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2018年4月28日 (土)

結集は無理

結集は無理

中日新聞 社説:国会の混乱 与党の責任はより重い
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2018042702000121.html

野党側にも注文がある。与党の不誠実さは、野党の力不足にも原因がある。数が少ない上に四分五裂状態で、十分な交渉力がない。新党協議を進める民進党と希望の党に限らず、幅広い野党勢力の結集に努め、政権の選択肢を一日も早く国民に示すべきである。

結集しさえすれば良いような議論があるが、そもそも主義主張や人間関係で別れたものを集めてなんとかなると思っているんだろうか。

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2018年4月26日 (木)

危険なのは判っている

危険なのは判っている

しんぶん赤旗:主張 日報が示す「戦場」 戦争法での活動さらに危険に
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-04-25/2018042501_05_1.html

防衛省が先週ようやく公表した陸上自衛隊イラク派兵(2004~06年)の日報は、多くの欠落や黒塗りがある一方、その限られた記述だけでも、当時の政府が「非戦闘地域」の活動に限るとした説明と、実際の現地情勢が大きく乖離(かいり)していたことを浮き彫りにしています。イラク派兵が「殺し、殺される」事態と紙一重だった一端を示すものです。安倍晋三政権が15年9月に成立を強行した安保法制=戦争法は、「非戦闘地域」という制約さえ取り払いました。同法制の下、「戦闘地域」で活動する自衛隊が攻撃を受け、武力行使に乗り出す危険はいよいよ明白です。

危険なのは判っている。世界は戦争に満ちているのだから。問題は、戦闘地域か非戦闘地域なのか、日報に戦闘と書かれていたのかといった言葉遊びではない。問題は、その危険を冒す価値があったかどうかだ。

そして、その事を議論はまったく聞こえない。

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2018年4月25日 (水)

引く

引く

中日新聞 社説:財務次官辞職 認識違いも甚だしい
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2018042502000121.html

耳を疑う発言である。福田淳一財務次官のセクハラ疑惑をめぐり麻生太郎財務相が、はめられたとの意見がある、などと擁護した。被害を受けた女性を加害者扱いする暴言だ。認識違いも甚だしい。

これが安倍政権の共通認識なのだろうか。麻生財務相がきのう閣議後の記者会見で、辞職した福田氏のセクハラ疑惑に関連して「はめられ訴えられているんじゃないかとか、いろいろなご意見は世の中いっぱいある」と述べた。

物事は立場によって見方が様々にある。対立したときには裁判を行って、双方の意見を明かにして、「とりあえずの結論」を得る。とりあえずの結論という意味は、裁判にもミスはあるし再審もあるからだ。

   *         *         *

私は、一時期、従軍慰安婦問題や南京大虐殺に興味を持って調べていた。結論は「自分にはムリ」だった。従軍慰安婦問題や南京大虐殺などのような問題は、左翼も右翼も、あるいは国家でさえ干渉しようとする。従軍慰安婦問題や南京大虐殺について述べられた言葉には嘘と事実が混ざっている。専門の研究者でさえ、嘘と事実を見分けるのは苦労するだろう。

素人の自分には無理だ。

   *         *         *

事実関係や解釈について対立があるとき、「認識違いも甚だしい」などと断定されているのを見ると、引いてしまう。話が出来ないと思ってしまう。大きな声で話した方が正しいと思っているのだと感じてしまう。

そんな人間や言説に出会うと引いてしまう。

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2018年4月24日 (火)

仕事しない

仕事しない

日本経済新聞 社説:不祥事続出でも国会は審議するのが筋だ
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO29747870T20C18A4EA1000/

福田淳一財務次官のセクハラ疑惑などをめぐる政府の対応に野党が反発を強め、国会の審議を拒否している。一連の不祥事は行政への信頼を揺るがしており、真相解明や責任追及は当然だ。だからといってそれが法案の審議などをすべて欠席し国会を長く空転させる理由にはなり得ない。

たとえ言っていることが正しくても働かない者に仕事を任せることは出来ない。審議拒否する野党への支持者が広がらない理由がここにある。

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2018年4月23日 (月)

不自由さが問題なのか?

不自由さが問題なのか?

