告は国会の証人喚問で「神風が吹いた」と証言した。

ただし、立件のハードルは高い。背任罪の構成要件は「自己や第三者の利益を図る目的で損害を与えた」とされ、具体的な利益がなければ適用は難しいという。

だからと言って、うやむやで済む話ではない。政治や行政に対する国民の信頼に関わる根本的な問題である。曖昧な幕引きに終われば、国民の不信感は深まってしまうだろう。

こういう記事を読むと「政治家は有罪にちがいない」という先入観を感じる。しかし、捜査や裁判は先入観なしに行うべきではないのだろうか。社会の木鐸たるべきマスコミが思い込みで煽ってどうするのだろうか。

  *       *      *

政治不信よりマスコミ不信の方が危険だ。人々が事実でない情報を信じて行動したら悲惨な結果になる。マスコミの伝える事が信じられなくなれば、デマやフェイクニュースを信じてしまいやすくなる。人々は何かを信じたいものだから。

  *       *      *

政治不信も危険だが、マスコミ不信の方が危険ではないだろうか。

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2017年9月13日 (水)

憲法改正に望むこと

憲法改正に望むこと

毎日新聞 社説:自民党が改憲論議を再開 「日程ありき」に逆戻りか
http://mainichi.jp/articles/20170913/ddm/005/070/074000c

それでも自民党が当初の日程にこだわるのは、都議選後の反省や謙虚な姿勢が薄らいでいるからではないか。北朝鮮をめぐる情勢の緊張や民進党の党勢低迷もあり、内閣支持率が持ち直してきたことで、またぞろおごりが頭をもたげてきたようだ。

気になるのは、自衛隊明記の改憲を実現したうえで9条2項を削除する「2段階論」が自民党内にあることだ。船田元・本部長代行が「2段階論を深めるのが首相の考えだ。我々の考えにも近く、その方向で進めたい」と語ったのは看過できない。

「衣の下のよろい」が見える9条論議を拙速に進めるべきではない。謙虚な姿勢を示すのなら、国会の憲法審査会で与野党の合意点を探る本来の憲法論議に戻るのが筋だ。

良いルールとは、判りやすく守りやすいものだ。文章が複雑な解釈が不要で判りやすく、現実的で守りやすいものでなければならない。

憲法九条を素直に読むと自衛隊の存在は合憲だろうか違憲だろうか。自衛隊を廃止したら、日本はどうなるだろうか。日本国民の自由と人権はどうなるだろか。

そう考えると憲法九条は良い条文とは言えない。

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複雑怪奇で解釈に特別な勉強が必要で神官(憲法学者)様に頼らないと理解できないような憲法では、国民と憲法の距離が開いてしまう。

  *        *       *

憲法を改正するなら、判りやすくて守りやすいものにしてほしいものだ。

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2017年9月12日 (火)

「ファースト」を非難する前に

「ファースト」を非難する前に

西日本新聞:何が「ファースト」でないか
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/editorialist/article/357428

トランプ氏のアメリカ・ファーストは「米国第一主義」と訳される。米国の利益を最優先する考え方で、国内雇用の創出や社会基盤の修復を主張して大統領選を制した。

一方で、移民やイスラム教徒を敵視する排外主義、国際協調に背を向ける孤立主義に陥る危険を併せ持つ。実際にトランプ氏は環太平洋連携協定(TPP)脱退を表明し、地球温暖化防止に関するパリ協定から離脱した。イスラム圏6カ国からの入国を制限する大統領令にも署名した。

小池氏は都議会自民党幹部が牛耳る都政を「ブラックボックス」と批判し、都民への情報公開を公約した。ファーストでないのは「都民不在の都政」ということか。

では小池氏側近の若狭勝衆院議員が立ち上げた政治団体「日本ファーストの会」はどうか。日本がファーストなら、どこがファーストでないのか。早速、排外主義を連想させるとの批判を浴びた。

日本の政治家が日本を第一に考えないでどうする言うのだ。日本を2番目に考え、アメリカ(あるいは中国や韓国)を第一に考えますと言う政治家がいたとして、選挙民に受け入れられるだろうか。

