« 憲法は言葉だけの存在ではないので | トップページ | 野党には政策論議が期待されていない? »

2018年5月 5日 (土)

世界は複雑怪奇

世界は複雑怪奇

朝日新聞 社説:憲法が描く社会 自分のことばで考える
https://www.asahi.com/articles/DA3S13480491.html?ref=editorial_backnumber

思い出すのは、かつて沖縄慰霊の日に、小学生の安里有生(あさとゆうき)くんが読んだ自作の詩である。

へいわってなにかな。ぼくは、かんがえたよ。おともだちとなかよし。かぞくが、げんき。えがおであそぶ。ねこがわらう。おなかがいっぱい。やぎがのんびりあるいてる――。

よそゆきではない、自分なりのことばで、憲法が描く社会の姿を具体的に考える。それはなかなかに難しい。しかし、その小さな営みの先にはじめて、多くの人の胸に届く力は宿る。

世界は複雑だ。複雑なものを相手にするとき、望む結果が単純なものであっても、手段は複雑なものになる。

自分の望む「へいわ」が単純な、ささやかなものであっても、世界が複雑であれば、必要な手順や方法は複雑なものになる。

  *        *        *

カップラーメンを食べる。食べること、調理(?)する手間は単純だが、カップラーメンを生産し流通させる技術や社会は複雑だ。

カップラーメンを食べると言うのは単純でささやかな望みだろう。しかし、実現する為には様々なものを必要とする。その必要に気がつかないで(無視して)、ささやかな望みが何故かなわないのかと叫んでも愚かしいだけだ。

  *        *        *

世界が複雑怪奇なのに単純な言葉で立ち向かっても結果はよろしくないだろう。

BlogRanking (読む価値のある記事だったらクリックお願いします)

|

« 憲法は言葉だけの存在ではないので | トップページ | 野党には政策論議が期待されていない? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/107287/66685067

この記事へのトラックバック一覧です: 世界は複雑怪奇:

« 憲法は言葉だけの存在ではないので | トップページ | 野党には政策論議が期待されていない? »