毎日新聞 社説:夫婦別姓で相次ぐ訴え 選べぬ不自由さいつまで
http://mainichi.jp/articles/20180423/ddm/005/070/003000c

だが、多くの国家資格は今も戸籍の姓で登録される。パスポートや銀行口座も戸籍の姓が原則だ。二つの姓を使い分ける煩雑さを大勢の当事者が訴えている。旧姓使用の拡大は、根本的な解決にはならない。

選択的夫婦別姓制度は、同姓の選択も自由だ。選べない不自由さの解消を図りたい。国会はこの問題を放置せず議論していくべきだ。

夫婦別姓が日本社会に適合するかどうかは判らない。なんせ明治になるまで日本人の多くは姓を持っていなかったのだから。ただ言えることは、夫婦別姓が選べるようになると、選べない不自由さが解決される一方、選べることによる失敗(別姓を選んだことによる失敗、同姓を選んだことによる失敗)が出てくるということ。

   *        *         *

自由には責任を伴う。自由にしてよいと言われて選択したものが、悪いものだったとしても、その結果は引き受けねばならない。なんせ自分が選んだものなのだから。

   *        *         *

自分が好きに選んで、困ったことになったら他人に(社会に)なんとかしてもらう。そんな人間を独立した個人と言えるだろうか。もちろん程度問題ではあるが、自由に選んだ結果の責任は選んだ人間にあるという原則は大事にせねばならない。

   *        *         *

日本全体で考えて、不自由なことによる不幸と、自由になることで起きる不幸と、どちらが大きいのだろうか。

   *        *         *

社会が自由になれば格差が広がる。選択肢が増えるのだから、結果の違いも大きくなる。現代社会の問題は不自由なことではなく、こうすれば良い(そこそこ満足できる結果が得られる)という方法(選択肢、行動パターン)がない(判らない)ことではないだろうか。

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2018年4月22日 (日)

デモによる政権打倒は民主主義か

デモによる政権打倒は民主主義か

西日本新聞 風向計:運転手が見た光州事件
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/weather_vane/article/410346

この1年間で大統領経験者が2人も逮捕された韓国に対し「行き過ぎた民主主義ではないか。理解できない」という声を何度も聞いた。政治的な理念対立など複雑な背景があり簡単には説明できない。ただ、光州事件を記憶にとどめ、87年に民主化を勝ち取った成功体験から「自分たちの手で政治は変えられる」と考える有権者が多いことが決定的に日本と異なる。

翻って日本。森友学園問題などに絡み政権の不祥事が次々と明らかになっている。だが、閣僚が辞任することもなく、有権者の憤りのデモも大きなうねりには至らない。「日本の民主主義は機能していますか」。ある韓国人にそう聞かれた。なぜそう考えるのか。「タクシー運転手」を見れば少しは分かると思う。映画はきょう日本で公開される。

デモは民主主義にとって重要な要素ではあるけれど、デモで政権を倒すことは民主主義なのだろうか?

  *        *        *

デモに参加できる人間と参加できない人間がいる。思想信条の問題、性格の問題、立場、住んでいる場所、体力などなど。

デモで政権を倒すことは、デモで政権が倒れることを是とすることは、デモに参加できない人間の意志を無視(軽視)することになる。それは民主主義なのだろうか。

  *        *        *

デモで政権を倒すことは、劇的で大衆受けマスコミ受けするかもしれないけれど、それは暴力や威嚇による革命ではあっても民主主義ではない。

  *        *        *

「政権の不祥事が次々と明らかになっている。だが、閣僚が辞任することもなく、有権者の憤りのデモも大きなうねりには至らない」

日本で不祥事が政権打倒にまで至らないのは、「民衆が生命の危機を感じていないから」だ。政治家が汚職や不祥事を起こしたところで、職と食を供給できていれば(民衆の安全を保障できていたら)民衆は暴力的な手段を使おうとはしないだろう。

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2018年4月21日 (土)

国会は議論の場では?

国会は議論の場では?