表立って、そんなことを言ったら確実に選挙で排除されるだろう。

  *        *        *

「日本がファーストなら、どこがファーストでないのか。早速、排外主義を連想させるとの批判を浴びた」

日本の政治家や政党にとって、どこがファーストでないのか。それはもちろん日本以外の全てだ。それのどこがいけないのだ。人間、いや全ての生物は自分を第一に行動している。「ファースト」であることを非難するのは人間の生物としての本能を非難するのと同じだ。

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問題は排外主義だけれど、排外主義が問題になるのは、自分が誰かに対してイジワルしたら相手からもイジワルされるように、排外主義的な行動をしたら、自国も相手の国に「排外」される対象になってしまうからだ。

それは自分の為にならない。日本を第一に考えるなら排外主義的な行動には慎重でなければならない。

  *        *        *

人間、自分のことを第一に考えている。それを非難してもバカにされるか嫌われるか、それとも表面的に受け入れられて本音の部分で拒否されるかだ。

人生、タテマエも大事だけれど、本音を見失ってしまっては、生き物として道に迷ってしまうだろう。

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2017年9月11日 (月)

民主主義の危機

民主主義の危機

日刊ゲンダイ:英研究チームが分析 貧困がもたらすいびつな独裁者待望論
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/212919/1

同チームは世界69カ国、13万8000人も調べ、その結果、失業率が高い地域の人ほど「議会や選挙を気にしなくてもいい強い指導者」を好んだという。貧困層ほど独裁者を求めているのだ。

この結果は日本にも通じるものがある。ある調査によると、貧困で売春をしている女性の100%が自民党を支持しているとか。独裁色が強い安倍政権を支持する人やネット右翼には派遣社員、アルバイターが多いといわれる。なぜなのか。

この種の調査や論文がマスコミに取り上げられる時には、おもしろおかしく脚色されるし、都合の良いように脚色されるので、正確さは期待できないけれど、雑感を少しばかり書く。

  *       *       *

「貧困で売春をしている女性の100%が自民党を支持しているとか。独裁色が強い安倍政権を支持する人やネット右翼には派遣社員、アルバイターが多いといわれる」

記事全体のイメージでは安倍政権の支持者をバカにしているようなものを受けるけれど、単純に考えれば、貧困層が安倍政権を支持しているのであれば、貧困層に、つまり弱者の期待に応える政策を安倍政権が行っていると言うことではないでしょうか。あるいは、いわゆるリベラルな方々が見落としている(無視している)弱者を(弱者の望みを)安倍政権は知っていると言うことです。

つまり、安倍政権は弱者の味方であると強弁することも可能なのです。

  *       *       *

しかし、社会の多数派は庶民であり貧困層です。富裕層と貧困層の人数を比べて富裕層の多い社会はありません。社会の多数派は庶民であり貧困層なのです。その人々が独裁的な政治を好むとしたら、民主主義は維持可能なのでしょうか。民主主義においては多数による支持こそが価値であり、富裕であるから貧困であるからと言う理由で選挙権を変えることは出来ません。そして、人数の多い庶民や貧困層が独裁的な(非民主的な)人間を指導者に選ぶとしたら民主主義は維持可能なのでしょうか。

  *       *       *

この論文は安倍政権の支持者を揶揄するネタにも使えますが、民主主義の危機を暗示していると危機感を持つべきではないかと思う。

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2017年9月10日 (日)

桐生悠々なら敵地攻撃能力は必要と言うだろうか

桐生悠々なら敵地攻撃能力は必要と言うだろうか

中日新聞 社説:桐生悠々と防空演習 週のはじめに考える
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017091002000107.html

北朝鮮が弾道ミサイル発射を繰り返し、国内では避難訓練も行われています。かつて関東上空での防空演習を嗤(わら)った桐生悠々なら何と評するでしょうか。

きょう九月十日は明治後期から昭和初期にかけて健筆を振るった反骨のジャーナリスト、桐生悠々の命日です。太平洋戦争の開戦直前、一九四一(昭和十六)年に亡くなり、七十六年がたちます。

本紙を発行する中日新聞社の前身の一つである新愛知新聞や、長野県の信濃毎日新聞などで編集、論説の総責任者である主筆を務めた、われわれの大先輩です。

桐生悠々さんという方を知らなかったので、ぐぐってみたら出てきたのが、青空文庫の関東防空大演習を嗤う です。

確かに軍部にとっては不快な文章です。そして、彼が単なる平和主義者ではないと思わせることも書いています。

「要するに、航空戦は、ヨーロッパ戦争に於て、ツェペリンのロンドン空撃が示した如く、空撃したものの勝であり空撃されたものの敗である。だから、この空撃に先だって、これを撃退すること、これが防空戦の第一義でなくてはならない」

