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2017年9月 1日 (金)

歴史に反省

歴史に反省

東京新聞:歴史から目背けないで 都知事が朝鮮人追悼文取りやめ 波紋
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017083190070124.html

流言にあおられて朝鮮人を殺した日本の人たちも、われに返れば罪悪感にさいなまれたはず。その思いを託されたのが追悼式。それなのに「六千人虐殺に根拠はない」と主張する人たちは、日本人に逆に泥を塗っているように見える。そうした主張をする人たちが追悼文の送付取りやめを称賛している。知事は暗に力を貸したことになる。

在日はどんどん肩身が狭く、生きづらくなっている。何でも北朝鮮と結び付けられ、「不満なら朝鮮に帰れ」と。私たちも逃げ道をつくり、政治問題を口にしない。「朝鮮料理」は「韓国料理」と言い換える。

ふたつばかり感想を書く。

「流言にあおられて朝鮮人を殺した日本の人たちも、われに返れば罪悪感にさいなまれたはず。その思いを託されたのが追悼式」

追悼式って罪悪感からやるものでしょうか。亡くなった方々の冥福を祈ってするものだと思っていましたが。反省会だったのでしょうか。

反省しろって様々なものを使ってくる人々は好きになれません。そして、そこに政治がからんでくるとなると(韓国との歴史問題は政治家がからんできています。お互いに)、真偽のほども怪しくなってきます。

  *        *       *

ふたつめ。

「私たちも逃げ道をつくり、政治問題を口にしない。『朝鮮料理』は『韓国料理』と言い換える」

可哀想とも思いますが、彼等は、北朝鮮の政府に対して反政府活動はしないのでしょうか。自分達の故郷があんな状況なのに反政府活動をしているという話を聞きません。ただただ日本が悪い、日本にイジメられるという言葉が聞こえてくるだけ。

あんな政府と戦わない、でも、故郷との縁を切ったわけでもない。そういう人々は、北朝鮮政府の仲間に見えてしまいます。

  *        *       *

しかし、歴史を反省というならば、最大に反省すべき国は、日本ではなく韓国(朝鮮)ではないでしょうか。だって自分の国を保てず簡単に日本に滅ぼされてしまったのですから。

善悪を言うと色々あるでしょうけれど、国家の最大の責務な国民に安寧な生活を提供することです。それが出来ず、彼等の主張に基づけば、国民は他国に強制労働させられたのです。それを反省しないで、何を反省すると言うのでしょうか。

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コメント

>あんな政府と戦わない、でも、故郷との縁を切ったわけでもない。そういう人々は、北朝鮮政府の仲間に見えてしまいます。

彼らは日本から追い出されないと高をくくっていると言う事なのでしょう。一方、不法滞在者の場合、往々にして日本生まれの二世が日本語しかできないなどと言う主張をして、日本から追い出されるくらいならば、祖国との縁切りをした方がましだと思っているのです。

投稿: DUCE | 2017年9月 2日 (土) 05時23分

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