朝日新聞:国会でも#MeToo 野党議員、セクハラ疑惑に抗議
https://www.asahi.com/articles/ASL4N3DQJL4NUTFK00C.html?iref=pc_ss_date

財務省の福田淳一事務次官のセクハラ発言問題を巡り、野党議員が20日午前、国会内の会合で「#Me Too」と書かれた紙を掲げ、そろって抗議の意思を示した。米国発のセクハラ告発運動のシンボルにならい、財務省事務方トップのセクハラ疑惑と、同省が被害女性に名乗り出ることを求めた対応の問題の深刻さを国内外に訴えた。

プラカードを掲げて抗議する。表現の自由は尊重されるべきだし、違法行為ではない。しかし、いつから国会は議論の場ではなく、デモの場所になったのだろうか。

  *       *       *

プラカードを揃えてデモや抗議をする。そこで使われる言葉は単純なものになる。この記事でも「#Me Too」という単語というか文章になっていない言葉が使われた。

国家の維持運営は単純な言葉だけでは出来ない。複雑な世界、複雑化する社会には単純な言葉だけでは立ち向かえない。

国会は国の最高権力であり、そこで交される言葉は国家の運営の為の言葉だ。その言葉が単純であって良いはずがない。

  *       *       *

私は、国会内でプラカードを掲げてデモをするような政治勢力を支持することはできない。

  *       *       *

痴漢は犯罪で罰せられるべきことだ。しかし、女性の側からの訴えだけで有罪を決めることは出来ない。そんなことをしたら痴漢冤罪が起きてしまう。

セクハラも許さざることだ。しかし、女性の側からの訴えだけを判断材料にしたら冤罪が起きてしまうだろう。「#Me Too」にも行き過ぎや揺り戻しが起きるのではないか。

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2018年4月20日 (金)

格差がひろがる

格差がひろがる

西日本新聞 風向計:ITと「隗より始めよ」 編集委員 上別府 保慶
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/weather_vane/article/409757

講演会で6歳児がいる女性から「世界の変化に対応できるように何を教えたら良いでしょう」と問われてこう答えていた。

「変化に関する情報は、波にのみこまれるだけなので、教えなくていいです。大事なのは不確実なことに対応できる方法を教えること。これからは、常に学び、変化し、自分を改革することが必要になるからです」

意訳するなら、仕事の在り方はどんどん変わっていくから、転職できる能力と柔軟さを持てということか。さらにハラリ氏は「(ITにはまだ備わっていない)人間の感情というものについて、理解を深める教育投資が必要です」とのたまう。

肉体労働なら個人差は少ない、単純な知的労働(集計とか)ならば訓練で伸ばせる。しかし、「人間の感情というものについて、理解を深める」方法はあるのだろうか。パターン化された「挨拶をしましょう」程度ならなんとかなっても、感情について、つまり他人の気持ちを理解したり他人に好かれる能力(素質?性格?)の差は肉体労働や単純な知的労働よりも遥に大きい。

これから社会がどう変わってゆくかは判らないが、感情が大事になるのであれば、格差が広がるのは間違いない。

  *        *        *

肉体的な活動や単純な知的活動よりも感情のともなう活動の方が人間的であり奴隷的ではない。社会で人間的な活動が重要になるほど格差が広がる。皮肉なものだ。

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2018年4月19日 (木)

私的な時間の出来事なのね

私的な時間の出来事なのね

中日新聞 社説:幹部自衛官暴言 旧軍の横暴想起させる
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2018041902000127.html

背筋がゾッとする異様な行為である。現職の幹部自衛官が国会議員に「国民の敵」などと罵声を浴びせた。旧軍の横暴を想起させ、断じて許されない。再発防止の徹底と責任の明確化を求めたい。

まずは事実関係を確認したい。民進党の小西洋之参院議員によると、十六日午後九時ごろ、国会議事堂前の公道で、現職の自衛官を名乗る男が小西氏に「おまえは国民の敵だ」「おまえの議員活動は気持ち悪い」などと罵声を浴びせた。

小西氏の警告にもかかわらず罵声は約二十分続き、最終的には発言を撤回した。

公務中に自衛官が国会議員に対して暴言を吐いた訳じゃないのね。私的な時間の出来事なのね。

   *       *       *

大きな組織になると過激な人間も、やらかしてしまう人間もいるものだ。自衛隊が思想教育をしいるかどうか知らないが、思想教育をしていなければ世間と同じ割合でやらかしてしまう人間が出てきても不思議でもなんでもない。