これはミサイルに当てはめると、MD(ミサイル防衛)じゃダメで敵地攻撃能力を持つべきだと言っているように聞こえます。

  *        *        *

桐生悠々氏なら敵地攻撃能力は必要だと言うでしょうか。

  *        *        *

ところで、中日新聞の原発アレルギーを再確認したのがこれ。

国民の命と暮らしを守るのは政府の役目です。軍事的な脅威をあおるよりも、ミサイル発射や核実験をやめさせるよう外交努力を尽くすのが先決のはずです。そもそもミサイルが現実の脅威なら、なぜ原発を直ちに停止し、原発ゼロに政策転換しないのでしょう。

「そもそもミサイルが現実の脅威なら、なぜ原発を直ちに停止し、原発ゼロに政策転換しないのでしょう」

福島原発にミサイルを打ち込まれるのと、東京の新宿とか銀座、永田町、霞ヶ関に打ち込まれるのと、どちらが人的被害は大きいのでしょうか。

原発の格納容器はそれなりに丈夫ですし、弾道ミサイルの精度はさほど良くないので直撃する可能性は高くありません。

自分が攻撃側なら原発のある地方ではなく都市部に打ち込みます。その方が多くの人的被害を出すことができますし、政治的にも効果が大きいでしょうから。

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2017年9月 9日 (土)

心を忘れていないか

心を忘れていないか

信州毎日新聞 社説:あすへのとびら 現役世代の地方回帰 「もう一つの」構想力を
http://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20170903/KT170902ETI090004000.php

互いに関心を持ち合う人と人との関係性、豊かな自然環境、祭りや郷土食といった伝統文化。過疎地域が保持してきた営みに、都会の人々が引かれている。

資本主義経済、成長路線の限界が指摘されている。貧困や格差の拡大、資源の枯渇、水や食料の不足、温暖化に伴う異常気象や生態系の危機が世界的な問題となっている。経済、歴史、哲学、芸術、脳科学、物理学…さまざまな分野の専門家が新たな価値体系を提言し始めている。

京都大こころの未来研究センター教授の広井良典氏はこうした現在を、無理を重ねて物質的な豊かさを実現してきた状況からの転換点と位置付ける。地方への移住は「本当の豊かさや幸福を考えていく時代の入り口」の現象とみる。

「無理を重ねて物質的な豊かさを実現してきた」

確かに、現代社会は物質的な豊かさを追求しているし、それを優先しすぎているかもしれない。しかし、それだけだろうか。一方で、人権や自由も追求してきた。

  *         *        *

人権や自由が悪いものと言うつもりはない、物質的な豊かさが悪いものではないように。しかし、人権や自由の追求も、一度、立ち止まって考えてみるべきではないか。

「互いに関心を持ち合う人と人との関係性、豊かな自然環境、祭りや郷土食といった伝統文化。過疎地域が保持してきた営みに、都会の人々が引かれている」

自由や人権について、都会と田舎でどうちがうだろうか。私は研究者ではないので、個人的な経験と感覚でしか言うことしかできないが、自由や人権についても都会の方が田舎よりもあるように思われる。

因習にとらわれない生き方が出来るのは、都会か田舎かと問えば明らかだろう。都会の方が自由がある。しかし、人々が田舎に求めるものが自然だけではないなら、人々は都会の自由を捨てて、田舎の因習を求めているとも言えるのだ。

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物質的に豊であることは良いことだ。貧乏を経験した人間なら必ず賛成してくれるに知違いない。

街で障害者を見かけることが自分が若い頃(約30年前)より多くなった。これは社会が豊かになり車椅子(電動車椅子)やバリアフリーの設備が増えたことによる結果だ。こういうモノや設備がなければ障害者は家や施設に閉じ込められたままになる。人権意識の向上だけで出来るものではない。

そして、こういった車椅子や設備は物質的な豊かさがなければ、実現できない。

物質的な豊かさは悪いものではない。

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「無理を重ねて物質的な豊かさを実現してきた」現代社会を批判することは簡単だし、田舎や未開の社会を礼賛するのも簡単だ。しかし、その批判の裏には現代社会が達成した自由や人権の限界や欠陥が(人間に適さない部分が)あることを示唆している。

