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2018年5月 3日 (木)

セクハラ・冤罪・政治的闘争

セクハラ・冤罪・政治的闘争

西日本新聞 風向計:男が声を上げる時だ 編集委員 井手 季彦
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/weather_vane/article/413165

福田淳一前財務次官のセクハラ問題を報じる海外メディアの多くが、日本の女性の置かれた状況をこう説明していた。

もちろん性暴力の被害に遭った女性が警察に届ける割合が少ないことなど客観的事実も報じていた。ただそれ以上に、財務省が「女性が名乗り出なければ事実解明は難しい」としたこと、麻生太郎財務相の「言われている人の立場も考えないと。福田の人権はなしってわけですか」という発言、さらに下村博文元文部科学相の「(福田氏の会話の録音を)テレビ局の人が週刊誌に売ること自体がはめられてますよ。ある意味犯罪だと思う」という発言。これら全てが日本社会をよく表す例として世界に伝えられたのだ。

「匿名の被害者・告発者」だけで社会的に抹殺されるとしたら、それは安心できる社会なのだろうか。人権を守られている社会と言えるのだろうか。

  *        *        *

そこで提案。男性のみなさん、セクハラ被害者をおとしめるような発言、黙らせようとする圧力には、政治の駆け引きなどとは関係なく、批判の声を上げませんか。勇気を持って告発した女性には連帯の気持ちを表すのです。そうでないとセクハラをする人の味方になってしまいます。

セクハラする人の味方になりたとは思いませんが、興奮のなかで人民裁判のなかで誰かを攻撃する人間にもなりたくありません。

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