そういう人間が出てきたら規則にしたがって処罰すれば良い(所属組織の名誉を傷つけた、などと)、それだけのことだ。

   *       *       *

自衛隊を特別扱いしすぎてはいけない。

   *       *       *

ところで、私的な時間の行為で処罰したら人権侵害にならないですかね。

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2018年4月18日 (水)

本音と建前、理想と現実

本音と建前、理想と現実

毎日新聞 余録:「君が歩兵大隊を編制していることを知っているのは君だけだ…
http://mainichi.jp/articles/20180418/ddm/001/070/076000c

「君が歩兵大隊を編制していることを知っているのは君だけだ。兵は警査と呼び、士官は警察士と呼ぶのだ。もし戦車がみえたら、それは戦車ではなく特車だというのだ。トラックはトラックでよいがね」▲自衛隊の前身、警察予備隊創設にあたったコワルスキー米軍大佐の訓練担当の部下への指示である。むろん憲法9条を配慮しての言いかえで、戦車の「戦」を避けて特車にしたのは初代の幕僚長にあたる林敬三(はやし・けいぞう)総監の苦肉の策だった

▲シビリアンコントロールは「『官僚による支配』に変質してはならない」。大佐はそう説いた。国民、その代表である国会の統制をかいくぐる「戦」の字隠しはもういいかげんにしてほしい現代の防衛省である。

組織の上部が建前や理想だけを述べて、現実離れした要求を下に押し付けると、下は都合の悪い事実を隠すようになる。憲法に理想だけを書いて、現実を無視していれば、現実主義者である(現実主義者であるべき)現場の人間は、退職するか事実を隠蔽してしてしまうようになる。

  *        *       *

日本国憲法の前文や憲法九条には無理がある。これを守れと組織や現場に要求したら、戦車は特車になり、へり空母はへり空母でなくなり、戦闘は無かったことになる。

防錆省の隠蔽は非難されるべき事だけれども、憲法九条の無理が組織の弱い部分(国会と防衛省では防衛省の方が弱い)に表れたのだと思う。

  *        *       *

組織の底辺を経験したことのある自分としては、同様の事件は続くだろうし、憲法九条は改正するべきだと思う。

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2018年4月13日 (金)

朝日新聞も認める

朝日新聞も認める

朝日新聞 社説:シリア緊迫 武力では解決しない
https://www.asahi.com/articles/DA3S13448386.html?ref=editorial_backnumber

今回の新たな疑惑をめぐり、ロシアは安保理で拒否権を使い、真相解明と責任追及に取り組む調査団をつくる決議案を葬った。潔白であるならば、なぜ国連の調査を拒むのか。

米ロの非難合戦による安保理の停滞は、7年に及ぶ戦闘で30万を超すシリアの人命が奪われても、なお有効な手立てを打てない国際社会を象徴する光景でもある。

朝日新聞も国際社会の無能というか、国際社会が平和を作り出せていないという現実をみとめるんだ。なら、日本国憲法の前文や九条がキレイゴトか理想論だってことも判るんじゃないかな。

  *        *       *

キレイゴトや理想論のルール(憲法・法律・規則などなど)は、無視されるか改正されなければならない。でなければルールの重みに相応しい不利益をもたらす。

憲法改正を行わなければ、日本国憲法は、ますます軽視されるようになるだろう。

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2018年4月12日 (木)

「平和を愛する諸国民の公正と信義」

「平和を愛する諸国民の公正と信義」

産経新聞:アサド政権はなぜ化学兵器を使うのか ロシアを隠れ蓑、欧米の怒りを軽視? 反体制派へ恐怖植え付けか
http://www.sankei.com/world/news/180411/wor1804110023-n1.html

ロイター通信によると、国連は昨年9月、アサド政権側の化学兵器使用は2011年の内戦発生以降、少なくとも27回に上るとする報告書を出した。

多数の化学兵器使用が疑われるにもかかわらず、本格的な軍事攻撃を受けたケースは少ない。トランプ政権は1年前、アサド政権側が北西部イドリブで化学兵器を使ったと断定し、中部の空軍基地を巡航ミサイルで攻撃したが、このときもピンポイントの攻撃が短時間行われただけだった。