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物質的な豊かさの追求だけでなく、自由や人権のあり方(追求の方法、成果の判断方法)も考え直すべきだろう。

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2017年9月 8日 (金)

持ち込むだけでは抑止力は高まらない

持ち込むだけでは抑止力は高まらない

ロイター:アングル:高まる非核三原則見直し論、米軍の核持ち込みで抑止維持
https://jp.reuters.com/article/three-principle-idJPKCN1BH18Q

石破茂元防衛相は6日の報道番組で「米国の核で守ってもらうと言いながら、日本国内に置かないというのは、議論として本当に正しいのか」などと発言。被爆国の日本が1960年代末から堅持してきた「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則の見直し議論を提起した。

非核三原則を見直すことには賛成ですが、核兵器を持ち込むだけで抑止力が高まるのでしょうか。使われることがないと思われている兵器は、どこにあろうと抑止力にはなりません。

アメリカが核兵器で反撃しないとしたら、それは日本に核兵器が置いてないからではありません。弾道ミサイルもあれば爆撃機もあるのですから、アメリカ本土に、あるいはグアムにあれば攻撃できるのですから、日本に置いてある必要はありません。

北朝鮮が米国本土まで届く弾道ミサイルと核弾頭を手にすれば、日本が北朝鮮から攻撃を受けた場合でも、米国は自国への報復を恐れて反撃をしない可能性が出てくる。「米国の拡大抑止は効かなくなる」と、拓殖大学・海外事情研究所所長の川上高司教授は言う。

アメリカ本土への核攻撃を恐れて、反撃しないのであれば、その兵器が日本にあっても同じ事です。これに対する答えは「日本の意志で使用できる核兵器」です。

その核兵器がアメリカからのレンタルや購入なのか日本の独自開発なのかは分かりませんが、日本の判断と意志で使用できる核兵器でなければ「米国は自国への報復を恐れて反撃をしない可能性」があった時には同じ事です。

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アメリカにとっては、自分の都市が核攻撃されるリスクがあっても、核の傘を提供するか、日本を含めた同盟国が核武装することを認めるか、敵国に同盟国が核兵器で脅されるのを座視するかの3択です。

日本にとっては、アメリカの核の傘を信用するかどうかの判断になります。

  *       *      *

私は、日本は事あるごとにアメリカに感謝の言葉を伝えるべきと思います。「アメリカは本土の大都市、サンフランシスコやワシントンやニューヨークが核攻撃されるリスクを背負ってまで、日本へ核の傘を提供してくれている」と。

その目的は、アメリカ国民に、本土の大都市が核攻撃されるリスクを背負っていることを意識してもらい、その覚悟をする(大国であることのコストを払う覚悟をする)ことを求められていると意識してもらうこと。その覚悟が出来ないのであれば、日本に核武装させるしかないと判ってもらうこと。

その結果、日本の核武装をアメリカが認めるかもしれませんしね。

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2017年9月 7日 (木)

イジメの誘因と似ている

イジメの誘因と似ている

中日新聞 社説:朝鮮人虐殺 歴史は抹消できない
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2017090602000110.html

追悼式の会場に立つ慰霊碑には、六千人余という犠牲者数が刻まれている。それを疑う声はある。

国の中央防災会議の報告書は、殺された朝鮮人らは震災全体の死者十万五千人余の「1~数%」と推計する。虐殺の事実は否定できない。

首都直下地震をはじめ大災害時に、小池氏は人命救助を指揮する責任を負う。人心を惑わし、暴走を招きかねないデマの拡散を防ぐのも重要な任務である。過去の教訓を蔑(ないがし)ろにしてはならない。

イジメはイジメた方が悪いに決まっている。しかし、イジメた方を非難しているだけでは被害を防げない。いまいま現在、イジメられている立場にあっら、イジメられる可能性があったら、イジメる側を非難だけで満足して良いのだろうか。自分の言動にイジメられる誘因がないか、被害を避ける方法がないか考えない訳にはいかないだろう。