日本国憲法の前文には色々と書かれていますが、多くは理想論で現実的ではありません。例えば「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」などとありますが、現実の国際社会では「多数の化学兵器使用が疑われるにもかかわらず、本格的な軍事攻撃を受けたケースは少ない」のです。

「平和を愛する諸国民の公正と信義」を信頼したとしても、やってくれることは多くはありません。今回、化学兵器を使用したアサド政権に対しても、多くの非難の言葉と多少の攻撃(ミサイルを何発か打ち込む)に終わるでしょう。

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2018年4月11日 (水)

国連信仰

国連信仰

しんぶん赤旗 主張:選択的夫婦別姓 国連勧告無視する政府の異常
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-04-10/2018041001_05_1.html

国連女性差別撤廃委員会から、選択的夫婦別姓制度導入を勧告され、その実施状況報告を出すよう求められていた日本政府が報告を提出しました。その内容は勧告を無視したものであり、批判と怒りが広がっています。

「国連勧告無視する政府の異常」ですか。

国連の委員会の勧告は、私にとって、始業式や終業式での意校長先生のお話ぐらいの「正しさ」なのですが。国連の言うことが正しいとしても、国連は拉致被害者一人取り返すことができない、タテマエと言葉の存在です。ですから、国連の(安全保障理事会以外の)勧告は、自分に都合の悪ければ無視してかまわないのでは、とすら思っています。

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2018年4月10日 (火)

代替

代替

BUSINESS INSIDER JAPAN:東大生はなぜ“森友改ざん問題”後も安倍政権を支持するのか
https://www.businessinsider.jp/post-164956

2017年6月段階で安倍政権を支持していた東大生たちは、森友問題と一連の文書改ざん問題を受けても、基本的に安倍政権支持の姿勢は変わっていない。もちろん、これが全ての東大生の意見ではないし、若年層を代表しているわけではない。

しかし、今回取材した彼らの考え方の根底には、「たとえ安倍政権を終わらせたとしても代わりがいない」というある意味現実的な見方があった。その“諦め”を払しょくする新しい選択肢は、現れるのだろうか。

「その“諦め”を払しょくする新しい選択肢は、現れるのだろうか。」

政権運営可能な野党は出てくるでしょうか。自分は悲観的です。それは、批判だけしてれば(多くはありませんが)議席を獲得できるから、です。批判者という立場に満足して、現実に政権運営するための能力を身に付けていない。

  *        *        *

ところで、引用元のコラムや記事のようなものを読むと、自民党政権(あるいは安倍政権)が終わることが良いことだ、という価値観を感じることがあります(引用したコラムで言えば「諦め」という言葉にでしょうか)。しかし、自民党政権は「悪」なのでしょうか。

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2018年4月 9日 (月)

教育行政は神聖にして不可侵なのか?

教育行政は神聖にして不可侵なのか?

毎日新聞:文科省を批判「教育守る義務の放棄」
https://mainichi.jp/articles/20180409/k00/00m/040/014000c

文部科学省の前川喜平前事務次官は8日、自らの授業内容を報告するよう名古屋市教育委員会に要請した文科省について「不当な政治的な力から教育現場を守る義務があるが、それを放棄するようなことをした。職員は教育と行政の関係を勉強し直した方がよい」と批判した。同市内で記者団の質問に答えた。

政治家が問い合わせをした。行政が答えた。それだけのことです。何故、「不当な政治的圧力」になるのでしょうか。

日本は民主国家です。国民に選ばれた議員が行政に問い合わせて何が悪いのでしょうか。行政にしても出せない情報もあるでしょうが、政治家が問い合わせていけないない部署などありません。

  *        *       *

問い合わせは政治的圧力だ、問い合わせていけない、という議論は行政に不可侵な場所を作ることになります。それは望ましいのでしょうか。

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2018年4月 8日 (日)

米軍言いなり

米軍言いなり

しんぶん赤旗 主張:CV22首都・東京に 国民の安全脅かす配備やめよ
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-04-07/2018040701_05_1.html

重大なのは、今回の発表が5機のCV22を積んだ輸送船が米軍管理の横浜ノース・ドック(横浜市)にちょうど到着した3日だったことです。河野太郎外相は、在日米軍から配備の通報があったのは3月16日だったものの、発表が遅れたのは「(米側から)日本側からの公表を控えるよう要請をされていた」ためだったと述べています(4日、衆院外務委員会、日本共産党の宮本徹議員への答弁)。

米軍言いなりの許し難い情報隠ぺいです。配備に対する国民の不安や批判を全く意に介さない態度です。抗議行動の広がりを抑える狙いがあった疑いが濃厚です。

オスプレイが危険だという議論がありますが、私はさほど危険な機体だとは思えないんですよね。少なくともアメリカ人がアメリカ人を乗せても大丈夫だと思うくらいには安全な機体なんですから。

  *        *       *

「米軍言いなりの許し難い情報隠ぺいです」

日本側が米側に「発表しないように要望してください」と要望したのではととも思ってしまいますが、日本がアメリカの言いなり、言いなりとまでは言わないまでも弱い立場にあることは事実です。

で、どうすれば良いと言うのでしょうか。

アメリカと戦えと言うのでしょうか。アメリカに文句を言えば良いのでしょうか。その結果どうなるのでしょうか。

民主党政権の時には、好きにアメリカに文句を言ったようですが、その結果、どうなったでしょうか。何か良いことがあったでしょうか。

  *        *       *

野党が与党の批判をするのは当然の権利で、出来ていないこと、日本に不利な状態であることを指摘するのは当然です。しかし、野党は無責任な立場です。理想論やべき論を言う責任の無い立場の人間を信じてはなりません。

その理想論やベキ論を実行して結果を引き受けるのは私たち国民なのですから。

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2018年4月 7日 (土)

ご褒美なの?

ご褒美なの?

しんぶん赤旗 主張:自衛隊日報隠ぺい こんな組織 憲法に明記できぬ
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-04-06/2018040601_05_1.html

イラクに派兵された陸上自衛隊の日報が「あった」とされる問題で、陸自で見つかったのは実は1年以上も前だったことを小野寺五典防衛相が認めました。長期にわたって大臣などにも報告せず、国会答弁も訂正せず欺いていたというのは、「文民統制」(シビリアンコントロール)にも関わる重大問題です。情報隠ぺいや公文書改ざんが相次ぐ安倍晋三政権の強権体質に加え、ことは自衛隊という実力組織についての問題です。首相は自衛隊を憲法に明記する改憲を企てていますが、こんな自衛隊を憲法に書き込めばそれこそ暴走の歯止めがなくなります。

しんぶん赤旗は、自衛隊を(軍隊を)保持することを憲法に書くことは、自衛隊へのご褒美とでも思っているんでしょうか、「こんな組織 憲法に明記できぬ」だなんて。

  *        *       *

自衛隊は大きな戦闘力を持っている実力組織だ。その実力組織の憲法上の位置づけがあいまいなんて良いのでしょうか。いまの自衛隊の実態について判断する能力は私にはありませんが、仮に自衛隊の実態がよろしくないものだとしても、そのあるべき姿を憲法に書けばよいだけではないでしょうか。

憲法に書くことが「ご褒美」でなければですが。

  *        *       *

改憲に反対している政党には集団的自衛権の行使に反対している政党もあります。そういった政党は、集団的自衛権の放棄を憲法に書くように提案したらいかがでしょうか。

政治家に求められるのは、違憲か合憲かといった法律論議ではなく、政策を立案し実効することです(政争の具としての法律論議はあるでしょうが)。

  *        *       *

少数派である野党が提案しても通らないと思って反対しているだけでは、政府の足を引っ張るのが目標であるように見えてしまいます。政府の足を引っ張るのが野党の存在意義でないならば、野党は自分たちの理想を書いた改正案を提案するべきではないでしょうか。

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2018年4月 6日 (金)

人間的になると格差が広がる

人間的になると格差が広がる

朝日新聞:教育格差「当然」「やむをえない」6割超 保護者に調査
https://www.asahi.com/articles/ASL3S5VPYL3SUTIL014.html?iref=comtop_8_01