  *        *        *

在日朝鮮や韓国の方々の言動は、良い悪いという判断は別にして、イジメられる誘因と似ているように思う。自分達と周囲の人々と違うと主張し、周囲の人間を悪い奴だと非難している。これは次の虐殺事件の誘因にならないだろうか。

  *        *        *

繰り返すが、善悪や罪の判断ではない。事件が起きなようにする為に、何をするべきかと言うことだ。日本人に反省を求めているだけで防げるのか。私にはとてもそうは思えない。

  *        *        *

イジメはイジメた方が悪いに決まっている。でもイジメた方を悪いと非難し反省を求めているだけでは、防止も解決もできないのだ。

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「過去の教訓を蔑(ないがし)ろにしてはならない」

ハインリッヒの法則というのがある。重大事故1件の背後にには29件に軽度な事故があり、300件のヒヤリ・ハットがある。

大震災時の虐殺事件は(あるいは、あったとするなら)、重大事故に相当するだろう。それに対しての軽度な事故やヒヤリハッとはなんだろうか。私にはイジメが相当するように思われる。そしてイジメは批判と反省を求めるだけ、抑圧だけ防げるものではない。特に、大災害のような社会の規範が緩むような事態になったら、抑圧されていたものが吹き出してしまわないだろうか。

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2017年9月 6日 (水)

政治に必要な能力

政治に必要な能力

朝日新聞 社説:前原民進党 失敗猛省し、出直しを
http://www.asahi.com/articles/DA3S13119243.html?ref=editorial_backnumber

民進党の再生に向けて一歩を踏み出そうとした矢先に、前原誠司・新代表が執行部人事で大きくつまずいた。

幹事長に内定していた山尾志桜里・元政調会長を一転、自らに近い大島敦・元総務副大臣に差し替えた。山尾氏の男性との交友をめぐり、週刊誌から本人に取材があったことが引き金になったようだ。

山尾氏の問題をめぐる事実関係はつまびらかでないが、自ら主導した目玉人事に失敗し、船出したばかりの党を動揺させた前原氏の責任は重い。

政治家に最も必要な能力は「人を見抜く能力(直感力)」だ。地位が高くなればなるほど、現場を理解することが難しくなり管理することが難しくなる。人を間にはさんで管理するようになる。間に入る人間を選ぶ能力こそ地位が高い人間に求められる能力だ。組織は人事と予算で動く。人事に失敗したら、どんな組織も回らないのだ。

  *        *        *

前原さんは偽メール事件から成長したのだろうか。あのとき前原さんが永田さんを信用しなければ、事件は大きくならなかったし、民主党の傷も大きくならなかった。

今回のドタバタを見ると前原さんは成長していない。民進党の未来は暗い。

  *        *        *

人間を選ぶ能力は政治指導者に必要とされる能力だけれど、国民や党員にも必要な能力だ。なぜなら選挙で政治家を選ぶのだから。自分達が選んだ政治家に運命を託すのだから。

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その意味では、前原さんを選んだ民進党の人々は前原さんに付き合うしかない。自分達の選択の結果を引き受けるしかないのだ。

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2017年9月 5日 (火)

違いに拘る政治家は不要

違いに拘る政治家は不要

毎日新聞:悩めるポスト安倍 岸田氏、禅譲狙いに限界 石破氏、首相批判空回り
https://mainichi.jp/articles/20170905/ddm/005/010/048000c

石破氏は昨年8月の内閣改造で閣外に出た後、首相との違いを鮮明にしてきた。学校法人「加計学園」の問題など政権の失策が相次ぎ、石破氏への注目度は上昇。地方出張では「自民党はだめだけど、石破さんはしっかり」と激励の声がかかることもある。

半面、党内からは「後ろから鉄砲を撃っている」と石破氏に冷ややかな視線が向けられる。毎日新聞の8月の世論調査では、次期総裁にふさわしい人として石破氏(21%)と首相(20%)が並んだが、自民支持層では首相46%、石破氏15%と差がついた。

新商品を売るとき、芸能人がデビューするとき、それまでの商品や芸能人との違うところを見せようと努力するものだ。今までと同じなら興味を持ってもらえないのだから。

政党や政治家も同じように「違い」を求める場合がある。野党では特に「自民党との違い」を主張することが多い。

この「違い」を主張するものには共通項がある。それは、一位になるのは難しいということだ。現在、受け入れられるいるものではないと主張しているのだから、多数派になる事は難しい。