調査では今後の日本社会で「貧富の差が拡大する」かどうかも聞いた。「とてもそう思う」「まあそう思う」の合計は85・0%で、多くの保護者は格差が拡大すると見ていた。

筋肉労働よりも頭脳労働の方が人間的だ。労働よりも恋愛や創作の方が人間的だ。しかし、筋肉の能力の個人差は頭脳の能力よりも大きくない。学習できる知的能力よりも人間的魅力や創作する能力の方が格差が大きい。

人間は社会を良くしようと努力してきたが、非人間的、あるいは単純労働が減れば減るほど、社会が非人間的な要素を排除すればするほど、格差は広がってしまう。皮肉なことに。

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2018年4月 4日 (水)

「らしさ」と自己責任

「らしさ」と自己責任

中日新聞 社説:学校の制服 「らしさ」を押しつけず
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2018040402000125.html

東京都の世田谷区教育委員会は区立中学校の標準服(制服)を性別に関係なく選べるスタイルにできないか、検討を始めた。

考えてみたい。家ではズボンでもスカートでも自由に選べる。なのに制服はなぜ男子の詰め襟、女子のスカートに代表される、性別で決められたスタイルがあるのか。学生服は「学生らしさ」を演出する。その上に、「男らしさ」「女らしさ」までも、生徒に強いることにならないか。

「らしさ」の押し付けで苦しむ人間がいることは理解できるし事実だと思う。一方、社会から「らしさ」を提示される(≒押し付けられる)ことで安心できる人間もいる。

「らしさ」を押し付けることを止めてしまうと、自分らしさを作れない人間(「らしさ」を提示されることで安心する人間)が苦しむことになる。

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「らしさ」を押し付けないということは、自分らしさを自分で作って結果も自分が引き受けるということだ。自己責任ということ(自分らしさに他人が責任を持つことは出来ないから)。あるいは、「らしさ」を押し付けないと言うことは、社会(大人)の側が無責任になるとうことでもある。

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自由は弱者にとって厳しいものになる場合もある。その事から目をそらしていては、新しい弱者を生み出すことになる。

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2018年4月 3日 (火)

「マジック」が無かったら

「マジック」が無かったら

しんぶん赤旗:シリーズ 憲法の基礎 日本再軍備 安保締結と同時進行
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-04-02/2018040202_01_1.html

1951年9月8日、サンフランシスコ講和会議で対日平和条約が調印された5時間後、同じサンフランシスコの米陸軍第6軍司令部で日米安保条約(旧安保)がひそかに調印されました。国民は調印後、初めて安保条約の内容を知りました。

旧安保条約の第1条は「アメリカ合衆国の陸軍、空軍及び海軍を日本国内及びその附近に配備する権利を、日本国は、許与」すると明記していました。「講和」によって占領軍は撤退するはずでした。その「占領軍」が一瞬にして「在日米軍」に変貌し、基地とともに居座り続けるという“マジック”が強行されました。

安全保障条約というマジックが無ければどいうなっていたでしょうか。サンフランシスコ講和条約を結んだ1951年は朝鮮戦争のまっただなかです。朝鮮戦争当時に日本から米軍がいなくなったら日本は中国や朝鮮と戦争していたかもしれません。あるいは軍備が間に合わず、占領されていたかもしれません。

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憲法論的に、法律的に、あるいは政治的な正しさについては判りませんが、国民の幸福を守ったという意味においては、このマジックは良いものでした。

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弱い者は暴力の怖さを知っている。暴力から遠ざけられた強者として生活していなければ憲法九条があれば戦争にならないなどとは信じないだろう。

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2018年4月 2日 (月)

表現の自由

表現の自由

しんぶん赤旗:共謀罪をブッ飛ばせ 東京で行動 野党と市民 危険を指摘 
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik18/2018-04-01/2018040101_04_1.html

市民団体「ブッ飛ばせ!『共謀罪』百人委員会」は31日、共謀罪廃止法案の審議を政府に要求する行動「共謀の日第4弾―共謀罪廃止法案を審議せよ」を、東京・新宿駅西口で行いました。野党各党の国会議員や、大学教授が応援に駆けつけました。音楽で政府の不条理を訴える参加者もいました。

特定秘密保護法では表現の自由を心配する声もあったのだが、現政権の肝入りの政策を「ブッ飛ばせ!」なんて表現できるのだから(官憲の介入もないし)日本には表現の自由が維持されているらしい。

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