  *        *        *

商品であれば、一定数が売れれば店を維持できるかもしれないから、違いを主張して生き残るのも方法だろう。野党政治家であれば、ニッチな、特定の問題に関心をもつ人々に訴えることで議席を(少数かもしれないが)確保できるかもしれない。しかし、与党政治家、それも首相を狙う政治家が「違い」を主張するのは、いかがなものだろうか。

いまの首相が気に入らない人々には受け入れられるかもしれないが、そういう人々は少数派だから、いまの首相がいるのだ。つまり「違い」を主張する政治家は、ニッチな地位を確保することは出来ても政権を獲得することは難しい。

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政権を狙うなら「違い」よりも「優れている」ことが必要なのだ。

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石破さんは、最近、安倍さんとの「違い」を主張しているように思える。彼が首相になることは難しいだろう。

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2017年9月 4日 (月)

言葉が通じない相手

言葉が通じない相手

朝日新聞 社説:核実験の強行 国際枠組みの対処急げ
http://www.asahi.com/articles/DA3S13116257.html?ref=editorial_backnumber

北朝鮮が通算6度目の核実験を強行した。「大陸間弾道ミサイル(ICBM)搭載用の水爆実験」だったとしている。

先週、日本の上空を通過させた弾道ミサイルの発射につづく暴挙である。金正恩(キムジョンウン)政権の愚行に対し、改めて最大限の言葉で非難をしたい。

これ以上の暴走を止めるために、国際社会は新たな対処を急がねばならない。とりわけ中国とロシアは事態の深刻さを直視し、行動すべきである。

言葉が通じない相手、聞く気のない相手、暴力を信奉する相手にどう対応するか。その経験が私達には、特に私達の知識層には欠けているのではないか。その結果が、北朝鮮の核兵器保有(保有一歩手前)という状況に対して右往左往していると言うか、何も出来ないという状態ではないだろうか。

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いいとこの坊ちゃん嬢ちゃんより、貧乏人の不良の方が北朝鮮に如何に対応すべきか直感的に理解していると思う。

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2017年9月 3日 (日)

人間の時間は有限

人間の時間は有限

NewSphere:「日本は気軽にナチスを扱ってしまう」 麻生氏のヒトラー発言、海外に波紋
https://newsphere.jp/national/20170902-2/

CNNは今回の問題を受けて、「ナチスとの比較、彼らが使用していた象徴や(ユニフォームなどの)道具類を気軽に使用するというのは、日本や多くのアジアの国の問題である」と書く。例えば、昨年の欅坂46のステージ衣装騒動だ。アイドルグループがナチス・ドイツの軍服に似た衣装を着たのはハロウィンコンサートである。偶然の一致ではなさそうで、製作者はハロウィンということでまさに、“気軽に”ナチスの軍服に似せたのだろう。

一連のナチス言及の不祥事について、サイモン・ウィーゼンタール・センターのラビ・アブラハム・クーパー氏は(日本人には)もっと教育が必要だとして、CNNのインタビューに「根本的に何かが無く、欠けているものがあるのです。それは間違いなく日本の良い印象に影を落としてしまいます」と答えている。

人間の持っている時間は有限です。ナチス関連の教育に時間を費やせば、そのぶん何かの教育時間が減ってしまいます。何かが教えられなくなります。

  *        *       *

極端なことを言えば、日本を初めアジアの国々がドイツと全く同じ教育をすれば、ナチスに対する認識も変わり不祥事も少なくなるでしょう。しかし、代償として独自の文化や歴史を無くしてしまいます。

そこまで極端でなくても、やっぱり何が失われてしまいます。

  *        *       *

ユダヤやヨーロッパの方々にとってみれば、何より大事なことかもしれませんし、他と比較するのもタブーかもしれません。文化や歴史などというレベルより深く魂に刻みつけられているかもしれません。しかし、それでもやっぱり、何かを教えたら(学んだら)他の何かを諦めることになる。

結果として、文化や価値観の生き残り競争になってしまう。

  *        *       *

「根本的に何かが無く、欠けているものがあるのです」

日本はユダヤじゃありませんから、ユダヤにとって必須のもので欠けているものがあっても当然です。もし、ユダヤにとって、ではなく「人間」などという大きな単語で「欠けているものがある」などと思っているのであれば、日本が千年以上の歴史を積み重ねていることをどう思っているのでしょうか。「欠けているものがある」のに歴史を積み重ね継続できていることを不思議と思わないのでしょうか。

  *        *       *

ありそうなのは無自覚に「欠けているものがある」と言っていることです。人間、自分の価値観を相対的にとらえることは難しく、自分と違うものを否定的にとらえてしまいますから。

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2017年9月 2日 (土)

記者ってどんな人?

記者ってどんな人?

東京新聞:「金正恩委員長の要求に応えろ」…!? 東京新聞記者が菅義偉官房長官にトンデモ質問
http://www.sankei.com/politics/news/170831/plt1708310051-n1.html

菅義偉官房長官の31日の記者会見で、米韓合同演習を批判し、弾道ミサイルを相次いで発射する北朝鮮を擁護するような質問が飛びだした。

質問したのは、学校法人「加計学園」獣医学部新設計画をめぐって菅氏を質問攻めにした東京新聞の社会部記者。「米韓合同演習が金正恩朝鮮労働党委員長の弾道ミサイル発射を促しているともいえる。米韓との対話の中で、金委員長側の要求に応えるよう冷静に対応するように働きかけることをやっているか」と質問した。

考えて見れば、対話や質疑は1人で出来るものではないし、一方の当事者である記者(質問する人間)がどんな人であるか知らされることがありませんでした。

政治家、政治指導者がどんな人であるかは重要なことで、頻繁に報道されます。しかし、取材する側の人間がどんな人間かも重要であるにもかかわらず殆ど報道されません。

 

  *        *       *

政治家なら、ひとつの失言で政治生命が左右されます。記者の質問も同じくらい記者の職業生命を左右しても良いんじゃないでしょうか。

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記者がどんな人で、どんな取材やどんな質問をしているかもっと報道されるべきじゃないでしょうか。

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2017年9月 1日 (金)

歴史に反省

歴史に反省

東京新聞:歴史から目背けないで 都知事が朝鮮人追悼文取りやめ 波紋
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017083190070124.html

流言にあおられて朝鮮人を殺した日本の人たちも、われに返れば罪悪感にさいなまれたはず。その思いを託されたのが追悼式。それなのに「六千人虐殺に根拠はない」と主張する人たちは、日本人に逆に泥を塗っているように見える。そうした主張をする人たちが追悼文の送付取りやめを称賛している。知事は暗に力を貸したことになる。

在日はどんどん肩身が狭く、生きづらくなっている。何でも北朝鮮と結び付けられ、「不満なら朝鮮に帰れ」と。私たちも逃げ道をつくり、政治問題を口にしない。「朝鮮料理」は「韓国料理」と言い換える。

ふたつばかり感想を書く。

「流言にあおられて朝鮮人を殺した日本の人たちも、われに返れば罪悪感にさいなまれたはず。その思いを託されたのが追悼式」

追悼式って罪悪感からやるものでしょうか。亡くなった方々の冥福を祈ってするものだと思っていましたが。反省会だったのでしょうか。

反省しろって様々なものを使ってくる人々は好きになれません。そして、そこに政治がからんでくるとなると(韓国との歴史問題は政治家がからんできています。お互いに)、真偽のほども怪しくなってきます。

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ふたつめ。

「私たちも逃げ道をつくり、政治問題を口にしない。『朝鮮料理』は『韓国料理』と言い換える」

可哀想とも思いますが、彼等は、北朝鮮の政府に対して反政府活動はしないのでしょうか。自分達の故郷があんな状況なのに反政府活動をしているという話を聞きません。ただただ日本が悪い、日本にイジメられるという言葉が聞こえてくるだけ。

あんな政府と戦わない、でも、故郷との縁を切ったわけでもない。そういう人々は、北朝鮮政府の仲間に見えてしまいます。

  *        *       *

しかし、歴史を反省というならば、最大に反省すべき国は、日本ではなく韓国(朝鮮)ではないでしょうか。だって自分の国を保てず簡単に日本に滅ぼされてしまったのですから。

善悪を言うと色々あるでしょうけれど、国家の最大の責務な国民に安寧な生活を提供することです。それが出来ず、彼等の主張に基づけば、国民は他国に強制労働させられたのです。それを反省しないで、何を反省すると言うのでしょうか。

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